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宮沢賢治 (1896−1933) 

岩手県花巻に富商の長男として生まれた。1921年から5年間、花巻農学校教諭となり生徒を教えた。教え子との交流を通じ農民の現実を知り、農業技術指導やレコードコンサートの開催など、農民の生活向上をめざして粉骨砕身するが、理想はかなわぬまま過労で肺結核が悪化、最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行なった。生前刊行されたのは、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』のみ。 (新潮文庫解説より)



いくつかの好きな作品を紹介します。 

詩集「春と修羅」より
春と修羅
有明
岩手山
小岩井農場 より
 
「よだかの星」より
「銀河鉄道の夜」より

文語詩未定稿より
病中幻想

関連Web・参考資料
詩集「春と修羅」より


春と修羅
(mental sketch modified)

心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲模様
(正午の管楽よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき )
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする 
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃の風が行き交ひ 
   Zypressen 春のいちれつ
    くろぐろと光素を吸へば
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
       (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
     修羅は樹林に交響し
       陥りくらむ天の椀から
        雲の魯木の群落が延び
          その枝はかなしくしげり
        すべて二重の風景を
       喪神の森の梢から
      ひらめいてとびたつからす
      (気層いよいよすみわたり
       ひのきもしんと天にたつころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
Zypressen しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)
あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
Zypressen いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ




起伏の雪は
あかるい桃の漿をそそがれ
青ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉を鳴らし
もいちど散乱のひかりを呑む
   (波羅僧羯諦 菩提 薩婆詞)

岩手山

そらの散乱反射のなかに
古ぼけて黒くゑぐるもの
ひしめく微塵の深みの底に 
きたなくしろく澱むもの


小岩井農場(パート九より) 

すきとほってゆれてゐるのは
さっきの剽悍な四本のさくら
わたくしはそれを知ってゐるけれども
眼にははっきり見てゐない
たしかにわたくしの感官の外で
つめたい雨がそそいてゐる
 (天の微光にさだめなく
  うかべる石をわがふめば
  おおユリア しづくはいとど降りまさり
  カシオペーアはめぐり行く)
ユリアがわたくしの左を行く
大きな紺いろの瞳をりんと張って
ユリアがわたくしの左を行く
ペムペルがわたくしの右にゐる
・・・・・・・・・・・・はさっき横へ外れた
あのから松の列のとこから横へ外れた
   《幻想が向こふから迫ってくるときは
    もうにんげんの壊れるときだ》
わたくしははっきり眼をあいてあるいてゐるのだ
ユリア ペムペル わたくしの遠いともだちよ
わたくしはずゐぶんしばらくぶりで
きみたちの巨きなまっ白なすあしを見た
どんなにわたくしはきみたちの昔の足あとを
白亜系の頁岩の古い海岸に求めただらう
   《あんまりひどい幻想だ》
わたくしはなにをびくびくしてゐるのだ
どうしてもどうしてもさびしくてたまらないときは
ひとはきっと斯ういふことになる
きみたちとけふあふことができたので
わたくしはこの巨きな旅のなかの一つづりから
血みどろになって遁げなくてもいいのです
  (ひばりが居るやうな居ないやうな
   腐植質から麦が生え
   雨はしきりに降ってゐる)
 

「よだかの星」より

それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。 その声はまるで鷹でした。 野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。 もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。 よだかはのぼってのぼって行きました。
寒さにいきはむねに白く凍りました。 空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。
それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。 つくいきはふいごのようです。 寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。 よだかははねがすっかりしびれてしまいました。 そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。 そうです。 これがよだかの最後でした。 もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。 ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居(お)りました。
それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。 そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。
すぐとなりは、カシオピア座でした。 天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。 いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。


銀河鉄道の夜

「天気輪の柱」 より

そのまっ黒な、松や楢の林を越えると、俄かにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亘っているのが見え、また頂の、天気輪の柱も見わけられたのでした。 つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも薫りだしたというように咲き、鳥が一疋、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。
ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
街の灯は、暗の中を、まるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子供らの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞こえて来るのでした。 風が遠くで鳴り、丘の草も静かにそよぎ、ジョバンニの汗でぬれたシャツもつめたく冷されました。 ジョバンニは町のはずれから遠く黒くひろがった野原を見わたしました。
そこから汽車の音が聞こえてきました。 その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果を剥いたり、わらったり、いろいろな風にしていると考えますと、ジョバンニは、もう何とも云えずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。 
あああの白いそらの帯がみんな星だというぞ。
ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷いとこだとは思われませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。 そしてジョバンニは青い琴の星が、三つにも四つにもなって、ちらちら瞬き、脚が何べんも出たり引っ込んだりして、とうとう蕈のように長く延びるのを見ました。 またすぐ眼の下のまちまでがやっぱりぼんやりしたたくさんの星の集りか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

「銀河ステーション」 より

するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくり返して、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。
 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。 ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座っていたのです。

「北十字とプリオシン海岸」 より

河原の礫は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉や、またくしゃくしゃの皺曲をあらわしたのや、また稜から霧のような青白い光を出す鋼玉やらでした。 ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。 けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。 それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。

「ジョバンニの切符」 より

川の向う岸が俄かに赤くなりました。 楊の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。 まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。 ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔ったようになってその火は燃えているのでした。
「あれは何の火だろう。 あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」 ジョバンニが云いました。
「蠍の火だな。」 カムパネルラが又地図と首っ引きして答えました。


病中幻想

罪はいま疾にかはり
たよりなくわれは騰りて
野のそらにひとりまどろむ

太虚ひかりはてしなく
身は水素より軽ければ
また耕さんすべもなし

せめてはかしこ黒と白
立ち並びたる積雲を
雨と崩して堕ちなんを


参考
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