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Graham Swift(1949- )
グレアム・スウィフト

ロンドンの生まれ。ケンブリッジ、ヨーク大学卒業後、教員生活を経て作家活動に入った。「ウォーターランド」('83)で注目され、本作品はガーディアン・フィクション賞を始め、いくつかの賞を受賞し、ブッカー賞にもノミネートされた。「ラスト・オーダー」により'96年度ブッカー賞を受賞した。


作家にとって小説は旅みたいなもの。小説の旅は発見であり、胸を躍らせ、予想もつかないことが起こる。執筆前に、緻密な計画を立てるわけではないし、理路整然としたことばかり考えるわけでもない。だが、これまで小説を手掛けた経験から、自分の本能をいつも信じている。
グレアム・スウィフト/「来たるべき作家たち」(新潮ムック '98)



1.Last Orders/ラストオーダー(1996)
難易度:☆☆☆

 '96年度ブッカー賞受賞作です。
 肉屋のジャックが胃癌で死んだ。彼は死の数日前、自分が死んだら遺灰をマーゲイト桟橋から海へ撒いてくれと書いた手紙を妻のエイミーに渡していた。それがジャックの最後の頼み(last order)だった。自分にはできないと、エイミーはジャックの戦友で元保険屋のレイに代行を頼んだ。

(以下はレイ の一人称による文章)
 It says he wants his ashes to be chucked off the end of Margate pier.(It:手紙のこと)
 It don't even say, 'Dear Amy'. It says, 'To whom it may concern'.
 (中略)
 She says, 'I can't do it, Ray. I mean - thank you. But I don't want to do it anyway.'
 (中略)
 It's not for me to say it but I say it: 'A dying man's request, Amy.'
 She looks at me. 'Will you do it, Ray?' Her face looks emptied out. 'That way it's done, isn't it? That way his wish gets carried out. He only says, "To whom it may concern", doesn't he?'
 I pause for just a bit. 'Okay, I'll do it. Course I'll do it. But what about Vince?'
 'I haven't told Vince. About this, I mean.' She nods at the letter. 'I'll tell him. Maybe you and him ―'
 I say, 'I'll talk to Vince.'

 レイは、ジャックの養子で中古車ディーラーのヴィンスと、ジャックとは旧知の間柄の葬儀屋のヴィック、八百屋のレニーの3人と一緒に、彼の遺灰を納めたつぼを持って、ヴィンスの車でマーゲイト桟橋へ向かった。
 
 マーゲイトへの道すがら、彼らは今まで生きてきた自分の過去、そして今ある自分に思いを馳せ、それらと道中の様子が短い章立てで、各人の一人称により交互に語られていきます。車がマーゲイトに近づくにつれ、次第に明らかにされてくる彼らがたどった人生の様相。ジャックの長年の友人だったレイ、ヴィック、レニーは、皆70歳を間近にしていました。今まで生きてきて、自分は何を失い、何を得たのだろう....仕事、家族、愛.... 
 彼らの歩んできた華々しさとは無縁の"普通の人生"の重みが胸をつきます。
 
(参考)
4人が途中で立ち寄ったカンタベリー大聖堂の公式ページ: http://www.canterbury-cathedral.org/
彼らが車を降り、大聖堂に向かう場面 ;
We turn another corner and there's an old arch and we go through it and suddenly there's nothing in front of us except the cathedral itself, and a few bits of chained-off lawn and cobbles and people walking.
It's a big building, long and tall, but it's like it hasn't stretched up yet to its full height, it's still growing. It makes the cathedral at Rochester look like any old church and it makes you feel sort of cheap and titchy. Like it's looking down at you, saying, I'm Canterbury Cathedral, who the hell are you?


2.Waterland/ウォーターランド(1983)
難易度:☆☆☆

 What's real? All a story. Only a story . . .

 トムは52歳の中学の歴史教師。彼は妻メアリーが起こした事件を口実に校長から辞職を迫られていた。トムは32年間の教師生活を締めくくる授業の教壇に立ち、生徒たちに向かって言った。「子供たち、世界を受け継いでいく君ら、聞いてくれ、先生の最後の話を」。

Children. Children, who will inherit the world.
Children, before whom I have stood for thirty-two years in order to unravel the mysteries of the past, but before whom I am to stand no longer, listen, one last time, to your history teacher.

 トムはいつもの歴史の授業から離れて、彼の祖先と現在に至る彼自身の生について語り始めます。それらはトムが生まれ育ったイングランド東部の低湿地帯フェンズ地方の発展と深く結びついた母方のアトキンス一族の幾世代にもわたる興亡の歴史であり、この地に暮らした人々のウォーターランドの自然との関わりの歴史であり、そしてトム自身の少年時代のエピソードの数々(父母と兄、メアリーとの出会い、友人フレディの死など)でした。

 過去の様々な時代と現在とが交錯して読者の前に提示され、初めのうちは物語に没入するのに苦労しましたが、トムの語りが進むにつれジグソーパズルのように物語の断片が形を成して全体の様相が明らかになり、各々の時代にフェンズに生きた人々それぞれの歴史が胸に迫ってきて感動をもたらす作品でした。
 この小説では、とりわけ三人の女性の姿が心に強く残りました。いずれも美しく、魅力的で、そしてかなしみを内に抱いた女性たちでした。
 サラ Sarah : フェンズ地方で干拓事業を手掛け、ビール醸造により財を成し、この地の名士となったアトキンス一族の繁栄を象徴する女性でしたが悲劇的な事件を経て92才まで生き、死後には神話的な存在となりました。
 トムの母ヘレン Helen : アトキンス一族最後の輝きを放った女性でした。実の父(トムの祖父)と未来の夫(トムの父)に愛された彼女はトムが9歳の時に亡くなってしまいますが、物語が持つ力を信じていた彼女の精神はトムに受け継がれました。
 メアリー Mary : 性的好奇心に溢れ、奔放で、周囲の少年たち全員の心を捉えた少女時代の輝きと、トムの妻となり過去の重さがもたらす現在の彼女の心の闇のコントラスト。

 歴史の授業に無理解な校長や、歴史を学ぶことに何の意義も見出せない生徒に対して、トムは彼自身と彼に関わる人々について語り続けます.....歴史とは個人の生と死と無縁なものではなく、逆にひとりひとりの物語が歴史を築き上げていくものだということ、歴史を学ぶということは過去の過ちを知りその教訓を未来に生かすということでもあること、そしてたとえ歴史がめぐりめぐって過去と同じ過ちを繰り返したとしても(それが極めてしばしば起こることであるとしても)、そこで生きた人々の生の輝きを損なうものでないことを彼らに、そして自分自身に納得させるために。

(参考)
・アトキンス家 家系図 :途中から作り始めたので完全ではありません。



(映画)秘密/Waterland(1992)('92・英米)
(監)スティーブン・ギレンホール (演)ジェレミー・アイアンズ、イーサン・ホーク

 原作の設定と大きく異なるのは、トムとメアリーが現在暮しているのがアメリカのピッツバーグとなっている点ですが(なぜだろう?)、これが原作と映画のストーリー展開の差に影響を与える要素にはなっていません。
 過去のフェンズにおける描写については、トムとメアリー、トムの兄のディックの3人が関連するエピソードに焦点を絞り込み、すっきりとまとめたのは映画化として成功していると思います。原作と同様に現在と過去の場面が交互に配置されていますが、原作にはなかった演出として、トムが教える歴史のクラスの生徒たちが、トムに連れられ時間と空間を越えて過去のフェンズに赴くシーンがありました。生徒たちがトムの語る物語を体感しているということの表現と考えられますが、面白いアイディアだと思うし、違和感は全くありませんでした。
 原作自体が殺人、非合法堕胎、近親相姦、嬰児誘拐など内容的に暗い題材を扱ったストーリーですが、この映画ではラストのフェンズでのトムとメアリーのシーン(原作と異なる)、それとフェンズの茫漠とした広がりの風景を始めとする映像の美しさにより、それらが幾分か救われているようでした。
 現在のトムを演じたジェレミー・アイアンズはこれ以上は望み得ないくらいの適役であり、少年/少女時代のトム、メアリーや歴史の授業に批判的な生徒プライスを演じたイーサン・ホークをはじめとする配役も内容にふさわしいものでした。原作とは別個の独立した作品として評価できる映画だと思います。
 

(次回紹介予定)Out of This World/この世界を逃れて(1988) 

出版社/著者からの内容紹介
かつて著名な報道写真家であった父、精神のバランスを失った娘――交互に語られるモノローグによって、彼らの生の断片が、ねじれた愛の物語が紡ぎだされ、“この世界”の状況が鮮烈に浮かび上がる……今、イギリスで最も注目を集める作家スウィフトが放つ、力強い傑作小説。

内容(「BOOK」データベースより)
著名な報道写真家であった父とその娘―。ふたりのモノローグによって、三代にわたる親子の葛藤が、そして二十世紀という時代が、鮮かな語られる…。感動的な物語。

参考Webサイト・主要作品リスト
○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書
○ 参考資料
 ・グレアム・スウィフト(Wikipedia)
 ・Graham Swift(Wikipedia 英語)

○ 主要作品リスト
  • The Sweet-Shop Owner(1980)
  • Shuttlecock(1981)
  • Waterland/ウォーターランド(1983)
  • Out of This World/この世界を逃れて(1988)
  • Ever After(1992)
  • Learning to Swim and Other Stories/グレアム・スウィフト短編集(1982)
  • Last Orders/ラストオーダー(1996)
  • The Light of Day(2003)
  • Tomorrow (2007)
  • Chemistry (2008) :短編集
  • Making an Elephant: Writing from Within (2009)
  • Wish You Were Here (2011)

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