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中原中也 (1907−1938) 

山口の生まれ。父は軍医だった。8歳の時に亡き弟を歌ったのが詩作の最初だった。山口中学校に進学するが、文学に夢中になったため落第となり、京都立命館中学に転校となった。17歳の時から3歳年上の女優長谷川泰子と同棲、翌年上京し、本格的な詩作活動を始めた。その後、泰子は友人だった小林秀雄のもとへ去り、26歳で遠縁に当る上野孝子と結婚。27歳の時に、最初の詩集「山羊の歌」の出版を果たした。2歳の長男の死に痛手を受け、療養所に入院、2冊目の詩集「在りし日の歌」の刊行を待たずして、30年の人生を終えた。
   

いくつかの好きな作品を紹介します。 
 
詩集「山羊の歌」(1934)より
 ・汚れつちまつた悲しみに ・・・・
 ・サーカス
 ・朝の歌
 ・黄昏
 ・夏の日の朝
 ・少年時
 ・妹よ
 ・寒い夜の自画像
 ・
 ・心象

詩集「在りし日の歌」(1938)より
 ・冷たい夜
 ・冬の明け方
 ・
 ・北の海
 ・閑寂
 ・幻影

未刊詩篇より
 ・夏は青い空に・・・・・
 ・早春散歩
 ・いちじくの葉
 ・詩人は辛い
 ・
 ・酒場にて

・関連Web・参考資料


詩集「山羊の歌」(1934)より

汚れつちまつた悲しみに

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪のふりかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむことなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたいしくも怖気づき
よごれつまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる・・・・・


サーカス

幾時代かがありまして
 茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
 冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
 今夜此処(ここ)での一と殷盛り(ひとさかり)
  今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
 そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
 汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆあゆよん

それの近くの白い灯が
 安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
 咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
夜は劫々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


朝の歌

天井に 朱きいろいで
 戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶ひ
 手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
 空は今日 はなだ色らし、
倦んじてし 人のこころを
 諌(いさ)めする なにものもなし。

樹脂の香に 朝は悩まし
 うしなひし さまざまのゆめ、
森並は 風に鳴るかな

ひろごりて たひらかの空、
 土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
       

黄昏

渋つた仄(ほの)暗い池の面(おもて)で、
寄り合った蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。

音を立てると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線を逐(お)ふ・・・・・・
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
― 失はれたものはかへつて来ない。

なにが悲しいたつてこれほど悲しいことはない
草の根の匂ひが静かに鼻にくる、
畑の土が石といつしよに私をみてゐる。

― 竟(つひ)に私は耕やさうと思はない!
ぢいつと茫然黄昏(ぼんやりたそがれ)の中に立つて、
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです


夏の日の朝

青い空は動かない、
雲片(ぎれ)一つあるでない。
 夏の真昼の静かには
 タールの光も清くなる。

夏の空には何かがある、
いぢらしく思はせる何かがある、
 焦げて図太い向日葵が
 田舎の駅には咲いてゐる。

上手に子供を育てゆく、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
 山の近くを走る時。

山の近くを走りながら、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
 夏の真昼の暑い時。


少年時

黝(あをぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。

地平の果に蒸気が立つて、
世の亡ぶ、兆(きざし)のやうだつた。

麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だつた。

翔びゆく雲の落とす影のやうに、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿 ―

夏の日の午(ひる)過ぎ時刻
誰彼の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走つていつた・・・・・

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた・・・・・
噫(ああ)、生きてゐた、私は生きてゐた!


妹よ

夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
 ― かの女こそ正当(あたりき)なのに ―
夜、うつくしい魂は涕いて、
 もう死んだつていいよう・・・・・といふのであった。

湿った野原の黒い土、短い草の上を
 夜風は吹いて、
死んだつていいよう、死んだつていいよう、と、
 うつくしい魂は涕くのであった。

夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
 ― 祈るよりほか、わたくしに、すべはなかつた・・・・・・


寒い夜の自画像

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を我は嘆かず
人々の焦燥のみの愁(かな)しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を
わが瑣細なる罰と感じ
そが、皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、
聊(いささか)かは儀文めいた心地をもつて
われわが怠惰を諌める
寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、而(しか)も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!


 

血を吐くやうな 倦(もの)うさ たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡るがやうな悲しさに、み空をとほく
血を吐くやうな倦うさ、たゆけさ

空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩しく光り
今日の日も陽は炎ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。

嵐のやうな心の歴史は
終焉(おわ)つてしまつたもののやうに
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののやうに
燃ゆる日の彼方に睡る。

私は残る、亡骸(なきがら)として ―
血を吐くやうなせつなさかなしさ。


心象

T
松の木に風が吹き、
踏む砂利の音は寂しかつた。
暖かい風が私の額を洗ひ
思ひははるかに、なつかしかつた。

腰をおろすと、
浪の音がひときは聞えた。
星はなく
空は暗い綿だった。

とほりかかつた小舟の中で
船頭がその女房に向つて何かを云つた。
― その言葉は、聞きとれなかつた。

浪の音がひときはきこえた。

U
亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
城の塀乾きたり
風の吹く

草靡(なび)く
丘を超え、野を渉り
憩ひなき
白き天使のみえ来ずや

あはれわれ死なんと欲す、
あはれわれ生きむと欲す
あはれわれ、亡びたる過去のすべてに

涙湧く。
み空の方より、
風の吹く



詩集「在りし日の歌」(1938)より

冷たい夜


冬の夜に
私の心が悲しんでゐる
悲しんでゐる、わけもなく・・・・・・
心は錆びて、紫色をしてゐる。

丈夫な扉の向ふに、
古い日は放心してゐる。
丘の上では
棉の実が罅裂(はじ)ける。

此処では薪が燻つてゐる、
その煙は、自分自らを、
知つてでもゐるやうにのぼる。

誘はれるでもなく
覓(もと)めるでもなく、
私の心が燻る・・・・・


冬の明け方

残んの雪が瓦に少なく固く
枯木の小枝が鹿のやうに睡い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

鳥が啼いて通る ―
庭の地面も鹿のやうに睡い。
― 林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
 私の心は悲しい・・・・・・

やがて薄日が射し
青空が開く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
― 四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
 私の心は悲しい・・・・・・




ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光沢もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。

生きてゐた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐つてゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思へばなんとも可笑(おか)しい。

ホラホラ、これが僕の骨 ―
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残つて、
また骨の処にやつて来て、
見てゐるのかしら?

故郷の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて
見てゐるのは、― 僕?
恰度立札ほどの高さに、
骨しらじらととんがつてゐる。


北の海

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。


閑寂

なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。

 それは日曜日の渡り廊下、
 ― みんなは野原へ行つちやつた。

板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼いてゐる。

 諦め足りない水道の、
 蛇口の滴(しづく)は、つと光り!

土は薔薇色、空には雲雀
空はきれいな四月です。

 なんにも訪ふことのない、
 私の心は閑寂だ。
 

幻影

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服かなんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付けをして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あはれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう ―
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは、分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。



未刊詩篇より

夏は青い空に・・・・・

夏は青い空に、白い雲を浮ばせ、
 わが嘆きをうたふ。
わが知らぬ、とほきとほきとほき深みにて
 青空は、白い雲を呼ぶ。

わが嘆きわが悲しみよ、かうべを昂げよ。
 ― 記憶も、去るにあらずや・・・・・・
湧き起る歓喜のためには
 人の情けも、小さきものとみゆるにあらずや

ああ、神様、これがすべてでございます、
 尽すなく尽さるるなく、
心のままにうたへる心こそ
 これがすべてでございます!

空のもと林の中に、たゆけくも
 仰(あほ)ざまに眼(まなこ)をつむり、
白き雲、汝(な)が胸の上を流れもゆけば、
 はてもなき平和の、汝がものとなるにあらずや


早春散歩

空は晴れてても、建物には蔭があるよ、
春、早春は心なびかせ、
それがまるで薄絹ででもあるやうに
ハンケチででもあるやうに
我等の心を引千切り
きれぎれにして風に散らせる

私はもう、まるで過去がなかつたかのやうに
少なくとも通つてゐる人達の手前さうであるかの如くに感じ、
風の中を吹き過ぎる
異国人のやうな眼眸(まなざし)をして、
確固たるものの如く、
また隙間風にも消え去るものの如く

さうしてこの淋しい心を抱いて、
今年もまた春を迎へるものであることを
ゆるやかにも、茲(ここ)に春は立返つたのであることを
土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら
土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
僕は思ふ、思ふことにも慣れきつて僕は思ふ・・・・・・


いちじくの葉

夏の午前よ、いちじくの葉よ、
葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして
風が吹くと揺れてゐる、
よわい枝をもつてゐる・・・・・・

僕は睡らうか(ねむらうか)・・・・・・
電線は空を走る
その電線からのやうに遠く蝉は鳴いてゐる

葉は乾いてゐる、
風が吹いてくると揺れてゐる
葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる

僕は睡らうか・・・・・・
空はしづかに音く、
陽は雲の中に這入つてゐる、
電線は打つづいてゐる
蝉の声は遠くでしてゐる
懐しきものみな去ると。

音く:原文のまま

詩人は辛い

私はもう歌なぞ歌はない
誰が歌なぞ歌ふものか

みんな歌なぞ聴いてはゐない
聴いてるやうなふりだけはする

みんなたゞ冷たい心を持つてゐて
歌なぞどうだつたつてかまはないのだ

それなのに聴いてるやうなふりはする
そして盛んに拍手を送る

拍手を送るからもう一つ歌はうとすると
もう沢山といつた顔

私はもう歌なぞ歌はない
こんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない




山の上には雲が流れてゐた

あの山の上で、お弁当を食つたこともある・・・・・
 女の子なぞといふものは
 由来桜の花弁(はなびら)のやうに、
 欣(よろこ)んで散りゆくものだ
   
 近い過去も遠いい過去もおんなじこつた
 近い過去はあんまりまざまざ顕現するし
 遠いい過去はあんまりもう手がとどかない

山の上に寝て、空をみるのも
此処にゐて、あの山をみるのも
所詮は同じ、動くな動くな

あゝ、枯草を背に敷いて
やんわりぬくもつてゐることは
空の青が、少し冷たくみえることは
煙草を喫ふなぞといふことは
世界的幸福である


酒場にて

今晩あゝして元気に語り合つてゐる人々も
実は、元気ではないのです。

近代(いま)といふ今は尠(すくな)くも、
あんな具合な元気さで
ゐられる時代(とき)ではないのです。

諸君は僕を、「ほがらか」でないといふ。
しかし、そんな定規みたいな「ほがらか」なんぞはおやめなさい。

ほがらかとは、恐らくは、
悲しい時には悲しいだけ
悲しんでられることでせう?
されば今晩かなしげに、かうして沈んでいる僕が、
輝き出でる時もある。
さて、輝き出でるや、諸君は云ひます、
「あれでああなのかねえ、
不思議みたいなもんだねえ」。
が、冗談ぢやない、
僕は僕が輝けるやうに生きてゐた。


参考
中原中也 関連出版リスト
中原中也(Wikipedia)


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