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吉松 隆(1953−  ) 

東京生まれ。慶応大学工学部を中退後、一時松村禎三に師事したほかは、独学で作曲を学ぶ。1981年に「朱鷺によせる哀歌」でデビュー。いわゆる「現代音楽」の非音楽的な傾向に反発した「世紀末抒情主義」を主唱し、「星」や「鳥」あるいは「神話の動物」などをテーマとして、人間性の回復と自然との交感を歌う作品を発表しつづけている。
 
なにしろ音楽というものがあまりにも素晴らしいので、せっかく生きているのだからせめて美しい音楽のひとつも書いてから、のたれ死ぬのも悪くない、とそう思って作曲を始めた。
「魚座の音楽論」/ 吉松 隆


僕が吉松さんの作品に惹かれるのは、その抒情的な音楽の美しさ故であることは勿論ですが、そのほか同世代人であることと、理科系出身者であること(そういえば立原道造もそうでしたね)、B型であることなどによる親近性による面もあるような気がします。
アダジオ

光あれと ねがふとき
光はここにあつた!
鳥はすべてふたたび私の空にかへり
花はふたたび野にみちる
私はなほこの気層にとどまることを好む
空は澄み 雲は白く 風は聖らかだ

草稿詩篇より/立原道造

1.プレイアデス舞曲集
田部京子(p)
 「プレイアデス舞曲集」は作曲者の言葉によると、"虹の7つの色、色々な旋法の7つの音、3拍子から9拍子までの7つのリズムを素材にした「現代ピアノのための新しい形をした前奏曲集」への試み。バッハのインヴェンションあたりを偏光プリズムを通して現代に投影した練習曲集でもあり、古代から未来に至る幻想4次空間の架空舞曲を採譜した楽曲でもあり、点と線だけで出来た最小の舞曲組曲" であるとの事。
 シンプルな構造ゆえに、透明さが際立つ全35曲からなるこの曲集は、田部さんのクリアーで抑制気味のタッチにより、その真価が発揮されたと言えると思います。僕にとって、これほど繰り返して聴いたCDは、近年では他にありません。ようやく、CDの最初に収録されている舞曲集第3番の「さりげない前奏曲」をレッスンで取り上げることが出来ました('00 9月)。
 曲集の白眉とも言える、「夕暮れのアラベスク」と「真夜中のノエル」の2曲は、田部さんのベスト・アルバムにも収録されています。「夕暮れのアラベスク」は、絶対いつか弾けるようになりたい。

 続集の「プレイアデス舞曲集2」には、舞曲集第6番から第9番に加え、「4つの小さな夢の歌」、「3つのワルツ」、「2つのロマンス」などの小品も収録されています。中では、吉松さんの無名時代の作品である「4つの小さな夢の歌」、それにピアノレッスンでも取り上げた舞曲集8番の「火のモデラート」などが気に入っています。
 

2.「鳥たちの時代」/ 吉松隆 作品集
Camerata '91

 CD2枚に収められた、'91年までの吉松作品の集大成アルバムです。この中で好きな曲をいくつかピックアップしてみます。

 「朱鷺によせる哀歌」(1980)
 弦楽オーケストラとピアノのための約13分ほどの作品で、実質的なデビュー曲であるこの作品により吉松さんは注目を集めるようになりました。あくまで現代的な響きでありながら無機的にならず、絶滅しつつある朱鷺(トキ)への鎮魂の歌を奏でています。「世紀末抒情主義」を標榜する吉松さんの初期の代表曲でしょう。

 「鳥たちの時代」(1986)
 3つの楽章("SKY"、"TREE"、"THE SUN")から成るオーケストラ作品。フルートなどによる鳥のさえずりと、それにからむ管弦楽の音は、透明な空間を飛翔しようと上昇していきます。

 「デジタルバード組曲」(1982)
 フルートとピアノのための5曲からなる組曲。

 「交響曲第2番 "地球(テラ)にて」(1991)
 第1楽章:挽歌(アジア風の旋法と旋律の堆積による挽歌)
 第2楽章:鎮魂歌(ヨーロッパ風の死者のためのミサ曲の形)
 第3楽章:雅歌(アフリカ風の律動による軽やかな雅歌)
 抒情に満ちた静溢さとリズムに溢れた祝祭空間との対比が見事。特に最終楽章の盛り上がりは、ちょっと他に例を見ないものだと思います。
 
3. ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」(1997)
(co)藤岡幸男 (p)田部京子

「メモ・フローラ」とは、"花に関する覚書"の意味で、T.花 U.花びら V.開花の3つの楽章より構成されています。
 この曲の初演('98 2月 サントリー・ホール)を聴くことが出来たんですが、第2楽章のあまりの甘美さに、"ここまで甘くしてしまっていいんだろうか"と、思わず心配してしまったことを記憶しています。このときの指揮者と独奏者は、アルバムと同じで、オケが日フィルでした。
 このアルバムには、この曲のほかに、「And Bird are Still....」(1998)、「While Angel Falls into a Doze...」(1998)、「Dream Colored Moblle U」(1997)、「White Landscapes」(1991)が収録されていて、いずれも静的な作品であり、'99年にCHANDOSより、リリースされたアルバム(「交響曲第3番」と「サキソフォン協奏曲」を収録)の動的なイメージと鮮やかな対比を示しています。
 なお、CHANDOSはイギリスのレーベルで、吉松さんの全オーケストラ作品を録音するプロジェクトが進行中とのことで、武満 徹作品のように、世界的に認知される日も遠くないのではと期待されます。
 
4.優しき玩具 〜 吉松隆ギター作品集
福田進一(g)

 ここに収められたギターの為の作品は、は吉松さんが10代から20代にかけて作曲したピアノ曲をギター用に編曲した小品の数々と、天才ギタリスト山下和仁の委嘱作品「水色スカラー」が中心となっています。特に初期作品は、親しみやすいメロディアスな曲が多く、後年の作品(たとえばプレアデス舞曲集)との関連性など興味深いものがあります。中でも「水色のアリオーソ」と「5月の夢の歌」は、ピアノレッスンでも取り上げた曲なので特に印象的ですが、「L嬢の肖像」やグールドの訃報を聞いて書いた"ゴルドベルク変奏曲のアリアのエコー"である「G氏の肖像」や「古風なる樹の歌」などきれいな曲が収録されています。
 「水色スカラー」は、2,3分の小曲5曲からなる作品ですが、前奏曲やロンドにはアルベニスを連想させる部分もあり、技巧的にも難しい作品です。福田さんと山下さんの演奏を、比べてみると、山下さんのブリリアントな演奏(風色ベクトル )に対して福田さんの演奏は、どちらかというと内面を掘り下げる感じの演奏をしているように思います。
 福田さんは、日本ギター界のリーダー的存在で、あの村治佳織さんのお師匠さんでもあります。
 
5.忘れっぽい天使
崎元譲(ハーモニカ)
 
 「忘れっぽい天使」(1978-1985)は、クレーのペン画(アルバムジャケット)のタイトルですが、吉松さんは、ハーモニカのために、このタイトルの作品T、U、Vを作曲しています。共演する楽器がそれぞれ異なり、Tではピアノ、Uではギター、そしてVではアコーディオンとなっています。静と動の対比があざやかなT、幽玄なU、同質の音の組み合わせで、厚みと広がりを感じさせるVと、ハーモニカの持つ多様な可能性を引き出しています。
 タイトル曲の他には、「優しい玩具」にも収録されていた「4つの小さな夢の歌」や、他の楽器による作品のハーモニカへの編曲である「線形のロマンス」、「融けてゆく夢」、「夢色モビール」が収録されています。とくに「夢色モビール」は本当に夢見るような感じ。
 ノスタルジーを感じさせるハーモニカの響きは、吉松さんの抒情と調和して、心の琴線に触れるものがあるようです。 なお、崎元さんは、ソロでの演奏活動のほか、N響や新日フィルとの共演も行なっている日本におけるハーモニカ演奏の第一人者です。
 
6.夢の動物園
 吉松さんが10代、20代に書き溜めたピアノ曲集で、第1集から第4集までありますが、CDは2集までです(店頭では発売していないので取り寄せてもらうしかない。在庫があればだけど)。全曲吉松作品ではなく、1・2集は磯田健一郎(この人は現在音楽評論をメインに活躍している)との競作、3・4集では、更に数名の若手作曲家の作品も加わっています。この可愛いジャケット・イラスト(曲集の表紙も同様)は、購入するのにちょっと抵抗を感じたくらいだけど、対象はピアノ初心者の中学くらいまでの女の子なんだろうか。子供の発表会のプログラムに載っているのを一度も見たことがないので、あまり売れなかったんだろうな。本質的にメロディストである吉松さんの初期作品集であり、きれいな曲がたくさんあり(磯田さんの曲も同様)、もっとポピュラーになってよい曲集であると思います。演奏者の小柳さんは、有名ではないけど、とても表現力ある素晴らしいピアニストだと思います。
 「優しき玩具」と「忘れっぽい天使」にも収録されていた「4つの小さな夢の歌」の中の「5月の夢の歌」をレッスンで取り上げましたが、きれいな曲の多い吉松作品の中でもとくに好きなメロディです。
 上記アルバムに含まれている曲としては、他には「水色のアリオーソ」(第1集)、「L嬢の肖像」(第2集)、「リムセ」、「古風な樹についての舞曲」、「G氏の肖像」、「アーノルド氏のオルゴール」、「11月の夢の歌」、「ベルベットワルツ」(以上第3集)があります。
 
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