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Anne Tyler(1941 -  )
アン・タイラー

 
ミネアポリス生まれ、ノース・カロライナで育った。デューク大学ではロシア文学を専攻したが、在学中に2度創作に関する賞を受賞している。卒業後は、引き続きコロンビア大学で学んだ。処女作は、1964年の『If Morning Ever Comes』で、1967年より専業作家となり、『The Accidental Tourist』(1986)/アクシデンタル・ツーリストでNational Book Critics Awardを受賞し、'88年に映画化された。また、『Breathing Lesson』(1989)/ブリージング・レッスンでピュリツァー賞を受賞している。


1.If Morning Ever Comes(1964)
難易度:☆☆

 この作品はアン・タイラーの処女作ですが日本では未訳です。今後も翻訳される可能性が少ないようなので、以下にやや詳しくストーリーを紹介します。
 主人公のBen Joe(以下ベン)は、25歳。ニューヨークのコロンビア大学で法律を専攻する特にこれといった特長のない大学生ですが年をくっているのは、専攻を何度か変えているためで、彼の故郷の家には、祖母、母と5人の姉妹が暮らしています。父は開業医でしたが、6年前に愛人宅で心臓の発作のため亡くなっています。もう一人の姉ジョアンナは、結婚して別の町に住んでいましたが、彼女がまだ小さい子供を連れて家を出て、故郷の家に帰っているという事を知ったベンは、姉のことが気がかりで、授業を休んで急きょ夜行列車で家に帰ることにします。そして帰郷した彼と家族(全員女性)の交流、昔のガールフレンド、シェリーとの再会など、彼が実家に滞在した数日間を情緒細やかなタッチで描いています。
 ベンは帰郷した当日の興奮が収まってみると、大家族の中にいることに疲労感・倦怠感を早くも感じ始めている自分に気づきます。そんな時に、シェリーを見かけたという家族の話を聞き、彼女を訪ねた彼は彼女が事故で家族を亡くし一人で暮らしていて、ずっと彼のことを想っていたこと、今は付き合っている男性がいて、彼から求婚されるのを期待していることなどを知ります。その後、町でジョアンナと喫茶店にいた時に偶然出会ったその男とジョアンナが親しくなり、彼女を連れ戻しにやって来た夫のゲイリーと彼とが家で鉢合わせる顛末となり、そんな騒ぎに嫌気をさしたベンはシェリーの家に行き発作的に、"明日の列車でニューヨークへ行って結婚して一緒に暮らそう"と話します。始めは疑心暗鬼だった彼女もいつかその気になり次の日、駅で待ち合わせることになります。ベンが結婚しようと言い出す場面から;

"We could ... hell, get married. You hear? Come on, Shelly."
She Stopped looking at her hands and stared at him. "I beg your pardon?" she said.
"We could ..." The words in his mouth sounded absurd, like another line from the unknown play in his nightmare. He hesitated, and then went on. "Get married," he said.
"Why, Ben Joe, that wasn't what I was after. I wasn't asking ―"
"No, I mean it, Shelly. I mean it. Don't be mad any more. You come with me on the train tomorrow and we'll be married in New York when we get there. You want to? Just pack a bag, and Jeremy will be our best man ..."
She was beginning to believe him. She was sitting up in the chair with her mouth a little open and her face half excited and half doubtful still, trying to search underneath his words to see how much he meant them.
 
 翌朝になるとベンは、すでに昨夜の衝動的な決断に気が重くなっていて、読んでるほうも "これはまいったな。おいおいがんばれよ" という感じになってくるんですが、彼も気力を振り絞ってなんとか駅にたどり着くんですね。よかったとホッと胸をなでおろす感じです。
 ベンは、ニューヨークへ向かう列車のなかで、シェリーとの未来の生活に思いをはせ、"シェリーも年をとると、きっと彼女の母親みたくなるんだろう。そしてシェリーは、まんまるの青い目をした男の子に子守歌を歌って聞かせるんだろう" などと想像してみるのでした。
 こうしてベンもシェリーをかかえ、長かったモラトリアム期を脱せざるを得なくなり、これからは地に足をつけた本当の"生活"をしていくんでしょう。


2.The Tin Can Tree(1965)
難易度:☆☆

 これは、『If Morning Ever Comes(1964)』に続くアン・タイラーの2作目の作品で、これも日本では未訳のものです。3作目の『A Slipping-Down Life/ スリッピングダウン・ライフ (1970)』からは、だいたい翻訳されているようです。この作品も今後翻訳される可能性が低いことから、以下にやや詳しくストーリーを紹介します。
 住人の誰もが顔なじみみたいな地方の小さな町 Larksville の外れにある丘のふもとの3軒続きのタウンハウスの住人であるパイク家の末娘ジャニー・ローズ(6歳)がトラクターの事故で死亡し、家から見える丘の上に埋葬される場面がこの小説の冒頭で描写されます。彼女の両親は悲しみのあまり、なすすべもないといった風で、特に母親は食事もとらず、部屋に引きこもったままの状態となってしまいます。ひとり息子のサイモンと、同居している姪のジョアン(26歳)は、隣人であるジェームズ(28歳)に助けられて何とかやっていました。
 町の写真家で記念写真の撮影などをしているジェイムズは、虚弱で自己中心的な弟アンセル(26歳)とふたりで暮らしていて、彼の面倒を見ることを自分の責任と考えているようです。ジョアンは、ジェームズが弟のことを考えるあまり自分たちの関係をいっこうに進展させないために宙ぶらりんの感じを抱いていて、そんな将来に対する不安を抑えきれず、スーツケースに荷物を詰めて両親のもとへ帰ろうと決心し家を出ます。自分がいなくなったのを知ったジェイムズが、どんな態度をとるだろうと思いめぐらす個所から;

 Then after supper James would come. "Joan ready?" he'd say. "She's gone," They'd tell him. Then what would he do? She couldn't imagine that, no matter how hard she tried. Maybe he would say, "Well, I'm sorry to hear that," and remain where he was, his face dark and stubborn. Or maybe he would say, "I'll go bring her back." But that was something she didn't expect would ever happen now. A week ago, she might have expected it. She'd thought anything could happen, anyone would change. But now all she felt sure of was that ten years from now, and twenty, James would still be enduring, on and on, in that stuffy little parlor with Ansel in it; and she couldn't endure a minute longer.

 ジョアンがバス停に向かう途中でサイモンに出会い、彼は自分も連れて行くよう懇願しますが聞き入れられなかったため、家出を決行します。サイモンがいなくなったのを知った両親と隣人達は手分けをして彼を捜します。ジェームズには思い当たるふしがあり、彼の両親の家にサイモンの母親と一緒に行き、そこでサイモンを見つけ、連れて帰ります。サイモンの家出のショックで母親の正気も戻ったようです。一方ジョアンは、両親の住む町へ向かうバスに乗りますが、途中で考え直して戻ってきます。帰ってみるとジェームズの家では隣人全員が集まってサイモンの無事を祝うパーティーの真っ盛りで、サイモンを除きジョアンが家を出たことには誰も気づかなかったようです。
 ジャームズとジョアンは、ふたりとも周囲に対して誠実であろうとするが為に、自分達の幸福を主張できないようで歯がゆい感じがするけど、いいひとが犠牲になるといったこういうパターンって世間にはありがちなんですね。ジェームズの果敢な英断に期待したいところです。

3.Back When We Were Grownups/あのころ、私たちはおとなだった(2001) 
難易度:☆☆

 I wanted my next novel to be full of joy and celebration.
 
 本作は、アン・タイラーの15作目の最新作で、全米ベストセラーとなった作品です。上の引用は、ペーパーバックの巻末に収録されているアン・タイラーへのインタビューの中で、この小説の執筆の動機についての質問に対する彼女の回答からのものですが、ほろ苦くもあり、甘くもあり、人生の機微に触れた後味のいい作品でした。

 Once upon a time, there was a woman who discovered she had turned into the wrong person.
 She was fifty-three years old by then ― a grandmother. Wide and soft and dimpled, with two short wings of dry, fair hair flaring almost horizontally from a center part. Laugh lines at the corners of her eyes. A loose and colorful style of dress edging dangerously close to Bag Lady.
 Give her credit: most people her age would say it was too late to make any changes. What's done is done, they would say. No use trying to alter things at this late date.
 It did occur to Rebecca to say that. But she didn't.

 この作品の冒頭のパラグラフです。"Once upon a time 昔々"という書き出しは、この小説がおとぎ話の祝祭的な要素を持っていることを感じさせます。あるいは、著者は同じ自己発見の物語という意味で関連するとも考えられる、ジョイスの「若き芸術家の肖像」のよく知られている冒頭句をパロディとして用いているのかなとも思いました。
 53歳の典型的な中年女性レベッカは、1999年の6月の日曜日に家族とピクニックに出かけた際、ふとある思いが彼女の心をよぎります。
 「一体全体、どうして私はこんな風になったのかしら? どうして? どういうわけで私はほんとの私でないこんな人間になったのかしら?」

 How on earth did I get like this? How? How did I ever become this person who's not really me?

 レベッカは、20歳の時にパーティーで13歳年上のジョーと出会い、大学を中退し、別れた先妻との間の3人の娘達と父母と弟と暮していた彼と結婚します。ジョーは、自宅を会場として使ったパーティー・アレンジをファミリー・ビジネスとして営んでいました。結婚して6年後にジョーは交通事故で死亡し、以来レベッカが大家族の中心となって、娘たちを育て、家業を切り盛りしていました。
 これまで夢中で過ごしてきて、気がつくと、50歳を過ぎ、義父母も亡くなり、娘たちはそれぞれ独立し、自分はというと、内気で読書好きな娘だったはずの自分が、今や本を読むこともなく、心身ともに典型的なおばさんになってしまっている。ずっと年上のジョーの押しの強さに負けてしまったのが、本来の自分の生き方を見失ったそもそもの発端だったのではないか... という思いに至ったレベッカは、ジョーと知り合う前までは、彼女の卒業後に結婚を約束していた学究肌のウィルに、勇気を奮い起こして電話をします。ウィルは大学の学部長になっていて、妻とは離婚し、今は一人でした。

 人生の半ば以上を過ぎ、今までの自らの来し方を振り返り、たとえそれが自分が当初思い描いたようには進んでいなかったとしても(大抵はそうなんじゃないかと思うけど)、自分なりに精一杯生きてきたのだから、それはそれでいいんじゃないか。
 100歳になるレベッカの義理の叔父ポピーは、かつて甥のジョーに言った言葉を再び彼女に伝えます。

 "Look. Face it. There is no true life. Your true life is the one you end up with, whatever it may be. You just do the best you can with what you've got."

 登場人物が多く、結構複雑な家族関係を把握するのに初めのうちは苦労したので、途中から家系図(Family Tree)を書きながら読みました。レベッカの実の娘ミン・フーは、3度結婚して、それぞれの夫との間に生まれた子供を育てていたり、ジョーの連れ子の3人の娘のうち、ビディーは離婚してゲイの男と暮らし、ノーノーは12歳の息子を持つ男と結婚したりと、離婚、再婚など日常茶飯事となっているアメリカの家族の様相が窺えて、これはこれで興味深いものでした。
 アン・タイラー作品は、彼女のデビュー1、2作目と最新作という変則的な読書となりましたが、多くの登場人物それぞれの心の動きをあざやかにとらえる筆致は、処女作を読んで受けた印象と変わりないなあという感慨を抱きました。

4.The Accidental Tourist/ アクシデンタル・ツーリスト(1985)
       

 アン・タイラーの最も知られている小説であり、映画化作品は1988年のアカデミー賞の作品賞など4部門にノミネートされ、ジーナ・デイビスが助演女優賞を受賞しています。
 40代の主人公のメイコンは旅行ガイドブックのライターですが、観光向けではなく、ビジネスマンの出張を対象にした実用重視のガイドブックを書いています。メーコン自身は旅行が大嫌いで、というのは、方向音痴の家系ということもありますが、何事にも真面目、几帳面で日常を離れた環境を嫌がる彼の性向(これも家系のようだ)に起因していると思います。因(ちな)みにタイトルの「Accidental Tourist」は、彼のガイドブックの書名です。

 He wrote a series of guidebooks for people forced to travel on business. Ridiculous, when you thought about it: Macon hated travel. He careened through foreign territories on a desperate kind of blitz ― squinching his eyes shut and holding his breath and hanging on for dear life, he sometimes imagined ― and then settled back home with a sigh of relief to produce his chunky, passport-sized paperbacks. Accidental Tourist in France. Accidental Tourist in Germany. In Belgium. No author’s name, just a logo: a winged armchair on the cover.
He covered only the cities in these guides, for people taking business trips flew into cities and out again and didn't see the countryside at all. They didin't see the cities for that matter. Their concern was how to pretend they never left home. What hotels in Madrid boasted king-sized Beautyrest mattresses? What restaurants in Tokyo offered Sweet'n'Low? Did Amsterdam have a McDonald's? Did Mexico City have a Taco Bell? Did any place in Rome serve Chef Boyardee ravioli? Other travelers hoped to discover distinctive local wines; Macon's readers searched for pasteurized and homogenized milk.

 メーコンの一人息子がコンビニ強盗事件に巻き込まれて亡くなり、それ以来、妻サラとの間がギクシャクし始め、彼女は家を去り別居します。一人暮らしとなったメーコンは、飼い犬のコーギー犬、エドワードが取り持つ縁で、犬の訓練士のミュリエルと出会います。彼女は離婚し、病弱の息子を一人で育てていて、メーコンより10歳以上年下ですが、メーコンに積極的にアタックをかけます。メーコンとは正反対のエキセントリックな性格のミュリエルと、落ち着いたサラ、二人の女性の間で揺れる彼がたどり着く先は果してどちらなのか。
 とくに大きな事件が起きるわけではありませんが、他のアン・タイラーの作品同様、日常の機微に触れることの出来る小説です。メーコンの優柔不断ぶりがもどかしい感じですが、生来の性格に加え、心に大きな痛手を負い、いまだその傷が癒えていない彼の心情の故でもあるのでしょう。タイトルの"旅行者"とは、メーコンの心の旅路をも示しているのだと思います。アン・タイラーは、この小説のような、どこにもいそうな普通の人々をめぐるドラマを描くのが本当にうまい。世の甘さ・苦さを充分味わった大人が読んで面白い小説と言えるでしょう。

○映画「偶然の旅行者」 Accidental Tourist(1988)
(監督)ローレンス・カスダン (出演)ウィリアム・ハート(メーコン)、ジーナ・デイビス(ミュリエル)、キャスリーン・ターナー(サラ)

 原作のストーリーにほぼ沿った展開となっています。メーコンの独身兄妹3人が暮す家の描写、重要な脇役である問題犬、エドワードの描写が笑えます。ウィリアム・ハートとキャスリーン・ターナーの演技は文句のつけようがありませんが、地味な役柄のメーコンやサラに比べ、映画でもミュリエルがいかにも生き生きとしていて、ジーナ・デイビスのアカデミー助演女優賞の受賞はうなずけます。メーコンがパリのホテルを出て、重荷となった出張必需品を詰めたバッグを置き去りにするシーンが、彼の新たな心の旅立ちを象徴していて印象的でした。

(次回紹介予定)Noah's Compass/ノアの羅針盤(2010)

新生活の門出の夜、何者かに襲われた元教師が、家族や新しい恋人との葛藤を乗り越えて新たな人生の意味を見つけるまでを描く、家族の再生の物語。全米ベストセラー、ファン待望の最新作。

参考Webサイト・主要作品リスト
○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書
○参考資料
 ・アン・タイラー(Wikipedia)
 ・Anne Tyler(Wikipedia 英語)
○ 主要作品リスト
  • If Morning Ever Comes(1964)/ 本邦未訳
  • The Tin Can Tree(1965)/ 本邦未訳
  • A Slipping-Down Life/ スリッピング・ダウン・ライフ(1970)
  • The Clock Winder/ 時計を巻きにきた少女(1972)
  • Celestial Navigation(1974)/ 本邦未訳
  • Searching for Caleb(1975)/ 本邦未訳
  • Earthly Possessions / 夢見た旅(1977)
  • Morgan's Passing/ モーガンさんの街角(1980)
  • Dinner at Homesick Restaurant/ ここがホームシックレストラン(1982)
  • The Accidental Tourist/ アクシデンタル・ツーリスト(1985)
  • Breathing Lessons/ ブリージング・レッスン(1988)
  • Saint Maybe/ もしかしたら聖人(1991)
  • Ladder of Years/ 歳月の梯子(1996)
  • A Patchwork Planet/ パッチワーク・プラネット(1998)
  • Back When We Were Grownups/あのころ、私たちはおとなだった(2001)
  • The Amateur Marriage/結婚のアマチュア (2004)
  • Digging to America (2006)
  • Noah's Compass/ノアの羅針盤(2010)
  • The Beginner's Goodbye (2012)
  • A Spool of Blue Thread (2015)
  • Vinegar Girl /ヴィネガー・ガール(2016)
  • Clock Dance (2018)
  • Redhead by the Side of the Road (2020)
  • French Braid (2022)

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