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国内作品読書録(2021年)

Twitterに投稿した読書記事をまとめました(出版年降順)。

2021年読書録(海外作品)
2019年・2020年読書録(国内作品)
2019年・2020年読書録(海外作品)
○2021年に読んだ感銘深かった国内作品(発表年降順・再読除く)
本心/平野啓一郎
三度目の恋/川上弘美
ピエタとトランジ/藤野可織
渦 妹背山婦女庭訓魂結び/大島真寿美
ウィステリアと三人の女たち/川上未映子
国宝/吉田修一
私をくいとめて/綿矢りさ
鳩の撃退法/佐藤正午
魚神/千早茜
海炭市叙景/佐藤泰志


○読書録(出版年降順)
本心(2021)/平野啓一郎
近未来、”リアル・アバター”として働く朔也は、自由死を願っていた亡き母の本心を知ろうとAI、VRを駆使した母そっくりの仮想人格を作る。 合法的な自死、仮想現実が浸透した日常、肥大化した貧富の格差などの社会現象を盛り込み、「十分に生きる」ことの意味を問い続ける。

曖昧に色々のネオンが滲む夜の街を、独り、車で走り抜けていく男の姿が映っている。管楽器の重苦しいBGMが、画面の隅々にまで染み渡っていた。 「『タクシードライバー』ですか?」 「大好きなの、わたし、この映画。もう百回は見てる。」 「そんなに?」
本心(2021)/平野啓一郎


(コミック)ランド(2021)/山下和美
第25回手塚治虫文化賞のマンガ大賞に山下和美「ランド」、特別賞に「鬼滅の刃」が選ばれた。 「ランド」は"この世"と"あの世"という対照的な二つの世界に関わる二組の双子、和音と天音、アンと杏を軸に世界の成り立ちと運命を描いていて、最終第11巻は怒濤の展開でした。



『現代思想』2021年5月号特集:「陰謀論」の時代
アメリカ連邦議会議事堂乱入に関係する「Qアノン」や「ディープステート」にとくに関心があったけど、「陰謀論」の論点は、ネット右翼、反フェミニズム、フェイクニュース、オウム、映画『マトリックス』の「レッド・ピル」などにも及んでいて興味深かった。

従来であれば情報の真偽を判断するゲートキーパー的な役割を果たしていたような主要メディアをすっとばして発信ができる点にSNSの特徴があるわけですから、SNSの登場が陰謀論の蔓延を加速したことは疑いえないでしょう。
対談:現代アメリカ社会における<陰謀>のイマジネーション 渡辺靖・井上弘貴


かわいいウルフ(2021)/小澤みゆき編
ヴァージニア・ウルフのファンブック! 人気を博した同人誌のリニューアル完全版で、作品解説、テキスト分析、エッセイ、インタビュー、翻訳、漫画、料理再現などによりウルフの紹介・魅力を発信しています。 同人誌ベースならではの切り口の新鮮さが楽しい。

シリアスさと同じくらい、ユーモアを大切にしていた作家が、ヴァージニア・ウルフなのです。そのシリアスとユーモアを行き来する様子を、わたしは<かわいい>と形容したいと思います。 ウルフのことばと生き方が、多くの人に必要とされている時代が来ていると、本気で感じています。/小澤みゆき


SFマガジン2021年6月号『異常論文特集』
バラエティに富んだ10の作品が楽しかった。 "異常論文とは一言で言えば、虚構と現実を混交することで、虚構を現実化させ、現実を虚構化させる、絶えざる思弁の運動体だと定義される。"



万葉と沙羅(2021)/中江有里

中江さんらしい優しい感触の青春小説。 不登校で通信制の高校に入学した沙羅は幼馴染の万葉と再会、叔父の古書店を手伝う彼の影響で様々な本と出会い、自身の生き方を探っていく。 伊藤計劃「ハーモニー」、福永武彦「草の花」「廃市」など好きな本の話題も楽しめた。



謎ときサリンジャー(2021)/竹内康浩、朴舜起

シーモアの死の謎が解き明かされた!? 「バナナフィッシュ」や「テディ」、「ハプワース」でのシーモア少年の予言などを精査した論理展開や「ライ麦畑」の分析に説得力がある。 本帯そのままの読後感想は、「謎解き『罪と罰』」(江川卓)以来かも。

<グラス家のサーガ>は、思えば、「バナナフィッシュ」の前へ後へと時間を広げながら、その中心に男の死を位置づけるかのように書かれている。サリンジャーが作家人生全体を通してこだわり続けていたのはあの男の死だったのである。


諦めの価値(2021)/森博嗣

自分で考えることだけは、諦めてはいけない。

僕の特徴的なところは、他人に期待しない、ということだ。理解を求めることもないし、こうなってほしい、こうしてほしい、という欲求もない。その人が好きなようにすれば良い。そのかわり、僕のことを放っておいてほしい。



ドストエフスキー 黒い言葉(2021)/亀山郁夫
著者は、著名なロシア文学翻訳家・研究者。 ドストエフスキー箴言集という枠を超え、彼の著作・生き様からエッセンス(金、サディズム・マゾヒズム、美、神、災厄、夢想、道化など)を抽出、論じていて読み応え満点。 ドスト氏ファンにオススメです。

なぜ、いま、ドストエフスキーなのだろうか。 ドストエフスキーが追求するのは、もっとも根本的な部分における人間らしさである。彼は、全体的なものに対する恐怖に引き裂かれている。いや、人間から人間的なものを奪いとろうとする力に対して徹底して抵抗を示す。

人間はどんなことにでも慣れる動物である。私はこれこそ人間にとって、最上の定義だと思う。 「死の家の記録」
意識しすぎるということ、これは病である。 「地下室の手記」
真実とは、たいていの場合、気のきかないものである。 「カラマーゾフの兄弟」


見る! 聞く! 歩く! 高尾・浅川野鳥図鑑(2021)
僕が属する野鳥の会が編纂した新書版のコンパクトな野鳥図鑑が刊行されました。 僕も編集委員に加わっています。 身近な野鳥100種をフルカラー写真と分かりやすい解説で紹介しています。
出版を機に、会のツイッターアカウントを開設しました。



「闇の自己啓発」(2021)/江永泉 他

シオランも『生誕の災厄』の中で「一冊の本は、延期された自殺だ」と書いていますね。とても素敵な言葉だと思います。
「生まれてこなければ良かった」に対する回答のひとつとして「もっと本を読む」を持ってくるのオモロイです。

−反出生主義−



(コミック)岸辺露伴は動かない/荒木飛呂彦
漫画家の岸辺露伴が取材先で遭遇する怪奇な出来事の数々を“ヘブンズ・ドアー”で読み解く。 どのエピソードもぶっ飛んだアイディアで唸らされた。 年末にNHKで高橋一生=露伴による実写化で3話放映され、とても面白かった。ぜひ続編を作ってほしい。



現代アメリカ文学ポップコーン大盛(2020)
英米文学研究者8名によるウェブ連載+書き下ろし。 様々な視点からの多彩な現代作品紹介や座談会など、楽しかった。 まずは相性の良さそうな、ジェスミン・ウォード「歌え、葬られぬ者たちよ、歌え」、シークリット・ヌーネス「ミッツ」を読んでみたい。
「現代アメリカ文学ポップコーン大盛」で、大好きなル=グウィンが「ゲド戦記」の最終章「Firelight」を遺稿として残したことを知った。 最終第6巻のその後を描いたこの“美しく、儚く、完璧な最終章”は、全6冊を1冊に収めた”完全版”に収録されているとのこと。 この際、最初から読み返してみようかな。

誰も見栄で文学を読まなくなっている。読む人は本当に読みたいから読んでいるという、そういう意味では健全になっているんだけど、ただそういう人たちが一定数いないと商品として成立せず、そうするとないことと同じになるという。
座談会での柴田元幸氏の発言


ピエタとトランジ(完全版)(2020)/藤野可織
高校の同級生だった二人に降りかかる殺人事件の数々。 天才探偵トランジと助手役のピエタのコンビ、でもミステリーというよりは友情物語だ。 トランジには事件誘発体質があって・・・素敵な表紙で内容が窺えます口を開けて冷や汗をかいた笑顔 著者の芥川賞受賞作も読んでみよう。

「小説? どんな話?」 「森が水晶化して、そのうち人も水晶化していくの。 そんでみんな水晶になって世界が滅びるの」 「へー」 
この”小説”はバラードの傑作SF「結晶世界」(1966)のこと。 また読みたくなってきた。


三度目の恋(2020)/川上弘美
川上さんらしい時空を超えた愛(かな)しい物語に酔った。 梨子は現実と吉原の花魁、平安時代の姫の女房となる夢世界を行き交いそれぞれ異なった愛の形を知る。 時代により恋愛・性愛に対する意識は変わるけど、思いきり甘美で悩ましくて苦しいことに変わりはない。
この小説は、川上さんの現代語訳もある『伊勢物語』と澁澤龍彦『高丘親王航海記』がモチーフとなっていて、平安一のモテ男、在原業平は梨子が愛するナーちゃんに、天竺に向かい幻想の世界を遍歴した親王はほのかな思いを寄せる高丘さんに投影され、対照的な愛を志向する二人の転生譚でもあった。


歌舞伎座の怪紳士(2020)/近藤史恵
劇場を舞台とした軽いタッチのミステリ連作短篇集。 ニート中の久澄は、観劇して感想を祖母に伝えるアルバイトを請け負う。 芝居に接する中で、自分らしく生きていこうと変っていく久澄を応援したくなる。 歌舞伎初心者向けガイドブックとしても役立ちます。

「わたしは無職で、恋人もいなくて、友達だって少なくて、そしてメンタルクリニックにも通っている。でもこれがわたしの人生なの」 ようやく、自分にとって大事なものを拾いあげることを覚えた。 誰かに見せるためではなく、自分の掌にのせるために。


タイタン(2020)/野崎まど
12拠点に設置されたAIにより人が労働から解放された世界。 ”仕事”に対する疑問を抱き機能低下を起こした1台のAIのカウンセリングを依頼された心理学が趣味の内匠成果は、”彼”を治療しながら彼女もまた”仕事”の意味を問い続ける。 成果とAIの爽やかな交感がなごめます。



約束された移動(2019)/小川洋子
小川さんらしい独特の世界を堪能できる6編の短編集。 ホテルのスイートルームにハリウッド俳優Bが泊まるたびに客室の本棚から1冊の本が抜き取られていたことに気づく客室係の”私”(表題作)と大作家「巨人」と過ごした通訳の”私” (巨人の接待)の話が好きです。

ハリウッド俳優が抜き取っていた本は、いずれも移動していく物語だった。 マルケス『無垢なエランディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』、コンラッド『闇の奥』、タブツキ『インド夜想曲』、テグジュペリ『夜間飛行』、・・・最後は、スタインベック『怒りの葡萄』。


トリニティ(2019)/窪美澄
1960年代に男性週刊誌の編集部で出会い、イラストレーター、ライター、専業主婦として昭和〜平成の激変する時代を生き抜いた三人の女性の姿を鮮やかに描き出しています。 彼女たちが得たもの、得られなかったものとは。 同じ時代を経験した仲間として感銘を受けました。



待ち遠しい(2019)/柴崎友香
柴崎さんは好きな作家。本作は毎日新聞の日曜版に連載された。 39歳独身の春子、夫を亡くした63歳のゆかり、25歳で既婚の沙希、近所に住む世代・価値観の異なる三人の女性たちの交流を軸とした日々の出来事。 恋愛・結婚願望のない春子の視点で描かれているのが新鮮。

年を取ることは悪いことじゃない、楽しいこともおもしろいこともいっぱいある、ってもっと力強く、断言できたらいいのに、と、話しながら春子は思っていた。これから先が待ち遠しくなるようなことを、言えるようになりたい。


惑星(2019)/片山令子
詩人、絵本作家の著者が各誌に寄稿したエッセイと6篇の詩を収録。 大好きな宮沢賢治、西脇順三郎、岸田衿子、デヴィッド・ボウイ、ボブ・ディラン、東京西部の街の喫茶店、絵本、・・・に触れた優しさの滲む文章から片山さんの「リリック」な人柄が伝わってきます。

それぞれひとりひとりが、くっつき過ぎないという引力を持って、まわっていてくれる幾つかの人の惑星を持つ、独立した太陽であること。 こんがらがってしまったら落ちついて思い出そう。静かな、天体としてのわたしを。

本は窓に似ています。どこかへ出かけていけるところなのです。それは、「いってきます」といって出かけていく玄関ではなく、ピーターパンがウェンディをつれ出した窓のように、どんな時でも、どんなかっこうをしていても、何も持っていなくても、いきなり出かけていける窓なのです。

デヴィッド・ボウイの音と声がテレビやラジオの中に不意に流れてくると、ひんやりと気持ちよい霧が流れてきたようになる。水や植物のにおいを持っているのだ。京都の苔の庭を愛し、はじめて来日した時は地方までいって神楽をたくさん見たそうだ。



渦 妹背山婦女庭訓 魂結び(2019)/大島真寿美
人形浄瑠璃(文楽)の名作で歌舞伎でも上演される「妹背山婦女庭訓」を書いた江戸時代の浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた直木賞受賞作。 芝居小屋があった大阪が舞台の小説で、関西弁の語りにうまく乗せられてしまった。 劇場で文楽を観てみたい。

そうや。操浄瑠璃はそもそも、うつくしいんや。 汚いもん、洗い流して、うつくしいもん、みしてくれとるんや。この世は汚いまんまやけどな。そんでも、汚いもんの向こうにうつくしいもんがある、いうとこをわしらにみしてくれとるんや。 (操浄瑠璃:人形浄瑠璃)


ウィステリアと三人の女たち(2018)/川上未映子
女性同士の関係を、愛、記憶、喪失等を主題として描いた4短篇が収録され、磨き抜かれ卓越した描写が素晴らしい。 表題作ではウルフ「波」の独白が引用され、川上さんが抱くウルフヘの崇敬の念とともに、二人の作家精神の親近性が感じられます。

「この沈黙の中にいると」― ああ、ウルフ。永遠に押し寄せて、しかし二度とは戻ってくることのない、彼女の波。「この沈黙の中にいると、葉っぱ一枚も落ちず、一羽の鳥も飛び立たないような気がする」。そして彼女の登場人物は囁く。「奇跡が起こったみたい」。
引用箇所の原文 ‘In this silence,’ said Susan, ‘it seems as if no leaf would ever fall, or bird fly.’ ‘As if the miracle had happened,’ said Jinny, ‘and life were stayed here and now.’ ‘And,’ said Rhoda, ‘we had no more to live.’ 波(1931)/ヴァージニア・ウルフ


国宝(2018)/吉田修一
抗争で父を失った極道の息子が歌舞伎の名優の部屋子に入り、実子と競い合って女形の芸を磨いていく波瀾の半生を1960年代後の世相を織り込み描いた大作。 登場人物にリアリティがあり、題材と合った講談調の語り口が成功している。 随所に出てくる歌舞伎の名場面も楽しめた。

吉田修一さんが思う歌舞伎の魅力: 歌舞伎ならではの時間の流れ方みたいなのがあって、その感覚が自分の中に入ってきて、そこに合わせられるようになると、どっぷり、あの世界に入っちゃう。それまでの自分は、あの時間の流れ方を知らなかったんだなと。


ある男(2018)/平野啓一郎
4年間の幸せな結婚生活を送り事故死した夫は戸籍上の人物とは別人だった。 弁護士の城戸は、過去を捨て新たな人生を生きた”ある男”を調査しながら自問する『愛にとって、過去とは何だろうか?』。 差別を始めとする様々な社会問題を背景に展開するドラマに引き込まれた。
”ある男”とつながりがあった魅力的な女性、美涼の人生のモットーは ”三勝四敗主義”だった。 いいかも。 「三勝四敗でいいんです。わたし、こう見えても、ものすごい悲観主義者なんです。真の悲観主義者は明るい!っていうのが、わたしの持論なんです。


平場の月(2018)/朝倉かすみ
中学の同級生だった初恋の相手に地元で再会して育む50歳の恋は、なるほどこんな感じなのかな。 互いを思いやる二人に共感した。 過去を背負い日々の生活に追われながらの恋模様は、経験値を積んでいても分別があるようでないような心もとなさ。彼女の潔さが切ない。



寂しい生活(2017)/稲垣えみ子
元新聞記者の著者が原発事故をきっかけに「個人的脱原発計画」として節電に挑戦した顛末を描いた痛快エッセイです。 家電を捨て「便利さ」を手放すことで、今まで隠れて見えなかった思いもよらぬ「不便さの価値」を知ることになるという価値感の転回に共感しました。

自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の手足でやってみるということ。もしやそのことを、今の世の中は「不便」と呼んでいるんじゃないだろうか。 だとすれば、不便って「生きる」ってことです。 だとすれば、便利ってもしや「死んでる」ってことだったのかもしれない。


私をくいとめて(2017)/綿矢りさ
30代独身、恋人なしのみつ子は気ままな日々を送っている。 みつ子と彼女の脳内別人格「A」の対話が楽しい。 僕も「A」が欲しいけど 「人間が必要とするのは、いつも自分以外の人間ですよ。他人との距離は一万光年より遠くても、求めるのは他者の存在なんです。

辛い顔をしていないと頑張ってないと思われる日本社会は、息苦しい。 私はどれだけいそがしくても、できるだけ涼しい顔をしていたい。必要とされる喜びと利用される悲しみが混ざり合う「仕事」に、魂まで食われてしまいたくない。

みつ子は、大学時代の友達、皐月が暮らすイタリアに向かう機内で大滝詠一の「A LONG V・A・C・A・T・I・O・N」を聴く。
「カナリア諸島にて」が流れてきた。 溶けた熱いバターで、うすくひきのばした夏が、コルクの蓋のガラス瓶に永遠に閉じこめてあるような音楽。


千の扉(2017)/柴崎友香
三千戸余りの巨大都営団地で暮らす人々の過去と現在の日常が描かれています。 新婚の夫と住み始めた39歳の千歳を中心として多くの登場人物が交錯する小説ですが、全体として静かな印象を受けます。 人間関係に対し諦念のような感情を抱いている千歳の心模様に惹かれます。



みみずくは黄昏に飛びたつ(2017)村上春樹×川上未映子
十代から大の春樹ファンだった川上さんの突っ込んだ質問に御大がじっくり答えた超ロングインタビュー。 文章・文体の重要性、創作作法、""悪”について、小説での女性の書かれ方などとくに興味深かった。 「騎士団長殺し」を読み返したくなった。



ツバキ文具店(2016)/小川糸
6歳から祖母に書道を厳しく仕込まれた鳩子は、亡き祖母が営んでいた鎌倉の山裾の文具店と代書の仕事を引き継ぐ。 離婚の報告、絶縁状、借金のお断り・・・、文章を考えて内容により筆記用具、用紙、筆致を使い分けるプロのこだわりが印象深かった。 心が温まります。

隣家の老婦人が教えてくれた幸せになれる秘密のおまじない; 心の中で、キラキラ、って言うの。目を閉じて、キラキラ、キラキラ、ってそれだけでいいの。そうするとね、心の暗闇にどんどん星が増えて、きれいな星空が広がるの。 辛いこととか、哀しいこととかも、全部きれいな星空に紛れちゃうの。


革命前夜(2015)/須賀しのぶ
1989年ベルリンの壁崩壊目前の東ドイツを舞台にした青春小説。 ドレスデンの音大でピアノを学ぶ柊史の留学生仲間や美貌のオルガニストとの友情・恋が、揺れ動く社会情勢を絡めて描かれている。 柊史が深く傾倒するバッハの作品など音楽への言及も多く、楽しめました。

音楽でも私生活でも壁にぶつかり、いっそ音楽をやめようかと思っていた時に、たまたま家でかかっていたリヒテルの演奏に立ちすくんだ。 僕は夢うつつのままピアノにとびつき、ひたすら平均律曲集を弾き続けた。
リヒテルの弾く平均律のアルバムは僕の無人島CDです。


ビジネスマンへの歌舞伎案内(2014)/成毛 眞
本書はマイクロソフト日本法人元社長の著者が、初心者向けに歌舞伎の常識や代表的な演目を解説している好著です。 BSで新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」を観て伝統歌舞伎に興味が湧き、図書館の解説書、名作DVDを漁ってるけど、深みにハマる予感が・・・

私は、いま、歌舞伎がつまらないと思っている人がうらやましい。つまらないと思っていた時代に戻りたいとすら思う。というのも、よくわからないと思いながら見続ける中で、じわじわと面白さに気がつくプロセスも、歌舞伎を観る醍醐味の一つだからだ。


JR上野駅公園口(2014)/柳美里
2020年全米図書賞(翻訳文学部門)受賞作。 1933年福島県の相馬郡に生まれ、暮らしのため12歳から出稼ぎに出て働き、家族を持ち、亡くし、上野公園のホームレスとなった"私"の独白体小説。 日本の高度成長を陰で支えながら、置き去りとなった人々への挽歌だ。

今日は今日のままで、もう明日に向かって開くことはない。今日に潜んでいるのは、今日よりも長い過去・・・過去の気配に耳を澄ましているような気もするし、耳を塞いでいるような気もする・・・


鳩の撃退法(2014)/佐藤正午
山田風太郎賞受賞作 売れなくなった直木賞作家の津田は、愛人宅に居候しながら送迎ドライバーをして食いつないでいた。 彼は自分が巻き込まれた事件を小説として書き始めるが、現実と小説の境目が模糊として・・・というメタ小説。 好みが分かれそう。僕は大好きです。

本作では『ピーター・パンとウェンディ』の本が重要な小道具となっていて、本からの引用も洒落ていて面白かった。
「その男によれば、ピーターパンは本のなかでこう言っている。女の子ひとりは、男の子二十人より役に立つ。困ったとき頼りになるのはやっぱり女だ」 「そうか」


女のいない男たち(2014)/村上春樹
”いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られようとしている男たち” がモチーフの6短篇を収録。再読。 妻を癌で亡くした中年の俳優と、彼の専属運転手となった寡黙な若い女性が次第に心を通わせていく「ドライブ・マイ・カー」が好き。

彼がベートーヴェンの弦楽四重奏曲を好むのは、それが基本的に聴き飽きしない音楽であり、しかも聴きながら考え事をするのに、あるいはまったく何も考えないことに、適していたからだった。
弦楽四重奏曲は大好きなジャンルで、今はハイドンを聴いていることが多い。

みさきは窓ガラスを下ろし、車のライターでマールボロに火をつけた。そして煙を大きく吸い込み、うまそうに目を細めた。 「命取りになるぞ」と家福は言った。 「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」とみさきは言った。 家福は笑った。


歌舞伎ぐるりノート(2013)/中野翠
最近、歌舞伎に興味を持ち、図書館から本・DVDを借りたりしているけど、その中で面白かったエッセイで、著者直筆の味のあるイラストも多くて楽しい。 翠さんは前衛演劇経由で歌舞伎に吸い寄せられたそうだけど、僕も歌舞伎のシュールな面に惹かれてるみたいだ。

私が歌舞伎好きだと知ると、たいていの人は誤解する。格調高く、高尚で、上品な趣味の持ち主というふうに受け止められてしまう。実はまったく違うのに。逆と言ってもいいくらいなのに。いかがわしさに惹かれているというのに。


ジヴェルニーの食卓(2013)/原田マハ
マティス、ドガ、セザンヌ、モネの周辺にいた女性たちから見た画家たちの姿が事実とフィクションの精妙なバランスで描かれた短編集。 マティス晩年の創作とピカソとの親交、ドガの踊り子の彫刻作品制作秘話、80歳を過ぎたモネの暮らしぶりなど興味深かった。

本書の関連絵画:マグノリアのある静物画/マティス 十四歳の小さな踊り子/ドガが生前に発表した唯一の彫刻作品 売れない画家たちを支援した画材屋・画商のタンギー爺さんの肖像/ゴッホ  オランジュリー美術館の睡蓮/モネ



屍者の帝国(2012)/伊藤計劃×円城塔
伊藤さんの絶筆となった冒頭部の遺稿を親交のあった円城さんが完成させたSF長編。 屍体蘇生技術により"屍者"が労働力として普及した19世紀を舞台に、実在人物も多数登場する歴史改変もので、人間の意識の起源という伊藤さんらしいテーマのスリリングな冒険譚。



勝手にふるえてろ(2010)/綿矢りさ
“でも私はイチがよかった。ニなんていらない、イチが欲しかった。” 中二の同級生だった『イチ』への12年越し片思い以外の恋愛経験まったくなし、26歳のヨシカの前に彼女を愛する『ニ』が出現。さあ、どうする私。 こじらせ女 vs. 無神経男、いい勝負みたい。

もういい、想っている私に美がある。イチはしょせん、ヒトだもの。しょせん、ほ乳類だもの。私のなかで十二年間育ちつづけた愛こそが美しい。イチなんか、勝手にふるえてろ。


『秘密の花園』ノート(2010)/梨木香歩
バーネット「秘密の花園」のガイドブックです(約70ページ)。 梨木さんはこの作品を個人の再生の物語、家の再生の物語、場所の物語、・・・と様々に読むことができることを具体的なエピソードを挙げて解説していて、本作を読み返したくなること必至です。

読書とは、作品と読み手との間の協働作業であるとも言えます。 そう考えると、本を読む、という作業は、受け身のようでいて、実は非常に創造的な、個性的なものだと思われます。それぞれが、それぞれの人生という「庭」をつくる作業にも似ています。

「私は、もう、だれの役にも立たなくていいんだ」 全世界に向かって叫びたかった。 自分が今まで、どんなにそのことにがんじがらめになっていたのか、たった今、気づいた。 裏庭(1996)/梨木香歩
「秘密の花園」は、梨木さんの秘密の「裏庭」にも通じているような気がしています。"


戦友の恋(2009)/大島真寿美
“玖美子が死につづけている世界で、私は生きつづける。” 親友を突然失った佐紀が、彼女との思い出と周りの人々と関わる日常を重ねる中で、深い喪失感からゆるやかに回復していく道のりを描いた連作短編集。 そこはかとない明るさが漂うテンポのよい文体が好き。



魚神(2009)/千早茜
すばる新人賞、泉鏡花賞受賞作 本土と隔絶し娼家が建ち並ぶ島で拾われ共に育った美貌の姉弟は、成長して遊郭に売られ離ればなれとなるが、求め合う強い思いは揺るがない。 現実に対して無感情で、ただ互いを夢見る二人の生は、伝説の雷魚のように恐ろしくも美しくもある。



バン・マリーへの手紙(2007)/堀江敏幸
岩波「図書」に連載された25のエッセイを収録。 大好きな堀江さんの端正な文章のリズムに心地よく浸りました。 読後、ベン・シャーンのリトグラフ・画集、幸田文『木』、ギベール『赤い帽子の男』堀江訳、モーリアック『愛の砂漠』を図書館に予約しました。

砂漠は消えない。生きているかぎり、それはどんどん拡大していく、いや、拡大するまえに、個々の砂漠がつながってしまうのだ。過去と現在が、こうして円環を閉じる。 終わりのないこの円環こそが愛の砂漠なのだ。


となりのカフカ(2004)/池内紀
カフカの実像に触れることのできる好エッセイ。 厭世的イメージとは異なり、もの静かで謙虚、勤勉で有能な勤め人、女性にモテたが執筆のため独身を堅持、41歳のとき結核で死去。 代表作の未完長編三作は、死後焼却を頼んだ友人の ”誠実な裏切り”により後世に残された。

『変身』をはじめとして、たしかに風変わりだが、しかし、難解なところは少しもない。ストーリィにシャレっけがあって、ときおりクスクス笑いたくなる。描写は的確で、ほんの少し登場するだけの人物でも、いきいきとした個性をもち、生彩に富んでいる。



六番目の小夜子(1992)/恩田陸
恩田さんのデビュー作。 地方の高校に転校してきた謎めいた美少女、沙世子と学校に代々伝わる「サヨコ伝説」をめぐるミステリー+α の学園ドラマ。 高校最後の年を迎えた仲間同士のみずみずしい会話や描写から伝わってくる友情や甘酸っぱい憧憬の思いが懐かしい。

高校生は、中途半端な端境の位置にあって、自分たちのいちばん弱くて脆い部分だけで世界と戦っている、特殊な生き物のような気がする。この三年間の時間と空間は、奇妙に宙ぶらりんだ。その宙ぶらりんの不安に、何かが忍び込んでくる。


海炭市叙景(1991)/佐藤泰志
函館をモデルにした架空の街、海炭市に暮らす市井の人々の生を切り取った18篇からなる連作短篇集で、北国の港町の四季を背景に人生の哀歓が描き出されています。 佐藤さんの卓越した作品構築力、表現力、情景描写力に唸らされます。 これが遺作だなんて本当に惜しい。



高丘親王航海記(1987)/澁澤龍彦
平城帝の皇子として生まれた高丘親王は僧となり、67歳の時に憧れの天竺を目指して航海に旅立つ。 親王は、夢を行き来しながらの旅の途上で不思議な人々や動植物と出会うことに。 著者の遺作となった夢幻的、官能的で面白哀しく、透明感に彩られた珠玉の物語です。



十角館の殺人(1987)/綾辻行人
大学ミステリ研究会のメンバーが殺人事件のあった孤島に滞在して遭遇する連続殺人。 恥ずかしながら初読でしたが、とても面白かった。 まんまと作者に操られてしまったけど、『そして誰もいなくなった』や海外ミステリ作家たちへのオマージュも合わせて楽しめました。



夜の時間(1955)/福永武彦
夜の三部作の中篇 文枝はかつてドストエフスキー『悪霊』のキリーロフの思想に魂を奪われた奥村の犠牲となり、彼女を愛していた不破と別れた。4年後、偶然再会した二人だったが、彼には婚約者の冴子がいた。 冴子の内面を描写する箇所は、福永の小説の中でもとても好き:
・・・希望に充ちて生きて行くというのではなく、不安に包まれ、吐く一息ごとに怯え、自分の孤独を悲しみ、しょっちゅう絶望しながら、それでも少しずつ、人間らしく、本当のあたしというものを生かすために、せめてこの孤独を靱(つよ)くするために、― そういうふうに生きるだろう。

キリーロフの「人神」の思想; いずれ新しい人間が出てきます。幸福で、誇り高い人間が、です。生きていようが生きていまいがどうでもいい人間が、新しい人間ってことになる。痛みと恐怖に打ち克つことのできる人間が、みずから神になる。 自殺できる人間が神になるんです。


冥府(1954)/福永武彦
人間の内部に潜む暗黒意識をテーマとした『夜の三部作』の一篇で、死後の世界を舞台にした中編。 "僕は既に死んだ人間だ。" 死後の世界での僕の生活は、自分の生を思い出し、突然開かれる法廷で”秩序”に帰る「新生」(忘却)の判決が下されるのをひたすら待つことだった。
「冥府」 初出の雑誌「群像」1954年7月号には三島由紀夫の「草の花」評も掲載されていました。

近代日本文学で、かほど美しく描かれた「美少年録」を私は知らない。私も一読者として殆んど藤木に恋着したのであった。


灰燼(1912・未完)/森鴎外
完成していれば鴎外の代表作となったのではと思わせる中篇で、29歳の作家志望の青年、山口節蔵の現在の視点で彼が書生だった11年前の出来事が描かれています。 節蔵は何に対しても無感動、冷淡なニヒリストで、その佇まいは「悪霊」のスタヴローギンを想起させます。

「灰燼」は多くの謎を含み、作者の心の冷たい部分を強調している。 「灰燼」は鴎外の作品中で最もヨーロッパ的な小説となるべきものだった。未完とはいえ現在の形のままでも私は傑作と呼ぶに躊躇しない。
意中の文士たち(1973)/福永武彦


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