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Paul Auster(1947 -  )
ポール・オースター


ニュージャージー州ニューアーク生まれ。父親はアパートを経営していたが両親の夫婦仲は悪く、父親はうつ症気味だった。叔父は高名なダンテ研究の学者/翻訳家だった。オースターが12歳の時、ヨーロッパに出かけた叔父から預かったダンボールいっぱいの本を夢中になって読み耽った。コロンビア大学卒業後、数年間各国を放浪する。'70年代は主として詩や評論や翻訳に創作意欲を注いでいたが、'85年から'86年にかけて、「ニューヨーク三部作」を発表し、一躍現代アメリカ文学の旗手として脚光を浴びた。

 
僕は以前からオースターという人はかなり優れた楽器演奏家ではないかと勝手に想像していたので、彼にそう質問してみた。
「あなたの文章は構造的にも、時間的にも、とても音楽的に感じられるし、優れた演奏家のスタイルを僕に想起させるのだけれど」というと、彼は笑って首を振った。
「僕は残念ながら楽器は弾けない。ときどき家にあるピアノを叩いたりはするけどね。でも貴方の言うことは正しいと思うな。僕は小説を書くときには、いつも楽器を演奏すること、音楽を作りだすことを考えながら書いているんだ。楽器をうまく演奏できたらいいなあとよく思うよ」ということであった。
「やがて悲しき外国語」/ 村上春樹

偶然はリアリティの一部です。私達は常に偶然の力によって形づくられている。
/ ポール・オースター



以下を紹介中です。
作品と関連映画
1.Timbuktu/ティンブクトゥ(1999)
2.Moon Palace/ ムーン・パレス(1989)
(関連映画)
・80日間世界一周(1956)
・ウッド・ストック(1970)
・灰とダイヤモンド(1958)

3.In the Country of Last things/ 最後の物たちの国で(1987)
(以下はポール・オースター(2)で紹介)
4.Auggie Wren's Christmas Story/ オーギー・レンのクリスマス・ストーリー(1990)
(映画)Smoke/ スモーク(1995)
5.The Red Notebook/トゥルー・ストーリーズ(2002)
6.The Book of Illusions/幻影の書(2002)
7.Oracle Night/オラクル・ナイト(2004)
8.Winter Journal/冬の日誌(2012)
9.Report from the Interior/内面からの報告書(2013)
10. 4321(2017)未翻訳

参考Webサイト
主要作品リスト 
 

1.Timbuktu/ティンブクトゥ(1999)
 難易度:☆☆☆

"Timbuktu"とは天国のことで、Paul Austerの5年ぶりの作品とのことです。主人公の犬の名はMr. Boneといい人語を理解します。飼い主である Willyは、あるときTVに現れたサンタクロースから啓示を受けクリスマスの栄光を伝えるため伝道を始めます。彼らがWillyの恩師を訪ねる途中でWillyが行き倒れ、Mr. Boneは主人から離れ、一人(?)冒険の途につくことになります。このときの場面から引用してみます。

So Mr. Bone kept running, never questioning that the dream would make good on all of its promises, and by the time he rounded the corner and started down the next block, it had already dawned on him that the world wasn't going to end. He almost felt sorry about it now. He had left his master behind, and the ground had not caved in and swallowed him up. The city had not disappeared. The sky had not burst into flames. Everything was as it had been, as it would continue to be, and what was done was done. The houses were still standing, the wind was still blowing, and his master was going to die.

犬の視点から見た文明批評とかそういう堅苦しいところはなくて、面白い物語を読んだという印象が残りました。  


2.Moon Palace/ムーン・パレス(1989)
 難易度:☆☆
1960年代を背景に、主人公マーコ・フォグの魂の遍歴を描いた教養小説と言えると思います。フォグは小さい頃に母を亡くし、父を知らない彼はクラリネット奏者だった叔父に預けられ育つが、彼が大学在学中に叔父はダンボール箱に詰めた 1492冊の本を彼に残し死んでしまいます。フォグは職にもつかず、本を売った金で生活しますが、ついには家賃の滞納で部屋を追い出され、セントラルパークでホームレスの生活をすることになり、病気で瀕死の状態のところを彼を捜していた友人ジンマーと中国人の娘キティに救われます。そして回復後に、求人に応募して得た職は半身不随の老人エフィングの世話をすることであり、若い頃は画家であった彼の回想録を口述筆記することだった......。
 この小説の冒頭のパラグラフにストーリーが要約されています。こういうのも珍しいと思う。

It was the summer that men first walked on the moon. I was very young back then, but I did not believe there would ever be a future. I wanted to live dangerously, to push myself as far as I could go, and then see what happened to me when I got there. As it turned out, I nearly did not make it. Little by little, I saw my money dwindle to zero; I lost my apartment; I wound up living in the streets. If not for a girl named Kitty Wu, I probably would have starved to death. I had met her by chance only a short time before, but eventually I came to see that chance as a form of readiness, a way of saving myself through the minds of others. That was the first part. From then on, strange things happened to me. I took the job with the old man in the wheelchair. I found out who my father was. I walked across the desert from Utah to California. That was a long time ago, of course, but I remember those days well, I remember them as the beginning of my life.

 この小説を読んでいて、まず気づかされ、そして驚かされるのはフォグを始めとする人たちの生が、様々な偶然(時に奇跡と呼んでもよい)により決定的に左右されているということです。まさに偶然こそがこの物語の原動力のひとつだと思います。これはオースターの「偶然はリアリティの一部である。」いう思想を具現化した作品なんでしょう。
 そして、もう一つの原動力は、タイトルの"Moon"に象徴されている*"狂気"であるにちがいない。3世代に渡る狂気の系譜。それは、死への欲望(タナトス)に駆られているとしか思われないフォグの生活、画題を求めて妻を残して西部に旅したエフィングが直面する極限の孤絶下での熱狂的な創作、彼の息子バーバーの異常な肥満など。そして 作品の中で言及される60年代を象徴するビッグ・イべントだった有人宇宙船月面着陸とウッドストック、それからベトナム戦争。今ふり返ってみれば、それらもみな狂気の沙汰だったと言えるのではないでしょうか。
 狂気が織りなす物語は、必然的に予測がつかず、拡散していかざるを得ないけど、ここではそれらは重層的な偶然により収斂されていきます。エフィングのかつての足跡を追って西部を目指したフォグが、ついには海岸にたどり着き、夕闇が訪れる中、月が昇っていくのを見つめる最後の場面は、彼がふたたび狂気への道をたどることを象徴しているのでしょうか。でも、たとえそうであったとしても、偶然のもつ力をオースターとともに信じられるかぎり、僕らは彼の未来に希望を持ちつづけることができるのではないでしょうか。

(*) "月の lunar"から派生した"lunatic 狂気の"、"moonstruck 発狂した"; 昔占星学では、狂気は月光の作用と考えられていた(『新英和中辞典』(研究社)より)。

I had come to the end of the world, and beyond it there was nothing but air and waves, an emptiness that went clear to the shores of China. This is where I start, I said to myself, this is where my life begins.
I stood on the beach for a long time, waiting for the last bits of sunlight to vanish. Behind me, the town went about its business, making familiar late-century American noises. As I looked down the curve of the coast, I saw the lights of the houses being turned on, one by one. Then the moon came up from behind the hills. It was a full moon, as round and yellow as a burning stone. I kept my eyes on it as it rose into the night sky, not turning away until it had found its place in the darkness.
 

Moon Palace 関連映画
 
 僕がシカゴに来てからそれほどたっていない時に、叔父は『80日間世界一周』という映画を見に連れて行ってくれた。映画の主人公の名は Phileas Foggで、僕と同名だった。映画を観た日から叔父は僕のことを "Phileas"と呼ぶようになった。

Not long after I arrived in Chicago, Uncle Victor took me to a showing of the movie Around the World in 80 days. The hero of that story was named Fogg, of course, and from that day on Uncle Victor called me Phileas as a term of endearment ― a secret reference to that strange moment, as he put it, "when we confronted ourselves on the screen."

11年後に再びこの映画を観た僕は子供のときの思い出が押し寄せ、涙が止まらなかった。

At the moment when Phileas Fogg and Passepartout scrambled into the hot air balloon (somewhere in the first half-hour of the film), the ducts finally gave way, and I felt a flood of hot, salty tears burning down my cheeks. A thousand child hood sorrows came storming back to me, and I was powerless to ward them off.


(映画)80日間世界一周(1956)
(監)マイケル・アンダーソン (出)デヴィッド・ニーヴン、カンティンフラス、シャーリー・マクレーン (音)ヴィクター・ヤング
原作はジュール・ヴェルヌ。1956年のアカデミー作品賞を受賞している映画です。1872年(日本では明治5年)、英国紳士であるフォグ氏は、社交クラブのメンバーと、80日間で世界一周できるかどうかで賭けをし、従者パスパドゥを連れ気球に乗って、まずはマルセイユを目指しロンドンを出発します。まだ飛行機が無い時代なので、気球のほか蒸気船、列車を乗り継いでの旅となりますが、途中スペイン、インド、香港、横浜、アメリカなどを経由してロンドンに向かいますが波乱の連続で....。
 冷静沈着で、いかにも"gentleman"といった感じのフォグ氏とサーカスにいたこともあるらしい不思議な男パスパドゥのコンビネーションがおかしく、スペインでのフラメンコや闘牛、アメリカではインディアンの襲撃、インドでは、死んだ夫とともに殉死させられようとしていた姫(シャーリー・マクレーン)を助けたりと見せ場には不足しません。しかしここでの若き日のシャーリー・マクレーンは、おとなしい役なので最初彼女とは気づきませんでした。贅沢でひたすら愉しいこういう映画もいいですね。

 そういえば『グレート・レース』というやはり楽しい映画もありましたね。こちらのほうは、ジャック・レモン、トニー・カーティス、ナタリー・ウッドが共演した、アメリカからパリまでのどたばたコメディ調の大カーレースで、印象に残っているのは有名なパイ投げのシーンです(なぜかトニー・カ−ティスだけになかなかパイが命中しない)。

 1969年の8月、僕がアパートを追い出された時、デイリー・ニュースの記事にウッドストックでのロックフェスティバルの記事が載っていた。何万人もの同年代の若者が集まっている写真だったが、僕には他の星の出来事のように思えた。

There were tens of thousands of people in the picture, a gigantic agglomeration of bodies, more bodies than I had ever seen in one place before. Woodstock. It has so little to do with what was happening to me just then, I didn't know what to think. Those people were my age, but for all the connection I felt with them, they might have been standing on another planet.


(映画)ウッドストック(1970)
『ウッドストック』は3回見た。
「夜のくもざる」/ 村上春樹

 
 1969年8月15日から3日間ニューヨーク近郊で行なわれた野外ロック・コンサートには約40万人を超える観客が集まった。この映画は、"愛と平和の3日間"と呼ばれたこのビッグ・イヴェントを記録したもので、僕だって映画館で少なくとも3回は見ています。この時はまだ "若者の力で世界を変革できるんだ"という幻想が残っていて、ロックはその共同幻想の象徴的存在だったんですね。日本では、この年東大安田講堂を占拠していた学生を、機動隊が突入して排除、東大の入試が中止されました。

個人的ウッドストック ベストパフォーマンスは以下の通り(順不同)。
・スライ&ファミリーストーン "Higher" :すごい迫力。
・C.S.N クロスビー・スティルス&ナッシュ"青い眼のジュディ" : アンサンブルに感動。
・ジョー・コッカー"With a little help from my friend" : ビートルズのオリジナルより数段良かった。
・テン・イヤーズ ・アフター"I'm Going Home" : アルヴィン・リーの独壇場でした。
・ジミ・ヘンドリックス"アメリカ国歌" : ウッド・ストックの象徴的存在だった。


『Deja vu』/ C.S.N&Y '69
C.S.N&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)の名盤。ウッドストックで名演だった組曲「青い眼のジュディ」は含まれていないけど、ジョニ・ミッチェル作の主題曲「ウッドストック」を収録。その他いかにも彼ららしい曲「キャリー・オン」やニール・ヤングの名曲「ヘルプレス」が含まれています。
 
 
『Live in Woodstock』/ Jimi Hendrix '69
CD2枚に1時間半くらいの演奏がたっぷり収録されています。映画では、米国歌と"紫のけむり"しか聴けず不満でしたが。でもギターの擬音による戦闘機の爆音と銃撃音に乗せて弾いた"星条旗"と続く"紫のけむり"は、中でも最高の演奏。このときから彼には1年余りの生しか残されていなかった。


キティと中華レストラン『ムーン・パレス』で食事をしたあと僕らは映画を観に行った。
 
I went out to dinner with Kitty at the Moon Palace, and afterward we took in one of the movies on the double bill at the Thalia( I remember it as Ashes and Diamonds, but I could be wrong).


(映画)灰とダイヤモンド(1958)
(監)アンジェイ・ワイダ (演)ズビグニェフ・チブルスキ、エバ・クシジェフスカ
"永遠の勝利のあかつきに灰の底深く、さんさんたるダイヤモンドの残らんことを"

 1945年春、戦後第1日目のポーランドの地方都市が舞台。テロリストのマチェックらは党書記を暗殺しようと待ち伏せするが、間違えて別の人間を殺してしまう。党書記が泊まるホテルの隣室を借り、機会を窺うマチェックは、ホテルのウェイトレスのクリスティナと恋におちる。彼女との逢瀬のために再度暗殺のチャンスを逸したマチェックは、ラストチャンスに賭ける。
 マチェックは、自分と同じ孤独な心を抱いたクリスティナと出会い、初めて心から生きたいと願います。

 「生き方を変えたい。今から普通に生きたい。今わかったことが昨日わかっていたら.....
 人殺しはもういやだ。生きたいんだ。」


 やり場の無い怒り、焦燥感を抱えた青年をチブルスキが鮮烈に演じています。



3.In the Country of Last Things/最後の物たちの国で(1987)
 難易度:☆☆
私自身は自分が書いた本の中でもっとも希望に満ちていると思っています。
/ ポール・オースター


The only thing I ask for now is the chance to live one more day.

 主人公の女性アンナは、新聞社の特派員としてこの国に派遣され消息が途絶えている弟のウィリーの探索のため、彼の後任として派遣され、やはり行方不明となっているサムの写真を持って、この国に入ります。この物語は、アンナがこちら側の世界へ書き綴った手紙という形をとっています。ここでは、あらゆるものが急速に崩壊しつつあり、犯罪が日常化し、ひとつひとつ物がなくなっていき、そしてなくなったものは二度と戻らなかった。小説の冒頭のパラグラフに、この"最後の物たちの国"が要約されています。

There are the last things, she wrote. One by one they disappear and never come back. I can tell you of the ones I have seen, of the one that are no more, but I doubt there will be time. It is all happening too fast now, and I cannot keep up.
I don't expect you to understand. You have seen none of this, and even if you tried, you could not imagine it. These are the last things. A house is there one day, and the next day it is gone. A street you walked down yesterday is no longer there today. Even the weather is in constant flux. (中略) When you live in the city, you learn to take nothing for granted. Close your eyes for a moment, turn around to look at something else, and the thing that was before you is suddenly gone. Nothing lasts, you see, not even the thoughts inside you. And you mustn't waste your time looking for them. Once a thing is gone, that is the end of it.
 
 住民にとって、"死"すら救いに思われる絶望的な状況の中で、アンナは一日一日をなんとか生き延びようとします。そして数年にも及ぶこの世界での彷徨の中で、アンナはサムとの邂逅を始めとするさまざまな出来事に遭遇しますが、周りの状況は悪くなるばかりで、彼女はついに国外への脱出を決意します。
 自分と周囲とを冷静に見つめることのできるアンナだから、そしてかつてウィリーから "spitfire" と称されたバイタリティを持っている彼女なら、たとえ今後どのような状況に置かれたとしても、自らの未来を切り開いて行くことができると思います。現実が物語を超えてしまうことがよくあるけど、これに近い世界は、過去にもあったし(オースターはインタビューの中で、第2次大戦中ドイツ軍に2年半にわたって包囲され、50万人が命を落としたレニングラードについて言及しています)、さほど遠くない未来に現実に存在しえるのではという気がします。
 失墜・崩壊感覚が際立つ作品です。どこまで落ちていくんだろうといった底なしの感覚が小気味よいほど、と言うと変だけど、『ムーンパレス』前半のマーコの彷徨と相通ずる雰囲気が全体を支配しています。こういった感覚は、きっと実体験も含めて、オースターにとっては親密なものなのだろうと想像されます。


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