PAPERBACK GUIDE

 
E.M. Forster(1879 - 1970)
  E.M. フォースター

 

  ロンドンに生まれた。建築家の父は彼が1歳のときに亡くなり、母親の手で育てられた。ケンブリッジのキンングス・カレッジに進み、卒業後 数編の短編小説を書き、何編か雑誌に掲載される。1901年から約2年間イタリアに滞在。1914年(35歳)に、第一次世界大戦が勃発(〜1918年)、彼は、1915年(36歳) アレキサンドリアでシヴィリアンとして軍務に携わりる一方、この古代都市の歴史を研究している。1944年には国際ペンクラブの会長に就任した。フォースターは多くのエッセイ、評論、自伝的スケッチを残しているが、長篇小説はわずかに6册。同性愛を扱った長編『モーリス』は死の翌年に発表された。


そう、ぼくらはルーシー、タートン、フィリップの輩
中国からのソネット』より/ W.H. オーデン


私は絶対的信条を信じない。
寛容、善意、同情、ほんとうはこういうものこそ大事なのであって、人類が滅亡を免れるとすれば、遠からずまたこういうものが前面に出てくることだろう。
『私の信条』/ E.M. フォースター


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1. A Room with a View/ 眺めのいい部屋(1910
  難易度:☆☆

"The world," she thought, "is certainly full of beautiful things, if only I could come across them."
「世界はきっと美しいものでいっぱいなんだわ」と彼女は思った。「わたしが出会うことさえできるのなら」

 1900年代初めのイギリスが舞台。良家の娘ルーシーは、従姉妹のミス・バートレット(お目付け役の年上の女性)と共にフィレンツェにやって来た。ホテルのふたりの部屋からの眺め(view)が良くないのを知ったエマソン父子が彼らの部屋と交換してくれたことから、ルーシーはエマソン氏の息子ジョージを知ることとなる。ルーシーは広場で傷害事件を至近で目撃し、気を失ったところをジョージに助けられたことから、彼を意識するようになるが、ジョージが自分とは異なる労働者階級に属することから彼を避けようとする。ところが、馬車を連ねて近郊へのピクニックに出かけた際に、ルーシーはジョージに不意のキスをされてしまう。ショックを受けた彼女は、これを目撃したミス・バートレットに促され、早々にフィレンツェを離れた。
 帰国後、上流階級の青年セシルと婚約したルーシーだが、近所にエマソン父子が引越して来ることを知り、動揺する。

 階級というものが厳然と存在していた時代に、それを当然のものとして受け入れていたルーシーが、イタリアで自由な空気に触れ、またジョージに愛され、そして愛することを通じて、生きることについての新たな視野(view)を獲得して、自らの意志により人生を切り開く(自分にとっての"眺めのいい部屋"を見つける)に至る、というルーシーの精神的成長を描いた教養小説と言っていいと思います。
 
 セシルと婚約したルーシーだが、彼といると息が詰まる感じがしていた。そして彼女がジョージにセシルと結婚すると最後通告をした時、彼は逆に、君はセシル(ヴァイス)と暮すことはできない。セシルは社交でつきあうにはいいけど、親密にはなれない、ましてや女性の気持なんか全然理解できないし、君を型にはめようとしているんだと言った。ルーシーは、自分が漠然と感じていたことを言い当てられた気がした。

 "You cannot live with Vyse. He's only for an acquaintance. He is for society and cultivated talk. He should know no one intimately, least of all a woman."
 It was a new light on Cecil's character.
 "Have you ever talked to Vyse without feeling tired?"
 "I can scarcely discuss ― "
 "No, but have you ever? He is the sort who are all right so long as they keep to things ― books, pictures ― but kill when they come to people. That's why I'll speak out through all this muddle even now.  (中略)
 He daren't let a woman decide. He's the type who's kept Europe back for a thousand years. Every moment of his life he's forming you, telling you what a man thinks womanly; and you, you of all women, listen to his voice instead of your own."
 
 フォースターのルーシーを始めとする登場人物に注ぐまなざしは暖かく、そしてユーモアを感じさせるもので、ルーシーに決断の勇気を与えたジョージの父親エマソン氏やルーシーの秘められた情熱を見抜いていた牧師のビーブ師らの人物像も興味深く、あまり割りのいい役柄ではないミス・バートレットやセシルの描写も類型的ではなく、生きた人物として描かれているのもとてもいいと思う。



(映画)眺めのいい部屋(1986)・英
 (監)ジェイムズ・アイヴォリー
 (演)ヘレナ・ボナム・カータージュリアン・サンズダニエル・デイ・ルイス、マギー・スミス
 '86年度アカデミー賞 脚色賞、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞

 原作を忠実に映画化したもので、とりわけ前半イタリアのフィレンツェ、郊外のピクニックシーンと後半のイギリス上流階級の暮らし振りがうかがえる画面が美しく、この映画の見どころの一つとなっていて、まさに"眺めのいい映画"です。 原作の薫りを損なわずに映画化された稀有の例ではないかと思います。
 画面の美しさだけでなく、アイヴォリー監督のていねいな演出と演技陣、ヘレナ・ボナム・カーター(ルーシー)、ジュリアン・サンズ(ジョージ)、ダニエル・デイ・ルイス(セシル)、マギー・スミス(ミス・バートレット)もとても良く、おすすめの映画です。この秋('01)には、ノーカット版が公開されるとのことです。アイヴォリーは、この映画の成功に気を良くしたのか、その後フォースター作品「モーリス」('87)、「ハワーズ・エンド」('92)を映画化しています。


(挿入曲について) 

 It so happened that Lucy, who found daily life rather chaotic, entered a more solid world when she opened the piano.
 ルーシーにとって普段の生活は混沌に満ちていたが、ピアノを弾く時には確かな手ごたえを感じることができた。

 
 ルーシーは、自分自身に対するもやもや(それが何なのか彼女にもわからない)を晴らすようにピアノを弾いているようで、その情熱的な演奏を聴いた牧師のビーブ師がルーシーに、「ピアノを弾く情熱を生に向けるなら、あなたはすばらしい人生を送れます」と話すシーンがあって、このときルーシーが弾いていたのが、ベートーヴェンの第21番のソナタ「ワルトシュタイン」の第3楽章でした。
 
 映画の冒頭と、ピクニックでジョージがルーシーにいきなりキスをするシーンで、プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」からソプラノのアリア 「私のお父さん」と「フィレンツェは花咲く木のようなもの」が使われていて、ロマンティックな雰囲気と格調高さを印象づけています。とくに「私のお父さん」は、旋律の美しいソプラノのアリアとしてとりわけ有名なものです。曲は娘が父親に恋人との結婚を認めて欲しいと甘えて訴える内容です。「ねえお父さん、あの人が好きなの。だから指輪を買いにポルタ・ロッサへ行きたいの。もしだめならば、アルノ川に身を投げるわ。だからお父さん、どうかお願い」
 
 それからルーシーがピアノの弾き語りで歌うシーンがあって(原作にもあります)、イギリスの古謡と思われる曲だけど、オリジナル曲なのかもしれません。ずいぶんと悲しみに満ちた旋律と歌詞でした。

 
Vacant heart and hand and eye  
 Easy live and quiet die.       
 
 うつろな心、うつろな手、うつろなひとみ
 空しく生きて、人知れず死ぬ


 (歌詞は原作より引用)



2. Howards End/ ハワーズ・エンド(1910
   難易度:☆☆☆

 知的で自由主義的な考えを持ち、経済的にも恵まれたシュレーゲル家のマーガレットとヘレンの姉妹と、大金持ちで保守的な実業家ヘンリーを家長とするウィルコックス家、それと明晰な頭脳を持ちながら貧窮に喘(あえ)いでいる青年レナードらのそれぞれ異なる背景(階級、貧富、考え方)を持った人々の生が、ハワーズ・エンド邸というウィルコックス家の屋敷をめぐって様々に交錯し、物語を紡いでいきます。
 物語の中心となっているのは、マーガレット(29歳)とヘンリー(51歳)の関係の推移で、マーガレットはハワーズ・エンド邸の持ち主であるウィルコックス夫人(ヘンリーの妻)と親しくなり、彼女が病気で急死した後、ヘンリーはマーガレットの知性と自由な考え方に自分に欠けているものを見出し、彼女に惹かれ求婚する事になります。

 それまでのいきさつからマーガレットには、ヘンリーの求婚が予期できたので、劇的なラブシーンにはならなかった。ヘンリーから家の件よりも大事な話がある、といわれたマーガレットは、思わず「知ってます」と答えるところだった。求婚されたとき彼女は彼の気持ちを理解して、驚いた様子をしてみせた。そして大きな喜びが彼女を包んだ。それは人間とは関係なくて、天気のよい日にあまねく感じられる幸福感に似ていた。彼女は幸せであり、その幸せを分かちあえたらと思った。そしてヘンリーと別れてから、そのもととなるのは愛だったということがわかった。

 But the proposal was not to rank among the world's great love scenes.
 'Miss Schlegel' ― his voice was firm ― 'I have had you up on false pretences. I want to speak about a much more serious matter than a house.'
 Margaret almost answered : 'I know ―'
 'Could you be induced to share my ― is it probable ― '
 'Oh, Mr Wilcox!' she interrupted, holding the piano and averting her eyes. 'I see, I see. I will write to you afterwards if I may.'
 He began to stammer. 'Miss Schlegal ― Margaret ― you don't understand.'
 'Oh yes! Indeed, yes!' said Margaret.
 'I am asking you to be my wife.'
 So deep already was her sympathy, that when he said, 'I am asking you to be my wife,' she made herself give a little start. She must show surprise if he expected it. An immense joy came over her. It was indescribable. It had nothing to do with humanity, and most resembled the all-pervading happiness of fine weather. Fine weather is due to the sun, but Margaret could think of no central radiance here. She stood in his drawing-room happy, and longing to give happiness. On leaving him she realized that the central radiance had been love.

 一方、妹のヘレンは、ウィルコックス家の下の息子ポールとの破局の責任が保守主義的なヘンリーにあると思い、姉の結婚に反対します。またコンサートで傘の取り違いから知ることになったレナードがヘンリーの情報により勤め先を辞め、結果的にさらに窮状に追い込まれたことに同情し、彼のために奔走します。その結果、思わぬ事態となりヘンリーとマーガレットの関係を危機に陥れることになります。

 この作品のエピグラフ(題辞)には、"Only connect...'とあり、これは本文中のマーガレットの思いを描写した文章から取られていますが、この作品はマーガレットとヘンリーの結婚に象徴される異なる階級、価値観の結びつき(connect)を通して、人間関係の様々な様相を描いたドラマと言えると思います。また、『眺めのいい部屋』同様、社交喜劇的なユーモアにも不足していなくて、それはフォスターが重きを置いていた「寛容」に基づくものであるのは間違いないとしても、さらにジェーン・オースティンの流れを汲む英国的伝統の奥深さをも感じさせるものです。

 Only connect! That was the whole of her sermon.
 ただ結びつけることだけ、それが彼女が説きたいことの全てだった。



(映画)ハワーズ・エンド(1992)・英
(監)ジェイムズ・アイヴォリー
(演)エマ・トンプソンアンソニー・ホプキンズヘレナ・ボナム・カーター
 '92年度アカデミー賞 主演女優賞、脚色賞、美術賞を受賞

 『眺めのいい部屋』同様、ジェイムズ・アイヴォリー監督作品で、この映画も原作を尊重したていねいな演出で、これもまた原作の映画化としては理想的なものと言えます。
 演技陣はアカデミー賞の主演女優賞を獲得したマーガレット役のエマ・トンプソンを始めとして、これ以上は望みようがありません。彼女とアンソニー・ホプキンスは、このあと'93年の同じくアイヴォリーの監督作品である『日の名残り』でも共演することになります。
 イギリスの田園風景の美しさ、20世紀初頭の有産階級の生活を中心にした綿密な描写など視覚的要素も特筆すべき映画で、『眺めのいい部屋』や『日の名残り』と並び、英国ファンには必見です。

 


(次回紹介予定)A Passage to India/ インドへの道(1924)

 フォースターの2度にわたるインド旅行から生まれた長篇小説で、英国植民地時代のインドを背景にして、支配民族である英国人、被支配民族であるインド人の民族的対立感情をとりあげて、人間関係における善意や友情の困難さを描いた代表作。


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 ○ 作品
  • Where Angels Fear to Tread/天使も踏むを恐れるところ(1905)
  • The Longest Journey/ロンゲスト・ジャーニー(1907)
  • A Room with a View/眺めのいい部屋(1910)
  • Howards End/ハワーズ・エンド(1910)
  • The Celestial Omnibus/天国行きの乗合馬車(1914):短篇集
  • The Story of the Siren(1920)
  • Alexandria/アレクサンドリア(1922)
  • Pharaos and Pharillon/ファロスとファリロン(1923)
  • A Passage to India/インドへの道(1924)
  • Aspects of the Novel/小説の諸相(1927):小説論
  • The Eternal Moment and Other Stories/永遠の瞬間(1928):短篇集
  • Goldsworthy Lowes Dickinson(1934)
  • Abinger Harvest/アヴィンガァの収穫(1936):批評集
  • What I Believe(1939)
  • Development of English Prose Between 1918 and 1939(1945)
  • Collected Short Stories/短篇集(1948)
  • Two Cheers for Democracy/民主主義に万歳二唱(1951):エッセイ
  • The Hill of Devi/デーヴィーの丘(1953)
  • Marianne Thornton/マリアン・ソーントン(1956):伝記
  • Maurice/モーリス(1970)
  • The Life to Come(1972)
  • Commonplace Book(1979)
  • The New Collected Short Stories(1985)
  • Selected Letters(1983-1985)
  • The Uncollected Egyptian Essays(1988)
 


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