PAPERBACK GUIDE 

Ian McEwan(1948 - )
イアン・マキューアン

 英国に生まれ、軍人だった父親の仕事の関係で、少年時代をシンガポール、リビアなどの外国で過ごした。サセックス大学卒業後、イースト・アングリア大学の創作過程に学んだ。修士論文として書かれた短篇は、最初の短篇集「最初の恋、最後の儀式」に収録され、この短篇集はサマセット・モーム賞を受賞した。また長編「アムステルダム」は、98年度のブッカー賞を受賞している。小説のほか、テレビや映画の脚本も手掛けている。



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 1. Atonement/贖罪 (2001)
   難易度:

 
2001年度ブッカー賞ノミネート作品です。前作の1998年のブッカー賞受賞作「アムステルダム」が、現代を舞台にした、軽妙で、ブラック・ユーモア的な味わいの作品であったのに対し、本作は一転して60年以上の長いスパンの中で、運命に翻弄される人々の心理、葛藤を描いた重厚な作品となっています。いろいろな意味での驚きもあって、読み終えた後に長く余韻の残る作品でした。
 全体は時代的に3つの部分から構成されていて、1935年夏にイギリスの地方の中産階級であるタリス家で起きた出来事、それから5年後の第2次大戦中の主要人物たちの動向、そして最後に1999年のロンドンとなっています。大戦時の描写では、前線の兵士達の撤退の様子や、ロンドンの傷病兵を収容した病院の悲惨な状況の描写が真に迫っていました。
 第1部では、1935年の夏、タリス家の末っ子で13歳の感受性豊かなブライオニーにとっての少女時代の終わりを告げるとともに、居合わせた人々のその後の運命を大きく変えた一日の出来事が描かれています。

 The play ― for which Briony had designed the posters, programmes and tickets, constructed the sales booth out of a folding screen tipped on its side, and lined the collection box in red crepe paper ― was written by her in a two-day tempest of composition, causing her to miss a breakfast and a lunch. When the preparations were complete, she had nothing to do but contemplate her finished draft and wait for the appearance of her cousins from the distant north.There would be time for only one day of rehearsal before her brother arrived.

 小説冒頭からの引用です。兄のレオンがロンドンから帰って来るのを歓迎する為に作った劇「アラベラの試練」の上演の準備に意気込んでいるブライオニーの様子が描写されています。そうこうするうちに、両親が離婚した為に、しばらくタリス家に預けられることになった従姉弟達、ローラ(15歳)と双子の兄弟(9歳)が到着し、ブライオニーは彼らに役を振り、劇の練習をしますが、思うにまかせず落ちこんでしまいます。そんなとき、彼女は10歳年上の姉セシーリアに対して、姉の幼友達のロビーが不可解な行動をする場面に何度か遭遇し、ブライオニーはそれらをロビーが姉に危害を加えようとしていると誤解して、彼に対する不信感を募らせていきます。ロビーは、タリス家の掃除婦の息子で、ブライオニーの父から学資を出してもらってセシーリアと同じケンブリッジで学び、さらに医学校に進学しようとしていました。
 その夜、従弟の双子が家出をして、皆で屋敷の周辺を捜しているときに、ブライオニーは何者かにレイプされたローラを発見します。

 ブライオニーが「襲ったのはロビーだったのね?」と聞いたが、ローラは答えなかった。「ロビーだったんだ」と断言するブライオニーに顔を向けて、ローラは「あなたは見たのね」と言った。

 'It was Robbie, wasn't it?'
 The maniac. She wanted to say the word.
 Lola said nothing and did not move.
 Briony said it again, this time without the trace of question. It was a statement of fact. 'It was Robbie.'
 Though she had not turned, or moved at all, it was clear that something was changing in Lola, a warmth rising from her skin and a sound of dry swallowing, a heaving convulsion of muscle in her throat that was audible as a series of sinewy clicks.
 Briony said it again. Simply. 'Robbie.' (中略)
 At last Lola turned slowly to face her.
 She said, 'You saw him.'

 ブライオニーは立ち去る男のシルエットを垣間見ただけでしたが、持ち前の想像力を発揮して、それはロビーに違いないと確信します。 彼女の目撃証言によりロビーは逮捕され、彼を愛するセシーリアは、ロビーを弁護しなかった家族と絶縁することになります。5年後、18歳になったブライオニーは、事件の日に自分が見聞きした出来事の真の意味と、自らが犯した過ちに気づき、ロビーとセシーリアに対する償い(atonement)の道を見出そうとします。そして、後年著名な作家となったブライオニーが果たそうとする償いとは何だったのか。
 小説の中の印象的な個所の一つに、ブライオニーの77歳の誕生パーティーで、あの64年前の運命の日に結局演じられることのなかったロマンス劇「アラベラの試練」が、彼女の血縁の子供たちによって初めて披露される場面がありました。この個所を読んだときに、小説冒頭の13歳の少女のブライオニーが劇の準備をしている姿が脳裡に再び甦って来ました。そしてそれは年老いたブライオニーにとっても同様の思いでした。
 
 Suddenly, she was right there before me, that busy, priggish, conceited little girl, and she was not dead either, ......
 
(映画) つぐない Atonement (2007)
(監)ジョー・ライト (演)キーラ・ナイトレイ(セシーリア)、ジェームズ・マカヴォイ(ロビー)、シアーシャ・ローナン(13歳のブライオニー)、ロモーラ・ガライ(18歳のブライオニー)、ヴァネッサ・レッドグレーヴ(晩年のブライオニー)
 アカデミー賞作曲賞受賞 映画シーン  

 脚本、演出、配役、音楽のいずれも原作のエッセンスを損なうことなく再現していました。原作の映画化として、これ以上は望めないレベルだと思います。キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイも適役でしたが、繊細で傷つきやすく無垢ゆえに冷酷な行動をとらざるを得なかった13歳のブライオニーを演じたシアーシャ・ローナンが素晴しかった。アカデミー助演女優賞にノミネートされたのも当然だと思います。また、晩年のブライオニーを演じたヴァネッサ・レッドグレーヴが見せる表情の演技は圧巻で、まさに名女優が到達した境地と言えると思います。
 映像に寄り添うような音楽も印象的でした。ブライオニーがフランス兵士の死を看取る場面では、ドビュッシーの「月の光」が使われていました。タイプライターの音が入るのは、全体がブライオニーの小説であることを暗示しているのでしょう。海岸をセシーリアとロビーが寄り添って歩くラストシーンが哀切きわまりなく、胸を打ちました。

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 2. Amsterdam/ アムステルダム(1998)
    難易度:

 1998年度ブッカー賞受賞作品です。
 著名な作曲家クライヴ、高級紙「The Judge」の編集長ヴァーノン、外務大臣ガーモニー、彼らがかつて愛した女性モリーが死んだ。小説の冒頭は、モリーの葬儀で彼ら3人が顔を合わせる場面となっています。
 モリーは、まだ40代でしたが急速に痴呆が進行する病気で亡くなり、彼女が撮ったガーモニーのスキャンダラスな写真が処分されずに残り、これをヴァーノンが手に入れ、低迷している「The Judge」の発行部数打開の切り札としようと画策します。
 一方クライヴは、自分がモリーのような痴呆性の病気に罹ることを恐れ、友人のヴァーノンに、自分がもしモリーのような病気になってひどい間違いを犯したり、物の名や自分が誰なのか分らなくなったら、安楽死させてくれと頼みます。

 "Just supposing I did get ill in a major way, like Molly, and I started to go downhill and make terrible mistakes ― you know, errors of judgement, not knowing the names of things or who I was, that kind of thing. I'd like to know there was someone who'd help me to finish it . . . I mean, help me to die. Especially if I got to the point where I couldn't make the decision for myself, or act on it. So what I'm saying is this. I'm asking you, as my oldest friend, to help me if it ever got to the point where you could see that it was the right thing. "

 後日、ヴァーノンからも同様の提案があり、二人は奇妙な安楽死協定を結ぶことになります。この協定が、果たしてどのような結末を彼らにもたらすのか。
 小説のタイトルは、クライヴが作曲した西暦2000年祝典の交響曲の初演が行なわれるアムステルダムが、小説のクライマックスとなっていることに拠っています。
 この作品は、現代のエリート達の生態をシニカルなタッチで描いていて、政治、マスコミ、文化の代表者たる彼ら3人が織りなす狂騒曲といった趣があります。恐らくは、ここに描かれた狂死への恐れ、肥大した自尊心、地に落ちた倫理感、地位・権力・名声への執着などに象徴されるのが、マキューアンが捉えた現代人の様相ということなのでしょう。
 
 
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(紹介予定) Enduring Love/愛の続き(1997)

内容(「BOOK」データベースより)
科学ジャーナリストの「ぼく」は、英文学者の恋人とピクニックにでかけ、気球の事故に遭遇する。一人の男が墜落死し、その現場で「ぼく」は奇妙な青年パリーに出会う。事件後のある夜、パリーが電話をしてくる。「あなたはぼくを愛している」と。それから彼は「ぼく」に執拗につきまとい始める。狂気と妄想が織りなす奇妙で不思議な愛のかたちを描いた、ブッカー賞作家の最高傑作。
映画化作品:「Jの悲劇」
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○ 参考資料
 ・イアン・マキューアン(Wikipedia)
 ・Ian McEwan(Wikipedia 英語)

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○ 主要小説作品
  • First Love, Last Rites/最初の恋、最後の儀式(1975) 短篇集、サマセット・モーム賞受賞
  • In Between the Sheets/ベッドの中で(1977) 短篇集
  • The Cement Garden/セメント・ガーデン(1978)
  • The Comfort of Strangers/異邦人たちの慰め(1981)
  • The Child in Time/時間の中の子供(1987)
  • The Innocent/イノセント(1990)
  • Black Dogs/黒い犬(1992)
  • The Daydreamer/夢見るピーターの7つの冒険(1994)
  • Enduring Love/愛の続き(1997)
  • Amsterdam/アムステルダム(1998):ブッカー賞受賞
  • Atonement/贖罪(2001)
  • Saturday/土曜日 (2005)
  • On Chesil Beach/初夜 (2007)
  • Solar (2010)
○映画シナリオ


 
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