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Charles Dickens(1812-1870)
チャールズ・ディケンズ(ディッケンズ)

イギリス南部のポーツマスの近郊で、海軍経理局の下級官吏の父と、気立てのよい母との間の長男(第二子)として生まれた。1822年に一家は父の転勤でロンドンに移ったが、家計が悪化したため12歳になったばかりのディケンズは靴墨工場で働いた。1827年に法律事務所の事務員となり、やがて新聞記者をしながら創作を行うようになった。20歳の時に雑誌に投稿した短編が初めて採用され、1836年に処女短編集「ボズのスケッチ集」が出版された。最初の本格長編「ピクウィック・ペイパーズ」(1836-37)が出世作となり、その後次々に力作を発表し国民的大作家となった。


チャールズ・ディッケンズは彼の愛好する作家の一人だった。ディッケンズを読んでいるあいだはたいていの他のことを忘れてしまえるからだ。
「偶然の旅人」(「東京奇譚集」所収)/村上春樹



1.The Adventures of Oliver Twist/オリバー・ツイスト(オリヴァー・トゥイスト)(1937-39)
難易度:☆☆☆  

 大部の長編ですが、主人公の孤児のオリバー少年に次々に降りかかる過酷な運命にはらはらしつつ、少しも飽きずに読み終えることができました。

 オリバーの母は、道端で倒れていたところを救貧院に担ぎ込まれ、素性の知れないまま、オリバーを生んでまもなく死んでしまい、オリバーは孤児として過酷な扱いを受けながら救貧院で育てられます。
 ある日孤児を代表して、食事の際に「お粥(かゆ)をもっと下さい」とアピールしたところ、反抗とみなされ、葬儀屋の小僧にされてしまいますが、ひどい待遇に身の危険を感じたオリバーは逃げ出し、ロンドンへ向かいます。
以下は、お粥のエピソードからの引用;

He rose from the table; and advancing to the master, basin and spoon in hand, said: somewhat alarmed at his own temerity:
"Please, sir, I want some more."
The master was a fat, healthy man; but he turned very pale. He gazed in stupefied astonishment on the small rebel for some seconds, and then clung for support to the copper. The assistants were paralysed with wonder; the boys with fear.
"What!" said the master at length, in a faint voice.
"Please, sir," replied Oliver, "I want some more."
The master aimed a blow at Oliver's head with the ladle; pinioned him in his arms; and shrieked aloud for the beadle.

 ロンドンにたどりついたオリバーは、フェイギンを首領とする少年盗賊団の仲間にされ、いったんは彼らの手から逃れますが、再度捕まり、彼らの手先となって盗みに忍び込んだ家で銃で撃たれて負傷し、捕らえられてしまいます。
 
 ハラハラドキドキのストーリー展開がこの小説の一番の魅力ですが、同時に登場人物たちの多彩なキャラクターの迫真性をもった描写がすごいなと感心しました。品性の卑しい教区の役人でオリバーを迫害するバンブルや、悪党ながら平和主義者のフェイギン、フェイギンとは対照的に凶悪なサイクス、彼の情婦のナンシーなどなど印象に残るメンバーが大勢で、主人公のオリバーがかすんでしまうほどです。
 ナンシーや彼を保護するローズなど、女性たちのオリバーに注ぐ母性愛も印象に残りました。このあたりは、ディケンズの育った境遇と関連があるのかもしれません。中でも、ナンシーの自己犠牲はドラマティックではあるけれど悲痛でした。
 オリバーを救うため密告したナンシーは、サイクスから逃げなさいとローズたちに説得されたにもかかわらず、自分は逃げることができないんだと言って戻ってしまうエピソードからの引用;

"No, sir, I do not," replied the girl, after a short struggle. "I am chained to my old life. I loathe and hate it now, but I cannot leave it. I must have gone too far to turn back,- and yet I don't know, for if you had spoken to me so, some time ago, I should have laughed it off. But," she said, looking hastily round, "this fear comes over me again. I must go home."
"Home!" repeated the young lady, with great stress upon the word.
"Home, lady," rejoined the girl. "To such a home as I have raised for myself with the work of my whole life. Let us part. I shall be watched or seen. Go! Go! If I have done you any service, all I ask is, that you leave me, and let me go my way alone."
"It is useless," said the gentleman, with a sigh. "We compromise her safety, perhaps, by staying here. We may have detained her longer than she expected already."
"Yes, yes," urged the girl. "You have."
"What," cried the young lady, "can be the end of this poor creature's life!"
"What!" repeated the girl. "Look before you, lady. Look at that dark water. How many times do you read of such as I who spring into the tide, and leave no living thing to care for or bewail them. It may be years hence, or it may be only months, but I shall come to that at last."
"Do not speak thus, pray," returned the young lady, sobbing.
"It will never reach your ears, dear lady, and God forbid such horrors should!" replied the girl. "Good night, good night!"

 最後には悪漢は滅び、オリバーの出生をめぐる入り組んだ謎も解け、めでたしとなります。ちょっと強引なストーリーではないかなあというところが無きにしもあらずでしたが、生き生きと描写された19世紀のロンドンの風物を含め文句なしに面白いので許せるでしょう。

(映画)オリバー・ツイスト/Oliver Twist(英・2005)
(監督)ロマン・ポランスキー (演)バーニー・クラーク(オリバー)、 ベン・キングズレー(フェイギン)、ハリー・イーデン(ロジャー)、ジェイミー・フォアマン(サイクス)

 途中までは原作のストーリーをほぼ踏襲していますが、後半はすっきりと整理された展開となっていて、オリバーの出生にまつわるあれこれは削られ、結果として原作で感じられるような不自然さは避けられています。
 焦点を当てられる登場人物もオリバー、フェイギン、サイクス、ナンシー、ロジャーにほぼ限られ、群像ドラマの感がある原作に対し、映画は人間ドラマとしての要素が強くなっています。
 少年期に母親をアウシュビッツの収容所で亡くし、ポーランドの田舎でかくまわれながら生き延びた辛い経験を持つ監督のポランスキーにとって、オリバーの置かれた過酷な境遇への共感がこの映画に取り組む動機の一つとしてあったのではないかと思います。
 しかしながら10歳のオリバーは身に降りかかる過酷な運命に翻弄されながら、それにじっと耐えるといった受動的役割で、この人間ドラマにおいてはあくまで脇役であって、ドラマの真の主役は子供たちを操ってスリをさせ、その盗品の横流しで世を渡っている老人のフェイギンなのではないかと思います。子供たちを搾取し、時には保身のため彼らを死に追いやることも辞さない極めて利己的な男でありながら、一方で人間的な弱さを持ち、また子供たちやナンシーのような弱い立場の者に情愛を注ぐといった矛盾した面を併せ持つ人間像をベン・キングズレーが演じきっていました。
 前作「戦場のピアニスト」(2002)では、廃墟と化したワルシャワのユダヤ人ゲットーの映像が鮮烈でしたが、この映画ではディケンズが生きた19世紀のロンドンの街並みや雑踏がリアルに再現されていました。こうしたところがドラマとは別のこの映画の魅力だと思います。


(映画)オリバー/Oliver!(英・1968)
(監)キャロル・リード (演): マーク・レスター(オリバー)、ジャック・ワイルド(ドジャー)、オリバー・リード(サイクス)、シャニ・ウォリス(ナンシー)、ロン・ムーティ(フェイギン)

 「小さな恋のメロディ/Melody」(1971)で人気を博したマーク・レスター少年がオリバーを演じたミュージカル映画です(こちらの映画のほうが先)。
 歌とダンスが満載の本格ミュージカル仕立てで、基本的に明るく楽しい映画です。原作のストーリーも後半はかなり切り詰められ整理されていて、すっきりとしてわかりやすくなっています(ローズや義兄のモンクスも出てこない)。
 主役のレスター少年は公開時9歳か10歳で、演技力という点では??ですが品がよく可愛くて、掃き溜めのツル的なオリバー少年の役柄にぴったりでしょう。音程が不安定なボーイソプラノでの"目覚めの朝"など、とてもよかった。レスター少年をサポートする演技陣が充実していて、子役ではドジャー役のジャック・ワイルドが達者。ナンシーは原作よりずっと自立した女性として描かれているのは、19世紀と現代の時代の違いなのだろう。
 本格ミュージカルならではの大規模なオープンセットでの群舞と歌を楽しむには、スクリーンの大画面で観たいところです。



(次回紹介予定)Great Expectations/大いなる遺産(1861)
 



関連Web・主要作品リスト
○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書翻訳本
○ 主要作品
  • Sketches by Boz/ボズのスケッチ集(1836)
  • The Posthumous Papers of the Pickwick Club/ピックウィック・ペイパーズ(1836-37)
  • The Adventures of Oliver Twist/オリバー・ツイスト(オリヴァー・トゥイスト)(1837-39)
  • The Life and Adventures of Nicholas Nickleby/ニコラス・ニクルビー(1838-39)
  • The Old Curiosity Shop/骨董屋(1841)
  • Barnaby Rudge/バーナビー・ラッジ(1841)
  • Amerian Notes/アメリカ紀行(覚書)(1842)
  • The Christmas Carol/クリスマス・キャロル(1843)
  • The Life and Adventures of Martin Chuzzlewit/マーティン・チャズルウィット(1843-44)
  • The Chimes(1845)
  • The Cricket on the Heart(1846)
  • Pictures from Italy(1846)
  • Dombey and Son/ドンビー父子(1849)
  • David Copperfield/デイヴィッド・コパーフィールド(1849)
  • A Child's History of England(1851-53)
  • Bleak House/荒涼館(淋しい家)(1853)
  • Hard Times/辛い時世(1854)
  • Little Dorritt/リトル・ドリット(1855-57)
  • The Tales of Two Cities/二都物語(1859)
  • The Uncommercial Traveller(1860)
  • Reprinted Pieces(1861)
  • Great Expectations/大いなる遺産(1861)
  • Our Mutual Friend/相互の友(1865)
  • The Mystery of Edwin Drood/エドウィン・ドルードの秘密(1870)

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