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Anita Brookner(1928 -  )
アニタ・ブルックナー

 
ロンドンの生まれ。両親はポーランド系のユダヤ人。ロンドン大学卒業後、パリで18、19世紀のフランス・ロマンティシズムを学んだ。レディング大学で教えた後、ケンブリッジ大学の美術史講座の担当教授に就任した。1971年にコートルド美術研究所に移り、小説を出版してからも1988年までここで教えていた。50歳を過ぎてから小説を書き始め、1984年に、4作目の『Hotel du Lac/ 秋のホテル』で英国最高の文学賞であるブッカー賞を受賞した。その後も年約1冊のペースで作品を発表し、英国の現代文学を代表する作家のひとりとして位置づけられている。
アニタ・ブルックナーは、さまざまの人間をとりあげて、彼らのことを書く(これは今の小説家にはむしろ珍しい)が、この人間たちが作家を離れて一人歩きしているように見えるのは、矛盾するようだけれど、この人間たちを創ったブルックナーが彼らを完全にコントロールしているからだ。
/ ルース・レンデル

「私の作品がとりわけ人気があるとは言えないのは、それらが物悲しげでとか、陰気でとかそんなこんなの為で、批判的な書評もあるわ。でも私はただ小説を書いているだけで軍需品を作っているわけではないから、それでいいと思っているの」
/ アニタ・ブルックナー(Jan.28,2001のインタビューより意訳)


1. Hotel du Lac/ 秋のホテル(1984)
難易度:☆☆☆ 

 イーディスはロマンス小説の作家。39歳、独身で、ヴァージニア・ウルフに似ていると言われることがあり、ディヴィッドという妻帯者の愛人がいます。彼女の作品は結構知られているようで、登場人物が彼女が本人とは知らずに「ヴァネッサ・ワイルド(イーディスのペン・ネーム)の小説が好き」と言う場面が出てきます。イーディスが観光シーズンも終りに近いスイスの湖畔の高級ホテルにひとりで滞在しているのには、わけがあって、小説の進行につれその事情が明らかにされます。
 ホテルには、金持ちの母娘であるピュージー夫人と娘のジェニファー、夫に疎まれている美しいモニカ夫人、息子夫婦からホテルに追いやられている格好の老婦人、それから出張の帰りにホテルに立ち寄った、実業家のネヴィル氏が滞在していて、イーディスと彼らの交流と、彼女がホテルに来る前の出来事が交互に描写されています。
 妻に去られ現在は独身のネヴィル氏は、うまく生きていくには、モラルを低くすべきであると提唱し、イーディスに対して、「愛がなくては生きていけないなんて間違いだ。」と言います。それに対してイーディスが、愛がなくては何もできないし、自分の考える究極の幸福とは、愛する人が毎晩必ず帰ってくるという思いを抱いて、ひねもす庭にいて読んだり書いたりすることだと答える場面;
 
'You are wrong to think that you cannot live without love, Edith.'
'No, I am not wrong,' she said, slowly. 'I cannot live without it. Oh, I do not mean that I go into a decline, develop odd symptoms, become a caricature. I mean something far more serious than that. I mean that I cannot live well without it. I cannot think or act or speak or write or even dream with any kind of energy in the absence of love. I feel excluded from the living world. I become cold, fish-like, immobile. I implode. My idea of absolute happiness is to sit in a hot garden all day, reading, or writing, utterly safe in the knowledge that the person I love will come home to me in the evening. Every evening.'
'You are a romantic, Edith,' repeated Mr Neville, with a smile.
 
 またネヴィル氏は、イーディスにとって必要なのは愛ではなく、社会的地位であり結婚することだと言い、互いの利益の為結婚しよう、とイーディスにプロポーズします。;
 
'What you need, Edith, is not love. What you need is a social position. What you need is marriage.'
'I know,' she said.
(中略)
'I think yo should marry me, Edith,' he said.
She stared at him, her eyes widening in disbelief.
 
 過去に、結婚直前になって忌避したいきさつのあるイーディスが、ディヴィッドと別れてネヴィル氏との打算的な結婚に踏み切れるかどうかというところが小説のクライマックスとなりますが、結果がどう出るにせよ孤独を内に抱えたイーディスの心象風景は変わらないのではないかという印象を持ちました。
 酸(す)いも甘いも噛み分けた大人同士が愛について語り合う熟年文学(!)の秀作。

(TV ドラマ) 秋のホテル(1986)
(監)Giles Foster 
(演)アンナ・マッセー、デンホルム・エリオット

 BBC制作の良質のTVドラマで、主演のアンナ・マッセーはここでの演技により英国アカデミー賞最優秀女優賞を獲得しています。彼女は 1937年生まれで、父は「エデンの東」の名優レイモンド・マッセー。舞台女優として名声を得て、その後映画、TVにも出演するようになったとのこと。妻のあるディヴィッドへの報われない愛を内に抱えながらネヴィル氏の求婚に動揺するイーディス、そして臆病さと大胆さの両面を併(あわ)せもつイーディスをマッセーは演じきっていたと思います。
 このTVドラマは、原作のかなり忠実な映像化で、セリフも小説とほとんど同じような感じです。舞台がスイスの観光地なので、目にも楽しいドラマと言えます。ただ、登場人物は浪費に励むピュージー母娘も含め、それぞれうそ寒い心を抱いた人たちで、とてもホーム・ドラマの気分では見れません。芸達者な俳優陣が、派手さのない原作の世界をていねいに再現したといういかにも英国的な好感の持てる作品です。

2. A Closed Eye(1991)'03年8月現在未翻訳
難易度:☆☆☆

 '91年の作品で、おそらくこれからも翻訳される可能性が小さいと考えられるので、やや詳しくストーリーを紹介してみます。
 小説の冒頭には、主人公の中年女性ハリエットが、彼女が子どものときからの親友だったテサの娘エリザベス(リジー)に宛てた手紙の文章が置かれています。手紙の内容は、リジーの夏の休暇に自分のスイスの別荘に遊びに来ないかとの誘いでしたが、末尾には、”会ったら、一つの名前だけは決して口にしないようにしましょう。 There is just one thing I ought to say before we meet. One name must never be mentioned. ”との一文が付け加えられていました。
 このときハリエットは54歳、リジイは20代でした。そして小説は時を遡(さかのぼ)り、ハリエットのこれまでの半生をたどることになります。ハリエットは、若さにまかせて奔放で享楽的な生活を送っていた父母のもとに生まれ、生まれつき顔に痣(あざ)があり、その為もあってか受身的な性格だった彼女の少女時代、そして父親と同じくらいの年齢で金持ちのフレディとの結婚生活が語られていきます。フレディは前妻に逃げられた過去があり、従順なハリエットとの生活に満足していましたが、彼女は親子ほど年の違うフレディを真に愛すことはついにできませんでした。フレディとの間に生まれた一人娘、イモゲン(イミー)は美しい少女に成長します。ハリエットに溺愛されて育った彼女は、しかし傲慢で自己中心的な性格で、成長するにつれ、年老いた父と、そんな父と結婚し自主性を持たない母を軽蔑するようになります。
 少女時代からの親友テサは、異性として魅力的だが、夫としては信頼の置けないジャックと結婚し、リジーを出産します。テサは娘をジャックを自分に繋(つな)ぎとめる手段としても考えていましたが、彼はTVの記者として世界中を飛び回り、ほとんど家には寄りつきませんでした。リジーの性格は、同い年で一緒に学校に通ったイミーとは対照的で、美人でもなく、極力他人と関わることを避け、本を読むことをなにより好み、40歳を過ぎてから作家になるという夢を抱いていました。
 自己主張することはほとんどないハリエットでしたが、唯一、ジャックに対する一方的な愛は自発的なものでした。初めて出会ったときから彼を愛し、テサが癌で死んだ後も密かに愛し続けていました。ジャックも彼女の自分に向けた愛に気づいていて、テサの死後、ハリエットが口実をつけて彼に会い、ジャックに初めてキスされたとき、ハリエットはこの瞬間まで彼女の人生における肉体的な感覚は眠っていたのだと知りました。しかしジャックの二人の関係をさらに進めようとする誘いに対し、彼女はこれをしりぞけ二人は別れます。

When he kissed her she knew that her whole physical life, the life of the senses、had been dormant until this moment. When they disengaged they looked at each other, in silence.
'Do you do this all the time?'
'Not all the time, no. You could stay, you know.'
'Why should I?'
'Possibly because you want to. And because I might want you to.'
'You?' There was no answer. 'I have to leave, you see. You do see, don't you?'
'I should expect nothing less of you.'
'Oh, don't be so ... so rude,' she said angrily. They both smiled.
'Goodbye, Jack,' she said, holding out her hand. He kissed her again. There was no doubt now about her response.
'That's better,' he said. 'I loathe soulful women, with consciences.'
'Goodbye, Jack,' she repeated.

 そしてイミーの交通事故による突然の死、フレディの老いによる衰弱と死と続き、フレディの死から3年後、ようやく精神的な打撃から立ち直りつつあったハリエットが自らの生を生き直すきっかけをつかもうと、リジーとの再会を願って冒頭の手紙を書くことになります。この手紙の中の、口に出してはいけない名前とはイミーのことでした。

 ブルックナーの作品で特徴的な孤独で臆病なヒロイン(ヒーロー)という設定は、この小説でも明確ですが、ヒロインのハリエットだけでなく、彼女の夫のフレディ、友人のテサ、テサの娘リジーそれぞれが同様に孤独感、疎外感を抱いています。そしてそうした彼らの心の微妙な揺れがブルックナーの精妙な文体により再現されていて、こうした点が、主人公もドラマの展開においても地味な(だからこそ他人事ではないという面もあります)彼女の小説を読むもっとも大きな魅力となっています。
 ハリエットが長い間ジャックへの愛に焦がれながら、遂に訪れた機会を自ら潰(つぶ)してしまうという展開は「秋のホテル」と共通していて、孤独感に苛(さいな)まれ、愛を希求しながらも現実の愛を受け入れることができない(あるいは積極的にしない)というヒロイン像に、作者の孤独への志向が垣間見られるようです。また、40歳を過ぎてから作家になるという目標を立て、自ら孤独を選びとって自立して生きるリジーの姿に、やはり50歳を過ぎてから処女作を発表している作者自身を投影しているように感じられました。


(次回紹介予定)The Next Big Thing(2002)'03年8月現在未翻訳

作品の概要(Amazon. co. ukより):
 'Herz wondered if the people he passed on the street ruminated on lost causes, as he did. Try as he might to divert himself, he could never escape the suspicion that he should be elsewhere.' Herz is seventy-three and facing the difficult question: what is he going to do with the rest of his life? How is it all going to end? He could propose marriage to an old friend he hasn't seen for thirty years; he could travel, he could make a trip to Paris to see a favourite painting; he could sell his flat, move, start afresh. He must do something with the time left - but what? Anita Brookner's masterpiece - the ultimate comedy about what it really means to be old.


(次回紹介予定)Lewis Percy/ 招く女たち(1989)

作品の概要(Amazon. co. ukより):
 Destined to be a haunter of libraries, Lewis's cautious progress through life reveals to him only his own shortcomings. Estranged from his wife and daughter, he searches for an alternative. This novel presents the life and aspirations of one man who remains out of step with his times.

関連Webサイト  本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。
関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書
○ 参考資料
 ・アニタ・ブルックナー 孤独のプリズム (現代イギリス女性作家を読む)
  
主要作品リスト
  • A Start in Life(1981)
  • Providence(1982)
  • Look at Me(1983)
  • Hotel Du Lack/ 秋のホテル(1984)
  • Family and Friends/ 結婚式の写真(1985)
  • A Misalliance(1986)
  • A Friend from England/ 英国の友人(1987)
  • Latecomers/ 異国の秋(1988)
  • Lewis Percy/ 招く女たち(1989)
  • Brief Lives(1990)
  • A Closed Eye(1991)
  • Fraud/ 嘘(1992)
  • Family Romance(1993)
  • A Private View(1994)
  • Incidents in the Rue Laugher(1995)
  • Altered States(1996)
  • Visitors(1997)
  • Falling Slowly(1998)
  • Undue Influence(1999)
  • The Bay of Angels(2001)
  • The Next Big Thing(2002)
  • The Rules of Engagement(2003)

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