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アルヴォ・ペルト(1935−  ) 

バルト海沿岸にあるエストニアの生まれ。首都タリンの音楽学校で学んだ後、放送局のレコーディング・ディレクターとして働いた。1961年に作曲したオラトリオ"世界の歩み"によりモスクワでの作曲コンクールで優勝。1968年よりフリーの作曲家として活動を始め、映画音楽の作曲をして生計をたてた。その後、沈黙期間を経た後、1976年ピアノのための小品"アリーナのために"を出版し、彼のスタイルを完成させた。1980年に移住し、いまは西ベルリンに住んでいる。("タブラ・ラサ" アルバム解説より) 

私の音楽は、あらゆる色を含む白色光に喩えることができよう。プリズムのみが、その光を分光し、多彩な色を現出させることができる。私の音楽におけるプリズムとは、聴く人の精神に他ならない。
/ アルヴォ・ペルト


吉松 隆さんが、ペルトについて、"現代最大のアダージョ作曲家"と書いていますが、現代作曲家の中で一派をなす "心癒し派" において、グレツキと並び称される作曲家です。 北国エストニアの透明な空気をイメージさせるその音楽は、耳に心地良いだけでなく、精神性も感じさせるものです。


序 

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

春と修羅 第1集「序」より/ 宮沢賢治



1.フラトレス(1980)/タブラ・ラサ(1977) /ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌(1977)
'84 ECM  Tapiola Sinfonietta (co)Kantorow

 "フラトレス"、"タブラ・ラサ"および"ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌"は、ペルトの作品の中では最も良く知られているもので、器楽作品での彼の代表作といっていいと思います。ここにとりあげた2枚のアルバムには、これらの曲が収録されていますが、特にECM盤は、ペルトが広く知られるきっかけとなった記念すべきアルバムです。
フラトレス(1980)
 オリジナルは1977年に作曲され、1980年のザルツブルグ音楽祭の依頼により変奏曲を書き加え、クレーメルにより初演されました。ECM盤ではクレーメル(vln)とキース・ジャレット(p)が共演しています。この曲には、様々なバージョンがあり、ヴァイオリンとピアノの組み合わせの他にチェロ合奏によるもの(ECM盤に収録)や弦楽オーケストラと打楽器によるもの(BIS盤に収録)などがあります。曲は同一音形の繰り返しにより進行し、ライヒらのミニマル・ミュージックに近いところがあるけど、ペルトの場合にはリズミックな要素が希薄なため、受ける印象は全く違ったものとなっています。催眠性という点では、共通しているけど。どのバージョンもいいけど、精神性といった面では、ヴァイオリンとピアノ、心地良さの点ではチェロ合奏、ダイナミクスの点ではやはりオーケストラ盤がそれぞれ優っていると思います。

タブラ・ラサ(1977)
 二つのヴァイオリンとプリペアード・ピアノ、それに弦楽合奏で演奏され、ペルトの器楽作品の中では規模の大きなものです。プリペアード・ピアノとは、ピアノの弦の部分に木片などの異物をはさんで音を変化させたピアノのことで、ジョン・ケージにより考案され、彼の諸作品が有名。この曲においても、プリペアード・ピアノが打楽器のような効果をあげています。この曲は、バロック期の合奏協奏曲のような感じで、2つの楽章からなり、第1楽章は、動きの激しい音楽、そして第2楽章は"動きなしに"と指示されたカノン楽章となっています。この作品では、やはり15分にもわたって淡々と演奏される第2楽章が聴き所で、二つのヴァイオリンを核にして綾なす音楽は天国的です。

ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌(1977)
 1976年に亡くなったイギリスの作曲家ブリテンを追悼して作曲されました。この曲も2声のカノン形式によるもので、タブラ・ラサの第2楽章に共通した透明な響きが聴かれます。ペルトの音楽に特徴的である鐘の音が響いています。
2.テ・デウム(1984-1986)/ベルリン・ミサ(1990-1992)
'93 ECM
テ・デウム(1984-1986)
 ペルトの声楽を含む作品においては、"ヨハネ受難曲"などと並ぶ代表作品です。"テ・デウム"は神を称え感謝する内容をもつ賛歌で、ブルックナーやベルリオーズによる作品があります。30分ほどの曲で6つの部分からなり、プリペアード・ピアノと弦楽オーケストラおよび合唱アンサンブルにより演奏されています。器楽作品同様、全体的にすっきりとした構造となっていて、ペルト特有の透明度の高い作品です。

ベルリン・ミサ(1990-1992)
 ミサはカトリックの典礼の儀式によせる大きな楽曲で、通常のミサのほかに死者のためのミサ(レクイエム)があります。これにはモーツァルトやフォーレを始めとして数々の名曲があります。30分弱の曲で、全体は8つの部分からなり弦楽アンサンブルと声楽により演奏されています。基本的には、"テ・デウム"と同質の音楽ですが、より声楽のパートに重点が置かれているようです。
 
3.ヨハネ受難曲(1982)
'88 ECM
 全曲約70分に及ぶペルト最大の作品です。ヨハネ受難曲は、新約聖書のヨハネ福音書に基づく作品で、十字架上のイエスの死を歌ったものであり、バッハ、シュッツによるものが良く知られています。バッハのヨハネ受難曲は、彼の最大傑作と言われるマタイ受難曲に比べ内省的な音楽ですが、このペルトの作品も同様に内へ向かう音楽と言ってよいと思います。アルバムの解説によ ればここで使用されている音階は近代の短音階ではなく中世にまでさかのぼるものであるとのこと。
 " 短調に近い情感が絶えず香の煙のように流れ続けるが、旋律は短調のそれではなく、エオリア旋法か、フリギア旋法のそれである。また和声は、彼により、それらの旋法のために創り出されたものである。楽器はつつましく、しかし同時に効果的に使われている。"
 この作品での声楽パートの傑出した演奏は、ヒリアード・アンサンブルによるものです。1974年にイギリスで結成された男声の重唱が中心のグループで、同じくイギリスのこちらは男女混声のタリス・スコラーズと並びとても好きな声楽アンサンブルです。
 
4.アルボス(樹)/アルヴォ・ペルトの世界
'87 ECM
 このアルバムには、タイトル作をはじめとする8つの作品が収録されています。この中で特に印象的な作品をいくつか紹介してみます。シンプルな構成と清澄さという基調は、"アルボス"を除く作品に共通したものです。
"アルボス"(1977/1986)は、金管アンサンブルによる短い作品で、ペルトには珍しい祝祭的な音楽。
"私達はバビロンの河のほとりに座し、涙した"(1976/1984)は、4人の混声アンサンブルとオルガンのための曲で、嘆きの歌が始め単声で、それから重唱でそして多声で歌い継がれていきます。
"スターバト・マーテル"(1985)は、ソプラノ、カウンター・テナーとテノールの混声とヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための20分ほどの曲。"スターバト・マーテル"は、十字架のもとにたたずむ悲しみの聖母マリアに祈りを捧げた、13世紀に書かれたラテン語詩で、何といってもバロック期の作曲家ペルゴレージの作品が有名です。ペルゴレージの作品は、情感に満ちた傑作ですが、ここで聴かれるペルトの作品は澄んだ大気をイメージさせる音楽となっています。
 
5.鏡の中の鏡 Alina
'99 ECM
 このアルバムには、ピアノ独奏曲"アリーナのために"(1976)と、ヴァイオリンまたはチェロとピアノのための二重奏曲"鏡の中の鏡"(1978)が収められていて、特に"アリーナのために"はペルトが現在の様式を確立した作品として位置付けられています。"アリーナのために"も、"鏡の中の鏡"も、共に極限にまで選び抜かれた音により構成された静溢な作品です。
 ピアノ曲"アリーナのために"では、拍子やテンポを演奏者の即興にゆだねているようで、アルバムの解説によれば、この曲の演奏指示は、「穏やかに、高揚して、自身の内面を聴きながら」であるとのことで、ここでは2通りの演奏を収録しています。この曲は、'03年に公開されたキェシロフスキの遺稿脚本による映画「ヘヴン」の全編に使用されていました。
 "鏡の中の鏡"は、穏やかな一定のテンポのピアノのアルペジオによる伴奏に、ヴァイオリンまたはチェロが音形を重ねていく構成となっています。
 "アリーナのために"にせよ、"鏡の中の鏡"にせよ、ここまでシンプルな音楽は現代音楽に限らず例を見ないものだと思います。誘眠音楽として最適かもしれませんね。
 
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