PAPERBACK GUIDE

 
Kazuo Ishiguro(1954 -  )
  カズオ・イシグロ

 

 長崎市生まれ。5歳の時に両親と渡英し、'83年にイギリスに帰化した。'82年『A Pale View of Hills(女たちの暑い夏)』により、王位文学協会賞を受賞。'87年に 『An Artist of the Floating World(浮世の画家)』でウィットブレッド賞、'89年に 『The Remains of the Day (日の名残り)』で英国最高の文学賞であるブッカー賞を受賞した。また、第4作の『The Unconsoled(充たされざる者)』ではCheltenham Prizeを受賞している。現代イギリス文学を代表する作家の一人。



You've got to enjoy yourself. The evening's the best part of the day. You've done your day's work. Now you can put your feet up and enjoy it.
/『The Remains of the Day』より

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1. The Remains of the Day/ 日の名残り(1989)
   難易度:☆☆

 彼の作品のなかでは最もポピュラーなもので、世界的なベストセラーとなり、英国内だけでも100万部以上売れたとの事です。
 1956年、ダーリントン・ホールの老執事スティーブンスは、屋敷の新しい主となったアメリカ人のファラディの勧めもあって、6日間のドライブ旅行に出発します。最後の目的地では、長年一緒に働き、20年前に結婚のため退職したが、また屋敷で共に働きたい旨の手紙を受け取ったミス・ケントンと会うことになっていました。小説は、彼が旅行中に出会った出来事と、長年ダーリントン卿に仕えていた当時の回想が交錯しながら進行します。回想の中では、屋敷で行なわれた両大戦間における重要な外交会議の模様、理想的な執事として敬愛していた父の最後の日々、そしてミス・ケントンとの淡いロマンス模様などが思い起こされます。
 スティーブンスや彼の父に代表される"執事 butler"という過去の遺物みたいな職や、ダーリントン卿に象徴される没落する貴族を通して英国自身の衰退と、しかしそれと同時に英国に生き続ける伝統の精神をも描き出しているところにこの作品の非凡さがあるように思います。
 回想の中で、スティーブンスは、"偉大な執事とは?"について思いを巡らせています。そしてそれは結局"dignity 品位"というところに落ち着くのでは考えています。そして、それは執事としてのプロ意識に徹することであり、一人きりになったとき以外には、その意識を捨て去ってはいけないんだと考えます;

 And let me now posit this: 'dignity' has to do crucially with a butler's ability not to abandon their professional being he inhabits. (中略)
 The great butlers are great by virtue of their ability to inhabit their professional role and inhabit it to the utmost; they will not be shaken out by external events, however surprising, alarming or vexing. They wear their professionalism as a decent gentleman will wear his suit: he will not let ruffians or circumstances tear it off him in the public gaze; he will discard it when, and only when, he wills to do so, and this will invariably be when he is entirely alone. It is, as I say, a matter of 'dignity'.

 そして、こういった品位はイギリス人の特質であって、偉大な執事というのはイギリス人以外には考えられないと結論づけています。スティーブンスは、偉大な執事に少しでも近づくことを行動指針にしていて、そのために人間的感情を抑制するあまり、ミス・ケントンとの関係を始めとする悲喜劇が生まれることになり、後では悔やんでいるようですが、それでもあくまで英国精神である"品位"を貫こうとする姿勢に爽やかな感動を覚えます。
 冒頭に掲げた文章中の"evening"は、"人生のたそがれ"の意で、"The evening's the best part of the day. "とは、なかなか味のある言葉ですね。心からこう言えるようになりたいものです。

(映画)日の名残り(1993
(監)ジェイムズ・アイヴォリー (演)アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、クリストファー・リーブ、ジェームズ・フォックス

 原作をかなり忠実に再現した映画です。職務優先の朴念仁(ぼくねんじん)スティーブンスを演じるホプキンスと、そんな彼に想いを寄せるミス・ケントンを演じるトンプソンは、これ以上はないといった配役だと思います。召使いを大勢抱えた往時の英国の貴族階級の生活ぶりがよくわかるのは映像ならではのもの。大戦前のナチス・ドイツに友好的だったために、終戦後失墜したダーリントン卿に対してスティーブンスが抱く屈折した感情と、ミス・ケントンに対するこれまたおもいきり屈折した思いをホプキンスが見事に演じていました。


2. When We Were Orphans/ わたしたちが孤児だったころ(2000)
  難易度:☆☆ 

 'Just give me one word. The word for "friend". I can't manage anything more tonight.'
 'Tomodachi,' he said. 'You say. To-mo-da-chi.'

 英国人の両親を持つクリストファー・バンクスは、父の仕事の関係で上海の外国人居住区に住んでいたが、彼が9歳の時に父と母が相次いで失踪し、バンクスはイギリスに戻ることになります。バンクスは将来、両親の失踪事件を解決しようと探偵になることを決意し、やがて探偵としての名声を得た彼は、およそ20年ぶりに日中戦争が勃発している1930年代の上海に戻って来ます。小説の前半がイギリスでのバンクスの暮しと上海での少年時代の回想、とくに事件前後の模様と、隣家に住む日本人の少年アキラとの交友が想起されます。そして後半が上海での探索行の描写となっていて、後半の盛り上がりはサスペンス小説にひけを取らないくらいです。アキラとの邂逅は? そしてバンクスの前に真実の扉は開かれるのか、そしてその結末は? 
 異国情緒、友情、恋愛、戦争、阿片取引のからんだサスペンスがそろっているこの小説は、映画化に向いているし、きっといい映画ができるのではと思います。でも読み終わったときに見えてくるテーマは重いものであり、それは『日の名残り』と共通するものであるとも言えます。

 バンクスは、彼と同じく孤児だった女性サラと互いに特別な感情を抱いていたが、サラは彼女よりずっと年上の貴族のSir セシルと結婚し、そして二人が上海に行くことを知ったバンクスが、彼らに自分も過去の事件を解決するために上海に行くつもりであることを告げる場面から;

 'I suppose this might sound rather feeble to you,' I said. 'But I'll say it anyway. You see, it's always been my intention to return to Shanghai myself. I mean, to... to solve the problems there. That's always been my intention.'
 For a moment, she went on gazing out at the sunset. Then she turned and smiled at me, and I thought her smile was full of sadness, and tinged with rebuke. She reached out a hand and touched me gently on the cheek, then turned back to the view again.
 'Perhaps Cecil will solve things quickly in Shanghai,' she said. 'Perhaps he won't. In any case, we might be there a long time. So if what you just said is true, Christopher, then it's quite possible we shall see you out there. Isn't it?'
 'Yes,' I said. 'Indeed.'

 オースター同様、この人の作品にも今後、目が離せないようです。



3. Never Let Me Go/わたしを離さないで(2005)
   難易度:☆☆

以下は小説の冒頭部分からの抜書きです。

 My name is Kathy H. I’m thirty-one years old, and I’ve been a carer now for over eleven years. That sounds long enough, I know, but actually they want me to go on for another eight months, until the end of this year. That’ll make it almost exactly twelve years.(中略)
 My donors have always tended to do much better than expected. Their recovery times have been impressive, and hardly any of them have been classified as “agitated”, even before fourth donation.

 1990年代のイギリスを背景とした(ただし仮想現実)この小説はキャシーという女性からの視点で描かれていて、彼女が31歳の現時点から過去を振り返るという構成となっています。そして彼女がこの11年間携わってきた仕事がdonors(提供者達)のcarer(看護人)であったらしいことが冒頭の文章で示されています。
 キャシーには両親の記憶がなくて、物心がついたときから青春の時期までをずっとヘールシャムという郊外の全寮制の施設で同じ境遇の仲間達と一緒に育ち、学びました。キャシーによるナレーションにより、彼女と特に親しかったルースとトミーとの関係を軸に、彼らがヘールシャムで過ごした日々が語られ、その中で彼らの置かれた状況が次第に明らかになっていきます。

 キャシーらが9,10歳の頃、すでに自分達が普通の人たちとは違うこと、そしていずれ彼らを待ち受ける提供者としての役割についての漠然としたイメージを持っていたことが語られています。文章中のguardiansとは、ヘールシャムでの生活において彼らにとっての保護者であり教師でもある人たちのことです。

 I suppose it was because even at that age ― we were nine or ten ― we knew just enough to make us wary of that whole territory. It’s hard now to remember just how much we knew by then. We certainly knew ― though not in any deep sense ― that we were different from our guardians, and also from the normal people outside; we perhaps even knew that a long way down the line there were donations waiting for us. But we didin’t really know what that meant. If we were keen to avoid certain topics, it was probably more because it embarrassed us.

 この作品は「このミステリーがすごい! 2007年版」の海外作品ベストテンにランクインしていましたが、たしかにミステリアスな部分もあって、それはそれで重要な要素ではあるけれど、全体の1/4も読めばほとんどの疑問点は解消されてしまうので、ミステリーとして読もうとすると期待外れではないかな。しかも自分達を待ち受ける未来を明確に知りながら、なぜ彼らはこうした状況から逃れようとしないのか、という最大の謎(僕にとって)が最後まで解き明かされていません。
 
 読後、キャシー、ルースやトムたちが懸命に生きる姿と彼らの生のかなしさに圧倒されました。そして同時に彼らの生のあり方が本当に自分にとって無縁のものなのかどうか、僕ら normal peopleが僕ら自身では決して認識できない目的の為に何かによって操作されていないと確信をもって言えるのかどうか、そんなSF的な思いにも導かれました。
 キャシーの淡々とした独白は作者の意図によるものですが、そのためでしょうが文章的に非常に読みやすく、これからペーパーバックで文学作品を読んでみようという方にもおすすめです。
 表題の「Never Let Me Go」は、女性シンガー、ジュディ・ブリッジウォーター(架空の歌手らしい)の歌で、11歳のときからキャシーはカセットテープに収録されたこの曲がとくに好きでよく聴いていました。
 Oh baby, baby, never let me go...


(その他の作品)An Artist of the Floating World/ 浮世の画家(1986)

内容(「BOOK」データベースより)
戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。小野は引退し、屋敷に篭りがちに。自分の画業のせいなのか…。老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる―ウィットブレッド賞に輝く著者の出世作。


(その他の作品)Nocturnes/夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (2009): 短編集

内容(「BOOK」データベースより)
ベネチアのサンマルコ広場で演奏するギタリストが垣間見た、アメリカの大物シンガーとその妻の絆とは―ほろにがい出会いと別れを描いた「老歌手」をはじめ、うだつがあがらないサックス奏者が一流ホテルの特別階でセレブリティと過ごした数夜を回想する「夜想曲」など、音楽をテーマにした五篇を収録。人生の夕暮れに直面して心揺らす人々の姿を、切なくユーモラスに描きだしたブッカー賞作家初の短篇集。




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○ 参考資料
 ・カズオ・イシグロ(Wikipedia)
 ・Kazuo Ishiguro(Wikipedia 英語)
 ・カズオ・イシグロ―境界のない世界/平井 杏子
  
 ・ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち
  

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