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Part U: キース・ジャレット ソロ・アルバム

 音楽の流れに溺れ
 音楽の流れよりわが心ふと歩みいでぬ
 詩「わがピアニスト」より/ 清岡卓行



手持ちのソロ・アルバムを録音順に紹介します。(  )内は、録音年を示します。

1.Facing You/フェイシング・ユー(1971)

   '71年11月、オスロにてスタジオ録音。
 キースの記念すべき最初のピアノ・ソロ・アルバムで、すべてはこのアルバムから始まったといえます。同じ頃に、やはりECMからチック・コリアのソロアルバムがリリースされ、ジャズ喫茶での人気も2分していました。どちらも当時のジャズシーンにおいては、鮮烈なピアニズムで際立っていましたが、チックの親しみやすいメロディアスな曲調(アルバム前半)に対して、キースのアルバムには、ジャズ以外のゴスペル、ブルース、クラシックなどさまざまな音楽要素が混在していることと、おそらくは事前の準備なしのまったくの即興演奏であることから、聴き手にとって音楽の進む方向の予測がつきにくい点が、チックのソロアルバム に比べ、とっつきにくいものとしているようです。
 しかし、ここで聴かれるロマンティシズムは、まさにこのあと続くソロ・アルバムと共通のもので、特にこのアルバムの白眉と言うべき「リトゥーリア」での演奏は、彼のソロ演奏の中でも名演として挙げられるものだと思います。

2.Solo Concerts/ソロ・コンサート(1973)

'73年 3月 ローザンヌ、7月ブレーメンでのライブ録音

私は創造の神を信ずる。事実このアルバムは、私という媒体を通じて、創造の神から届けられたものである。なし得る限り、俗塵の介入を防ぎ、純粋度を保ったつもりである。 / キース・ジャレット

 「Facing You」に続いてリリースされた、この3枚組(LP)ソロ・アルバムは、そのスケールの点から前例のないものであり、またこの音楽がジャズなのか否かという議論とともに、当時大きな話題となりました。「Faicing You」はOKでも、これ以降のソロ・アルバムのリクエストには応じないというジャズ喫茶が珍しくないけれど、確かに、これはジャズというジャンルには収まりきれない、キース・ミュージックとしか言えない音楽であり、このローザンヌ、ブルーメンでの演奏が、その頂点を記録しているのではないかと思います。
 ローザンヌ : 抽象的な現代音楽風の演奏のあとで(CDでは、40分以降)繰りひろげられるリリカルで、そして優しさと親密な音楽が何より好きです。
 ブルーメン : 静かな雰囲気から始まった音楽は、いつしか音のアラベスクとなり、とうとうと流れていきます。ここでの演奏において築かれる音響空間というのは、かつて誰も創造したことのない稀有なものだと思います。

3.The Koln Concert/ケルン・コンサート(1975)
'75年 1月、ケルンでのライブ録音

あのアルバムは本当に豊かな着想に満ちていると思うが、実際にぼくが表現したいと思うほど、プロセスを表現しているものではない・・・・・他のライブ・レコーディングにくらべるとプロセスの表現はずっと少ない。/ キース・ジャレット

 数あるキースのソロ・アルバムの中では、最もポピュラーなものです。かなり状態の悪いピアノのため、"音色と表現の限界に拘束されながらの演奏を強いられた" とのことだけど、キースの明晰なタッチによるイマジネイティブなフレイズが次から次へと現われ、そして移りゆくのに心身を解放して、ただただゆだねているのは、本当に気持ちのいい事この上ないものです。おそらく、「Facing You」や「Solo Concerts」に聴かれる、ある種の晦渋さが、ほとんど感じられないことがこのアルバムをとりわけ聴きやすく、耳に心地よいものにしているのだと思います。結果として、彼のロマンティシズムの一つのピークを記録したアルバムと言えるのではと思います。その後の、ジョージ・ウィンストンを始めとするいわゆるニュー・エイジ・ミュージックのさきがけとしての役割を果たしたアルバムとしても評価されているものです。

4.Staircase/ステアケース(1976)

'76年 5月、パリにてスタジオ録音
 短編映画の音取りをするためにスタジオ入りし、仕事があっという間に終ってしまい、時間が5、6時間余ったので急きょ、このアルバムをレコーディングすることになったとのこと。結果的に、「Facing You」以来のソロ・ピアノのスタジオ録音となり(2枚組)、"素晴らしいグランド・ピアノ"を使用したこともあり、音質の面においてもすぐれたアルバムです。アルバムの制作事情から考えても、事前の準備なしのまったくの即興演奏ということになるけど、この演奏は素晴らしいと思うし、個人的にはとても評価しています。「ケルン・コンサート」に比べると、ロマンティシズムが抑制されているので、聴く人の好みによっては、この点で少々物足りないかもしれませんが、より理知的な演奏で、すっきりしていて、"「ケルン」もいいけど、ちょっと甘すぎて" という人には、ピッタリのアルバムだと思います。

5.Hymns Spheres/ 賛歌(1976)

'76 9月、西独ベネディクト修道院のホリー・トリニティ・オルガンによる演奏
 これは、バロック・オルガンによる即興演奏を収録した2枚組のアルバムですが、ジャズ的な要素は全くありません。オルガンの演奏というのは、通常の鍵盤楽器とは違った技術(フット・ペダルとかストップなど)が必要となるけど、キースはオルガン特有のこれらの機能を色々と組み合わせて、新しいサウンドの表出を試みています。そうした試みが効果をあげているかどうかは素人の僕にはわからないけど、この18世紀作られたという名器によるキース演奏が、その重低音と空間の拡がりを伴って、彼の意図した音楽を創りだしていることは確かなことです。古楽器であるクラヴィコードを弾いたアルバム「Book of Ways」のサウンドが、即興でありながら明らかにバロック以前の響きを感じさせるものでしたが、ここでのオルガンにより即興される音楽は、キース自身のものであり、そしてメシアンに代表される現代オルガン音楽の影響を受けたものです。僕にとっては大好きなアルバムだけど、とりあえずキースの天才の全てに触れたいという人にはおすすめのアルバムです。
 
 
6.Sun Bear Concert/サンベア・コンサート(1976)

'76年 11月の日本公演(京都、大阪、名古屋、東京、札幌)をライブ録音

これらはある意味で奇妙なコンサートだった。ぼくは普通は、演奏中にそれがどのくらい良いかとか、ひどくまずいかとかわかるものなんだが、日本ではそうじゃなかった。ぼくの頭の中には、ずっといろんな奇妙な考えが渦巻いていた。ぼくは、何度も何だかよくわからないままステージから退場したのだった。

 LPで10枚組(CDでは6枚組)、通して聴くと7時間以上かかるという、とても正気の沙汰とは、思えないソロ・アルバム。買うほうも買うほうだけど、結構売れたらしい。通して聴いたのが(もちろんいっぺんにではありません)買ってから多分3回目くらいですが、今回はじっくり聴いてみて、いろんな意味で堪能しました。ジャズはもちろんの事、クラシック(バッハ、ドビュッシーからメシアン、シェーンベルクの無調音楽、フィリップ・グラスやライヒのミニマル・ミュージックなどの現代音楽風まで)やゴスペル、ロック、フォークに至るここにはピアニズムにおけるあらゆる可能性があるのではという気がします。ただ、出来・不出来があるのも間違いのないところで、キースが次の展開を探る間の長い単調なフレーズに付き合うのに、いささか疲れることがあるのも確かです。個人的な印象では、京都、札幌は全体的に気に入ったけど大阪はいまいちで、名古屋は後半良くなって、東京はアンコールが良くて、という具合だけど、次に聴く時にはまた違った評価となるかもしれません。又、通して聴く機会があるかどうかは.....。

7.Book of Ways/ブック・オヴ・ウェイズ(1986)

'86年 7月、シュトゥットガルトにてクラヴィコードを使用してスタジオ録音
 
クラヴィコードはぼくに、鍵盤の上で、ぼくが聴いているものにできるだけ近いところにいさせてくれる。好きなだけ大きな音が出せるわけではないけれども。静かな楽器なのだから。/ キース・ジャレット


 クラヴィコードはハープシコードとほぼ同時代の楽器で、大きな音が出せないため、もっぱら家庭での演奏に使われていたもので、ただ音色の面では非常に豊かで表現に富んでいるようです。この2枚組みの異色のソロ・アルバムの多くの演奏は、意外なほどにバロック以前のバードやパーセルの鍵盤曲の反映を感じさせるものとなっています(特に2枚目)。実際、キースはこのアルバムのコピーをホグウッド(古楽器鍵盤奏者、指揮者)に渡し、ホグウッドは、この演奏について "クラヴィコードの時代の考えを模範にしたものであることは非常にはっきりしている"と述べています。バロック以前の音楽では、即興ということを非常に重視していたことが知られていますが(バロック以降のモーツァルトも即興演奏家として有名だった)、キースの演奏を聴いていると、当時のそんな音楽シーンが思い浮かびます。このアルバムも個人的には気に入っていますが、万人向けではありません(少なくともジャズとは呼べないだろうから)。

 
8.Vienna Concert/ウィーン・コンサート(1991)

  '91年 7月、ウィーン国立歌劇場でのライブ録音

私は非常に長い間、火というものを求めてきた。そして、多くの火花が、これまでに飛び散った。しかし、このレコーディングにおける音楽は、ついに、炎そのものの言語を話すに至ったのである。/ キース・ジャレット

 Part T(約40分):瞑想的な音楽で開始され、20分を過ぎてから、早いパッセージの展開となり、ふたたび祈りに回帰して消えるようなエンディングとなります。
 Part U(約25分):始まりはキース特有の切迫し、疾走する感じのフレーズ、展開、そして瞑想。このPart Uは、感動的なとても好きな演奏です。
 このアルバムを聴いていると、以前のアルバムのように、ジャズからクラシック、ゴスペルまでのさまざまな音楽要素が万華鏡のように次から次へと現れるという形からはずいぶんと違って来たなあという感慨を覚えずにはいられません。それはキースのソロ演奏に対する指向の変化によるものなのだろうと思います。

9. La Scala/ ラ・スカラ(1995)

'95年 2月、ミラノ・スカラ座でのライブ録音

 The heart is where the music is. 心は音楽のあるところにある。/ キース・ジャレット

 ウィーン・コンサート同様、オペラの殿堂でのライブ録音です。ハイライトは、45分に及ぶPartTです。静かに始まり、テーマの提示からクライマックスの感動まで、徐々に盛り上げていく構成力は見事なものです。
 PartUでは、現代音楽風の早い音のパッセージの動きが13分ほど続いた後、優しく、かつ瞑想的な雰囲気に移行し、いくらかの展開を経て、再度冒頭の部分に戻り曲が閉じられます。PartT同様、曲の構成に注意が払われている感じです。全体的なアプローチは、ウィーン・コンサートと共通するところが多いようです。
 最後にアンコール曲だと思いますが、スタンダード・ナンバーの「Over the Rainbow」が演奏されていて、「The Melody at Night, with You」のソロによるスタンダード曲演奏の萌芽が見られるのも興味深い。

10.The Melody At Night, With You/メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー(1998)
 
'98年 12月、自宅のスタジオでの録音です。
 病気で演奏活動をしばらく中断していて、これは復帰後最初のソロ・アルバムで、全10曲のスタンダード・ナンバーが収録されています。いずれも曲に寄り添い、いとおしむような演奏で、以前はときおり見られた過剰とも言える表現もなく、一見淡々と弾いているようだけど、その表現には深いものがあると思います。これまでソロ演奏では、正面からはスタンダード曲を取り上げなかったのは、キースのソロに対する強い自負みたいなものがあったからだと思うけど、病気を機に、吹っ切れたものがあるんでしょうか。ただ、復帰後のスタンダーズ・トリオによるライブ演奏「Whisper Not」では、以前との違いは僕には聴き取れませんでした。
 とくにこれということではなく、全曲いいと思います。この傾向が一時的なものかどうか、今後のソロ・アルバムに注目したいと思います。
 復帰後のトリオでのアルバムに、Whisper Not ('99録音)があります。

 
(参考)フランス組曲 全6曲/J.S.バッハ '91 9月録音

キースは、多くのクラシックのアルバムをレコーディングしていて、特にバッハは、その中心的レパートリーで、その他にはモーツアルトの協奏曲、ショスタコーヴィッチの独奏曲や、アンサンブルでは、現代の作曲家ペルトの曲なども含まれています。
 7歳の時には、クラシックの独奏会を開いている彼のことだから、クラシック曲に対する違和感があるはずもなく、ソロ・ピアノにおいてもクラシック的要素が顕著なキースのクラシック曲に対するアプローチは、これは意外なほどにオーソドックスなもので、バッハ演奏における例えばグレン・グールドの恣意的ともいえる解釈をキースに期待すると肩すかしを食う結果となります。だからといって、決してつまらない演奏ということではなく、ピアノの旧約聖書と呼ばれるバッハの平均率クラヴィア曲集にしても、納得できる演奏となっていますが、特にこのフランス組曲のハープシコードによる演奏は、バッハのクラヴィア曲の中でも、とりわけ優美な曲想がキースの資質にマッチして、すばらしい演奏となっています。僕はバッハのクラヴィア曲の中では、フランス組曲が何よりも好きですが、ハープシコード、チェンバロによるこの曲の演奏では、キースのこのアルバムを一番愛聴しています。



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