難易度:☆☆
画家ポール・ゴーギャン(1848−1903)をモデルとして、芸術への情熱の為に、全てを投げ打ち、自らの信じる道を突き進んだ天才画家の肖像を描き出しています。主人公の画家、チャールズ・ストリックランドの生涯は、ゴーギャンの生の軌跡と表面上一致しているところもありますが、この作品は伝記ではなく、あくまでフィクションです。
チャールズ・ストリックランドは、英国に住む40才の株式仲買人だった。彼は妻と二人の子供がある家庭人であったが、妻子を置いてパリに突然出奔した彼から妻宛てに別れたいとの手紙が届き、夫の女性関係を疑った夫人に頼まれた私(小説の語り手)は、チャールズを彼が一人で暮していたパリの安ホテルに訪ね真意を聞いた。チャールズは、パリで絵を勉強し画家になるのだと言い、妻や子供のことは何の未練もなく、二度と家族の元には戻らないと言った。
5年後、チャールズの才能をただ一人認めていたオランダ人の画家ダーク・ストローヴは重病で倒れたチャールズの看病をするよう妻のブランシュに頼むが、チャールズを恐れる彼女は断った。しかし結局夫の熱意に負けたブランシュはチャールズを看病し、やがて献身的な看護により回復したチャールズと関係を持つようになり、いたたまれなくなったストローヴは家を出てしまった。その後ブランシュもチャールズに捨てられ自殺してしまう。
チャールズは放浪の末、タヒチ島に渡り現地人の娘と結婚し、絵の制作に全霊を注ぐが、ライ病に冒されてしまう。動くことが出来なくなった彼が死の間際まで小屋の壁に描いた絵は、彼の遺言により娘の手で小屋とともに燃やされた。
夫人の依頼によりパリまでチャールズを説得しに来た私が発した、"40才になってから絵を始めてもものにならないでしょう"という言葉に、チャールズは、"自分は描かずにはいられないんだ。水に落ちた人間が、どんな風に泳ぐかなど考えずにがむしゃらに助かろうとするのと同じことだ"と答えます。
'I tell you I've got to paint. I can't help myself. When a man falls into the water it doesn't matter how he swims, well or badly: he's got to get out or else he'll drown.'
There was real passion in his voice, and in spite of myself I was impressed.
I seemed to feel in him some vehement power that was struggling within
him; it gave me the sensation of something very strong, overmastering,
that held him, as it were, against his will. I could not understand. He
seemed really possessed of a devil, and I felt that it might suddenly turn
and rend him.
語り手である"私"が感じたように、チャールズには美というデーモンが取り憑いたのでした。彼は絵を描くこと以外の一切に何の価値を見出せず、結果として徹底したエゴイストとならざるを得なかったわけです。
もう一人登場する画家、ダーク・ストローヴは、チャールズの天才を見抜く眼識はあるものの、彼自身、自分には芸術家としての才能がないことを悟っています。彼が深く愛する妻のブランシュに語った、"美とは何ともすばらしい、不思議なもので、芸術家が自らの魂の苦悩を通して、世界の混沌から創造するものなんだ Beauty
is something wonderful and strange that the
artist fashions out of the chaos of the world
in the torment of his soul." という言葉が、自らの意志を超えた内なるデーモンに突き動かされ、美の表現者としての運命をたどらざるを得なかったチャールズの歓喜と悲劇とを示していました。
芸術至上主義のチャールズには感情移入し難い面があり、彼よりも人間的な優しさや弱さを持つ画家ストローヴや彼の妻、そしてチャールズの妻に親近感を抱きました。
(参考)ゴーギャン晩年の代表作:「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか」
|