詩集「優しき歌 T」より
憩らひ
風は或るとき流れて行つた
絵のやうな うすい緑のなかを、
ひとつのたつたひとつの人の言葉を
はこんで行くと 人は誰でもうけとつた
ありがたうと ほほゑみながら。
開きかけた花のあひだに
色をかへない青い空に
鐘の歌に溢れ 風は澄んでゐた、
気づかはしげな恥らひが、
そのまはりを かろい翼で
にほひながら 羽ばたいてゐた・・・・・・
何もかも あやまちはなかつた
みな 猟人も盗人もゐなかつた
ひろい風と光の万物の世界であつた。
猟人(かりうど)
薄明
音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさなフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる
窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖かく香よくにほふひと
私は ささやく おまへにまた一度
― はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!
やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実も高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ ― そして 別れる
香(かをり)、果実(このみ)
ひとり林に・・・・・・
だれも 見てゐないのに
咲いてゐる 花と花
だれも きいてゐないのに
啼いてゐる 鳥と鳥
通りおくれた雲が 梢の
空たかく ながされて行く
青い青いあそこには 風が
さやさや すぎるのだらう
草の葉には 草の葉のかげ
うごかないそれの ふかみには
てんたうむしが ねむつてゐる
うたふやうな沈黙に ひたり
私の胸は 溢れる泉! かたく
脈打つひびきが時を すすめる
沈黙(しじま)
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