PAPERBACK GUIDE 

Tim O'Brien(1946-  )
ティム・オブライエン

 ミネソタ州の小さな町オースティンの生まれ。1968年、マカレスター・カレッジを卒業後すぐに徴兵され、歩兵として1969年から1970年にかけてベトナム戦争に従軍した。帰還後、ワシントン・ポスト紙の記者となり、1978年に発表した「Going after Cacciato/カチアートを追跡して」により全米図書賞を受賞した。



「ニュークリア・エイジ」の翻訳作業は僕にとって精神的リハビリテーション以外の何ものでもなかった。訳しながら僕は何度も感動したし、勇気づけられたりもした。その小説にこめられた熱は僕の体をいちばん底から温めてくれた。
「遠い太鼓」/村上春樹

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 1. The Things They Carried本当の戦争の話をしよう(1990)
   難易度:☆☆☆

 ベトナム戦争に関わる22の短篇から構成されたこの作品は、フィクションでありながら多くの短篇ではティムという作者と同じ名を持つ主人公が登場していて、このことからも作者自身のベトナム体験に近いところで書かれたものだと想像され、ベトナムは彼にとって今なお切実なものであり続けているのだと思います。

 戦争を扱った小説や映画というのは、人間性の暗部をことさら暴き出すという風のが多くて、それは確かに戦争の一面を示すものであるかも知れませんが、僕はそれよりも一瞬先の死と向かい合わざるを得ない極限状況の中で、人はどんなことを思いながら、殺し、あるいは殺されていったのか、また幸運にも生き延びた人の生に、戦争の体験がどのような痕跡を残し、彼(彼女)はそれにどのように対処しつつ生きたのか、を描いた作品に触れたいと思っていて、そうした意味で大きなインパクトを受けた作品でした。
 いくつかの短篇をピックアップしてみました。

○「The Things They Carried/彼らが担ったもの」

 必需品として歩兵たちが担ったものには、缶切り、ポケットナイフ、腕時計、虫除け、水筒、タバコ、ライター、.....などがあり、それらの総重量は15〜20ポンド(約7〜9kg)になった。さらに彼らは階級、役割に応じて無線機(約12kg)や機関銃(約11kg)、弾丸、地雷探知器(約13kg)などを持ち運ばなければならなかった。そのほかある者は彼女からの手紙と写真を、ある者は精神安定剤を、ある者は麻薬を、コンドームを、漫画本を、聖書を、....そして彼らはマラリヤ、赤痢、しらみを、ベトナムの大地を、空を、重力を担っていた。
 彼らは、いつ死ぬかもしれない人間が持つ全ての感情的な重荷を抱えていた。それらは悲しみ、恐怖、愛、憧れなど漠然としたものだった。
 彼らは自分の面目をも担っていた。彼らは兵士にとっての最大の怖れを抱いていた。それは恥をかくことへの恐怖だった。男たちは殺し、殺された。なぜならそうしないことには彼らの面目が立たなかったからだ。だいいち、それが彼らを戦争に赴かせたのであり、積極的な意志でもなく、栄光や名誉の夢のためでもなく、ただ(忌避という)不面目の恥辱を避けるためだった。彼らは恥をかかないようにという理由で死んでいったのだった。
 
 They carried all the emotional baggage of men who might die. Grief, terror, love, longing ― these were intangibles, (中略)
 They carried their reputations. They carried the soldier's greatest fear, which was the fear of blushing. Men killed, and died, because they were embarrassed not to. It was what had brought them to the war in the first place, nothing positive, no dreams of glory or honor, just to avoid the blush of dishonor. They died so as not to die of embarrassment.
 

○「On the Rainy River/レイニー川で」
 1968年6月、ティムはカレッジを卒業した1ヵ月後に召集令状を受け取った。ティムは戦争行為へ反対する自分の立場、さらには自分の死や他人を殺すことへの恐怖から徴兵を忌避しようと、車でカナダとの国境へ向かった。そして国境となっているレイニー川のそばに建つ釣り客用の古いロッジに泊った。そこは老人一人でやっていて、ティムは決断がつかないまま、そこで数日間を過ごした。6日目の日に、老人はティムを釣りに誘い、ボートでレイニー川の対岸へと漕ぎ出した。カナダへほんの20mというところで、老人はボートを止め、釣り糸を川に垂らした。川に飛び込んで泳いでいくことだってできるくらい対岸のカナダは間近だった。老人は何もかも知っていたのだ。

 君ならどうするだろうか? 川に飛び込むか? 君自身を憐れむだろうか? 君の家族のことや、君の子どものときのことや、君の夢や、君が後に残していくすべてについて考えるだろうか? そうしたことが君に苦痛を与えるだろうか? 死んでしまうように感じられるだろうか? 君は泣くだろうか、僕がそうしたように?
 僕はこらえようとした。微笑もうとしたが、僕は泣いていた。
 僕ができたのは泣くことだけだった。静かに、声をあげず、胸を詰まらせるように泣いた。

 What would you do?
 Would you jump? Would you feel pity for yourself? Would you think about your family and your childhood and your dreams and all you're leaving behind? Would it hurt? Would it feel like dying? Would you cry, as I did?
 I tried to swallow it back. I tried to smile, except I was crying. (中略)
 All I could do was cry. Quietly, not bawling, just the chest-chokes.

 結局、ティムが国境を越えることなくベトナムに従軍したのは、主として家族や周囲の人間から臆病者と思われたくないという自尊心からでした。短篇「The Things They Carried」にも書かれているように、自分のプライドを保つという理由だけで人は殺したり殺されたりするんだということ、そして僕自身が戦争に関わった場合でも、間違いなく自分もそうにちがいないという認識は辛いものでした。
 

○「The Man I Killed/僕が殺した男」
 ティムは手榴弾でベトナム兵を殺した。彼は死体の脇で呆然と佇み、ひたすら死んだベトナム兵を見つめていた。

 彼のあごは喉にめり込み、彼の上唇と歯はなくなり、彼の片目は閉じられ、もう一つの目は星形の穴となり、彼の眉毛は薄く女性の眉のように弓形をし、彼の鼻は損傷を受けず、.....

 "Just forget that crud. What else could you do? Nothing anybody could do. Come on, stop staring."

 その痩せた男の足は木の影に入っていた。彼のあごは喉にめり込んでいた。彼の片目は閉じられ、もう一つの目は星形の穴となっていた。その星型の穴は赤く、黄色かった。黄色い部分がだんだんと広がっているようだった。上唇と歯はなかった。男の頭は変な角度に傾いていた。首のところは血で濡れていた.....
 "Think it over. Tim, it's a war. It's a tough thing, for sure, but you got to cut out that staring."
 蝶が若者の額のところを飛んでいった。右の頬の皮膚はなめらかで、きめ細かく、毛も生えていなかった。きゃしゃな体つきのこの若者は兵士になりたくなかったのだろう。彼の眉毛は薄く女性の眉のように弓形をしていて、学校では可愛いということで級友たちは彼をからかった。彼は数学が好きだった.....
 "Listen to me. You feel terrible, I know that. Stop staring."
 若者の指の爪はきれいだった。片方の耳たぶに小さな傷があった。腕に血が付いていた。右手の薬指に金の指輪をはめていた。家の貧しさにもかかわらず、僕が殺した若者は数学の勉学を続けようとしていたのだろう。大学の最終学年の時に、彼は17歳の少女に恋をした...... 今、彼の片方の目は星になった..... "You okay? The guy was dead the second he stepped on the trail. Understand me?" 死体は、ほとんど全部が影に入った。口のところに何匹かのぶよがとまっていた。首の傷以外からの出血は止まっていた....... Can't just sit here all day. Understand? Five minutes, Tim. Five minutes and we're moving out. 彼の頭は横向きにねじれていた。死んだ若者は、道に沿って咲いている鐘の形をした花のむこうの遠くの何かを見つめているようだった。首のところの血は深い紫がかった黒色になっていた...... Why not talk about it? Come on, man, talk.
 彼は痩せていた、死んでいた、20歳くらいの若者だった。彼は片足を体の下にして横たわっていた。彼のあごは喉にめり込み、彼の顔は表情があるようで、ないようで、片目が閉じられ、もう片方の目は星形の穴となっていた。
 "Talk" Kiowa said.


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 (紹介予定)The Nuclear Age/ニュークリア・エイジ(1979)

出版社/著者からの内容紹介
ヴェトナム戦争、テロル、反戦運動。六〇年代の夢と挫折を背負いながら、核の時代の生を問う、いま最も注目される作家の傑作長篇

内容(「BOOK」データベースより)
元チアリーダーの過激派で「筋肉のあるモナリザ」のサラ、ナイスガイのラファティー、200ポンドのティナに爆弾狂のオリー、そしてシェルターを掘り続ける「僕」…’60年代の夢と挫折を背負いつつ、核の時代をサヴァイヴする、激しく哀しい青春群像。かれらはどこへいくのか?フルパワーで描き尽くされた「魂の総合小説」。

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 (参考)ベトナム戦争に関する映画
 
 映画に描かれたベトナム戦争を概括してみました。
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○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書) 

○ 参考資料
 ・ティム・オブライエン(Wikipedia)
 ・Tim O'Brien(Wikipedia 英語)

○ 検索
    


 ■ 主要作品リスト  

  • If I die in a Combat Zone/僕が戦場で死んだら(1973)
  • Northern Lights(1975)
  • Going after Cacciato/カチアートを追跡して(1978)
  • The Nuclear Age/ニュークリア・エイジ(1985)
  • The Things They Carried/本当の戦争の話をしよう(1990)
  • In the Lake of the Woods/失踪(1994)
  • Tomcat in Love/恋に落ちたトムキャット(1998)
  • July, July/世界のすべての七月(2002)



 
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