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Ruth Rendell/Barbara Vine(1930 -  )
ルース・レンデル/バーバラ・ヴァイン

 
P.D.ジェイムズと並び現代英国ミステリー界の女王と称されている。ロンドン生まれで、ハイスクール卒業後ウエスト・エセックスの新聞社でリポーターと副編集長を務めた。さまざまなタイプの小説を出版社に持ち込んだがすべて拒絶されたが、趣味で書いていたミステリーが編集者に認められて作家としてデビューを果たした(処女作は、ウェクスフォード・シリーズの「薔薇の殺意」)。バーバラ・ヴァインはレンデルの別名義で、概してミステリー的要素、サイコ色が希薄であり、純文学的志向が強くなっている。

If you always write detective stories, you're stuck in quite a tight scheme. That's why I write the other books, so that I'm not stuck with a detective story format for the rest of my life. I want to do more than that.
/ Ruth Rendell



1.Simisola/シミソラ(1994)
難易度:☆☆☆
レンデルの看板シリーズであるウェクスフォード警部登場の作品です。警部の知り合いの黒人医師の娘メラニーが失踪し、彼女が最後に会った職業安定所のアドバイザーが死体となって発見されます。必死の捜索にもかかわらず、メラニーの行方は不明だったが、埋められていた若い黒人女性の死体が発見されるに至り、事件は急展開することに...。 失業と人種差別の問題を取り込んだ作品となっていて、イギリスでも人種差別的な状況があるのかというのも意外に思えるけど、田舎町だからとくにということもあるんでしょうか。
 ウェクスフォード警部自身は、いわゆる天才・超人タイプではなく、特異な個性も持たない、家庭的といってもよいキャラクター設定となっています。このシリーズはホーム・タウンで発生する事件とそれに絡む人間性の多彩さと、おなじみの顔ぶれ(同僚、家族など)を中心とした人間関係の描写が魅力となっているのだと思います。
 警部には二人の娘があり、この作品では上の娘シルヴィアの夫ニールが失業中で職探しに奔走中で、下の娘のシェイラは女優ですが、ウェクスフォードにとってはシェイラの方が可愛いくて、彼女をなにかと頼りにしているところもあって、彼は "父親として好悪の感情を表に出してはいけないんだけど、うまくいかない" と感じています。このあたりも、実に人間的で共感が持てます。

The answer to things had sometimes in the past come to him, directly or indirectly, from Shelia; from a remark she made or her latest interest or passion, or something she had given him to read. Whatever it was, it had set him on the right road. He needed her now, a word or two from her, a pointer.
But it was his other daughter visiting him this evening with Ben and Robin, having arranged to meet Neil in her parents' house after his job club session. (中略) No father ever struggled so hard not to show the preference he felt and no father, he thought, so signally failed. As soon as he walked in the door he had realized he must resist phoning Shelia while Sylvia was there, or at least while Sylvia was in earshot.


2.The House of Stairs/階段の家(1988)
難易度:☆☆☆
翻訳本

バーバラ・ヴァイン名義の作品で、人物の性格がよく書き込まれた濃密な人間ドラマとなっています。
小説作家であるエリザベスにより、'60年代の"階段の家"を中心とした出来事の回想と、10数年ぶりに宿命の女性ベルと邂逅した現在が交互に語られています。エリザベスは、遺伝性の病気で母を亡くし、彼女も1/2の確率での発病におびえています。そしてエリザベスは小さい頃より、20歳以上年上の親類のコゼットを母のように慕っていました。また当時、エリザベスは彼女と同年代で、夫を自殺で亡くし、周囲から弧絶した独特の雰囲気を漂わせる美しいベルに惹かれていました。夫の死後、莫大な遺産を相続したコゼットが購入した"階段の家"には、ダンサーやヒッピー風の男女がたむろするようになり、エリザベスや彼女に誘われたベルもそこで暮らすようになります。そしてベルの弟で俳優のマークが登場し、物語はカタストロフィーに向かって進むことに...。
 作家ヘンリー・ジェイムズは、16世紀イタリアのマニエリスムの代表的画家ブロンジーノが描いた"ルクレチア・パンチャティキの肖像"に着想して、彼の作品『鳩の翼』の主人公ミリーを造形したと言われているが、ベルもこの肖像画にそっくりだった。

In Florence, at the Uffizi, hangs Bronzino's portrait of Lucrezia Panciatichi. This is the painting most critics have agreed inspired the one Henry James describes in The Wings of the Dove as hanging in "the great gilded historic chamber" at Matcham and calls "the pale personage on the wall." It resembles, of course, the doomed Milly Theale in her "eyes of other days, her full lips, her long neck... " with its "face almost livid in hue, yet handsome in sadness and crowned with a mass of hair, rolled back and high." It also profoundly resembled Bell.

 ベルに対して特別な感情を抱いていたエリザベスは、肖像画の絵葉書を買って、"階段の家"の自分の部屋の壁に掛けていたが、ある日ベルが訪れ、肖像画を見て、"これは自分だ"と言った。ベルの問いかけに対しエリザベスは、それを飾っているのは、ベルに似ているからだと認めた。

I opened the door of my bedroom, having forgotten for the moment what hung on the wall facing us. The light came on and Bell, entering, looked straight at the Bronzino. She approached it slowly, stood silent in front of it while I grubbed around in the cupboard for something to cover her. Then, "That's me," she said.
I prevaricated. "It was painted about four hundred years before you were born."
"It's still me. Where did you get it? Did you put it there because it looks like me?"
"Yes," I said.
  
このブロンジーノが描いた肖像画とヘンリー・ジェイムズの小説『鳩の翼』は、ストーリーに大きく関わっています。"本当にこの肖像画はベルの内面をも鮮やかに描き出しているな"という錯覚に陥るくらい、レンデルによるベルの造形はこの絵に添っていると思います。
 その他にも、この小説には多くの作家、詩人、画家の名が言及されていて、レンデルの関心のあり方が示されているようです。それらは作家、詩人では、プルースト、イ-ヴリン・ウォー、キプリング、バルザック、グレアム・グリーン、オスカー・ワイルド、スコット・フィッツジェラルド、テニソン、サッカレーなどで、画家では、ラスキン、クレー、モンドリアン、ミレー、フラゴナール、エル・グレコなどです。

ルクレチア・パンチャティキ/ブロンジーノ 1540頃 

3.Grasshopper(2000)未翻訳作品('02年8月現在)
難易度:☆☆☆
バーバラ・ヴァイン名義の作品です。
'An insect has six legs,' Daniel said, 'and so does a pylon. It's a grasshopper hopping across the fields.'
「昆虫には6本の足がある。」とダニエルは言った。「高圧線鉄塔もそうさ。野原をはねまわるバッタだ。」

 ということで、タイトルの grasshopper は高圧線鉄塔を意味しています。
 この小説の主人公であり、語り手でもある Clodagh(何て発音するのだろう)は小さい時から高い所に登るのが好きでしたが、彼女 がボーイフレンドのダニエルと高圧線鉄塔に登り、ダニエルが感電死したのは、彼女が17歳の時でした。
 19歳になったClodagh は、ロンドンに住む親類のマックス夫婦に預けられ、カレッジに通うようになります。10歳の時の出来事に端を発する閉所恐怖症のため、トンネル通路で動けなくなり、しゃがみこんでいた彼女に通りかかった青年シルバーが手を貸したのが二人の出会いでした。
 結局カレッジを落第した Clodagh は、マックスの家を出て、同じ通りにあるアパートの最上階に住むシルバーのところに移り、そこに出入りする彼同様20代の若者たちを知るようになります。スウェーデンから来た美しい留学生リヴ、空き巣の常習者のジョーンズ、天性のクライマーのウィム、ジュディー、モーナ達。 シルバー達は、彼のアパートの窓から外に出て屋根に上り、屋根伝いにロンドンの町を見下ろしながら歩くことに熱中していました。 Clodaghもシルバー達と一緒の屋根歩きに、ダニエルの死後、長い間忘れていた開放感を見出すことになります。
 屋根の上に座り、眼前に拡がるロンドンの眺望を描写した場面から ;

We sat down and surveyed the panorama from the back where there was no immediate, correspondingly high, rampart of houses to impede the view.
We were looking across the backs of houses, the fronts of houses, streets between, the dark tops of leafy trees and their gold-lit trunks, gardens of gloomy evergreens and pale shrubs, the faces of flowers white and shimmering, stone walls and stone tubs and urns, statuary and in one small enclave a dark shining pool in which golden fish darted, Georgian pillars and Victorian porches, slate roofs gleaming like pewter and tiled roofs matt and mottled.There were wells of darkness whose depths were hidden, cobbled lanes running into mews like uncoiling snakes.

 まだまだ続きますが、こうした綿密な描写へのこだわりというのもヴァインの特徴といえるのではないかと思います。
 物語は、シルバーを中心とする彼らの恋愛、葛藤をめぐり展開していきます。そして、混血の子どもを養子にしようとして当局に拒否され、子どもと共にアパートに隠れ住んでいる夫婦をシルバー達が見つけ、彼らの国外への逃亡に加担することが、この小説をクライマックスに導いていきます。心理ドラマとミステリー、サスペンスの要素が盛り込まれた作品です。
 roof-walker たちはそれぞれに個性的ですが、核となっていたシルバーは、"ハッピー主義者"で、Clodagh は、彼から多くのことを学びますが、なかでも最も重要なことは、"無用の心配をしないこと" でした。たとえば彼が教えてくれたのは、変えることの出来ない物事について思い悩まない事、忍耐強くして、"成り行きを見守る"ことなど。

I learnt many good things from Michael Silverman but the most valuable was not to worry needlessly.  (中略)
By example, Silver taught me not to fret about things I couldn't change and he taught me to be patient, to 'wait and see'.

 この小説で最も印象に残ったのは、ビルの屋根の上から見た都市という視点のユニークさでしたが(ヴェンダースの映画「ベルリン・天使の詩」を思い起こしました)、たしかにロンドン市街の屋根は歩きやすいのかもしれません。雑然と無秩序に建てられた東京では、とてもこうはいかないだろう。
 前に紹介している「階段の家」に比べ、本作が緊張感に欠けるのは否めないところだと思いますが、これはベルのような魔性をもった個性が登場しないことと、今は安定した生活を送っている Clodagh が11年前を回想しているという小説構造に拠(よ)る面が大きいと思います。


(次回紹介予定)Anna's Book/アスタの日記 (1993)
翻訳本
この小説もバーバラ・ヴァイン名義の作品です。

(裏カバーのストーリー紹介より)
Anna is a young woman living in turn-of-the-century London, confiding her rebellious thoughts and well-guarded secrets only to her diary. Years later, her granddaughter discovers that a single entry has been cut out ― an entry that may forge a link between her own mother's birth and a gory, unsolved murder in the long hot summer of 1905. But by whom? And why? Ann Eastbrook embarks on a dark journey into a forbidden history, to a place where truth, passion, and deceit are explosively intertwined. An eerie tour de force from Barbara Vine.
 

■関連Web・主要作品リス
○ 関連出版リスト 
   ・ルース・レンデル :  amazon. com.(洋書和書
   ・バーバラ・ヴァイン:  amazon. com.(洋書和書

○ 参考資料
 ・ルース・レンデル(Wikipedia)
 ・Ruth Rendell(Wikipedia 英語)

○ 主要作品リスト(ウェクスフォード警部シリーズとバーバラ・ヴァイン名義 の作品)
(ウェクスフォード警部シリーズ) 
  • From Doom with Death/薔薇の殺意 (1964)
  • A New Lease of Death(Sins of the Father) /死が二人を別つまで(1967)
  • Wolf to the Slaughter/運命のチェスボード(1967)
  • The Best Man to Die/友は永遠に、死を望まれた男 (1969)
  • A Guilty Thing Surprised/罪人のおののき (1970)
  • No More Dying Then/もはや死は存在しない (1971)
  • Murder Being Once Done/ひとたび人を殺さば (1972)
  • Some Lie and Some Die/偽りと死のバラッド (1973)
  • Shake Hands Forever/指に傷のある女 (1975)
  • A Sleeping Life/乙女の悲劇 (1978)
  • Means of Evill(1979) 未翻訳 (ウェクスフォードもの短編集)
  • Put On By Cunning(Death Notes)/仕組まれた死の罠 (1981)
  • The Speaker of Mandarin/マンダリンの囁き (1983)
  • An Unkindness of Ravens/無慈悲な鴉 (1985)
  • The Veiled One/惨劇のヴェール (1988)
  • Kissing the Gunner's Daughter/眠れる森の惨劇 (1992)
  • Simisola/シミソラ (1994)
  • Road Rage/聖なる森 (1997)
  • Harm Done /悪意の傷跡(1999)
  • The Babes in the Wood(2002)
  • End in Tears(2005)
  • Not in the Flesh(2007)
  • The Monster in the Box (2009)
  • The Vault (2011)
(バーバラ・ヴァイン名義)
  • A Dark-Adapted Eye/死との抱擁 (1986) MWA最優秀長篇賞受賞
  • A Fatal Inversion/運命の倒置法 (1987) CWAゴールド・ダガー賞受賞
  • The House of Stairs/階段の家 (1988)
  • Gallowglass/ 哀しきギャロウグラス (1990)
  • King Solomon's Carpet(1991)未翻訳 CWAゴールド・ダガー賞受賞
  • Asta's Book(Anna's Book)/アスタの日記 (1993)
  • No Night is Too Long/長い夜の果てに (1994)
  • The Brimstone Wedding/ステラの遺産 (1995)
  • The Chimney Sweeper's Boy/煙突掃除の少年(1998)
  • Grasshopper(2000)
  • The Blood Doctor(2002)
  • The Minotaur (2005)
  • The Birthday Party (2008)

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