PAPERBACK GUIDE/LITERATURE

 RICHARD BRAUTIGAN(1935−1984)
   リチャード・ブローティガン



 リチャード・ブローティガンは1935年に太平洋岸の北西部にあるタコマに生まれた。一家は貧しく、彼は大学に入ることもできず、いろいろな職業を転々とし、1958年にサンフランシスコに出て来た。そのころは、ちょうどビート・ジェネレーションが最盛期にあって、そのことはブローティガンにとっては彼らの運動に参加するには遅すぎたことを意味しており、その関わり合いは、きわめて短かかった。しかし、ビート・ジェネレーションが彼に与えた影響は大きく、彼はビート詩人たちから詩を書くことを学んだ。1960年代に入り、ビート・ジェネレーションのあとに俗にいうヒッピー族が現れた。ブローティガンはちょうど、その中間にあり、その両方から十分に滋養を吸収した。(「愛のゆくえ」解説・青木日出夫より)  彼は1984年モンタナでピストル自殺した。



時には人生はカップ一杯のコーヒーがもたらす暖かさの問題、とリチャード・ブローティガンがどこかに書いていた。コーヒーを扱った文章の中でも、僕はこれがいちばん気に入っている。
「象工場のハッピーエンド」/村上春樹


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 1. In Watermelon Sugar/西瓜糖の日々( 1968)
  難易度:☆☆

 ほとんどすべてのものがスイカから採れる西瓜糖と松の木材と石から作ることが出来、スイカを栽培することにより完全に自給自足が可能である世界(コミューンのようなもので、iDEATHと呼ばれる)を舞台にしています。この世界唯一の作家である語り手によりこの世界の成り立ちと生活、対立するコミューン"inBOIL"(Forgotten Worksと呼ばれる場所に暮らす)との葛藤が淡々とした感じで述べられています。
 iDEATHは一見平和なユートピアのようですが、その名前"iDEATH(自己の死)"が示しているように、個人の主体性を抑えたところに成立した、夢のようではあるが、無力で沈滞した世界です。この世界は、かつては虎に、そして今、この世界からの脱落者達"inBOIL"の脅威にさらされていました。

 iDEATHの生活を描写した個所から;

Sundown
 After I finished writing for the day it was close to sundown and dinner would be ready soon down at iDEATH.
I looked forward to seeing Pauline and eating what she would cook and seeing her at dinner and maybe I would see her after dinner. We might go for a long walk, maybe along the aqueduct.
 Then maybe we would go to her shack for the night or stay at iDEATH or come back up here, if Margaret wouldn't knock the door down the next time she came by.

Pauline:語り手の恋人, aqueduct:水路, shack:丸太小屋, Margaret:前の恋人


 章立てが短く、わかりやすい文章なので読みやすいと思います。ただ居間の中を川が流れていたり、虎がしゃべったりする変な世界なので最初はとまどうかもしれません。


 2. The Tokyo-Montana Express/東京モンタナ急行(1980)
  難易度:☆☆
 ペーパーバック  翻訳書

 小説ではなく、作者が日本あるいはアメリカで遭遇した事象、あるいは自らの心象風景を詩人らしい感性で描写したエッセイ風の作品です。彼の作品の中ではいまのところいちばん気に入っています。各エピソードが半ページから数ページと短く、また簡潔に表現されているので読みやすいと思います。中でも短いエピソードを2つ紹介します。


Football
 The confidence that he got by being selected all-state in football lasted him all of his life. He was killed in an automobile accident when he was twenty-two. He was buried on a rainy afternoon. Halfway through the burial service the minister forgot what he was talking about. Everybody stood there at the grave waiting for him to remember.
Then he remembered.
"This young man," he said. "Played football."
 
The Window
 −like a kitchen window steaming up on a very cold morning and it's hard to see out of, then the steam slowly disappears and you can see the snow-covered mountains, 10,000 feet high, out the window, and then the window gradually steams up again, coffee on the stove and the mountains gone like a dream.
 . . . that's how I feel this morning.




 3. Trout Fishing in America/アメリカの鱒釣り (1967)    
  難易度:☆☆☆

 世界中で200万部以上売れた彼の代表作であり、当時のヒッピーたちのバイブル的な本となったとのことです。 アメリカでのます釣りという事柄を扱いながら、それだけにとどまらず多面的な読み取り方(たとえば古きよきアメリカへのノスタルジーとか文明批判とか)を要求するテクストであり、それだけに単純には意味がつかめない個所が多々あるので(隠喩、象徴の類)読み下すのに苦労します。とくに一貫したストーリーはなく、時間的・空間的にも一定しない独立した短い47篇の物語から構成されています。じっくりと取り組むべき本であると思います。以下には、わかりやすい個所を引用しました。

 
Trout Fishing on the Bevelより

The two graveyards were next to each other on small hills and between them flowed Graveyard Creek, a slow-moving, funeral-procession-on-a-hot-day creek with a lot of fine trout in it.
 And the dead didn't mind me fishing there at all.
 One graveyard had tall fir trees growing in it, and the grass was kept Peter Pan green all year round by pumping water up from the creek, and the graveyard had fine marble headstones and statues and tombs.
 The other graveyard was for the poor and it had no trees and the grass turned a flat-tire brown in the summer and stayed that way until the rain, like a mechanic, began in the late autumn.



 4 .Rommel Drives on Deep into Egypt/ロンメル進軍 (1970) 
   難易度:☆☆☆
 翻訳書

 詩集です。彼の詩集のペーパーバックは持っていないので高橋源一郎さんの訳したこの本をとりあげてみました。この本は見開きページの左側に原文、右側に訳文という対訳構成になっています。ブローティガンはもともとは詩人から出発した人であり、また日本の俳句にも影響されていて、短かいながらも印象的な詩を作っています。この「ロンメル進軍」のほかにも「Loading Mercury with a Pitchfork/ 突然訪れた天使の日」と「June 30th, June 30th/ 東京日記」の翻訳が出版されています(いずれも訳詩のみ)。


 We stopped at Perfect Days

 We stopped at perfect days
 and got out of the car. 
 The wind glanced at her hair.
 It was as simple as that.
 I turned to say something-  


なにもかもが完璧なような気がしたので

なにもかもが完璧なような気がしたので
僕たちは車を止め
そして外へ出た
風が優しくきみの髪をなぶっていく
こんなにも単純なことだったのだ
僕は向き直り
きみにいま話しはじめる


 Hinged to Forgetfulness like a Door


 Hinged to forgetfulness like a door,
 she slowly closed out of sight,
 and she was the woman I loved,
 but too many times she slept like
 a mechanical deer in my caresses,
 and I ached in the metal silence
 of her dreams.


恋人がドアのように閉まって見えなくなる

恋人がドアのように閉まって見えなくなる
そんな不安に
わたしはおそわれる
わたしの胸の中で眠る彼女は
まるでロボットの鹿のようによそよそしい
金属製のその夢の世界で
わたしの出番はない

(訳・高橋源一郎)
 

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 (近日紹介)The Abortion: An Historical Romance 1966/愛のゆくえ(1971)

内容(「BOOK」データベースより)
ここは人々が一番大切な思いを綴った本だけを保管する珍しい図書館。住み込み館員の私は、もう三年も外に出ていない。そんな私がある夜やって来た完璧すぎる容姿に悩む美女と恋に落ちた。そして彼女の妊娠をきっかけに思わぬ遠出をするはめになる。歩くだけで羨望と嫉妬の視線を集める彼女は行く先々で騒動を起こしてゆく。ようやく旅を終えた私たちの前には新しい世界が開けていた…不器用な男女の風変わりな恋物語。


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 (参考)リチャード・ブローティガン/藤本和子
 新潮社 '02年初版
 1984年10月、自死したブローティガンが死後数日たって発見された時、遺体のかたわらには数篇の未発表の詩が散乱していて、そのひとつには「無題」というタイトルがついていました。

    それがもうひとつのはじまりのように感じられるのは
        なぜだろうか
 すべてはまたべつのことにつながっているのだから、
        もう一度
         わたしはやりなおそう
 ひょっとしたら、なにか新しいことがわかるかもしれない
 ひょっとしたら、わからないかもしれない
 ひょっとしたら、前とぜんぜん違わない
        はじまりかもしれない
 ときは早くたつ
        わけもなく
 またはじめから
        やりなおしなんだから
 わたしはどこへも行きはしない
 これまでいたところへ
        行くだけなのだから

("それ"とは彼自身の死のこと)
訳・藤本和子 
   

 藤本さんは、「アメリカの鱒釣り」、「西瓜糖の日々」を始めとするブローティガン作品の翻訳のほとんどを手掛けてこられた方で、この本では上に挙げた詩をプロローグとして、ブローティガンの家族や友人(藤本さんも含まれる)の回想から浮かび上がってくるブローティガンの生と死、それに彼の主要作品についての藤本さんの思いが綴られています。
 父親の不在、情緒不安定の母親、彼に暴力をふるった幾人もの継父、貧しい暮らしといった生活環境の中で育った子ども時代のブローティガン、そしてカリフォルニアに逃れ、やがて詩を書き作家となり、しかし「アメリカの鱒釣り」がもたらした成功も長くは続かず、忘れられ(日本とフランスでは読みつがれていた)、失意の中で酒に溺れ自滅していった彼の実像を、巧みな構成、説得力ある文章で見事に浮かび上がらせています。これはブローティガンについての解説書という枠を超えて、一つの自立した作品として評価できる本だと思います。

 ブローティガン自身が強い影響を受けたと認めていた「赤軍騎兵隊」などの作品を残したユダヤ系ロシア人の作家イサーク・バーベリは、判断するのではなく、描くことが作家の使命だと言っていたこと、そしてブローティガン自身も批評したり、価値判断を下すのでなく、アメリカという世界を見ている、ひとりの観客でいたかったのではないか、と続け、ブローティガンと天ぷらそばを食べてから千鳥ヶ淵を散歩した際の印象的な会話を紹介しています。

「なになには、なになにである、と断言して憚(はばか)らないような人はぼくは苦手だな。そんな相手には、いつもいうんだ」
「なんていうの?」
「ぼくはそういう観点からはものを見ないんで、反応しかねるねえ、というのさ。それでおおかた会話は片がついちまう」
「しつこくされることもあるでしょうが」
「酔っ払ったふりをすりゃいい。こんな出鱈目なヤツを相手にするのは時間のむだだぜと、あきれ顔して行ってしまうよ、たいていは」

 ブローティガンの作品や写真からもたらされる彼のイメージとぴったり重なる会話だなと思いました。
 そのほか、ブローティガンの文体や短篇の手法がチェーホフに類似している点があるとの藤本さんの指摘についても、なるほどと頷けるものがありました。

 
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 ■ 参考Webページ  本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。

○ブローティガン関連出版リスト : amazon. com.(洋書翻訳本

○検索
   



 ■ 主要作品リス

(小説)

(短編集)
  • Revenge of the Lawn: Stories 1962-1970 (1971) 「芝生の復讐」

(詩集)
  • The Return of the Rivers (1957)
  • The Galilee Hitch-Hiker (1958)
  • Lay the Marble Tea (1959)
  • The Octopus Frontier (1960)
  • All Watched Over by Machines of Loving Grace (1967)
  • Please Plant This Book (1968)
  • The Pill Versus the Springhill Mine Disaster (1968) 「ピル対スプリングヒル鉱山事故」
  • Rommel Drives on Deep into Egypt (1970) 「ロンメル進軍」
  • June 30th, June 30th (1978) 「東京日記」




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