PAPERBACK GUIDE 

Steven Millhauser(1943 - )
スティーヴン・ミルハウザー

 アメリカの作家。コロンビア・カレッジ、ブラウン大学で学ぶ。 "Martin Dressler" で1997年度ピューリッツァ賞を受賞している。現在彼は、ニューヨーク州 Saratoga Springs に妻と二人の子どもと共に住み、スキッドモア・カレッジで英文学を教えている。





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 1. In the Penny Arcade/ イン・ザ・ペニー・アーケード(1985)
   難易度:

3部から成る中短篇集で、以下のような構成となっています。


第1部 (中篇): "August Eschenburg/ アウグスト・エッシェンブルク"
第2部(短篇):"A Protest Against the Sun/ 太陽に抗議する"、"The Sledding Party/ 橇滑りパーティー"、"A Day in the Country/ 湖畔の一日"
第3部(短篇):"Snowmen/ 雪人間"、"In the Penny Arcade/ イン・ザ・ペニー・アーケード"、"Cathay/ 東方の国"

これらの中で、とくに印象に残った作品3篇を紹介します。


○ August Eschenburg/ アウグスト・エッシェンブルク
 精緻きわまりない描写で、読み手に幻想的なイメージを喚起させるミルハウザーの特徴が最も明確に現れているのがこの中篇であり、この作品集の中での白眉といっていいと思います。
 この作品は19世紀のドイツが舞台となっています。アウグストの父親は時計作りの職人でした。小さい頃から父親の仕事を手伝っていたアウグストは、時計の精妙なメカニズムに魅せられていましたが、14歳の誕生日に観たぜんまい仕掛けで複雑な動きをする自動人形に驚き、父の助けも得て自分でも自動人形作りに夢中になります。
 アウグストの人形がいかに精妙な動作をしたかについての描写から;

 アウグストが16歳の時に父ヨーゼフに贈った自動人形は、父の手ほどの大きさだった。その小さな肉付きの良い男は燕尾服とベストを見事に着こなし、頬ひげを生やし、眉毛が濃く、遠近両用のメガネをかけ、金時計の鎖がベストポケットから垂れていた。父が人形を机の上に置き、袖の下に隠れたレバーに触れ、離すと人形は3歩進み、止まった。人形はベストのポケットから時計を取り出し、それを顔の近くまで持っていき、濃い眉を上げ、時計をポケットに戻した。そして彼は6歩進み、ポケットから時計を取り出し、それを顔の近くまで持っていき、濃い眉を上げ、もう一方の腕を上げ、自分の額を叩いた。頭を振りながら、彼は時計を元に戻した。人形は、こうした一連の動作を繰り返し、3分間動作した。

 The plump little fellow was impeccably dressed in the manner of a fashionable burgher, in a tailcoat and vest; he had sidewhiskers and bushy eyebrows and wore a pair of bifocals low on his nose. A gold watch-chain hung in a graceful festoon from vest-pocket to vest-button. Jpseph nodded his head slowly in admiration, and August strove to conceal his excitement as his father placed the little man on a table. A small lever was hidden beneath one sleeve. Joseph touched the lever and quickly removed his hand.The little burgher took three steps forward, and stopped. He brought the watch close to his face, raised his bushy eyebrows, and returned the watch to his vest-pocket. He took six steps forward, and stopped. He reached into his vest-pocket and removed his watch. He brought the watch close to his face, raised his bushy eyebrows, lifted his other hand and slapped himself on the forehead. Shaking his head, he replaced his watch. He took three steps forward, and repeated the first set of motions. He took six steps forward, and repeated the second set of motions. It lasted three minutes.

 人形の持っていたミニチュア時計は正確に時を刻んでいた!父は喜び、人形をショー・ウィンドウに飾り、その後新たに加わった人形と共に町の評判となります。ある日ベルリンで百貨店を経営している男がやって来て、アウグストの才能発揮のためベルリンに来るよう父親を説得します。こうして18歳で一人ベルリンにやって来たアウグストは、より優雅で精妙な自動人形を作ることに全霊を打ち込みます。
 アウグストが自動人形へ寄せる情熱は、現実世界の外にもうひとつ別の、それ自身で閉じられた、完璧な世界を構築しようという偏執的ともいえる途方もない企てのようにも感じられます。こうした現実離れした情熱が世俗的な成功に結びつくことはありえず、アウグストの人形は模倣され、大衆化され堕落し、やがてアウグストはベルリンを去ることになります。
 ミルハウザーの精緻な描写は、読者に対してアウグストの抱く理想の自動人形制作への情熱を現実感のあるものとしていますが、ミルハウザー自身もまた文章による別世界の構築への見果てぬ夢を追っているのではないかという気さえ覚えます。


○ In the Penny Arcade/ イン・ザ・ペニー・アーケード
 僕は12歳の誕生日の夏の日、2年ぶりに遊園地のペニー・アーケードを訪れた。かつてあんなにも僕を夢中にさせた神秘をそこに見出すことはできなかった。
 僕には間違って別のアーケードに入り込んでしまったのに違いないように思えた。遊園地の別の場所にもう一つのアーケードがあるのではないか、小さい頃の僕を魅了した本当のペニー・アーケードが。

 It seemed to me that I must have walked into the wrong arcade; I wondered whether there was another one in a different part of the amusement park, the true penny arcade that had enchanted my childhood.

 誰もが一度は持っていた魔法と神秘に満ちた幼年時代の魂を二度と取り戻すことはできないのだろうか。もう一度ペニー・アーケードの住民たちと心を通わせることはできないのだろうか。


○ Cathay/ 東方の国
 帝が治める東方の国の幻想的な風物を20余りの断章で描いた詩的な作品。

 宮殿に住む12羽の金箔でできた歌う鳥たち、純白の雲、帝が眠れぬ夜に散歩するための長い長い廊下、

 宮殿中いたるところに砂時計が置かれ、無数の広間、部屋、廊下のひとつに立ち、夜の沈黙の中で耳を傾ければ、かすかな、そして途絶えることのない砂時計を落ちる砂の音を聞くことができる。

 It is said that if you stand in any of the myriad halls, chambers, and corridors of the Imperial Palace, and listen intently in the silence of the night, you can hear the faint and neverending sound of sand sifting through hourglasses.

 神秘な帝の側室たち、おかかえの二人の小人、瞼(まぶた)に描かれる細密画、山の洞窟と海の底に住む龍、

 広大な宮殿を忠実に再現したミニチュア宮殿、拡大鏡で覗くと小さなテーブルほどのミニチュア宮殿には、無数の正確に再現された家具や、食器や鋏を見ることができる。ミニチュア宮殿の中の翡翠のテーブルの上には、さらにもう一つのミニチュア宮殿があり、裸眼ではほとんど見ることができないが、この第二のミニチュア宮殿の中にも宮殿が再現されているのだと言われている。

 夏の夜の美しさ、醜女たち、浮かぶ島、鏡、宮殿の広大さ、

 白い雪原の中の帝の青い馬たち、

 The Emperor's blue horses in a field of white snow.

 東国のかなしさは、豊かで深青の夏の午後の深さに秘められたかなしさ、花開く梅の木に注ぐ日ざしのかなしさ、笑っている美しい少女の瞳の中のかすかな紫の影の如くあるかなしさ。

 Our sorrow is the sorrow hidden in the depth of rich, deep-blue summer afternoons, the sorrow of sunshine on the blossoming plum tree, the sorrow that lies like a faint purple shadow in the iris of a beautiful, laughing girl.

 象牙でできた迷宮の玩具、野蛮人、魔術師の試合。

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 2. Enchanted Night (1999) '02年8月現在未翻訳
    難易度:☆☆

 This is the night of revelation. This is the night the dolls wake. This is the night of the dreamer in the attic. This is the night of the piper in the woods.

 すべてが顕(あら)わになる夜だ。人形たちが目覚める夜。屋根裏部屋で夢想する者の夜。森の笛吹きの夜だ。

 コネチカット州南部のある町の夏の暑い夜、満月に近い月明かりに照らされた夜半から夜明けまでの出来事を、70余りの断章で描いています。それぞれの出来事は、現実的なものもあり、夢見られたかのような非現実的なものもあり、全体を統一するストーリーはなく、ミルハウザーの繰り出す詩的な文章に、ひと時の間酔いしれる快感を味わう作品と言っていいでしょう。

 真夜中、少女は月明かりに身をさらす衝動を押さえきれずベッドを抜け出す。人生に疲れ屋根裏で夢想する中年男も、老婦人も、恋人たちも、少年も月夜の中に出て行く。
 ショーウィンドーのマネキンが月の光の下で目覚める。

 Under the rays of moonlight, her hidden life is awaking. There is a tremor in her fingers; one hand bends slightly at the wrist. Behind her sunglasses, slowly her eyelids close and open.

 黒マスクをした少女たちは家々に侵入し、子供たちが目覚め牧神の奏でる音楽に誘われて森に入り、屋根裏の人形たちが目覚め月明かりの中で踊り出し、月の女神が降り立ち少年に触れる.... 
 14歳の少女ローラは、月明かりの中で裸になり仰向けに横たわる。私を解き放して、月よ。私を解き放ってよ.....

 Free me, moon. Free me. The pine needles tickle her tense buttocks, her shoulders, the backs of her legs. The air is cool on her stomach. She wants to be consumed by moonlight. She thinks: this is insane, if anyone finds out. She thinks: I don't care I don't care I don't care. Then she lets go. Wrapped in light, invisible, she offers herself to the blazing moon.

 やがて、夜明けの女神を乗せた馬車が東の空に昇るとき、すべてが元に戻る。何事も起こらなかったかのように。

 一貫したストーリーはありませんが、月が喚起するイメージを主題とした作品であることは間違いなく、それらはいずれも幾分かの狂気を内に孕(はら)んだ幻想、生命力、官能性といったものであると思われます。

 

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(次回紹介予定)Martin Dressler/ マーティン・ドレスラーの夢(1996)

出版社/著者からの内容紹介
20世紀初頭のニューヨーク、想像力を武器に成功の階段を昇る若者の究極の夢は、それ自体がひとつの街であるような大規模ホテルの造営だった。ピュリツァー賞受賞の傑作長編小説。
【編集者よりひとこと】
これまでの彼の作品は、子供のときの夢を大人になってもずっと持ちつづけるマニアックな人間を主人公にしたものが多い。素朴な作業から始まって想像を絶する名人になってゆく人形師やアニメーション作家。彼らは現実にはありえないような精妙極まりない作品を完成させていく。ある意味では本書の主人公もそんな「夢を追う人」のひとりである。だがピュリッツァー賞を受賞したこの長篇がこれまでと違うのは、状況設定や人物構成にある種のリアリズムが侵入していることだ。世紀末から20世紀初頭のニューヨークを舞台にホテル王になりあがっていく主人公はきわめて現実的な愛や結婚、成功や挫折を経験する。にもかかわらずここには、紛れもないミルハウザー流幻術が展開される。

 

参考Webサイト・主要作品リスト  本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。

○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書

○ 参考資料
 ・スティーヴン・ミルハウザー(Wikipedia)
 ・Steven Millhauser(Wikipedia 英語)

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○ 主要作品リスト

  • Edwin Mullhouse: The Life and Death of an American Writer, 1943-1954, by Jeffrey Cartwright
    / エドウィン・マルハウス あるアメリカ作家の生と死(1943−1954) ジェフリー・カーライト著 (1972)
  • Portrait of a Romantic(1977)
  • In the Penny Arcade/ イン・ザ・ペニー・アーケード(1985):中・短篇集
  • From the Realm of Morpheus(1986)
  • The Barnum Museum/ バーナム博物館(1990):短篇集
  • Little Kingdoms/ 三つの小さな王国(1993):中篇集
  • Martin Dressler: The Tale of an American Dreamer/ マーティン・ドレスラーの夢(1996)
  • The Knife Thrower and Other Stories/ナイフ投げ師(1998):短篇集
  • Enchanted Night(1999)
  • The King in the Tree (2003)
  • Dangerous Laughter: Thirteen Stories (2008):短編集
  • We Others: New and Selected Stories (2011):短編集



 
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