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Kurt Vonnegut(1922 -2007)
カート・ヴォネガット
米国、インディアナ州のインディアナポリスに生まれた。1940年よりコーネル大学で生化学を学ぶが、1943年に志願しヨーロッパ戦線に送られ、ドイツ軍の捕虜となり、ドレスデンの連合軍の猛爆撃を体験した。除隊後、1944年から1947年までシカゴ大学で人類学を学んだ。1945年結婚(1979年に離婚し写真家と再婚している)。1950年代より雑誌に短編小説を発表し始めた。
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僕には宗教のことはよくわからないけれど、親切のことならよくわかる。愛は消えても親切は残る、と言ったのはカート・ヴォネガットだっけ。
「雨天炎天」/ 村上春樹
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1.Slaughterhouse Five or The Children's Crusade/スローターハウス5 (1969) |
難易度:☆☆
ヴォネガットは第2次大戦中、この小説の主人公ビリー・ピルグリムのようにアメリカ軍兵士としてヨーロッパに従軍し、ドイツ軍の捕虜となってドイツの美しい都市ドレスデンに送られ、1945年2月13日から14日にかけての連合軍による大爆撃に遭遇します。この爆撃により13万人余りもの市民の命が失われますが、捕虜収容所となっていた屠殺場(スローターハウス)の堅固な貯蔵庫で猛爆を避けていたヴォネガットら捕虜達は九死に一生を得ます。爆撃後、彼らは死体処理作業に従事しますが、まもなく終戦を迎えることとなります。
一度の死者数では、広島原爆の犠牲者数をも凌駕する悲惨をまのあたりにし、そうした愚行を許す人間の本性に絶望したヴォネガットは、絶対的なもの(たとえば神)にすがることでなく、また声高に非難することでも憎悪することでもなく、かなしみとペシミズムを軽妙な文体に潜ませた作品群(とりわけ初期の作品)を発表しますが、処女長編から17年を経て、ようやくにして書かれたヴォネガット自身のドレスデンでの体験を核とした本作品が、彼にとって最も重要な作品であることは間違いないと思います。そもそもこのドレスデン体験がヴォネガットの作家としての原点であったこと、この体験を経なかったなら彼は作家とはならず、したがって彼の全作品は書かれなかったのではないか、そうした思いさえ抱かされます。
Listen:Billy Pilgrim has come unstuck in time.
聞いてくれ:ビリー・ピルグリムは時間の中に投じられた。
主人公ビリー・ピルグリムは、時の巡礼者(ピルグリム
"pilgrim"は、巡礼者の意)。彼は戦後、資産家の娘との新婚初夜に、4次元を認識できるトラルファマドール星人に捕らえられた結果、自分の人生の過去・未来あらゆる時空に不可避的に(自分の意志でコントロールできずに)ジャンプし、繰り返し彼が従軍し体験したドレスデンの爆撃や、自分自身や愛するものたちの死の場面に立ち返ることになります。この作品に頻出する言葉
"So it goes. そういうものだ"とは、自らの人生を無限回経験しても決して終わることのない時の巡礼者となったビリーの深い諦念の吐露であると思います。
ビリーがトラルファマドール星人に、宇宙がどのように終るのかを質問したときのトラルファマドール星人の答え。
「空飛ぶ円盤用の新しい燃料の実験中に我々が宇宙を吹っ飛ばしてしまうのさ。 トラルファマドール星人のテストパイロットがスタートボタンを押すと全宇宙が消滅してしまうんだ」 そういうものだ。
"How ― how does the Universe end?" said Billy.
"We blow it up, experimenting with new fuels for our flying saucers.
A Tralfamadorian test pilot presses a starter button, and the whole Universe
disappears."
So it goes.
過去、現在、未来という時間の流れを超越し、宇宙の終末に至るまでの歴史をすべて現在の瞬間として認識するトラルファマドール星人からのビリーへのアドバイスは以下のようでした。
"生きている間は幸福な瞬間に心を集中し、不幸な瞬間は無視すること
― 美しいものだけをしっかりと見ること、永遠が過ぎ去ることは決してないのだから。"
Later on in life, the Tralfamadorians would advise Billy to concentrate on the happy moments of his life, and to ignore the unhappy ones ― to stare only at pretty things as eternity failed to go by.
素敵な言葉ですが、僕にはヴォネガットの絶望の深さを垣間見るようで切ない気持ちになります。
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(映画)スローターハウス 5/Slaughterhouse Five('72・米) |
(監)ジョージ・ロイ・ヒル (音)グレン・グールド (演)マイケル・サックス、ロン・リーブマン
これまでに原作者がこんなことを言うのを聞いたことないと思うけど、この映画はぼくの本よりよくできてるね。
/「スローターハウス5」製作ドキュメンタリー(未発表)でのヴォネガットの言葉
「明日に向って撃て! 」('69)、「スティング 」('73)、「ガープの世界
」('82)などの名作を撮ったジョージ・ロイ・ヒルの作品で、ヴォネガット自身によるこの映画についてのコメントがなるほどと納得できるくらい原作の映像化として優れています。
原作同様、映画でも時間が前後に頻繁に飛び、画面が切り替わるので、原作を読まずに映画を観ると初めのうちはとまどうことになるかもしれませんが、卓越した演出力によりそれほど混乱はしないのではと思います。
雪のヨーロッパ戦線、捕虜収容所、ドレスデン、帰国後のスイートホームなどの映像が見事で、一方トラルファマドール星の描写は、低予算映画のはりぼてセットのようですが、これも非現実感を強調するため演出上、意図したのではないかと想像されます。
ビリーを演じたマイケル・サックスが、あらかじめ人生のすべてを知ってしまった人間の表情とは、恐らくこうなのではないかと納得させられる演技でした。
(挿入音楽)
G.Gould at the Cinema
ピアニスト、グレン・グールドが音楽を担当していて、自身の演奏を含むバッハの曲を中心に選択され、映像と不即不離の関係となっています。
この映画に用いられた音楽は、一般的な用いられ方のように単に映画の中で起こる出来事を強調するだけでなく、そこで起こる事を越えてそれぞれの心理学的局面を描写するように意図的に選択された。18世紀バロック様式のバッハの曲は映画の出来事に対抗し中和させる作用因として、また爆撃による火災で破壊される以前の美しい都市ドレスデンのある種の体現として共に最適であるということが広く認められた。
/グールドによるサウンド・トラック盤ライナー・ノーツより
○クラヴィア協奏曲へ短調よりラルゴ/
J.S.バッハ
ビリーが、雪に覆われ白一色のヨーロッパ戦線をさまよう冒頭の場面で、タイトル・クレジットと共にグールドの弾くこの曲が流れます。グールド自身"ビリーのテーマ"と呼んでさしつかえないと言っていますが、バッハの作品の中でもとりわけ美しくもの哀しい旋律は一面の白銀世界とビリーの心情に調和していました。
○ブランデンブルク協奏曲第4番よりプレスト/
J.S.バッハ
捕虜となったビリーたちがドレスデンに護送され、市街を行進する場面でバックに流れます。バッハ自身、当時音楽の中心であったドレスデンに何度か訪れています。
○ゴルトベルク変奏曲 第25変奏/
J.S.バッハ
ドレスデン炎上シーンで使われています。別の場面では第18変奏も使われていますが、いずれもグールド自身による1955年の彼のデビュー録音です。
○コラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」BWV651
映画のラスト・シーンからクロージング・クレジットを通じて流れます。新しい生命の誕生を祝福するハッピー・エンディング。
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2.Cat's Cradle/ 猫のゆりかご(1963) |
難易度:☆☆
近未来での人類終末テーマに分類される作品です。扱っているテーマはとても重く、作者ヴォネガットの抱いている絶望感も極めて深いのだけど、文体はユーモア・タッチであくまで軽妙という彼流のニヒリズムの特徴がよくあらわれている作品で、全体が127もの章から成っています。
タイトルの"cat's cradle/猫のゆりかご"は"あや取り"の意味で、"アイス・ナイン"と、"ボコノン教"がこの小説のキーワードとなっています。アイス・ナインとは、一滴で世界中の水のすべて(海、川はもちろん、水分が体の大部分を占める人間など生物も)を凍らせることのできる物質であり、これにより世界が終末を迎えるというストーリー展開は容易に想像されます。一方のボコノン教はボコノンという素性の知れない人物が創始し、カリブ海に浮かぶサン・ロレンゾ島だけで布教されている宗教で、「ボコノンの書」という奇想天外な聖典を戴(いただ)いていて、この書からの引用やボコノン教の詩(カリプソという)が小説中に頻繁に現れ、この作品の不思議なノリを作り出しています。
この物語の語り手ジョーナは作家であり、取材に訪れた独裁者が支配するサン・ロレンゾ島でボコノン教とアイス・ナインに出会い、後者がもたらす世界の終末に立ち会うことになります。
終末にいたる人類の運命とともにこの作品で興味深いのは、インチキを標榜して憚らないボコノン教のユニークさ、いい加減さで、「ボコノンの書」、「カリプソ」には"明るいニヒリズム"といった気分が充溢しています。ボコノン教こそ"世界の終りの宗教"としてふさわしいのかもしれません。
Nothing in this book is true.
"Live by the foma that makes you brave and kind and healthy and happy."
(foma : harmless untruths)
この本には真実は1行たりとも記されていない。
「フォーマにより生きよ。フォーマは汝を、勇敢に、親切に、健康に、幸せにする。」
(フォーマ:害のない嘘)
これはこの本の扉裏に掲げられた『ボコノンの書』からの引用です。
「ボコノンの書」第14巻のタイトルは、"思慮深い人間が、過去幾100万年もの経験を経た人類に期待できることは何か?"となっていて、第14巻はたった一語から成っていました。それは、"なにもない"。
The Fourteenth Book is entitled, "What Can a Thoughtful Man Hope
for Mankind on Earth, Given the Experience of the Past Million Years?"
It doesn't take long to read The fourteenth Book. It consists of one word and a period.
This is it:
"Nothing."
ボコノンが一緒に歌うよう促している自作のカリプソ第53番はこんな歌詞です。
Oh, a sleeping drunkard
Up in Central Park,
And a lion-hunter
In the jungle dark,
And a Chinese dentist,
And a British queen ―
All fit together
In the same machine.
Nice, nice, very nice;
Nice, nice, very nice;
Nice, nice, very nice;
So many different people
In the same device.
ボコノン語録を読むだけでも楽しめる作品です。
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3.(紹介予定)Sirens of Titan/タイタンの妖女(1959) |
時空を超えたあらゆる時と場所に波動現象として存在する、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードは、神のような力を使って、さまざまな計画を実行し、人類を導いていた。その計画で操られる最大の受難者が、全米一の大富豪マラカイ・コンスタントだった。富も記憶も奪われ、地球から火星、水星へと太陽系を流浪させられるコンスタントの行く末と、人類の究極の運命とは?
巨匠がシニカルかつユーモラスに描いた感動作を訳も新たにした新装版。(解説 爆笑問題・太田 光)
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■参考Webサイト・検索 |
○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書、翻訳本)
○ 関連資料
・ヴォネガット、大いに語る/ヴォネガット
・吾が魂のイロニー―カート・ヴォネガットJr.の研究読本
○ 作品
- Player Piano/ プレイヤー・ピアノ(1952)
- Sirens of Titan/ タイタンの妖女(1959)
- Mother Night/ 母なる夜(1961)
- Canary in a Cat House(1961)
- The Very First Christmas Morning(1962)
- Cat's Cradle/ 猫のゆりかご(1963)
- Welcome to the Monkey House/ モンキー・ハウスへようこそ(1968)
- God Bless You, Mr. Rosewater/ ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (1965)
- Slaughterhouse Five or The Children's Crusade/
スローターハウス5 (1969)
- Happy Birthday, Wanda June/ さよならハッピー・バースデイ(1970)
- Between Time and Timbuktu(1972): Play
- Breakfast of Champions/ チャンピオンたちの朝食(1973)
- Wampeters, Foma, & Granfalloons/ ヴォネガット、大いに語る(1974)
- Slapstick, or Lonesome No More!/ スラップスティック : または、もう孤独じゃない! (1976)
- Jailbird/ ジェイルバード(1979)
- Sun, Moon, Star(1980) (with I. Chermayeff)
- Palm Sunday: An Autobiographical Collage/ パームサンデー : 自伝的コラージュ(1981)
- Deadeye Dick/ デッドアイ・ディック(1982)
- Nothing is Lost Save Honor: Two Essays(1984)
- GALAPAGOS, Galapagos/ ガラパゴスの箱船(1985)
- Bluebeard/青ひげ(1987)
- Who am I This Time?(1987)(illustrated by Michael McCurdy)
- HOCUS POCUS, OR WHAT'S THE HURRY, SAM?, Hocus Pocus, or What's the Hurry,
Sam?/ ホーカス・ポーカス(1990)
- Fates Worse Than Death: An Autobiographical Collage of the 1980's/死よりも悪い運命(1991)
- Timequake/ タイムクエイク(1997)
- Bagombo Snuff Box/バゴンボの嗅ぎタバコ入れ(1999)
- Wampeters, Foma & Granfalloons: (Opinions) (1999)
- Like shaking hands with God: A Conversation About Writing (1999)
- God bless you, Dr.Kevorkian(2000)
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