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福永武彦
廃市・飛ぶ男/中・短編集(1960)


廃市・飛ぶ男 (新潮文庫)

以下の中・短篇が収録されています。( )は、初出の年を示す。
・廃市(1959)
・夜の寂しい顔(1957)
・影の部分(1958)
・未来都市(1959)
・飛ぶ男(1959)
・樹(1960)
・風花(1960)
・退屈な少年(1960)
 

廃市 初出:「婦人の友」(1959 ・7〜9)

・・・・さながら水に浮いた灰色の棺(ひつぎ)である。
『おもひで』/ 北原白秋

あなたが、あなたが好きだったのは、一体誰だったのです?


木立の間に月が懸って梢や枝を影絵のように黝ずませていたから、河はただ河明かりによってそれと知られるだけだった。僕はしかし河の音がひっきりになしに聞こえてくるのをいまいましい気持ちで耳にしながら、その方向を見定めていた。

 10年ほど前のある夏、大学生だった私は卒論を書き上げる為、大小の掘割をめぐらした町の旧家に逗留した。すでに両親を失い祖母と暮していた明るく爽やかな末娘の安子さんに世話を焼いてもらいながら話を聞いたりして、安子の姉の郁代が寺にひきこもっていること、彼女の夫で婿養子の直之がやはり家を出て、秀という女性と暮していることなどを知るようになる。
法要の席で顔を合わせた直之は私に、この町は死んでいるんだと言う。

「いずれ地震があるか火事が起こるか、そうすればこんな町は完全に廃市になってしまいますよ。この町は今でももう死んでいるんです。」

 また直之は郁代を愛していると言い、もしそうなら直之を愛している郁代がなぜ直之と離れて暮さなければならないのか私には理解できなかった。そして水神様の夏祭りの後に悲劇が起こった。
 迷路のように走る掘割を流れる水に囲まれながら滅びつつある町を背景に、女と男が織りなす愛と孤独を描いた中篇です。互いにかみあわない愛が結局は不幸な結末をむかえることになっても、どこか甘美な想いを抱くのは、直之や郁代、そして安子さえもが滅びの美に魅せられているかのように思われるからなのか。
 福永さんの愛と孤独の美学と、日本的な滅びの美意識が結晶した美しい作品だと思います。また福永さんのミステリー趣味がうかがえるのも興味深いところです。

映画)廃市 '83
(監)大林宣彦 (演)小林聡美、山下規介、峰岸徹、根岸季衣、尾美としのり

 福永武彦は大林さんの最愛の作家ということで、そのためか原作のイメージを損なわずに映像化されていると思います。原作の尊重ということでは、そこここに監督自身による小説の朗読が挿入されていることからも示されています。
 もともと『廃市』という言葉は、北原白秋が『おもひで』の序文の中で語っている「私の郷里柳川は水郷である。さうして静かな廃市のひとつである」からとられたものですが、映画の舞台となった柳川の風景(水景というべきか)の描写が美しく、そして原作から想起されるそれととても近い雰囲気となっていることと、滅びゆく町がつかの間の生気を取り戻す水神の祭りの場面が印象的です。
 この作品の中では、いわば傍観者の"私"を演じた新人の山下規介、それから安子の小林聡美さんを始めとする演技陣がとてもいい。監督自身の作曲となる弦楽奏の室内楽も映画のイメージにふさわしいものでした。


夜の寂しい顔 初出:「群像」(1957 ・5)

君は僕の存在なのだ、僕は君を置いて行くことは出来ない。


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