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Margaret Atwood(1939 - )
マーガレット・アトウッド

 
カナダのオタワの生まれ。トロント大学、ラドクリフ・カレッジ、ハーヴァード大学に学び、21歳の時に処女詩集を発表した。70年代にはフェミニズム文学の旗手として注目された。詩、小説、評論など広い範囲で作品を発表するとともに、ブリティッシュ・コロンビア大学などで英文学を教えている。「The Blind Assassin」により2000年度のブッカー賞を受賞した。現代のカナダを代表する作家の一人。
 

 以下を紹介しています。クリックでリンクします。

1.The Blind Assassin/昏き目の暗殺者(2000)
2.The Handmaid's Tale/侍女の物語(1985)
(関連映画)闇の聖母 〜侍女の物語(1990)
3.The Testaments/誓願(2019)

参考Webサイト・主要作品リスト


1.The Blind Assassin/昏き目の暗殺者(2000)
難易度:☆☆☆

 2000年度ブッカー賞を受賞した作品で、深みのある内容、それに格調ある文章に魅了されました。
 小説は重層的な構造を持っていて、二つの主軸となるストーリーが交互に配置され、それぞれのストーリーは、さらに二つのストーリーから成っていて、計4つの物語の流れが独立に進行していきます。
 主軸となるストーリーの一つは、80歳を過ぎたアイリス・チェイスの一人称により語られるもので、そこでは現在の彼女の四季折々の日常と、彼女が書き綴る回想記とが並置され、回想記にはチェイス家の繁栄と没落の歴史と、その中でアイリスと妹ローラがどのように彼女たちを取り巻く世界と関わり合い、生きて来たかが記されていて、要所に挿入されたチェイス家に関する当時の新聞記事が、アイリスの叙述に一層の現実感を与えています。
 ストーリーのもう一つの流れは、ローラが書き残し、死後出版されて彼女に文学的名声をもたらした「Blind Assassin 盲目の暗殺者」という小説で、そこには、転々と住居を変えながら逃避行を続けている男と、男を愛し密会を重ねる富裕な女のストーリーと、さらに密会中に男が寝物語で女に聞かせる、別世界を舞台にしたファンタジーが同時進行していきます。この別世界では3つの太陽と5つの月が天を巡り、暗殺者として生きることを運命づけられた盲目の若者と、月の女神への人身御供として死を待つ身の娘が出会います。夜のイメージが濃いひんやりとした感触のこのファンタジーは、語り手の男と密会する女、二人の刹那(せつな)の愛を象徴しているかのようです。

Ten days after the war ended, my sister Laura drove a car off a bridge. The bridge was being repaired: she went right through the Danger sign. The car fell a hundred feet into the ravine, smashing through the treetops feathery with new leaves, then burst into flames and rolled down into the shallow creek at the bottom. Chunks of the bridge fell on top of it. Nothing much was left of her but charred smithereens.

 引用は小説の冒頭の文章で、開巻早々読者は、大戦終了後まもなく、ローラ(当時25歳)が彼女の運転する車の転落事故で死んだことが告げられます。当時、アイリスは実業家リチャードの妻でした。アイリスの父は、彼女の祖父が一代で興(おこ)したボタン(釦)製造事業を引き継ぎましたが、経済恐慌の中で厳しい経営を強いられ、18歳のアイリスと、17歳年の離れたリチャードの結婚は、父にとって経営危機を脱し家族を守るための最後の手段でした。
 父や夫や義姉に逆らわず従い、運命を甘んじて受け入れながらも、ある意味でしたたかに生きていくアイリスと、周囲に左右されず自身のペースで生きながら、自殺ともとれる不可解な死で短い生を閉じるローラ、この姉妹の対照的な生き方をアトウッドは、この小説の主要テーマとして浮き立たせています。

 アイリスは、回想記として、自身とローラの生きてきた道のりを書き始めたときには、なぜこれを書いているのか、誰に読んでもらいたくて書いているのか、自分でも分りませんでしたが、書き終えたとき、それらをはっきりと理解します。「あなたの為に書いていたのよ。だって、今これを必要としているのはあなた一人だけなのだから」

When I began this account of Laura's life ― of my own life ― I had no idea why I was writing it, or who I expected might read it once I'd done. But it's clear to me now. I was writing it for you, because you're the one ― the only one ― who needs it now.

 同時進行する二つのストーリーが、結末に向かいながら一つの意味に収斂していく時、最後にどのような像を結ぶことになるのか、読者を飽きさせないサスペンス溢れる小説でもあり、アトウッドの並々ならぬ力量を感じ取ることができる作品です。
 

2.The Handmaid's Tale/ 侍女の物語(1985)
難易度:☆☆☆

 And so I step up, into the darkness within; or else the light.
 そして私はステップを上がる。暗闇の中に、あるいは光の中へと。

 近未来世界を描いたディストピア(反ユートピア)小説です。
 近未来のアメリカでは、キリスト教原理主義者達が反政府革命を企て政権を奪い、宗教独裁国家ギリアデを樹立していた。新体制化では、人々の自由は失われ、特に女性の権利は完全に剥奪されてしまった。オフレッドは新体制から逃れる為、夫とまだ小さかった娘とともに国境を越え、逃亡を図ったが失敗し、夫は射殺され、娘とは離れ離れにされてしまった。
 排出された汚染物質、原子力発電所の事故による放射能汚染、薬害などにより新生児の出生率が著しく低下していたこの社会では、オフレッドのような妊娠可能とみなされた女性は、「侍女」として再教育された後、支配階級の子供を産むための道具として、高官の自宅に派遣され愛を伴わない性行為を強いられた。
 ギリアデ独裁政権は、この代理妻制度を旧約聖書「創世記」に記されたヤコブと妻のラケルに関する次のようなエピソードにより正当化していて、召使いを含めた一家全員を集めての儀式の際にも、毎回司令官によりこの部分が朗読されていた。

 ラケルは自分がヤコブに子供を生まないのを見て姉を妬(ねた)み、ヤコブに向かって言った。「わたしに子供を下さい。さもないとわたしは死んでしまいます」。ヤコブはラケルに向かって怒りを発して言った、「わたしに神様のかわりが出来るものか。胎(たい)の実をお前に拒み給うのは神様なのだ」。ラケルが言うには「ここにわたしの婢(はしため)のビルハがいますから、あれの所にお入りなさい。あれが子を生んでわたしはわたしの膝にその子を受け取ります。そうしたらわたしもあれによって子供を得ることになります」。
「創世記」第30章/岩波文庫('67改版)


 オフレッドと派遣先の司令官との性行為は、彼の妻も参加する儀式とされ、愛という感情の介在する余地を排除していました。
 着衣でベッドに横たわった司令官の妻セリーナが足を開き、上着を着たオフレッドが彼女の腹に頭を載せて寝て、セリーナはオフレッドが上に伸ばした両手を握り、二人の一体性を示す形で司令官を受け入れた。

The Ceremony goes as usual.
I lie on my back, fully clothed except for the healthy white cotton underdrawers. (中略)
Above me, towards the head of the bed, Serena Joy is arranged, outspread. Her legs are apart, I lie between them, my head on her stomach, her pubic bone under the base of my skull, her thighs on either side of me. She too is fully clothed.
My arms are raised; she holds my hands, each of mine in each of hers. This is supposed to signify that we are one flesh, one being. What it really means is that she is in control, of the process and thus of the product. If any. The rings of her left hand cut into my fingers. It may or may not be revenge.
My red skirt is hitched up to my waist, though no higher. Below it the Commander is fucking.

 狂信的な独裁政権の下で自由が抑圧され、監視下におかれ、常に密告、摘発、処刑の恐怖に怯えながらの悪夢のような生活が緻密に描かれているところが、なにより興味深く、又そうした徹底した管理下での限界状況の中でも何とか人間性を維持しようとする人々(体制側の司令官でさえ)の心の動きが印象に残りました。
 更には、ここに描かれているギリアデ共和国のように、ヒットラーのようなカリスマ的な独裁者を必要としない、狂信的な一党独裁政権実現の可能性が真実味を持って迫り、アフガニスタン前政権の例はいうまでもなく、こうした社会が近未来において決して絵空事とは言えないというところが不気味です。
 
(映画)闇の聖母 〜侍女の物語/The Handmaid's Tale(1990・米/独)
(監)フォルカー・シュレンドルフ (脚)ハロルド・ピンター (音)坂本龍一
(演)ナターシャ・リチャードソン、フェイ・ダナウェイ、ロバート・デュバル、エリザベス・マクガバン

 全体として原作に沿った物語の展開ですが、独裁国家ギリアデの狂信的な側面の描写が薄らいでいて、雰囲気としてナチス・ドイツのような感じとなっていました。監督がドイツ出身であることとか、あるいは宗教的なところにはあまり深入りしたくなかったのかもしれません。反面、原作ではそれほどページが割(さ)かれていない、オフレッドと司令官付きの運転手ニックとの関係にスポットライトが当てられています。
 オフレッドを演じたナターシャ・リチャードソン、司令官役のロバート・デュバル、彼の妻を演じたフェイ・ダナウェイなど、なかなかのキャストで、また脚本を書いたハロルド・ピンターは、イギリスの現代演劇を代表する劇作家の一人であり、原作の映像化としてとくに不満はありませんが、緊迫感において今一歩というところで、残念ながら原作を超えることはできなかったようです。坂本龍一による弦楽とキーボードによるエンディングの音楽は美しかった。


3.The Testaments/誓願(2019)
難易度:☆☆
35年ぶりに書かれた「侍女の物語」の15年後の物語です。昨年の英国ブッカー賞受賞作。
前作と関わりを持つ3人の女性(いずれも侍女ではない)の叙述により3つの物語が並行して描かれ、クライマックスに向かって次第に収斂していく展開が圧巻です。

アトウッドは「謝辞」の中で、本作を書いた動機として「侍女の物語」の続きを知りたいという読者の要望に答えたかった、35年が経過する中で社会が変化して可能性と考えられたことが現実化し答えも変化した、米国を含む多くの国の市民が30年前よりも多くのストレスにさらされている、と述べています。

35years is a long time to think about possible answers, and answers have changed as society itself has changed, and as possibilities have become actualities. The citizens of many countries, including the United States, are under more stresses now than they were three decades ago.


(次回紹介予定)Cat's Eye/キャッツ・アイ(1988)
 

amazon.com.jp より

Book Description
Returning to the city of her youth for a retrospective of her art, controversial painter Elaine Risley is engulfed by vivid images of the past. Strongest of all is the figure of Cordelia, leader of the trio of girls who initiated her into the fierce politics of childhood and its secret world of friendship, longing, and betrayal. Elaine must come to terms with her own identity as a daughter, a lover, an artist, and a woman-but above all, she must seek release from Cordelia's haunting memory. Disturbing, hilarious, and compassionate, Cat's Eye is a breathtaking contemporary novel of a woman grappling with the tangled knot of her life.


参考Webサイト・主要作品リスト
○ 関連出版リスト : 洋書和書
○ 参考資料
 ・マーガレット・アトウッド(Wikipedia)
 ・Margaret Atwood(Wikipedia 英語)
 ・マーガレット・アトウッド (現代作家ガイド)
   
○ 主要作品リスト
(小説)
  • The Edible Woman/食べられる女(1969)
  • Surfacing/浮かびあがる(1972)
  • Lady Oracle(1976)
  • Dancing Girls/ダンシング・ガールズ(1977):短篇集
  • Life before Man(1979)
  • Bodily Harm(1981)
  • Murder in the Dark(1983)
  • Bluebeard's Egg/青髭の卵(1983):短篇集
  • The Handmaid's Tale/侍女の物語(1985)
  • Cat's Eye/キャッツ・アイ(1988)
  • Wilderness Tips(1991)
  • Good Bones and Simple Murders(1992)
  • The Robber Bride/寝盗る女(1993)
  • Alias Grace(1996)
  • The Blind Assassin/昏き目の暗殺者(2000) :ブッカー賞受賞
  • Oryx and Crake(2003)
  • The Penelopiad(2005)
  • The Tent(2006):短篇集
  • Moral Disorder(2006):短篇集
  • The Year of the Flood/洪水の年(2009)
  • MaddAddam (2013) (Third novel in Oryx and Crake trilogy)
  • Scribbler Moon (2014)
  • The Heart Goes Last (2015)
  • Hag-Seed /獄中シェイクスピア劇団(2016)
  • The Testaments /誓願(2019):ブッカー賞受賞
(子供向け)
  • Up in the Tree(1978)
  • Anna's Pet[with Joyce Barkhouse](1980)
  • For the Birds(1990)
  • Princess Prunella and the Purple Peanut(1995)
  • Rude Ramsay and the Roaring Radishes (2003)
  • Bashful Bob and Doleful Dorinda (2006)
(ノン・フィクション)
  • Survival:A Thematic Guide to Canadian Literature/生き残る(1972)
  • Days of the Rebels 1815-1840(1977)
  • Second Words(1982)
  • Strange Things: The Malevolent North in Canadian Literature(1996)
  • Two Solicitudes: Conversations [with Victor-Levy Beaulieu](1998)
  • Negotiating with the Dead: A Writer on Writing (2002)
  • Moving Targets: Writing with Intent, 1982?2004 (2004)
  • Writing with Intent: Essays, Reviews, Personal Prose--1983-2005 (2005)
  • Payback: Debt and the Shadow Side of Wealth (2008)
(詩)
  • Double Persephone(1961)
  • The Circle Game(1966)
  • The Animals in That Country(1968)
  • The Journals of Susanna Moodie/スザナ・ムーディーの日記(1970)
  • Procedures for Underground(1970)
  • Power Politics(1971)
  • You Are Happy(1974)
  • Selected Poems(1976)
  • Two-Headed Poems(1978)
  • True Stories(1981)
  • Interlunar(1984)
  • Selected Poems U:Poems Selected and New 1976-1986(1986)
  • Morning in the Burned House(1995)
  • Eating Fire: Selected Poems, 1965?1995 (UK,1998)
  • The Door (2007)

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