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海外作品読書録(2019年・2020年)

Twitterに投稿した読書記事をまとめました(出版年降順)。

2021年読書録(海外作品)
2021年読書録(国内作品)
2019年・2020年読書録(国内作品)
出版年降順)
誓願(2019)/マーガレット・アトウッド
35年ぶりに書かれた「侍女の物語」の15年後の物語です。昨年の英国ブッカー賞受賞作。 前作と関わりを持つ3人の女性(いずれも侍女ではない)の叙述により3つの物語が並行して描かれ、クライマックスに向かって次第に収斂していく展開が圧巻です。

 アトウッドは「謝辞」の中で、本作を書いた動機として「侍女の物語」の続きを知りたいという読者の要望に答えたかった、35年が経過する中で社会が変化して可能性と考えられたことが現実化し答えも変化した、米国を含む多くの国の市民が30年前よりも多くのストレスにさらされている、と述べています。

35years is a long time to think about possible answers, and answers have changed as society itself has changed, and as possibilities have become actualities. The citizens of many countries, including the United States, are under more stresses now than they were three decades ago.

 ドラマ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」(未見)では、シーズン1は概ね原作の小説に沿い、シーズン2、3は原作から数年後までの出来事を扱っているようだ。 アトウッドによる「侍女の物語」の続編「The Testaments」は15年後の設定だけど、シーズン4が小説に歩み寄る方向に進むのかどうか気になる。


セロトニン(2019)/ミシェル・ウエルベック
タイトルは抑鬱効果を担う脳内神経伝達物質。 抑鬱剤を常用する46歳のエリートの ”ぼく” は、日本人の恋人から逃れ、社会からも遁走し、”失われた時を求めて”過去に愛した女性たちを追憶する日々を送る。 疲弊し不能に陥りつつある個人と社会への挽歌のようだ。

愛はある種二人で見る夢のようなもので、確かに個人で夢を見る時間もあり、巡り合わせとすれ違いの小さい遊戯はあるものの、愛がぼくたちの現世での存在を耐えられるものにしてくれる、本当のことを言えば、それしか手段はないのだ。


オーバーストーリー(2018)/リチャード・パワーズ
2019年ピュリッツァー賞受賞作。
南北戦争前から現代に至る時間の中で、樹木と深い関わりを持つ人々を描いた大作です。 まず主要登場人物が8つの短篇の中で描かれます。 樹木間の交信を発見する女性科学者、巨木に救われた空軍兵士、感電死から蘇生した女子大生は木の精霊に導かれ・・・"
物語が進むにつれ、ばらばらだった各人が相互につながっていき、森の守護者に加わっていくことになります。 樹木を基軸とした地球生態系についての幅広い知見と卓越した表現力により、地球環境保護の問題を壮大で感動的なドラマとして読ませることに成功しています。 木原さんの翻訳もすばらしいです。

裏庭にある木とあなたは共通の祖先を持っている。15億年前、あなた方は袂(たもと)を分かった。しかし、別々の方向へはるばる旅してきた今でも、木とあなたは遺伝子の4分の1を共有している。


戦下の淡き光(2018)/マイケル・オンダーチェ
大戦末期、両親はどこかに消え、14才の僕と姉は後見人となった謎の男たちと様々な体験をすることに。 青年となった僕は、戦争中に諜報活動に従事していた母たちが生きた足跡をたどります。 傑作「イギリス人の患者」同様、詩的で重層的な物語が拡がっています。
オンダーチェが本書を執筆を始めたときは、冒頭の1行しか頭になかったそうだ。

In 1945 our parents went away and left us in the care of two men who may have been criminals.
1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。


わたしのいるところ(2018)/ジュンパ・ラヒリ
身辺雑事を描いた46の断章の連なりから、ひとり暮らしの "わたし" の像が浮かびあがってきます。 40代後半で独身、語学教師、春が苦手、母との確執・・・  
 " 孤独でいることがわたしの仕事になった。"
  自らを律して選んだ孤独だから、寂寥ではないだろう。



掃除婦のための手引書(2015)/ルシア・ベルリン
死後10数年を経て脚光を浴びた作家の傑作短篇集。 24短編のほとんどは、波乱に満ちた著者の実人生(数回の離婚、アルコール依存、多岐に渡る仕事:教師、掃除婦、看護師など)を反映していて、読みながら語り口のうまさに唸らされっぱなしでした。

ルシア・ベルリンの小説は帯電している。むきだしの電線のように、触れるとビリッ、バチッとくる。読み手の頭もそれに反応し、魅了され、歓喜し、目覚め、シナプス全部で沸きたつ。これこそまさに読み手の至福だ― 脳を使い、おのれの心臓の鼓動を感じる、この状態こそが。
/リディア・デイヴィス・作家


中央駅(2013)/キム・ヘジン
ホームレスの<俺>の生きざまを通して、貧困と格差を描き出しているという表層イメージをはるかに突き抜けた衝撃作。 過去も未来もなく、ただ「今」があるだけの<俺>が年増のアル中で病気持ちの女に寄せる思い、これは至高の愛なのか。 韓国が凄いのは映画だけじゃない。



内面からの報告書(2013)/ポール・オースター
前作「冬の日誌」(2012)と対を成し、小さい頃の思い出、少年の時に観た映画、元妻宛ての当時の手紙について、フォトアルバムで構成されている。 「冬の日誌」と本作による過去の再検証が、自伝的要素を含む最新長編「4321」(2017)執筆に不可欠だったのだろう。

外見は変わっても、君はまだかつての君なのだ ― たとえもう同じ人物ではなくても。 君の目的はあくまで、君の若き精神のありようをたどり、君を抽出して眺め、君の少年時代の内的地理を探ることだが、君は決して孤立して生きていたわけではない。


冬の日誌(2012)/ポール・オースター
63歳の現在から過去を回想する自伝的作品。 「君」という二人称による語りで、小さい頃からの記憶、21回の転居、恋愛遍歴など断片的なエピソードの数々を非時系列的に積み重ねている。 過剰とも思える緻密な描写により、過去を客観視しようとしているようだ。

古きよき日々などに用はない。ふとノスタルジックな気分に陥って、人生をいまより善くしてくれると思えたものが失われたことをつい嘆いてしまうたび、君は自分に、ちょっと待て、よく考えろ、いまを見るのと同じ目でじっくりあのころを見てみるんだ、と言い聞かせる。


ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密(2009)/ポール・アダム
ヴァイオリン製作の名工で、アマ奏者のジャンヌが主人公のシリーズ第2作。 ジャンヌは、パガニーニ愛用のグァルネリの銘器を修理した事をきっかけに、彼の遺品をめぐる殺人事件を追うことに。 クラシック音楽好きなら、より一層楽しめるミステリーです。

パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで史上最年少優勝を果たしたのが庄司紗矢香さん。
庄司さんの演奏が大好きで、CDを聴いたり、TV録画したDVDを観たりしています。 近年では、名ピアニスト、プレスラーとのデュオ・リサイタル、ベートーヴェンのソナタのアルバムがとてもよかった。


ラウィーニア(2008)/アーシュラ・K・ル=グウィン
ローマ建国を描いたウェルギリウス作の叙事詩「アエネーイス」に登場する王女ラウィーニアの運命を辿った長編。 叙事詩作者の生霊から預言された運命を受け入れながらも自らの意志を抱いて生きるラウィーニアの姿に惹かれる。ル=グウィン70代での新たな代表作。

ウェルギリウスの詩作品は、非常に深いレベルで音楽的なので、その美しさは音の響きと語順に深く結びついており、本質的に翻訳不可能だ。だから、小説という異なる形式に翻訳した。それは、かの詩人への感謝の表明、つまり愛を捧げる行為だった。
/アーシュラ・K・ル=グウィン



娘について(2017)/キム・ヘジン
老人介護施設で働く「私」の家に、大学講師の娘が同性の恋人を連れて転がり込んでくる。娘に自分のような「普通の人生」を望む私は苛立ちを抑えきれない。 母子関係、老い、差別、貧困、過酷な労働環境、現代社会の難題を妥協せず描きだす作者の姿勢に打たれる。

終わりの見えない労働。そんな骨の折れる労働から私を救ってくれる人は誰もいないのだな、という諦念。働けなくなったらどうしようという不安。つまり私の気がかりは、常に死ではなくて生なのだ。生きている間は無限に続く、このよるべなさにどうにかして打ち勝たなければ。


光の帝国(2006)/キム・ヨンハ
20年前に北朝鮮の工作員としてソウルに潜入したギヨンが10年ぶりに受けた指令は、本国への即時帰還だった。 困惑し動揺するギヨンと、何も知らない妻、中学生の娘の一日を追った韓国文学の秀作。 80年代以降の韓国の世相を概観することもできて興味深かった。

照明弾が照らす海岸は、超現実的だった。空は真っ暗なのに、世界はこんなにも明るい。それはルネ・マグリットの『光の帝国』の連作を思い出させた。
/キム・ヨンハ

表紙にも、マグリットの絵画「光の帝国」が使われています。地上の夜景と白い雲が浮かぶ昼の空のコントラストがシュール。


ヴァイオリン職人の探求と推理(2004)/ポール・アダム
イタリアのヴァイオリン製作の名工で、アマチュア・ヴァイオリニストのジャンヌが主人公のシリーズ第1作。 幻のストラディヴァリの名器を巡り友人が殺された事件の真相を追う本筋とともに、古楽器にまつわる様々な話、とくに贋作についてなどが興味深かった。"

ヴァイオリンはわたしにとっていちばん奥の深い楽器だ。 ヴァイオリンは唯一、人の体が、肌がじかに触れ、弾き手がその振動を頭の中で感じることができる楽器である。ピアニストのように、楽器から切り離されているのではなく、楽器と一体になるのだ。


リスボンへの夜行列車(2004)/パスカル メルシエ
57歳のスイス人の教師、グリゴリウスは古書店で手に取ったポルトガルの医師プラドの本に衝撃を受け、彼を知るためリスボン行きの夜行列車に乗る。 独裁政権下で医師として生きたプラドと彼に関わった人々の生に触れたグリゴリウスが見出したものとは。
 今回再読し、グリゴリウスのように人生の晩年に近づいても、何かをきっかけにして、人は新たなステップを踏み出すことができるというメッセージに改めて勇気づけられた。 小説として第一級の面白さであると同時に、発表当時は大学の哲学教授だった著者の見識を生かしたプラドの随想に感銘を受けた。

人生を決定づける経験を持つドラマは、信じられないほど静かな性質のものであることが多い。 人生に革命的な影響を与え、ひとつの人生がまったく違う光のもとに照らし出され、すっかり新しい旋律を奏でることになる、そんなドラマは、音もなく起こるのだ。

世の中には、本を読む人間とそうでない人間がいる。その人が本を読む人間かどうかは、すぐにわかる。人間どうしのあいだに、これほど大きな違いはない。 だが、事実そうなのだ。グレゴリウスはそれを知っている。とにかくわかっている。

死を想え 自分が本当に欲するものを自覚すること。時間は限られたものであり、刻一刻と過ぎていくのだという自覚を、自分の習慣や期待、なによりも他者の期待や脅迫に抵抗する力の源泉とすること。 つまり、未来を閉じるのではなく、開くためのなにかとすること。


大切なのは、自信を持って、肩の力を抜き、適切なユーモアと適切なメランコリーで、時間的空間的に拡張した内的な風景のなかを歩くことだ。その風景こそが、我々自身なのだから。


あなたの人生の物語(2002)/テッド・チャン
SF短篇集。どの作品もアイディア、叙述が素晴らしく、作者の非凡な才能に圧倒されっぱなしでした。 異星人とのコンタクトを扱い映画化もされたタイトル作、天使の降臨が招く災厄と奇跡を描いた形而上的SF「地獄とは神の不在なり」が特に印象深かった。



神学校の死(2001)/P.D.ジェイムズ
人里離れた海岸に建つ神学校での連続殺人をロンドン警視庁のダルグリッシュ・チームが捜査することに。 80歳を超えたジェイムズの大作、彼女の真骨頂である格調高く重厚・緻密な描写は健在でした。 ダルグリッシュの恋愛の進展が気になります。次作も読まねば。

「リーク・・・漏洩(リーク)。しゃれじゃないかしら」 「ケイト、いい加減にしてくれよ。それじゃあ、まるっきりアガサ・クリスティじゃないか!」
クリスティの後継者と言われることを嫌っていたジェイムズらしいセリフだ。


贖罪 (2001)/マキューアン
1935年夏にイギリスの地方の中産階級の一家で起きた出来事により急転する男女の運命を描いた傑作。 第2次大戦中、前線兵士達の撤退の様子や、ロンドンの傷病兵収容病院の切迫した状況の描写が真に迫っていた。 いろいろな意味での驚きもあり、長く余韻の残る小説です。

 後年、小説家となったブライオニーの述懐:
もちろんわたしも知っている、ある種の読者が「でも、本当はどうなったの?」と尋ねずにいられないことは。答えは簡単だ ― 恋人たちは生きのび、幸せに暮らすのである。

I know there’s always a certain kind of reader who will be compelled to ask, But what really happened? The answer is simple: the lovers survive and flourish."


停電の夜に(1999)/ジュンパ・ラヒリ
著者はインド系アメリカ人の女性作家で本短編集によりピュリツァー賞を受賞。 表題作は、毎夜1時間の予告停電の間、うまくいかなくなった若夫婦がロウソクの灯りで向き合い互いに秘密の打ち明け話をするという話。派手な展開はないけど細やかな描写が魅力です。



ビル・エヴァンス(1998)/ペッティンガー
筆者は音楽理論に精通したクラシックのピアニストで、エヴァンスの生の軌跡を演奏記録を軸として辿っている。反面、私生活についてはサラッと触れるにとどめている。 詳細なdiscography付きで、エヴァンスの音楽を深く知りたいファンにとって貴重です。

「ビル・エヴァンスからは間違いなく色々なことを学んだ」 「ビルは静かな炎を持っていて、俺がピアニストに一番求めたのはそれなんだ。彼のアプローチの仕方や、創り出した音は水晶、もしくは清廉な滝から筋状になって落ちてくるキラキラした水のような音色だった」
/マイルス・デイヴィス



素粒子(1998)/ミシェル・ウエルベック
奔放な母親に養育放棄された異父兄弟、性的に淡白なミシェルと性依存症的なブリュノ、相反する二人の生の軌跡を描きセンセーションを巻き起こした。 ブリュノの鬱々たる性的彷徨譚に現代文明への批評と冷徹な人間観照が盛り込まれている。 やがて哀しき人類



ムーン・パレス(1989)/ポール・オースター
人類が月面に降り立った年、生きる意味を見失った青年フォグは餓死寸前の危機を友人に救われます。 フォグと、彼が出会う人々の魂の彷徨を描いた心揺さぶられる小説です。 頻出する”月”のイメージとありえない偶然は、”狂気”を表象しているのだと思う。



日の名残り(1989)/カズオ・イシグロ
英国貴族の館で長年執事を務めたスティーブンスは、20年前に退職した女中頭、ミス・ケントンに再会するための旅に出る。旅行中の出来事と、貴族に仕えていた当時の回想が交錯する。 絶滅危惧職 "執事" への興味と、ミス・ケントンとの淡い恋模様で読ませます。

You've got to enjoy yourself. The evening's the best part of the day. Now you can put your feet up and enjoy it.
人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。 日の名残り/カズオ・イシグロ 心からそう思えるように前向きに生きよう。


羊たちの沈黙(1988)/トマス・ハリス
FBIの訓練生クラリスは、精神異常犯罪者病院に収監されているレクター博士と面会し、女性連続殺人事件の犯人の手がかりを与えられる。 緻密な描写により醸成されるサスペンス、クラリスと博士とクロフォードの人物造形の巧みさに脱帽。 シリーズ中の最高作。

Well, Clarice, have the lambs stopped screaming?
どうだい、クラリス、子羊たちの悲鳴は止んだかい?



ウィトゲンシュタインの愛人(1988)/マークソン
実験的・野心的小説。 世界に一人生き残った女性画家がタイプライターに向かい言葉の赴くまま文章を打ち続ける。それらは、世界中の美術館、芸術家、哲学者などのトリビアの集積。 世界はそこで起きることのすべて、語りえることは些事しかない。

バートランド・ラッセルは弟子のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインをケンブリッジに連れて行き、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドがボートを漕ぐ姿を見せた。ウィトゲンシュタインは一日を無駄にしたと言って、バートランド・ラッセルに腹を立てた。

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが演奏していた楽器はクラリネットだ。 彼はなぜかそれを、ケースでなく古い靴下に入れて持ち歩いた。 実際、靴下から最も頻繁に流れ出した作曲家はおそらく、ウィトゲンシュタインのお気に入りだったフランツ・シューベルトだろう。



最後の物たちの国で(1987)/ポール・オースター
アンナは行方不明の兄を探しに、あらゆるものが崩壊しつつある国に入り、絶望的な極限状況の中で一日一日を生き延びようとする。 底なしの失墜・喪失感の果てに裏返しの希望が浮き上がってくるように思えるのが不思議。いかにもオースターらしい小説です。

小説冒頭とラストからの引用 :
There are the last things, she wrote. One by one they disappear and never come back.
これは最後の物たちです、と彼女は書いていた。一つまた一つとそれらは消えていき、二度と戻ってきません。
The only thing I ask for now is the chance to live one more day.


侍女の物語(1985)/マーガレット・アトウッド
市民の権利が剥奪された宗教独裁国家ギレアデでは、妊娠可能な女性は支配階級の子供を産むため「侍女」として教育された。 自由が抑圧された社会の緻密な描写、人間性が顕わになる限界状況下での人々の心の動きの描写が印象に残る文学的香気を持った小説でした。"

この物語がもっと違った物語であればいいのに。もっと洗練された物語だといいのに。 愛についての物語、あるいは人が人生にとって重要な悟りを得る物語だといいのに。せめて夕焼け、鳥、風、雪についての物語ならいいのに。
I wish this story were different. I wish it were more civilized. I wish it were about love, or about sudden realizations important to one’s life, or even about sunsets, birds, rainstorms, or snow.


ショールの女(1989)/シンシア・オジック
ナチスの強制収容所で我が子を失った女性ローザの半生を描いた短篇「ショール」と中篇「ローザ」を収録。 いずれも優れた短篇に贈られるO・ヘンリー賞を受賞しています。 収容所から逃れ30数年経った後もローザの心を蝕むホロコーストの闇に慄然とします。



銀河ヒッチハイク・ガイド(1979)/ダグラス・アダムス
SFコメディの傑作です。最後の地球人となったアーサーは、ガイドブックの地球調査員として派遣されていた異星人フォードと宇宙を駆け回ります。 僕が大好きなのが被害妄想のロボット。その重量級の鬱度は宇宙船を自殺に追い込むほどでした。



シャイニング(1977)/スティーヴン・キング
冬期には閉鎖される山中のホテルに、ひと冬の管理人として雇われたジャックは、妻ウェンディと息子のダニーを伴いやって来る。このホテルでは過去に幾多の惨劇が起きていた。 モダン・ホラーの傑作。狂気に追い込まれていくジャックの揺れ動く内面の描写が鮮やかだ。

ダニーは超能力(Shining) を持っていた。
「かがやき?」 「それはね、いろんなことがわかるってことなの。いろんなことを知ることができるってことなの。ときにはいろんなことが見えることもある。」
“Shine?” “It’s being able to understand things. To know things. Sometimes you see things.”


女には向かない職業(1972)/P.D ジェイムズ
22歳のコーデリアは駆け出しの探偵、最初の仕事は自殺した学生の父親からの依頼だった。 古今東西の女性探偵の中で、僕はコーデリアが一番好き。 英国的な品位があって、ひたむきさにうたれます。 女流本格派ジェイムズの女性らしい細やかな描写も魅力です。"

パブのマダムに探偵は女には向いてないと言われ、色んな人と会うということでは、あなたと変わりないわと言う場面
'After all, you can hardly keep the Agency going on your own. It isn't a suitable job for a woman.' 'No different from working behind a bar; you meet all kinds of people.'


スローターハウス5 (1969)/カート・ヴォネガット・ジュニア
第二次大戦でドイツ軍の捕虜となり、ドレスデン無差別爆撃をうけた作者の実体験による小説。 宇宙人から、時の巡礼者ビリーへのアドバイスは、 ""生きている間は幸福な瞬間に心を集中し、不幸な瞬間は無視すること 、美しいものだけをしっかりと見ること""
Later on in life, the Tralfamadorians would advise Billy to concentrate on the happy moments of his life, and to ignore the unhappy ones ― to stare only at pretty things."


若草物語(1869)/L・M・オルコット
マーチ家の四人姉妹の個性が鮮やかに描き分けられていて、それぞれ性格の弱点を持ちながらも、それらを克服しようと成長していく姿が強く印象に残ります。 中でも作者自身が投影されているジョーの、当時の常識に左右されず自分の生き方を貫こうとする姿が清々しい。
15歳のジョーの心情:
私おとなになったなんて考えるだけでぞっとするわ。そしてミス・マーチなんてものになって長いドレスを着て、エゾ菊みたいにつんとすましてるなんてさ。とにかく女の子だっていうのがいけないのよ。私は遊びだって仕事だって態度だって、男の子のようにやりたいのに、・・・"
"I hate to think I've got to grow up, and be Miss March, and wear long gowns, and look as prim as a China Aster! It's bad enough to be a girl, any-way, when I like boy's games, and work, and manners! I can't get over my disappointment in not being a boy. ""


思い出のマーニー(1967)/ジョーン・G・ロビンソン
養父母に育てられ自分の殻に閉じこもりがちのアンナが、夏の間、海辺の村の老夫婦に預けられ、不思議な少女マーニーと出会う物語。 かたくなな心をほぐしていくアンナの姿と、マーニーの謎の解明とで最後まで息が抜けない。 児童文学の枠を超えた作品だ。

冒頭の文章: Mrs. Preston, with her usual worried look, straightened Anna’s hat. “Be a good girl,” she said. “Have a nice time and ― and ― well, come back nice and brown and happy.” She put an arm round her and kissed her goodbye, trying to make her feel warm and safe and wanted.


チョコレート工場の秘密(1964)/ロアルド・ダール
世界一有名なワンカ氏のチョコレート工場への招待券を引き当てた5人の子供(悪ガキ4人と、貧しくても清く正しいチャーリー君)とその保護者たちが工場の中で見た秘密の数々。 あっというびっくりの連続で、ダールらしい毒もたっぷりあって大人も楽しめます。



人生のちょっとした煩い(1959)/グレイス・ペイリー 村上春樹訳
ユダヤ系米国人の著者の3つの作品集はすべて村上さんの訳で刊行されていて、これは彼女の第一短編集。 いかにも村上さん好みのウィットに富んだ作品が多く、カーヴァーのような痛みは希薄である反面、ぶっ飛んだ内容の短編もあって楽しい。

これらの作品に共通して指摘できる特徴は、まず何よりも語り口の巧さである。物語はすべて口語によって生き生きと語られ、我々読者は知らず知らず、言うなれば耳から、その世界に引きずり込まれてしまうことになる。 生きている物語と、生きている言葉
/村上春樹 「人生のちょっとした煩い」あとがき"



ティファニーで朝食を(1958)/トルーマン・カポーティ 村上春樹訳
ニューヨークを舞台に、その自由奔放さで男たちを手玉にとり、上流階級からマフィアの世界まで軽やかに泳ぎ回る女性ホリー・ゴライトリーを描いた傑作中編。 彼女に翻弄されながらも惹かれていく私(駆け出しの作家)の気持に共感できます。

初対面のホリーの描写 ほとんど夏のような暖かな夜で、彼女はほっそりしたクールな黒いドレスに、黒いサンダルをはき、真珠の小さなネックレスをつけていた。その身体はいかにも上品に細かったものの、彼女には朝食用のシリアルを思わせるような健康な雰囲気があり、石鹸やレモンの清潔さがあった。
It was a warm evening, nearly summer, and she wore a slim cool black dress, black sandals, a pearl choker. For all her chic thinness, she had an almost breakfast-cereal air of health, a soap and lemon cleanness, ・・・


クリスマスの思い出(1956)/ トルーマン・カポーティ  村上春樹訳
僕(7歳のカポーティ)が、彼女(60歳過ぎのいとこ)と一緒に過ごした最後のクリスマスの情景を描いています。 村上さんも書いているように、この作品に感動する根底には、子供の時の自分がもっていたイノセンスへの憧憬があるのだと思う。



夏への扉(1956)/ロバート A ハインライン
SFオールタイムベストにも選ばれるタイムトラベル物の名作です。 今回、再々読くらいでしたが、発表当時は明るい未来を手放しで信じられたんだなあと感慨に浸りました。 テンポのよい軽妙な語り口、読後のほっこり感を保証します。 とくに猫好きの方におすすめです。



吠える その他の詩(1956)/アレン・ギンズバーグ 柴田元幸 訳
今年6月に刊行された新訳です。アメリカでおそらく最も有名なこの詩を諏訪優さんの訳で初めて読んだときの驚きと感動がよみがえってきます。 ギンズバーグの盟友だったケルアック「路上」、バロウズ「裸のランチ」もいずれ読み返したい。



世界の十大小説(1954)/サマセット・モーム
選出されたのは、
トム・ジョーンズ/フィールディング
高慢と偏見/オースティン
赤と黒/スタンダール
ゴリオ爺さん/バルザック
デイヴィッド・コパフィールド/ディケンズ
ボヴァリー夫人/フローベール
白鯨/メルヴィル
嵐が丘/ブロンテ
カラマーゾフの兄弟/ドストエフスキー
戦争と平和/トルストイ

「トム・ジョーンズ」と「ゴリオ爺さん」は未読。たぶんこれからも。 「高慢と偏見」と「カラマーゾフ」は、3回以上読んでいます。きっとこれからも。 結びに作家たちによる架空のパーティーが描かれていて、一人離れて座っているエミリにドストエフスキーがちょっかいを出したり、これは笑えます。"


床下の小人たち(1952)/メアリー・ノートン
シリーズ第1作。小人の少女アリエッティは、父母と共に人間の家の床下で借り暮らしをしていた。 ある日、アリエッティが家の男の子に見られてしまい、波乱が起きます。 冒険したがりで危なっかしいアリエッティを見守りながらハラハラさせられます。



結婚式のメンバー(1946)/カーソン・マッカラーズ  訳:村上春樹
12才のフランキーが、兄の結婚式に出席するため街を離れるひと夏の出来事。 繊細で抒情的な筆致で、多感な少女の不安定な心の内面が鮮やかに描写されています。 春樹さんによる著者と小説の解説も、ため息ものの素晴らしさです。



ペスト(1945)/カミュ
194*年、アルジェリアのオラン市でペストが蔓延し、市は外部と遮断される。 致死の病という不条理と向き合う市民、とくに医師リウーと仲間たちの生と死を冷静なタッチで描いた名作。 ペストと戦う唯一の方法は、誠実に自分の職務を果たすことだと言うリウーに心ひかれます。

リウーはほほえんだ。「せんじつめてみれば、あんまり気のきかない話だからね、ペストのなかでばかり暮らしてるなんて。もちろん、人間は犠牲者たちのために戦わなきゃならんさ。しかし、それ以外の面でなんにも愛さなくなったら、戦ってることが一体なんの役に立つんだい?」


異邦人(1942)/カミュ
二十歳の頃、この小説を読んでインパクトを受け、「ペスト」に感動し、エッセイ「シーシュポスの神話」にあおられて、カフカ、キルケゴールに手をのばし、ドストエフスキーにはまって、図書館の全集で借金の手紙まで読んだ。 カミュ氏に感謝しています。

明日というものはない、不条理はこのことを僕にはっきりと教えてくれる。以後ここに、僕の深い自由の根拠があるのだ。 自分の生を、反抗を、自由を感じとる、しかも可能な限り多量に感じとる、これが生きるということ、しかも可能な限り多くを生きるということだ。
シーシュポスの神話/カミュ



心は孤独な狩人 (1940)/カーソン・マッカラーズ
待望の村上春樹による新訳! 1930年代のアメリカ南部の町が舞台。人種差別や貧困など、登場人物の誰もが苦しい現実と向かい合って生きている。 重い内容だけど繊細で詩情に満ちていて改めて感動しました。 この小説が作者23歳の時に書かれた処女長編とは、まったく驚きです。
街に現れた物静かな聾唖の青年、シンガーに人々は引き寄せられ、彼に告白や内訳話をします。 その中のひとりで音楽に夢中の13才の少女、ミックの繊細な心の動きがていねいに描き出されています。

僕が初めてこの『心は孤独な狩人』を読んだのは、大学生のときだ。そして読み終えて、とても深く心を打たれた。もう半世紀も前のことだが、以来この本は僕にとっての大切な愛読書になった。 古今東西、女性作家の中では僕が個人的にいちばん心を惹かれる人かもしれない。
訳者あとがき 村上春樹


Songs from an Evening with Carson McCullers(2016)/スザンヌ・ヴェガ
マッカラーズをテーマとした舞台劇で本人役を演じたヴェガによるコンセプトアルバム。 マッカラーズの生涯、作品に沿った歌詞により作家の肖像をあざやかに描き出していて、マッカラーズへのヴェガの敬愛の念が窺えます。

I discovered her writing as a teenager and have always felt her to be a woman ahead of her time, and admired her for her ideals of human rights and empathy for the outsider.
Lover, Beloved: Songs from an Evening with Carson McCullers/スザンヌ・ヴェガ


不穏の書/ペソア
リスボンで暮す男の手記の体裁をとった、ポルトガルの詩人ペソア(1935没)の未刊の散文集。 本書には遺稿から編集された長短様々の466の断章が収録されています。 内容は日常の描写から哲学的論考、文学論まで多岐にわたり、たぐい稀な詩人の感性に触れることができます。

この本は、少しづつ、たとえば、日ごとにひとつ、ふたつの断章を読み進めるという向き合いかたがふさわしいと思う。 私はいつも現在に生きている。未来は知らない。過去はもう持っていない。一方はあらゆることの可能性として、他方は何もないという現実として私に重くのしかかる。


マーティン・イーデン(1909)/ジャック・ロンドン
荒くれ者の船乗りの青年マーティンが良家の令嬢を愛し、彼女の知性に憧れる事で文学に目覚め、独力で作家を目指す。 作中で描かれる作家修業の描写は自身の経験に基づいていると思われ、その不屈の精神力に打たれました。作者渾身の名作です。



マクベス(1606頃)/シェイクスピア
人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても出場が終われば消えてしまう。白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。

第5幕第5場 マクベスの有名なセリフからの引用 原文では、
Life's but a walking shadow, a poor player That struts and frets his hour upon the stage And then is heard no more. It is a tale Told by an idiot, full of sound and fury Signifying nothing.

 

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