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国内作品読書録(2019年・2020年)

Twitterに投稿した読書記事をまとめました(出版年降順)。

2021年読書録(国内作品)
2021年読書録(海外作品)
2019年・2020年読書録(海外作品)
(出版年降順)
ぜんぶ本の話(2020)/池澤夏樹・春菜
文学者の父と声優・エッセイストの娘による楽しい本談義。 春菜さんの得意分野のSF、それに児童文学、ミステリーをメインに、読みたくなる本がたくさん出てくる。 夏樹さんが父である福永武彦について、春菜さんが父の本について書いたエッセイも興味深かった。



キャサリンはどのように子供を産んだのか?(2020)/森博嗣
AIが進化した世界が舞台のWWシリーズ第3作。 女性科学者クーパ博士が研究所を訪れた8人の人間と共に消えた謎の調査にグアトとロジが赴く。 「すべてがFになる」を思い起こす展開。 グアトとロジ、二人の関係の独特の間合いが好きです。

人が機械に近づき、生きているものと、生きていないものの境界が曖昧になってしまった。人は死ななくなったし、生まれなくなった。そうなると、もうほとんど生きていないのと同じなんだ。 夢か現か、どちらでも良いみたいな感じになっている。


幽霊を創出したのは誰か?(2020)/森博嗣
wwシリーズの最新刊は、グアトとロジが城跡で男女の幽霊と出会ったことが発端。 人工細胞移植により人が事実上不死となった反面、子供が生まれなくなり、AIとVRが浸透した未来世界で、幽霊は果して存在可能なのか。 グアトとロジの会話になごめます。

「悲鳴を上げました?」 「いや、上げていない」 「私も、悲鳴って、上げたことがありません。発声練習をしておかないと、上げられませんよね」


一人称単数(2020)/村上春樹

久々の村上さんの短編集、楽しめました。
クラシック(シューマン「謝肉祭」)、モダンジャズ(チャーリー・パーカー)をフィーチャーした短編があり、ミケランジェリが弾く「謝肉祭」、パーカーやジョビンのアルバムを聴きながら読みました。次は長編を期待!



(コミック)鎌倉ものがたり(1984- )/西岸良平
主人公の一色正和は鎌倉に住むミステリー作家で、人間と神仏や魔性の者達が共存する鎌倉で起こる怪異な難事件を解決していく。 優しさとユーモアにシュールさが加味されていて大好きです。愛妻の亜紀子さんとのほのぼのとした二人のやり取りにも癒やされます。



斎王夢語(2019)/萩尾望都
1993年に上演された野外劇の脚本で、飛鳥〜鎌倉時代の斎王を描いた古代ロマン。斎王とは、神に仕える巫女で、天皇の親族の未婚女性が選ばれる。 斎王たちの哀しい運命に優しく寄り添っている劇だ。 望都さんの原作・脚本では、劇団夢の遊眠社の「半神」が大感動でした。



地先(2019)/乙川優三郎
人生の転機にある男女を描いた8短編を収録。 事故で重傷を負い、実家で療養する建築設計士の女性、後援者である愛人との別れを決意する画家など、過去のしがらみを抱えつつ未来に一歩を踏み出そうとする人たちの姿が心に響きます。 彫琢された味わい深い文章も魅力です。



大きな鳥にさらわれないよう(2016)/川上弘美
数千年後の世界、人類は衰退から滅亡への歩みを止められないでいます。 大きな母、母たちと子どもたち、彼らをひたすら見守るものたちの幾世代にもわたる物語です。 “澄んだ絶望”ということばがぴったり。はかなくて、いとおしくて、うつくしくて。



某(2019)/川上弘美
名前、年齢、性別不明のまま突如現れた私は、「誰でもない者=某」だった。何にでも変化できる""某"" は、女子高生、男子高生、31歳の男性・・・と変化し続ける。 川上さんらしい魔訶不思議な小説。他者への愛、共感を知って、次第に変わっていく""某"" に注ぐまなざしは優しい。



デッドライン(2019)/千葉雅也
哲学者、千葉さん初の小説にして芥川賞候補作。 大学院生で、ゲイの「僕」の日常を描いている。 「僕」は、ゲイとしての欲望をドゥルーズを介して位置付けようとするが頓挫、修論のデッドラインが迫る。 哲学を通して自分自身の生と向き合おうとする「僕」に共感しました。

世の中の「道徳」とは結局はマジョリティの価値観であり、マジョリティの支配を維持するための装置である。マイノリティは道徳に抵抗する存在だ。抵抗してよいのだ、いや、すべきなのだ。そういう励ましが、フランス現代思想のそこかしこから聞こえてきたのだった。


永遠(2019)/ZARD
ZARDを支えた人たちに取材し、2007年に永遠の星となった坂井さんの素顔を描き出している好著。 ZARDのアルバム9枚連続ミリオンは歴代1位。 きれいすぎて、女性に敬遠されるのを恐れ、美しく写っている写真はCDなどにあえて使わず封印していたというエピソードが何ともすごい。



プラスチックの祈り(2019)/白石一文
作家の姫野は最愛の妻の死後、体の一部のプラスチック化と記憶障害に脅かされていた。彼は真実の過去を求めて記憶の迷宮に踏み入る。  640ページ!著者の最厚作。ファンなので長くてもOK。 超常現象とミステリーが絡み合いながら盛り上がっていきます。



小箱(2019)/小川洋子
子どものいない世界、私は元幼稚園で暮らし、亡くなった子どもたちの未来が保存されているガラス箱の世話をする。 届くたびに文字が小さくなっていく恋文、手作りのとても小さな楽器による”一人一人の音楽会”・・・ 小川さんらしい静謐な哀しさが極まった感のある小説です。



あとは切手を、一枚貼るだけ(2019)/小川洋子・堀江敏幸
大好きな作家のコラボによる14通の往復書簡からなる物語。 二人の間では、事前に全体の大まかな設定しか決めていなかった気がする。 互いの手紙に触発され、喚起された詩的イメージを小説という枠の中にコラージュして出来上がった珠玉作品。



どうしても生きてる(2019)/朝井リョウ
六短編集。生きづらさを抱える主人公たちにも未来はあった。 ""それでも生きなければならない明日は来る。""「風が吹いたとて」 ""だからきっと、大丈夫、これまでみたいに、不安で不安でたまらないまま、大丈夫になるまでどうせまた生きるしかない。""「籤」



熱帯(2018)/森見登美彦
誰も結末を知らない幻の本『熱帯』の探索と、『熱帯』に書かれていた大冒険物語が入り交じって錯綜し混迷を深めていく。 物語は物語られることによってこそ真に面白いのだということを身をもって証明した千夜一夜物語の娘シャハラザードに捧げられた小説とも言えそうだ。
BGMは、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」で決まり。 ゲルギエフ盤なら言うことなし。



(コミック)海街diary(2018)/吉田秋生
父の死をきっかけに鎌倉で三姉妹と一緒に暮らすことになった異母妹のすずを主人公とし、姉妹の日常を情感豊かに描いたコミックの名作。2006年から12年間不定期連載された。 作者の切ないほど優しいまなざしが姉妹だけでなく、すべてのキャラクターに注がれている。



ひとまず、信じない(2017)/押井守
「攻殻機動隊」などを手がけた著者が、幸福、仕事、政治、映画などについて論じ、すべてにおいて「優先順位をつけること」が最も重要であるとの考えを示している。 「映画を作るとは、監督のやむにやまれぬ思いを込めるということだ」 力強い言葉だ。



森へ行きましょう(2017)/川上弘美
人にはそれぞれ、あのとき・・・でなく・・・していれば、という岐路が無数にあります。 小説は、同じ境遇に生まれ別の道を歩んだ留津とルツ(そしてその他の""るつ"")のパラレルワールドをたどっていきます。 人生という森の豊穣さにあらためて気づかされます。



好きよ、喫茶店(2017)/菊池亜希子
都内の素敵な喫茶店を記事と写真と菊池さん自身によるイラストで紹介。 全20店中、行ったことがあるのは、本郷「ルオー」、神保町「ラドリオ」、西荻窪「どんぐり舎」、阿佐ヶ谷「gion」、高円寺「七つ森」、吉祥寺「くぐつ草」「ゆりあぺむぺる」の7店でした。



わたしたちは銀のフォークと薬を手にして(2017)/島本理生
30歳のキャリアウーマンの知世と一回り年上のwebデザイナー椎名の恋模様。 困難を抱えながらも、爽やかな二人の大人の関係に好感が持てます。 知世の妹や友人たちそれぞれの恋愛事情も並行して描かれていて、TVドラマ化に向いてそう。



サロメ/原田マハ(2017)
その戯曲のタイトルは、<サロメ>。 哀しく、美しい恋の話だ。― 破滅的なほどに。 ビアズリーの庇護者にして最大の賛美者であった彼の姉、メイベルの視点から「サロメ」の挿画執筆におけるワイルドとの交流を主軸に、25歳の若さで逝った彼の生の軌跡を描いています。



おらおらでひとりいぐも(2017)/若竹千佐子
著者63歳の時のデビュー作で芥川賞を受賞。 新興住宅地でひとり暮らす74歳の桃子さんの日常が、身内から湧き上がる東北弁丸出しの声たちを交えて描かれている。 地球46億年の歴史、過去の自分、愛と自由と孤独に思いをめぐらす桃子さんの今が素敵だ。
亭主の死と同時に桃子さんはこの世界とのかかわりも断たれた気がして、もう自分は何の生産性もない、いてもいなくてもいい存在、であるならこちらからだって生きる上での規範がすっぽ抜けたっていい、桃子さんの考える桃子さんのしきたりでいい。おらはおらに従う。

よ聴いでけれ、耳をかっぽじってよぐ聴いでけれ でいじなのは愛よりも自由だ、自立だ。いいかげん愛にひざまずくのは止めねばわがねんだ。愛を美化したらわがねのだ。すぐにからめとられる 一に自由。三、四がなくて五に愛だ。


犯罪小説集(2016)/吉田修一
行方不明、殺人、賭博など三面記事的な事件を題材にした5編の短編集。人の欲望・業がもたらした犯罪を物語る際に陥りがちな陳腐化を免れているのは、作者の卓越したストーリー構築力、描写力の賜物だろう。映画「楽園」の原作となった「青田Y字路」がとくに秀逸でした。



村上春樹と仏教(2016)/平野純
仏教的観点から長編小説群を読み解き、彼が現代日本を代表する仏教作家であるという結論を導き出しています。春樹作品に通底する無常観が仏教の「空」の世界に繋がっていて、頂点として「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を挙げているのも頷けます。



夜行(2016)/森見登美彦
10年前、仲間と訪れた鞍馬の火祭りで、女性が失踪し消息を絶った。 永遠に続く夜へと誘う銅版画「夜行」との因縁がもたらす幽玄なファンタジー。 春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸の騒ぐなりけり 作中引用されている西行の歌が、物語の雰囲気を象徴しているようだ。



消滅世界(2015)/村田沙耶香
人工授精による出産が一般化し、夫とのセックスが近親相姦と見なされる世界で、""私""は「社会の常識」に違和感を覚え葛藤します。 たしかに家族や性の様相は変わっていくのかもしれない。 後半の実験都市の描写が、ありがちなディストピアとなっているのが惜しまれます。



ロゴスの市(2015)/乙川優三郎
翻訳に魅せられた男と同時通訳者志望の女が出会う。30年にわたる二人の軌跡を描いた島清恋愛文学賞受賞作。 本作で乙川さんを知りファンになりました。男が敬愛する作家としてラヒリなどとともに芝木好子の名があったけど、無駄のない端正な文章は共通しているな。

「世界の現実は無数の人生のシャッフルで作られているような気がします、たとえ小さな島に生まれても大きな現実の渦に巻き込まれずにはいられません、文学とはそういう個々の人生を掬(すく)い上げて世界の一部であることを知らしめることではないでしょうか」


太宰治の辞書(2015)/北村薫
「円紫さんと私」シリーズ17年ぶりの続編。 <私>も順調に齢を重ねて編集者となり、中学生の息子もいます。 シリーズ作「六の宮の姫君」同様、芥川や太宰などの文学作品が題材で、太宰の「女生徒」について、彼のしたたかな小説作法に触れることもできて楽しかった。



海うそ(2014)/梨木香歩
昭和の初め、地理学者の秋野は南九州の島へ調査に赴きます。 近しい人を相次いで亡くした秋野にとって、豊穣な自然を有し、修験道の霊山があった島は、生者と死者を繋ぐ地でもあったのかもしれません。 50年後、島を再訪した彼が抱いた想いとは。



八月の六日間(2014)/北村薫
30代半ばから山に登り始めた"わたし"の日常と折々の単独山行を描いた小説。 精神安定剤として山に持参する本が、内田百閨A吉田健一、中島敦、ウルフなどで、いかにも文芸誌の編集者らしい。 山で出会う女性たちも魅力的。読み返すたび無性に山に誘われる本です。
ハイライトは、"北アルプスの奥の奥" 雲ノ平への6日間の単独山行です。 雲ノ平は標高約2600mに広がる国内で一番高い台地で、アプローチが長く、"日本最後の秘境"とも呼ばれています。 僕も2年前の8月に山小屋4泊5日で訪れました。自然にどっぷり浸った思い出深い山行でした。


菊池亜希子のおじゃまします 仕事場探訪20人(2014)
菊池さんが、大好きな人たちの仕事場を訪問し、記事・トーク・イラストでまとめた本です。 興味深かったのは、糸井重里さんの「ほぼ日」のオフィス、彫刻家・舟越桂さんのアトリエ、小川洋子さんの仕事場、細野晴臣さんのスタジオなどでした。



孤独の価値(2014)/森博嗣
孤独を受け入れることは、つまりは、自由になることである。周囲に仲間がいるうちは、ある程度歩調を合わせなければならない。愛情も友情も、楽しいときもあるかもしれないが、確実に貴方を縛るものだ。 完全に絆を断ち切ることは非常に難しいが、少なくとも心は自由でありたい。



嫌われる勇気(2013)/岸見一郎、古賀史健
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」これはアドラー心理学の根底に流れる概念です。 他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めたアドラー心理学ならではの画期的な視点になります。

アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定します。承認を求めてはいけない。 他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。



去年の冬、きみと別れ(2013)/中村文則
連続殺人により死刑を宣告された男を取材するフリーライター。彼と共に読者は狂気に憑かれた人間たちがうごめく闇に踏み入っていく。 凝ったサスペンスドラマです。作中、芥川龍之介「地獄変」、カポーティ「冷血」に言及しているのがいかにも著者らしい。



最果てアーケード(2012)/小川洋子
小さなアーケードで売られている物、レースの切れ端、義眼、バネ、ドアノブ・・・それらを必要としている人をじっと待っています。 「私」は両親の死後もそこで暮らし、配達係をしています。 小川さんの小説に通底する静謐な雰囲気と静物への親密感が好きです。



(コミック)最果てアーケード(2012)/有永イネ
有永さんの絵がなければ、到底私は主人公の少女を、最後まで見送ることはできなかったでしょう。 (あとがき・小川洋子) もうひとつの「最果てアーケード」の世界を作りだしています。エピソードを整理した巻末「よくわかる年表」が参考になります。



人質の朗読会(2011)/小川洋子
海外ツアーに参加した7名の旅行者と添乗員の計8人がゲリラに拉致され、監禁された小屋で自ら綴った話を朗読し合います。 この作品は8つの短編小説集とも言えます。 誰もが唯一無二の記憶を持っているということ、もし自分がその場にいたらと考えます。



道化師の蝶(2012)/円城塔
芥川賞受賞の表題作は、世界を旅する多言語作家にして手芸家をめぐる話、もう一編の「松ノ枝の記」は、SF要素も含まれるが、どちらも言葉を題材として独自の迷宮を構築している。 文章の底に流れるユーモアと叙情が魅力。抽象的な小説が好みの人におすすめです。



マスカレード・ホテル(2011)/東野圭吾
都内の高級ホテルで殺人が計画されているとの情報から、敏腕刑事がフロントに配置された。未経験の彼は有能な女性スタッフの指導を受ける羽目に。 ""やたら七面倒臭い計画を立てる""犯人に翻弄される捜査陣とホテルマンの奮闘ぶりが面白い。続編も読まなきゃ。



すべて真夜中の恋人たち(2011)/川上未映子
人と接することが苦手でひっそりと生きてきた冬子が初めて恋をする。 不安と希望の間を揺れる冬子の心に優しく寄り添う文章は、真夜中にほのかに輝く繊細な光のように心に響く。 冬子と対照的な女性、聖にも作者の暖かいまなざしが注がれている。

ピアノのうつくしい子守歌。すてきな曲ですね。そうですね。ショパンでいちばんすきな曲です。冬子さんも気に入りましたか。

元のピリスの盤には、ピアノ協奏曲第1番と子守歌、幻想曲、幻想即興曲が収録されています。ピリスはとてもすきなピアニストです。"


空也上人がいた/山田太一(2011)
訳あって特養ホームを辞めた27歳の草介は、中年の女性ケア・マネ重光さんの紹介で、81歳の男性、吉崎さんの在宅介護を始める。 それぞれ重い過去を背負った世代の異なる三人の抱く想いが、ゆらぎ合う様が切なく心にしみます。 山田さんの脚本で映像化してほしい。
草介は吉崎さんから、自分の代わりに京都に行って、空也上人像を見てほしいと頼まれます。 "なにもかも承知で、しかし、ただ黙って、同じようにへこたれて歩いてくれる人に会わせたいと思った。"  人は、とことん最後まで寄り添ってくれる何かを求めずにはいられないのかもしれない。


悪と仮面のルール(2010)/中村文則
「邪」に憑かれた家系に生まれた文宏は、幼い時から共に育てられ愛し合った孤児の香織を「邪」から守るため罪を重ねる。 自身の内の「邪」を見つめながら、愛を貫こうとする文宏の思いの深さに打たれます。 ほろ苦くも、ほの明るい幕引きにひと息つきました。



岸辺の旅(2010)/湯本香樹実
生と死の狭間を描いた静謐な小説です。 3年ぶりに戻ってきた夫は死者だった。瑞希は誘われるまま帰ってきた道をたどる旅に出ます。この世とあの世の境が不分明な出来事に遭遇しながら二人の旅は続きます。 旅は瑞希にとって新生への通過儀礼だったのかもしれない。



逍遥の季節(2009)/乙川優三郎
江戸時代、女性の自立が今よりずっと困難な時代、身につけた工芸や芸道(三味線、茶道、絵、舞踊、華道など)を拠りどころに生きる女性達を描いた7つの短編。がんばる彼女らにエールを送りたくなります。乙川さんの題材に対する綿密なリサーチと精緻な描写に脱帽です。



猫たちの舞踏会(2009)/池田雅之
ミュージカル「キャッツ」と原作の詩を対比し、その魅力と謎を探っている好著。登場猫たちのプロフィール付き。 驚くのは、ウェーバーらが、独立した14編のエリオットの詩にわずかな書き足しをしただけで、ほぼそのままま用いてミュージカルに仕立てたということ。



彼女のいる背表紙(2009)/堀江敏幸
著者が、サガン、デュラス、ウルフ他の作品48篇に登場する女性たちについて触れたエッセイ集で、彼女たちの国籍も、年代も、年齢もさまざま。 僕にとって未知の作家や作品がほとんどでしたが、堀江さんらしい端正な文章に引き込まれて愉しく読みました。

過去に書物の中で知り合った印象深い女性たちとの再会を企てた。 背表紙のむこうの彼女たちのもとへ出向き、言葉を交わすだけの話なのだが、再読とはいわば時間の層の掘り返しであり、場合によっては、避けて通ってきたものを見つめ直す、厳しい試練になる。


いつか響く足音(2009)/柴田よしき
郊外の古い団地に暮らす人々を描いた連作短編集。 借金まみれのキャバクラ嬢、息子夫婦から絶縁された老女、野良猫ばかり撮る男など、いかにも暗そうな短編が連なり、終盤に至って明暗が反転する。 うまいなあ、参りました。それにしても ""猫の集会""が気になる。



哲学は人生の役に立つのか(2008)/木田 元
著者は日本を代表する哲学者の一人として知られ、自らの80年の人生を振り返りながら、「まわり道人生と哲学」について語っています。 「今の若い人たちになにか言えるとしたら、自分の好きなことをして生きるのがよさそうだということでしょうかね」



ハーモニー(2008)/伊藤計劃
著者の遺作となった傑作SF。 完璧な健康管理社会に絶望した少女ミァハは、トァンとキアンを誘って自殺を図る。13年後、WHOの上級監察官となったトァンは同時集団自殺事件の調査に赴く。 個人の体に埋め込まれたWatchMeによる監視・管理社会の未来は遠くない気がする。

わたしたちは互いに互いのこと、自分自身の詳細な情報を知らせることで、下手なことができなくなるようにしてるんだ。この社会はね、自分自身を自分以外の全員に人質として差し出すことで、安定と平和と慎み深さを保っているんだよ。


虐殺器官(2007)/伊藤計劃 核戦争でサラエボが消えた近未来、後進諸国での内戦や大規模虐殺を陰で操る謎の白人を追う米軍暗殺部隊のクラヴィスが見出した真相とは。 「ゼロ年代SFベスト」国内篇第1位のデビュー作。 科学・思想・文化など、広範な知見に支えられた抜群の描写力に降参です。



芥川龍之介 短篇集(2007)ルービン編 村上春樹 序
「ノルウェイの森」他の村上作品の訳者である編者が、18編を選んで英訳したPaperbackと同じ内容。 村上さんは、芥川文学の美点として文章のうまさと質の良さを挙げている。 「羅生門」他の歴史物より「歯車」など晩年の切実な作品に惹かれました。



カツラ美容室別室(2007)/山崎ナオコーラ
27歳のオレと美容師のエリの微妙な関係を軸に、クセのある友人たち、美容室のオーナーの桂さんらが織りなす日常を描いている。 非ドラマティックなホームドラマ風のノリが不思議に楽しい。男女間の友情、ありありだと思うけどな。

男女の間でも友情は湧く。湧かないと思っている人は友情をきれいなものだと思い過ぎている。友情というのは、親密感とやきもちとエロと依存心をミキサーにかけて作るものだ。ドロリとしていて当然だ。恋愛っぽさや、面倒さを乗り越えて、友情は続く。


終末のフール(2006)/伊坂幸太郎
小惑星衝突による世界の終わりまであと3年、社会の混乱が小康状態となり一種平穏な日々を過ごす人々の日常を描いた連作短編集、本屋大賞ノミネート作品。 新しい目標が「恋人を見つける」だったり、疑似家族を作ったり、女性たちの「今を生きている感」がよかった。



文章教室(2006)/福田和也
140字で伝わる文を書きたいと、文章読本の類を読んだ中で参考になった1冊。 「書く力」を養うこととは「読む力」を養うことにほかならないというのが本書の主旨で、実際の小説の文章を例にとり解説しています。 早速感化され、綿矢さん、江國さんの本を読み返すつもり。



夜は短し歩けよ乙女(2006)/森見登美彦
「先輩」が想いを寄せる「黒髪の乙女」は、底なしの酒豪で、緋鯉を背負い、愛のおともだちパンチを使い、御都合主義に身をまかせ、悪い風邪に蹂躙された京都の街をずんずんと歩く。 キャッチコピー「キュートでポップ」に加えてシュールな面白さ。なむなむ!

それにしても、いったい何が起こっているのでしょうか。 風邪の神様、風邪の神様、なにゆえこんなに御活躍?


東京公園(2006)/小路幸也
カメラマン志望の圭司は、見知らぬ男から、幼い娘を連れて公園を巡る妻を尾行して写真を撮って欲しいと依頼される。 圭司と彼の友人、幼なじみの女友達、義理の姉らが織りなす青春劇。 それぞれが自身の葛藤を抱えながらも互いを思いやる優しさに触れ、心癒やされます。
小説中、圭司が友人たちや姉と一緒に映画DVDを観る場面が数ヶ所挿入されていました。 ""コーヒー&シガレッツ""、""ベルリン・天使の詩""、""明日に向かって撃て""、""ロスト・イン・トランスレーション""、”小さな恋のメロディ”他。 著者、小路さんの映画愛が感じられる。

「ねぇ、ひょっとして富永の行動基準とか判断基準って、いかに映画のように美しいかじゃないの?」 そう言うと富永は眼を細めて僕を見て、何を今さら、と言う。 「それもひとつの見識でしょ?」
たしかに、拠り所のひとつになっているかもしれないな。"


帰宅の時代(2005)/林 望
リンボウ先生の「自分らしく」暮らすための十ヵ条 ・家に帰ろう! ・「人並みの生活」を捨てよう ・霜降り肉を疑え ・自分でよく調べるべし ・身の程を知れ ・「清貧」ではなく「清富」であれ ・自己投資には金を惜しむな ・他人と違うことに誇りを持て 他二ヵ条



博士の愛した数式(2003)/小川洋子
永遠の真理を愛し、子供たちを素数と同じように愛し、兄の妻だった女性を愛した博士、ひたむきさにおいて博士に負けていない私、そして母を博士を愛し、博士のたどった道を歩もうとするルート、三人の純粋な心の交感に胸をうたれます。



蹴りたい背中(2003)/綿矢りさ
“さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。” 史上最年少19歳での芥川賞受賞作、冒頭の文章。 すごいね。ストンと胸の底に落ちて留まる。



インストール(2001)/綿矢りさ
" まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の17歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。" 17歳でのデビュー作にして文藝賞受賞作。 初々しくも明晰でリズム感のある文体にほれぼれします。



本格小説(2002)/水村美苗
水村さんが愛し、繰り返し読んだ「嵐が丘」を日本の風土に移して自らの感性により再構築し、"日本的な本格小説"の創造を意図した傑作長編です。 孤児の太郎と裕福な家の娘、よう子の恋愛劇は、ヒースの荒野とは異なる日本的な精神風土では変容して行かざるを得なかった。



黒と茶の幻想(2001)/恩田陸
40代を目前にした学生時代の友人の男女4人が、Y島へ "美しい謎"を解く"非日常の旅"に出ます。 本格ミステリーとは一味違う恩田さんらしい小説です。 心の中でわだかまっていた過去を整理し、吐露し、未来への新たなスタート台に立つ四人の姿に深い共感を覚えました。

わたしたちが最初から島の見ている夢だとしたらどうだろう。島は四人の男女が旅をしている夢を見ている。彼らは青春時代の記憶や、小さな謎について語り続けている。島は、彼らのこれまでの人生すら夢に見る。ある者は別れ、ある者は結婚し、ある者は子供を育て、ある者は・・・


赤毛のアンに隠されたシェイクスピア(2001)/松本侑子
小説中のシェイクスピアなど、英米文学からの引用が多数紹介されていて、「赤毛のアン」の奥深さを実感できます。 著者には「誰も知らない『赤毛のアン』 背景を探る」や、「赤毛のアンへの旅〜秘められた愛と謎」他の関連本があります。



いつか王子駅で(2001)/堀江敏幸
大好きな作家、堀江さんの最初の長編を再読。 都電荒川線沿線に住む”私”と町の人たちとの触れ合いを軸に、島村利正や徳田秋声などについての文学談義や競馬の話などをからめていて、ストーリーの盛り上がりには乏しいけど、情緒に富んでいて今回も楽しめました。

なるほど「のりしろ」か。私に最も欠落しているのは、おそらく心の「のりしろ」だろう。他者のために、仲間のために、そして自分自身のために余白を取っておく気づかいと辛抱強さが私にはない。


「捨てる!」技術(2000)/辰巳渚
整理とか収納ではなく、"捨てる"技術のミリオンセラー指南本で、捨てるための考え方、テクニックが紹介されています。 共感し実践する過程で、モノで溢れた空間がすっきりとしていくことの快感に目覚め、モノを保有することについての意識が大きく変わりました。



ヴァイオリンと翔る(2000)/諏訪内晶子
諏訪内さんは、チャイコフスキー国際コンクールで最年少優勝した2年後に演奏活動を休止し、ジュリアード音楽院、コロンビア大学で3年間学び、活動を再開。 音楽と真摯に向き合い、演奏家として成長したいという沸き立つ思いが綴られている20代のエッセイ。

2017年、諏訪内さんが芸術監督を務めている「国際音楽祭NIPPON」で、チャイコフスキー国際コンクール覇者のピアニスト、チェリストと組んで披露されたチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」(BSプレミアム)。 音楽を共に作り上げる喜びが伝わってくる素晴らしい演奏でした。


手紙、栞を添えて(1998)/辻邦生・水村美苗
朝日新聞に約1年間掲載された、敬愛する二人の文学者による往復書簡集です。 50余通の手紙には、古今東西20名余りの作家の名作についての二人の思いと、読書体験の喜びが綴られていて、水村さんのひたむきさ、辻さんの優しさが文面から伝わってきます。

私は、このお手紙によって、現在のすさまじい世界にも幸福があるのだとしみじみと改めて信じられます。 文学の中には事件も起こります。嬉しいこともあります。悲しいこともあります。でもそれが文学の中にあって私たちの喜びのためにいつでも出てきてくれるとは何と素敵なことでしょう。 辻邦生

スタンダールの言葉をもう一度引用します。To the happy few.「少数の幸福な人たちのために」。 文学― それは、少数の幸福な精神との結びつきにほかなりません。それさえあれば、ほかがいっさい無意味になるような、人生最高の歓び。それは何よりもまず、この読書のことではないだろうか。 水村美苗

『嵐が丘』を大人になって久しぶりに読み返した時のことです。私は忽然と理解しました。これは途方もなく偉大な小説だったのです。 言葉の喚起する力において、『嵐が丘』は奇跡としか呼びようもないという気がするのです。  (水村美苗から辻邦生への書簡)



ポプラの秋(1997)/湯本香樹実
6歳の千秋は父の急死から立ち直れないでいた。見かねた大家のおばあさんは、自分が死んだとき、お父さんに手紙を運んであげると約束します。それから千秋は毎日父への手紙を書きます。 千秋とおばあさん、そしてポプラ荘の住人たちとの交流に心温まります。

きっとまた、いい日が来る。だって私、まだ生きてるんだから。 ふと顔をあげると、ポプラの木は今も紛れもなくそこに立っていた。 ポプラの木は、行き場がないなんてことは考えない。今いるところにいるだけだ。そして私も、今、ここにいる。


落下する夕方(1996)/江國香織
江國さんの長編では「神様のボート」と共に好きな作品です。 思いやりがあって我慢強い梨果、彼女と同棲していた健吾、彼の新しい恋人、華子の変な関係の物語。 気まぐれで子供みたいでいて絶望している華子は、江國さん特別お気に入りのキャラクターなんだろうな。



流しのしたの骨(1996)/江國香織
両親と三姉妹+末弟の六人家族の宮下家の日常を描いています。 皆それぞれくせがあって、ちょっとヘン。だからとんでもないことが起きたりもするけど、なんとなく平穏に収まってしまうのがいい。家族全員参加の行事や遊び事やルールがやたら多いのもなごめます。



阿弥陀堂だより(1995)/南木佳士
作家として行き詰った孝夫は、ストレスで医師として勤務できなくなった妻と故郷の村に移り住む。 豊かな自然に触れ、堂守のおうめ婆さんや村人との交流により心を回復していく二人にグッときます。 現役の医師だった南木さんの死生観が反映されている小説です。

死ぬことは生者と別れるのではなく、生者よりもはるかに多い死者たちの仲間に入るのだというあたりまえの要領が、阿弥陀堂の壁を眺めていると単純明快な視覚を介して了解できる。 おうめ婆さんにとって、死が恐れるに足らないものに見えてくるのは当然なのかも知れない。


百億の昼と千億の夜(1994)/萩尾望都 原作:光瀬龍
望都さんが名作SFを漫画化、少年誌に連載された。 全宇宙が熱的死へと向かう謎を、阿修羅王がプラトン、釈迦らと共に探求する時空を超えた壮大な物語。 少女として描かれた阿修羅王の、興福寺の阿修羅像を想起させる孤高の凛々しさが魅力です。



密やかな結晶(1994)/小川洋子
英国の権威ある文学賞であるブッカー賞の「ブッカー国際賞」最終候補6作に選出され、今月19日の発表がコロナで夏まで延期となったそう。 物とか記憶が失われていく世界が描かれていて、小川さん特有のひんやり、ひりひりとした感覚がとりわけ印象的な小説です。

「あなたの心を両手にのせて眺めることができたらどんなだろうって、時々想像するんです」


すべての季節のシェイクスピア(1993)/松岡和子
シェイクスピア劇は大好きで、お気に入りは、喜劇では「十二夜」、「真夏の夜の夢」、悲劇では「マクベス」、「ロミオとジュリエット」など。 本書は、全37作品の新訳に取り組んでいる松岡さんが国内外の劇場で観た上演の感想などを綴っています。



パプリカ(1993)/筒井康隆
サイコセラピストの千葉敦子は、夢に潜入し心の問題を解き明かす夢探偵パプリカという裏の顔を持っていた。 前半は割と普通のSFみたいで、やはり知的女性誌「マリ・クレール」連載だからなのかなと思っていたら、後半は筒井ワールド全開の目くるめく展開となっていた。



そこのみにて光輝く(1989)/佐藤泰志
造船所を辞めた達夫は、家族と長屋で暮す拓児と偶然知り合い、姉の千夏に惹かれていく。 社会の底辺で生きる拓児と千夏、クールな達夫の生きざまを描く乾いた筆致の簡潔な文体が印象に残る。 三島賞候補の純文学作品だが、良質のハードボイルド小説のノリだ。



黄金の服(1989)/佐藤泰志
タイトル作と「オーバーフェンス」「撃つ夏」を収録した短篇集。 明るい未来像を描けず刹那に生きる青年達を描いた「黄金の服」をはじめ、いずれの作品も若さが内包する不安、希望、苛立たしさ、閉塞感などを著者独自のテンポの良い感性豊かな文体ですくい上げています。
5度目の芥川賞候補となった「オーバーフェンス」は、離婚して会社も辞め故郷に戻ってきた青年が、職業訓練校の仲間たちと出会い、未来に光を見出していく姿を描いていて共感できました。


スコット・フィッツジェラルド・ブック(1988)/村上春樹
作家ゆかりの地紀行、村上訳の短編他を収録。 とくに印象深かったのは、妻ゼルダの伝記でした。 ヴァイタリティ溢れる17歳の美しい良家の娘がスコットと出会い、時代の寵児となる。 生き急いだかのような二人の生はまるで小説のよう。



Living Zero(1987)/日野啓三
敬愛する作家、日野さんによるサイエンスがらみの詩的エッセイ集。 タイトルには、ひと気のないがらんとした、からっぽの場所が好きだという日野さんの心情がこめられています。 たとえば夜中の地下鉄のホーム、日曜日の都心、廃工場、埋立地・・・ 僕も好きだな。
日野さんは、イーノのアルバム "The Pearl"と"The Plateaux of Mirror" を偏愛した。 わかる。

イーノとともに、私は世界を聴く。 世界の音を聴くのではない。世界という音を聴く。 耳で聴くのではない。意識の全体で聴く。 聴くのではない。私が世界になる。世界が私になる。


錦繍(1982)/宮本輝
愛し合いながらも別れた男と女が紅葉の蔵王で10年ぶりに偶然再会し、始まった往復書簡による小説。 時を経て境遇も内面も変わった二人が過去を振り返り、再生への未来に歩み出そうとする。 人間の業とは、幸福とは、命とは、あらためて生の根原について考えさせられます。

この手紙を封筒に入れ、宛名を書いて切手を貼り終えたら、久しぶりに、モーツァルトの39番のシンフォニイに耳を傾けることにいたします。
生きていることと、死んでいることは、もしかしたら同じことかもしれへん。そんな大きな不思議なものをモーツァルトの優しい音楽が表現しているような気がしましたの。
39番はモーツァルトの交響曲の中で一番好き。 僕が初めて買った記念すべきアルバムは、後期交響曲集とピンク・フロイドの「原子心母」だった。"


きみの鳥はうたえる(1982)/佐藤泰志
東京郊外の書店でバイトする"僕"、以前のバイト先で知り合い共同生活をしている無職の静雄、恋人の佐知子。 未来の展望を持てず、鬱屈を抱えながら享楽の日々を送る彼ら3人の関係が変わりつつあるひと夏を鮮やかに描き出した著者初期の佳作、芥川賞候補作。
"And Your Bird Can Sing"は、Beatlesのアルバム「Revolver」所収の曲

あいつはプレーヤーがありませんので僕が唄います、とふざけて、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」を僕のために唄ってくれた。


幻の光(1979)/宮本輝
ゆみ子は、夫が突然自死した後、再婚して奥能登の海辺の町で平穏に暮らしているが、不可解な死による喪失感から逃れられない。 生と死の間の深淵、紙一重の近さが合わせて描かれている秀作。 「なんであんたは自殺したんやろ」と自問し続けるゆみ子の哀しさが胸を打ちます。



杳(よう)子(1971)/古井由吉
彼は登山中、動けなくなっていた杳子を助ける。二度の偶然の出会いから、彼は杳子が心を病んでいることを知るが次第に惹かれていく。 先日亡くなった古井さんの初期の代表作で芥川賞受賞作。独自の濃密で息づまるような文体で、二人の情動を精緻に描き出しています。



風土(1957)/福永武彦
画家として挫折した桂は、夫の死後、海辺の避暑地で娘と暮す芳枝と16年ぶりに再会、彼女との愛により再起の可能性を見出そうとする。 現在と過去を往還しつつ、桂と作曲家を夢見る少年、久邇を対比させ、日本の風土で芸術家として生きること、愛することの苦悩を描いている。
この僕もどんなにか人を愛したいと思い、またどんなにか人を愛しただろう、...しかし僕の人生は、結局、孤独というにすぎなかった。長い間夢を見て、夢の中で色んなことを学んだようにも思ったが、眼が覚めてみれば、確かなものはただ自分の孤独があるばかりだった。

「風土」ではベートーヴェンの「月光」ソナタがモチーフとなっています。 14歳の久邇が第1楽章を弾く描写から:
僕は最初にピアノに指をおろす時の気持が好きだ、と久邇は思う。初めに言葉ありき、その言葉とは音楽のことに違いない、右手がそっと拾って行く三連音符、それは風のそよぎ一つない死に絶えた世界に、しずかに忍び寄って来る仄明りなのだ、ゆるやかに、ゆるやかに、音が音を呼び、それは少しづつひろがって行く、少しづつ育って行く、小さな波紋が次第に大きな波紋に育つように、右手の拾うしなやかな三連音符、そして降り注いで来る宇宙の光、死に絶えた世界に新しい生命が・・・


草の花(1954)/福永武彦
サナトリウムで死んだ青年が遺したノートに記された二つの愛。 青年は旧制高校で後輩を愛し、彼の亡き後には妹を愛した。 青春文学の名作です。福永作品のテーマ "孤独と愛することの可能性" についての物語と言えます。 何度読んでも、切なさで胸が締めつけられる。

人は孤独のうちに生まれて来る。恐らくは孤独のうちに死ぬだろう。僕等が意識していると否とにかかわらず、人間は常に孤独である。それは人間の弱さでも何でもない、言わば生きることの本質的な地盤である。
愛の試み(1956)/福永武彦



菜穂子(1941)/堀辰雄
菜穂子は母に反発して愛のない結婚を選択する。結核に冒され療養所での孤独な日々の中、幼馴染の都築明の訪問を契機に自らの運命を生きようとする。堀文学の到達点。 小説で菜穂子とともに焦点を当てられている都築は、結核のため24歳で夭折した詩人、立原道造がモデルです。

アダジオ
光あれと ねがふとき 光はここにあつた! 鳥はすべてふたたび私の空にかへり 花はふたたび野にみちる 私はなほこの気層にとどまることを好む 空は澄み 雲は白く 風は聖らかだ
草稿詩篇(1938)/立原道造



歯車(1927)/芥川龍之介
遺稿として発見された私小説的な短編。 視界に半透明の歯車が回るのが見えたり、幻視や関係妄想など、様々な心的異常により次第に自殺へと追い込まれていく切迫さが伝わってきます。 心をさいなむ苦しい現実を小説作品として書き上げようとした作家魂に感銘を受けます。



竹取物語(923頃)/作者不詳 森見登美彦 訳
かぐや姫が求婚者たちや帝を振り、空飛ぶ車で迎えに来た天人たちと月に帰っていくファンタジー。 森見さんは、訳が暴走しないように現代的な表現を無理して使わない方針としたそうだけど、和歌など ""そう思ったりなんかして"" とか、結構ポップで楽しい。

『竹取物語』は、地上に降り立ったかぐや姫が、あたかもトーナメント戦を勝ち抜くかのように、現世のルールを次々に打ち破り、最終的には地球を丸ごと失恋させる物語だといえる。その失恋の余韻は、千年以上も尾を引いたわけだ。 訳者あとがき/森見登美彦 平安時代おそるべしです。(江國香織)


土左日記(935頃)/紀貫之 堀江敏幸 新訳
貫之は当時最高の歌人で、国司として赴任していた土佐国から帰京する船旅を日記風に綴っています。 女性を装ってひらがなで書かれていて、堀江さんは今回大胆に加えた ”貫之による緒言” で「私は男にもなり、女にもなる」と語らせていて、まさにメタ小説。


堤中納言物語(1055頃)/作者不詳 中島京子 新訳
毛虫を愛する姫君を描いた「虫めづる姫君」、恋した姫君を盗み出そうとして、誤って姫の祖母を連れてきてしまう「花桜折る中将」などユーモアタッチの10編からなる短編小説集。 中島さんは、和歌を現代短歌として訳すという美技を成功させています。

「毛虫が思慮深そうにしている姿って、心打たれるわね」 朝晩、額髪を無造作に耳にひっかけ、毛虫を手の平に乗せてかわいがり、飽かず見守っていた。 「人間、表面をとりつくっちゃ、だめ」という信条で、眉毛などもいっこうに抜かない。
日本文学全集03 堤中納言物語「虫めづる姫君」/中島京子 訳



伊勢物語(950頃)/作者不詳 川上弘美 新訳
平安時代の貴公子たちをめぐるエピソードが、和歌を含む短い文章で綴られています。 多くが粋な恋の話で、モテるためには巧みに和歌を交わせるスキルが必須だったみたい。 川上さんのやわらかな文体が、あわあわとした色恋模様にマッチしています。

引きこまれたのは、そこにある恋愛の逸話が、ごく短いにもかかわらず、恋愛の精髄を示したものだったからである。男がいて、女がいて、からだやこころの交わりがあって、好いて、飽きて、別れて、すがって、けれどかなわず、いや、時にはかない、そして・・・・。
「伊勢物語」訳者あとがき/川上弘美



更級日記(1055)/菅原孝標女 江國香織 訳
平安時代に生きた作者が、10代から約40年間の暮しを綴っています。 父の任地の関東で源氏物語を読みたいと夢見る13歳の少女が、道中3か月かけて帰京し、念願かなって昼夜構わず読みまくる話などが面白かった。 江國さんの訳は流麗でとても読みやすかった。

有名な歌にでてくる”あずま路の道の果て”よりも、さらにもっと田舎で育ってしまった娘、それが私だ。洗練からは程遠かったはずなのに、いったい何を考えたのか、世の中に物語というものがあることを知り、どうしてもそれを読んでみたいと思いつめてしまった。
「更級日記」冒頭の文章 江國香織 訳



十二夜(1601)/シェイクスピア
男女の取り違い、双子の取り違いという二重の仕掛けで大混乱するけど、最後は全て丸くおさまるという恋物語。 シェイクスピア喜劇の中で一番好き。 峻厳な執事を罠にはめるドタバタは、やり過ぎのような気がするけど、十二夜のお祭り騒ぎなら許せるかな。
公爵を愛する男装のヴァイオラが、公爵が想いを寄せる令嬢に愛されて困って漏らす独白:

ああ、時よ、これをほぐすのはお前の役目、私じゃない。 こんなに固くもつれていては、私の手ではほどけない。
O time, thou must untangle this, not I. It is too hard a knot for me t'untie.




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