PAPERBACK GUIDE

 
Ross Macdonald(1915 - 1983)
  ロス・マクドナルド

 

 アメリカ カリフォルニア州ロスガトス生まれ。新聞記者だった父親が失踪した為に母親に養育されカナダ中を転々とした。1938年ウェスタンオンタリオ大学を卒業し、後に推理作家としてデビューするマーガレット・ミラーと結婚する。その後トロント大学、ミシガン大学に学び、1944年から1946年まで米海軍の予備士官として勤務。1944年処女長編『暗いトンネル』を発表し、5作目の『動く標的』より私立探偵リュウ・アーチャーが登場。ハメット、チャンドラーを継ぐ、正統派ハードボイルドの巨匠とみなされている。


僕はロス・マクドナルドのリュー・アーチャーものはみんな尻尾の先まで好きだ。ロス・マクドナルドの小説の美点は、そのシャイさとまじめさの中にある。もちろん欠点もその中にある。でもそんな何もかもひっくるめて、僕はロス・マクドナルドの小説が好きである。
「象工場のハッピーエンド」/ 村上春樹


"But most of my work is watching people, and judging them."
「The Moving Target」からリュウ・アーチャーのセリフ

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1. The Moving Target/ 動く標的(1949)
   難易度:☆☆

 リュウ・アーチャーの初登場作品というだけでなく、正統派ハードボイルド小説の傑作。ロス・マクドナルドがこの作品を発表した年に、チャンドラーは、フィリップ・マーロウシリーズの傑作『The Little Sister/かわいい女』を出していて、まさに正統派ハードボイルドにとっては、40年代を代表するチャンドラーから50年代、60年代のロス・マクドナルドへの継承を予感させる作品です。この作品でデビューした私立探偵リュウ・アーチャーが、後年の内面に沈潜する趣の彼とは正反対と言っていいくらい、しっかりハードボイルドしていること、そして舞台となっているロサンゼルス周辺がヴィヴィッドに描かれている点が魅力の作品です。
 リュウ・アーチャーは、ロスの近郊海辺の町サンタテレサの豪邸に住む石油成金のラルフ・サンプソンの夫人から、夫が行方不明になり探してほしいとの依頼を受ける。サンプソンはラスヴェガスからの帰りに自家用飛行機でロスの空港まで戻ったが、その後消息を絶っていた。夫への愛情はとうになくしている夫人、おかかえ飛行士のアラン・タガート、彼に片想いしているサンプソンの娘ミランダ、アーチャーとは旧知の仲だった弁護士のグレイヴスらにやくざや新興宗教の教祖とかが絡んで事件は錯綜していく。
 アーチャーがミランダを連れて、サンプソンがクロードという教祖に寄付した山の山頂にある寺院に車で向かうときに、見晴らしのいい山道を走りながら、アーチャーはミランダに、自分が警官だった時には悪というのは、ある人間が生まれながら持っているもので警官の仕事はそういう人間を見つけて排除することだと思っていたけど、そんな単純なことではなくて、全ての人が悪の要素を自身の中に持っていて、それが顕在するかどうかは人間が置かれた環境とか不運とかによるんだと言い、自分の仕事の大半は人々を観察し判断すること、と語る場面から;

 "When I went into police work in 1935, I believed that evil was a quality some people were born with, like a harelip. A cop's job was to find those people and put them away. But evil isn't so simple. Everybody has it in him, and whether it comes out in his actions depends on a number of things. Environment, opportunity, economic pressure, a piece of bad luck, a wrong friend. The trouble is a cop has to go on judging people by rule of thumb, and acting on the judgement."
 "Do you judge people?"
 "Everybody I meet. The graduates of the police schools make a big thing of scientific detection, and that has its place. But most of my work is watching people, and judging them."

 後年、作風が大きく変っていったけれど、ここでアーチャーが語った信条は最後まで変らなかったようです。
 たたみかけるようなテンポで事件は一気に終結に向かいます。そのほかの登場人物の中では、"ワイルド・ピアノ"というバーでピアノの弾き語りをしていて、かつてはレコードも出していた歌手のベティが後年の作品に現われる不幸な女性達の原型のようで心に残りました。



(映画) 動く標的/ Harper(1966)
 (監)ジャック・スマイト (演)ポール・ニューマンローレン・バコールロバート・ワグナージャネット・リー
     (VHS)

 この映画でポール・ニューマンが着ていた服は西海岸風の少しカジュアルなトラッドだが、その軽さが映画の雰囲気にぴたっと合っていて、魅力的だったことを記憶している。とくになんていうことのない着こなしなのだけれど、この当時のポール・ニューマンのこういう空気の何気ない「纏(まと)いかた」は実に見事で、それがジャケットの着かたひとつ、サングラスのかけかたひとつにもごく自然に出ていたような気がする。
『やがて哀しき外国語』/ 村上春樹


 ポール・ニューマンが演ずる探偵の名前がリュウ・アーチャーではなくて、リュウ・ハーパーになっているのは(映画の原題も「ハーパー」)、「Hud/ ハッド」と「Hustler/ ハスラー」で名をあげたポール・ニューマンが縁起をかついで変えてしまったということだそうだけど、ストーリーは割と忠実に原作に沿ったものとなっています。ただハーパーの妻(ジャネット・リーが演じている)が登場して、彼との別れる、別れないの葛藤劇は原作にはないもの。
 この映画の魅力の半分くらいは、なんといってもポール・ニューマンの演技にあると思います。後年の作品でのアーチャーのようには深刻ぶらずに、軽口をたたきながら仕事をエンジョイしている感じや、離婚寸前の妻に甘えるような男の身勝手さをうまく演じていました。彼のように登場するだけで"さま"になるスターは本当に得難い存在だと思います。
 共演者では、やはりローレン・バコールがいちばん印象的(この人も好きだなあ)。彼女はハスキー・ボイスとかその雰囲気とかがハードボイルドにとても似合う女優で、ハンフリー・ボガートと共演した「三つ数えろ/The Big Sleep」(チャンドラーの名作のハワード・ホークスによる1946年映画化作品)や「キー・ラーゴ」(1948)が思い浮かびますが、自叙伝によると実生活ではボガートとの結婚生活を大事にしたとても家庭的な人のようです。そのほかジャネット・リーやベティを演じたジュリー・ハリスもいい演技をしていました。
 「三つ数えろ」ほどではないにしてもテンポの速い錯綜したプロットを映画だけでちゃんと理解できるのだろうかと心配になりますが、いずれにせよハードボイルドの傑作映画であることに間違いないと思います。ポール・ニューマンは、このあともう1作リュウ・アーチャーものに出演していて、それは『The Drowning Pool/魔のプール』(1950) を映画化した「続・動く標的/ The Drowning Pool」(1975)で、ここでは彼の奥さんであるジョアン・ウッドワードと共演しています。
 



By Myself/ Lauren Bacall '78

    Filmography links and data courtesy of The Internet Movie Database.


2. The Chill/ さむけ(1964)
   難易度:☆☆

 
どのページを開けても抑制された筆致で、人が生きていくことのせつなさが、ぴしっと描いてある。登場人物はみんな暗い帽子をかぶったみたいなかんじで、それぞれに不幸の道をたどりつづける。誰も幸せにはなれない。でも、それでも、人は歩きつづけるし、そうしなければならぬのだとロス・マクドナルドは叫びつづけているように見える。
『象工場のハッピーエンド』/ 村上春樹


 ロス・マクドナルドの特質である"重い、暗い"(ファンにはこれがたまらないのです)が存分に発揮された彼の中期を代表する作品です。
 青年アレックスから
妻のドリーが新婚旅行中にいなくなったので探し出してほしいと依頼されたアーチャーは、ドリーが大学に通っていることをつきとめ、彼女をアレックスのもとへ連れ戻そうとするが拒否される。大学でのドリーの指導教官であったヘレンに面会したアーチャーは、彼女から何者かに電話で脅迫されているので身を守ってくれと頼まれる;

 "Who wants to kill you, Helen?"
 "I don't know exactly. But I've been threatened."
 "How?"
 "Over the telephone. I didn't recognize the voice. I couldn't tell if it was a man or a woman, or something in between." She shuddered.
 "Why would anybody threaten you?"
 "I don't know," she said without meeting my eyes.
 (中略)
 "Is it anything to do with Dolly Kincaid?"
 "Perhaps. I can't say for sure. The situation is so complicated."
 "Tell me about the complicated situation."
 "It goes a long way back," she said, "all the way back to Bridgeton."
 "Bridgeton?"
 "The city where I was born and raised. The city where everything happened. I ran away, but you can't run away from the landscape of your dreams. My nightmares are still set in the streets of Bridgeton. That voice on the telephone threatening to kill me was Bridgeton catching up with me. It was the voice of Bridgeton talking out of the past."

 脅迫がドリーの件と関係があるのかというアーチャーの問いに対し、ヘレンは確かではないけど関係があるかもしれない、自分が生まれ育ち、そしてそこから逃げ出した町ブリッジトンで全ての事が起こり、私を殺すという電話の脅迫の声は、自分に追いついたブリッジトンの過去からの声なんだわ、と言った。ヘレンの言葉を信じきれなかったアーチャーは依頼を断り、その夜ヘレンは殺されてしまい精神錯乱状態のドリーは容疑者にされてしまう。
 ドリーもヘレンも過去にブリッジトンで癒し難い心の傷を負っていて、アーチャーは過去の事件の真相を探ることで、現在に至る悲劇を解明していきます。『動く標的』では、タフ・ガイで行動の人であったアーチャーですが、この作品では、"人々を観察し判断すること"に徹しているのが印象的です。本格ミステリーとしても秀逸な作品です。



(次回紹介予定)The Wycherly Woman/ ウィチャリー家の女(1961)

 実業家の娘が行方不明ということで捜索を依頼されたアーチャーは、病んだ上流家庭の悲劇に直面することになる。
「さむけ」、「縞模様の霊柩車」などと並び円熟期の代表作とされている作品。結末は「さむけ」より重くて暗かったような気がするけど...
 


参考Webサイト・作品リスト   本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。

○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書

○ 参考資料
 ・ロス・マクドナルド(Wikipedia)
 ・Ross Macdonald(Wikipedia 英語)

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○ 主要作品リスト
  ★印は、リュウ・アーチャー・シリーズ
  • The Dark Tunnel(別題 I Die Slowly)/暗いトンネル(1944):Kenneth Millar名義
  • Trouble Follows Me/ トラブルはわが影法師(1946) :Kenneth Millar名義
  • Blue City(別題 Night Train)/青いジャングル(1947) :Kenneth Millar名義
  • The Three Roads/三つの道(1948) :Kenneth Millar名義
  • The Moving Target(別題 Harper)/動く標的(1949)
  • The Drowning Pool/魔のプール(1950) ★
  • The Way Some People Die/人の死に行く道(1951) ★
  • The Ivory Grin(別題 Marked for Murder)/象牙色の嘲笑(1952) ★
  • Meet Me at the Morgue(別題  Experience with Evil)/死体置場で会おう(1953)
  • Find a Victim/ 犠牲者は誰だ(1954) ★
  • The Name Is Archer/ わが名はアーチャー(1955):短篇集★
  • The Barbarous Coast/ 凶悪の浜(1956) ★
  • The Doomsters/ 運命(1958) ★
  • The Galton Case/ ギャルトン事件(1959) ★
  • The Ferguson Affair/ ファーガスン事件(1960)
  • The Wycherly Woman/ ウィチャリー家の女(1961) ★
  • The Zebra-Striped Hearse/ 縞模様の霊柩車(1962) ★
  • The Chill/ さむけ(1964)
  • The Far Side of the Dollar/ ドルの向こう側(1965) ★
  • Black Money/ ブラック・マネー(1966) ★ 
  • The Instant Enemy/ 一瞬の敵(1968) ★
  • The Goodbye Look/ 別れの顔(1969) ★
  • The Underground Man/ 地中の男(1971) ★
  • Sleeping Beauty/ 眠れる美女(1973) ★ 
  • The Blue Hammer/ ブルーハンマー(1976) ★
  • Lew Archer, Private Investigator(1977):短篇集★




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