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克服と成長は個人の魂の記録であり、希望や可能性のすべてだと私は思っています。 「キッチン」あとがき/ 吉本ばなな 人を好きになることは本当にかなしい。かなしさのあまり、その他のいろんなかなしいことまで知ってしまう。果てがない。嵐がいても淋しい、いなくてももっと淋しい。いつか別の恋をするかもしれないことも、ごはんを食べるのも、散歩するのもみんなかなしい。これを全部 "うれしい"に置きかえることができることも、ものすごい。 「うたかた」/ 吉本ばなな 以下を紹介しています。クリックでリンクします。
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1.Kitchen/キッチン(1988) | ||||
難易度:☆☆ 洋書 新潮文庫 どうしても、自分がいつか死ぬということを感じ続けていたい。でないと生きている気がしない。 / 「満月」 大学生のみかげは、一緒に暮らしていた唯一の肉親である祖母が亡くなり、天涯孤独となってしまった。そんなみかげを気遣う祖母の知り合いの雄一に誘われ、彼が母親と暮らすアパートに同居することになりますが、みかげが雄一のアパートで会った彼の美しい母親のえり子さんは、彼の元"父親"の性転換者だった。こんな3人の共同生活を描いた「キッチン」と、その続編で、新たな喪失と回復の物語「満月」、それからもう1篇、ばななさんの学生時代の卒業制作作品で、恋人の死の痛手からの再生の物語「ムーンライト・シャドウ」が収録されています。 ばななさんの小説の特質として、登場人物達にとって"死"が、とても身近であるということが、まず挙げられると思います。それらは、肉親の"死"であり、恋人の"死"であり、親友の"死"であったりしますが、"死"が頻繁に語られるからといって、ばななさんがペシミストであるということではなくて、逆に彼女ほど生への"共感"を描いている作家は僕の知っている限りでは思い至りません。 "死"を内在しない"生"というのは本来的にありえないから、"生"というのは、"死"によって相対化されることにより、真に輝き始めるものだと思います。身近な"死"の経験を通過することによって本当に見えてくるもの、それは世界がかなしみと喪失とから成り立っているという認識(諦念)であり、そしてその認識を得ることによる"生"への真の共感(いとおしさ)ということが、この作品だけでなく、ばななさんの作品に共通するテーマなのだと思います。そして、この小説でみかげが"キッチン"に惹かれるのは、そこが"生"の側面を最も端的に象徴している場であるからなのだと思います。 共感を呼ぶ文章がちりばめられているのもばななさんの小説の魅力ですが、そんないくつかを引用してみます(英訳:Megan Backus)。 えり子さんが、みかげに自分の生き方について語る場面から/ 『キッチン』;
『満月』から;
『ムーンライト・シャドウ』から;
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(映画)キッチン '89 | ||||
(監)森田芳光 (演)川原亜矢子、松田ケイジ、橋爪功 森田さんは、日本を代表する映画監督で、僕が見ているのでは、『家族ゲーム』('83 良かった。松田優作、伊丹十三)をはじめとして、『メイン・テーマ』('84 薬師丸ひろ子主演)、『それから』('85 漱石作品の最良の映画化だと思う。松田優作、藤谷美和子)を演出しています。 この映画での雄一のマンションにある巨大なキッチンは非現実的なもので、同様にみかげを始めとする人物達や背景も、夢の中で浮遊するかのようで、この作品はストーリーの現実性よりも、ばななワールドの雰囲気、気分を伝えようとしているのではないかという感じがします。ストーリー展開が、後半で原作とは大きく違ってくるのも、その辺のところを重視した結果だと考えられのでは。みかげを演じている川原さんは、ここでの演技によりキネマ旬報の新人賞の受賞を始めとして脚光を浴びましたが、彼女の持つ不思議な存在感により、小説とはひと味違ったみかげ像を造形しています。 |
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2.Amrita/アムリタ(1994) | ||||
難易度:☆☆ 洋書 新潮文庫上・下 主人公の28歳の朔美には妹と弟がいたが、アイドルだった妹は自殺して既にいない。朔美とは父親違いの小学生の弟には超能力が目覚めつつあったが、その人並みはずれた感受性のため学校に順応できずにいた。朔美は階段から落ちて頭を打ち記憶を失ってから以前の自分とは違ってしまったという感じを抱いていた。朔美は妹の恋人だったカルト作家の竜一郎の誘いでサイパンに行き彼の友人たちと出会い、あとから呼んだ弟とともに様々な体験をする。 弟の由男を始めとして、サイパンで出会ったさせ子、それからきしめん、メスマ氏など不思議な能力を持つ人物がばんばん登場する物語で、卒業制作作品「ムーンライト・シャドウ」以来の向こう側の世界へのばななさんの関心のあり方が明確に示されています。 ばななさんはあとがきにこの小説が「きょうだい」の愛情の物語でもあると書いていますが、妹の死がもたらしたもの、弟の心の回復の過程に関与することを通じて、朔美が本当の自分を、生き方を見出してしていく物語だと思います。タイトルの「アムリタ」とは、神々が飲む聖なる水のこと。 いかにもばななさんらしい文章から;
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3.ハードボイルド/ハードラック(1999) | ||||
洋書 幻冬舎文庫 前作の「ハネムーン」から2年ぶりの作品で、2編の中篇を収録しています。いずれも死のイメージの濃い作品ですが、死を否定的な意味でとらえず、死があるからこそいっそう輝き始めるさりげない日常の出来事や過去の記憶のいとおしさを描き出していくばななさんの筆致は健在です。表紙や挿画を描いている奈良美智さんの描く「今どき純真さだけでは生きていけない。タフでなくては」という感じの子供たちの表情に惹かれます。 ○ ハードボイルド 「いろいろなことがあると思う。でも自分を責めちゃだめだよ。ハードボイルドに生きてね。どんなことがあろうと、いばっていて。」 あてもなくひとり旅をしていた私は山道に迷い不気味な祠(ほこら)に出合う。夜になってようやく小さな町にたどり着き、泊ったホテルで見た夢の中にかつて一緒に暮した千鶴が現れた。今日は千鶴の命日だった。目が覚めたときドアがノックされ、バスローブ姿の女性が廊下に立っていた。 語り手の"私"は女性で、千鶴とは同性愛関係にありました。千鶴は私と別れた後に火事で亡くなりますが、千鶴には超能力があり彼女の死の直後に私と電話で話したりしていて、ホテルで私が見た千鶴の夢も霊界からのメッセージとしてとらえられているようです。それに正真正銘、本物の幽霊も登場するので、かなりオカルト風味の作品となっています。でも「生きた人間がいちばんこわい」と思う私は幽霊なんかに怯えることなく、夢に現れた千鶴に励まされ、新たな旅立ちの朝を迎えることになります。 ○ ハードラック 私の姉は結婚退職するために、徹夜で仕事の整理に追われている時に脳出血で倒れ、昏睡状態になっていた。しょっちゅう見舞いに来る姉の婚約者の兄の境くんと私は親しくなり、姉の死までの神聖な時間を共有した。 思い入れも、希望も、奇跡もなく、姉がこの世を去って行こうとしている、意識もなく、体はあたたかく、みんなに時間を与えて。その時間の中で、私は小さく笑った。そこには永遠があって、美しさがあり、その中には姉がちゃんと存在していた。 ここには霊の世界は登場しませんが、姉を包む死の雰囲気が濃密な作品です。姉の死がもたらす悲しさとともに、二度と永遠にやってこないこの一瞬、一瞬をいとおしむ思いが描かれています。 |
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4.TUGUMI つぐみ(1989) | ||||
洋書 中公文庫 第2回山本周五郎賞受賞 つぐみの心の中には磨きぬかれた鏡があって、そこにうつるものしかつぐみは信じない。考えてみようともしない。 そういうことなのだ。 それでも私も、ポチも、そして多分まわりのみんながつぐみを好きだった。つぐみに惹かれ続けていた。どんな目にあっても、つぐみの気分ひとつで何を言われようと、そしてポチにしてみたらいつか殺されて食べられてしまってもだ。つぐみの心や言葉よりも、もっと奥の方に、つぐみのめちゃくちゃさを支えるひとつの光があった。その悲しいほどつよい光は、本人も知らないところで永久機関のように輝き続けているのだ。 ばななさんの長編第1作です。 つぐみは生まれた時から体がむちゃくちゃ弱くて、あちこちの機能がこわれていた。医者から短命を宣言され、家族から甘やかされた結果、つぐみは思い切り開き直った性格となった。意地悪で粗野で口が悪く、わがままで甘ったれでずる賢い美少女。 そう、つぐみは美しかった。 黒く長い髪、透明に白い肌、ひとえの大きな、大きな瞳(め)にはびっしりと長いまつ毛がはえていて、伏し目にすると淡い影を落とす。血管の浮くような細い腕や足はすらりと長く、全身がきゅっと小さく、彼女はまるで神様が美しくこしらえた人形のような端整な外見をしていた。 語り手の私(まりあ)と母は、つぐみの家である旅館の離れに住み、幼いときから私は一つ年下のつぐみ、一つ年上のつぐみの姉の陽子ちゃんと一緒だった。父が前妻と離婚し、母との正式な結婚が決まり、私と母は東京に移り父との暮らしを始めた。つぐみの両親は、山本屋旅館を閉じることを決め、私は山本屋旅館最後の夏を過ごすため海辺の町へ向かった。 病弱でわがままな美少女という主人公の設定は、いかにも少女コミックにありそうなパターンだけど、つぐみがそれらの類型から逃れているのは、彼女の発する強烈なエネルギーによるのだろう。つぐみの体はこわれかけていたけど、生まれてからずっと常に死と向き合って生きてきたつぐみには燃えるようなつよい心があった。生まれ育った町で過ごす最後の夏、海辺の強烈な陽ざし、果てしない青空、海を囲む山々の緑を背景に、つぐみは完全燃焼した。つぐみにとって、そしてまりあにとっても、この夏は様々な意味で最後の夏となった。 文庫版のあとがきで、この作品の編集者だった安原顕さん(故人となってしまった)が、"ポチを殺して、平然として「ポチはうまかった」と言って笑えるような奴になりたい"と、まりあに語るつぐみは、坂口安吾の「夜長姫と耳男」の夜長姫のようにカッコいい、と書いていたけど、なるほどそうだなあ。でも僕には、萩尾望都が描いた「百億の昼と千億の夜」(原作:光瀬龍)の阿修羅王(あしゅらおう)こそ、つぐみのカッコよさのイメージにピッタリのような気がするのだけれど。 |
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(映画)つぐみ(1990) | ||||
(監)市川準 (演)牧瀬里穂、中嶋朋子、白鳥靖代、真田広之 場面、場面の映像が美しく、海岸の町の雰囲気や山本屋旅館のたたずまいなども、うまく再現されていました。つぐみ(牧瀬里穂)、まりあ(中嶋朋子)もきれいに撮れていたし、演技のほうもとくに不満なく、原作の背景の映像化としては満足すべき作品だと思います。 ただ、ドラマとしてとらえた場合、ちょっと弱いなあという不満が残ります。それとなにより、つぐみの心のつよさ、透明さが映像からは伝わってこないのがもどかしい。 もともと、ばなな作品には現実性から遊離したところがあるし、観念的な部分のウェイトが大きいこともあって、映像化が難しいというところがあると思います。原作を忠実に映像化しようとすると、描かれる背景が現実的であればあるほど、ドラマの非現実性が浮き出てしまい、全体が破綻しかねない。市川準の演出は、映画としての破綻を避けるために、あえてドラマの非現実的な部分、観念的な部分を犠牲にしたのではないか、とも考えられます。そしてきれいな映像が残ったということなのかな。映像作家としての才能は大したものだと思うので、ぜひ他の作品を観てみたい。 |
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5.スウィート・ヒアアフター(2011) | ||||
2011年3月11日の震災は、被災地の人たちのみならず、東京に住む私の人生もずいぶんと変えてしまいました。 とてもとてもわかりにくいとは思いますが、この小説は今回の大震災をあらゆる場所で経験した人、生きている人死んだ人、全てに向けて書いたものです。 ばななさんにとって「死」をめぐる物語は、処女作品集の「キッチン」(1988)以来ずっと近しいものですが、震災で亡くなった人々へのいわばレクイエム(鎮魂曲)として書かれた本作では、ばななさんの死生観がストレートに現れているようです。 28歳の小夜子は恋人・洋一の運転する車でドライブしていたときに事故に遭い、洋一は即死、小夜子も頭と腹部に重傷を負い生死の淵をさまよいます。臨死状態の小夜子は、"果てなく美しい来世(sweet hereafter)"で、大好きだった亡き祖父に再会します。そしてこの世に戻ってきた彼女には幽霊が見えるようになります。 小説は事故から2年後、洋一を失った心の痛手から少しづつ回復していく小夜子の姿を描いています。 人が死ぬってどういうことだろう、空を見ながらまた同じことをぼんやりと考える。 もう会えなくなる、急にいなくなる、触(さわ)れなくなる、体がなくなる・・・・・・どれもしっくりとは来ない。自分はまだ生きているから。 どんなことがこの状態をいちばんなぐさめたのだろう。時間か、鈍さか、新しいできごとか。 現世に戻ってきた小夜子をなぐさめ、支えたもの、それは彼女の周囲の人たち、洋一の両親や行きつけのバーのマスターや幽霊アパートに住むゲイの青年であり、そして祖父や洋一のいる来世でした。 デビュー作「ムーンライト・シャドウ」(『キッチン』に収録)は、小夜子と同じように、恋人の等を亡くした大学生のさつきが、夜明けの奇跡の一瞬、この世と来世を隔てる川の彼岸に等の姿を見るというストーリーでした。処女作からずっと、ばななさんの死を通して生を見つめる姿勢、さらに、"私の愛する人たちがすべて今より幸せになるといい"(ムーンライト・シャドウ)という祈りは変わっていないのだとあらためて思いました。 なんと豊かなことだろう、なんでもある。生きていても死んでいてもなんだっていっしょなんだ、ほんとうはみんながみんな、なんでも持っているんだ。死んでみないと気づけないことなのかもしれない、きっと。 |
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■参考Webサイト | ||||
○ 吉本ばなな 関連出版リスト(Amazon) ○吉本ばなな関連Webサイト | ||||
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