難易度:☆☆ '83年度ブッカー賞受賞作
マイケル Kは生まれつき、みつ口(唇裂)だった。彼は特殊学級を卒業後、15歳の時からケープタウン市雇用の庭師として働いていた。彼の母は住み込みのメイドだったが、病気のため働けなくなり解雇されてしまう。母のたっての願いで、マイケルは母を手押し車に載せて、生まれ故郷のプリンス・アルバートへ向かった。しかし、母は途中の病院で力尽きて亡くなり、マイケルはようやくの思いでひとり目的の地、かつて母と祖母が暮し今は無人となっている家にたどり着いた。彼ののただ一つの願いは、土を耕し、野菜の種を蒔(ま)き、自給自足の生活を送ることだったが、内戦は彼が孤独に暮らすことを許さず、彼は捜索の目を逃れるため、家には住まず戸外で暮さざるを得なかった。
I want to to live here, he thought: I want to live here forever, where my mother and my grandmother lived. It is as simple as that. What a pity that to live in times like these a man must be ready to live like a beast. A man who wants to live cannot live in a house with lights in the windows. He must live in a hole and hide by day. A man must live so that he leaves no trace of his living. That is what it has come to.
社会はマイケルに何らかのラベル(たとえばホームレス、難民、反体制ゲリラの協力者、精神異常者)を貼り、彼を収容所、病院などに隔離して、システムに取り込もうとしますが、彼はそれを断固拒否します。積極的に反抗するのではなく、ひたすらそこから逃れることによって。結果としてマイケルは常に孤独と飢えと迫害とに直面することになりますが、それでもなお彼は束縛されない自由でシンプルな生を貫こうとします。
Whereas the truth is that I have been a gardener, first for the Council,
later for myself, and gardeners spend their time with their noses to the
ground.
K tossed restlessly on the cardboard. It excited him, he found, to say,
recklessly, the truth, the truth about me. 'I am a gardener,' he said again, aloud.
(中略)
I was mute and stupid in the beginning, I will be mute and stupid at the
end. There is nothing to be ashamed of in being simple.
内戦さなかの南アフリカで、社会のいかなるシステムにも属さず、頼らず、一介の”庭師”に徹して、自給自足のシンプルな生だけを望んだマイケルの生き様を通して、社会における個人の自由、尊厳について考えさせる作品です。
アパルトヘイト(人種隔離政策)下の南アフリカが舞台となっている小説ですが、主人公のマイケルの人種は明らかにされておらず、またストーリー展開の上でも人種差別についての具体的な記述は一切ありません。当局の検閲に対する考慮なのではないかと考えられますが、そのことがかえって、本作品発表当時のこの国の人種問題の深刻さをあらわにしているように感じられました。
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