PAPERBACK GUIDE 

A.S.バイアット(1936 - )
A.S. Byatt

 イギリス、シェフィールドの生まれ。1957年ケンブリッジ大学を卒業後、ブリンモーカレッジおよびオックスフォード大学で学んだ。1960年代以降大学で講師として英文学を教え、1983年より著述活動に専念している。小説の他に、エッセイや敬愛する作家アイリス・マードックなどに関する評論などの著作がある。バイアットは、1959年に Ian Charles Rayner Byattと結婚、1969年に離婚し、同年 Peter John Duffyと再婚している。妹のマーガレット・ドラブルも著名な作家。



Art does not exist for politics, or for instruction- it exists primarily for pleasure, or it is nothing.
And the pleasure of fiction is narrative discovery, as it was easy to say about television serials and detective stories, but not, in those days, about serious novels.

芸術は、政治や教育の為にあるのではなく、まず第一に楽しむためにあるのであり、そうでなければ意味がない。
そして小説の楽しさは、物語の展開にあるのであって、それはテレビ・ドラマや推理小説では明らかなことであるが、昨今の純文学においてはそうとも言えないのだ。
/A.S. Byatt

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 1. Possession: A Romance/抱擁(1990)
  難易度:☆☆☆  1990年ブッカー賞受賞

 1986年、19世紀ヴィクトリア朝の著名な詩人ヘンリー・アッシュの研究者、ローランドはロンドン図書館でアッシュの蔵書を調べていて、本の間に挟まっていたアッシュの書きかけの手紙を見つけた。それはアッシュが正体不明の女性に宛てたもので、その冒頭の文章は以下のようだった。

Dear Madam,
 Since our extraordinary conversation I have thought of nothing else. It has not often been given to me as a poet, it is perhaps not often given to human beings, to find such ready sympathy, such wit and judgment together. I write with a strong sense of the necessity of continuing our talk, and without premeditation, to ask if it would be possible for me to call on you, perhaps one day next week. (以下略)

 アッシュは愛妻家として知られ、もしこの手紙の女性との恋愛関係が明らかにされれば、詩人に対する従来の見方が一変する学界のスクープとなるものだった。29歳の下積みの研究助手のローランドは、手紙の発見を教授に知らせず独自に調査を進め、この女性が、詩人で子供向けのファンタジーも残しているクリスタベル・ラモットではないかと推定し、ラモット研究の第一人者であり、彼女の遠縁にも当たる女性研究者のモード博士を大学の彼女の研究室に訪ねた。手紙の内容に興味を覚えたモードは、ローランドとともにラモットが暮した館を訪ね、手つかずにあった彼女の部屋の人形の中にアッシュとの愛を証明する往復書簡を発見した。
 モードが人形を手紙の隠し場所として直感したのは、彼女がラモットの人形を描写した詩を諳(そら)んじていたからだった。

 Dolly keeps a Secret
 Safer than a Friend
 Dolly's Silent Sympathy
 Lasts without end.
 (以下略)

 19世紀に生きた二人の詩人の今まで知られていなかった恋愛が、往復書簡の発見を発端にして、さらにアッシュの妻やラモットと同棲していた女性画家などの関係者の日記などを通じて次第に浮き彫りにされていく中で、新たな資料の追求と所有(possession)を巡る現代の英米の研究者たちのかけひきと、ローランドとモードの恋愛模様が描かれていきます。
 "A Romance"という副題が付いている大部(ペーパーバックで 511ページ)の作品ですが、本の扉裏に掲げているナサニエル・ホーソンの言葉からも推し量れるように、バイアットは"Novel 小説"に比べ、形式と素材において、より自由な"Romance ロマンス"を選び取ることにより、文学における物語の楽しさの復権を意図しているようです。ストーリーが進むにつれて、真実が徐々に明らかにされていくミステリー的な手法は、ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」に影響されたことを、バイアットはエッセイの中で述べていますが、最終章に至るまで気を置けない展開で読者を引っ張る手腕はなかなかのものです。
 19世紀の詩人たちの恋愛が情熱的であったのとは対照的に、彼らを追う現代の研究者たち、ローランドとモードの恋愛は、なかなか燃え上がらず、いささかじれったい思いにさせられますが、これは二人の生きてきた1970・80年代が、性的な言葉や分析が増殖する一方で、愛や恋といった"ロマンス"に不信感を抱く時代、文化であったからと述べられています。

 They were children of a time and culture which mistrusted love, 'in love', romantic love, romance in toto, and which nevertheless in revenge proliferated sexual language, linguistic sexuality, analysis, dissection, deconstruction, exposure.

 氾濫する性のイメージに食傷し、何にも欲望を持たない状態、"誰もいない清潔なベッド"のイメージを最良と考えるローランドと、美人でありながら男に対する恐れを抱き、"冷たさで男を凍らせる"モード。現代における愛の不可能性を象徴するかのような、この二人の関係が、彼らが闇から解き放した過去のロマンスの反映を受けることにより、俄(にわか)の共同研究者の立場から次第にロマンスの対象へと変化していく描写も興味深いものがあります。

 この作品では、アッシュとラモット、二人の詩人の手になる詩も多く作中に挿入されていて、彼らの心境をうかがう重要な要素となっていますが、それらを皆バイアット自身が書いているのも驚きです。彼女自身、取り憑かれたようにして(possessed)これらの詩を書き、あたかもひとりでに書き上げられたようで、自分の作品のような感じがしなかった、と述懐しています。とくに大部が掲載されているのは以下の作品でした。
 ・「Swammerdam」/アッシュ 約300行
 ・「The Fairy Melusine 妖精メリュジーネ」/ラモット 約360行
 ・「Mummy Possest 取り憑かれたミイラ」/アッシュ 約270行

 この他にも、ラモット作のファンタジー2篇と、二人の詩の断片多数が挿入されていて、これらをじっくり味わうことで(初読の際には、さらっと流し読みすることをおすすめします)、この作品をより一層楽しむことができると思います。

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 (映画)抱擁/Possession(2002) 
 (監)ニール・ラビュート (演)グウィネス・パルトロウ、 アーロン・エックハートジェレミー・ノーザムジェニファー・エール 

 1時間40分の映画の枠内で、大部の原作を過不足なく再現できるわけがないので、いかに原作の内容を整理して観客に提示するかがポイントになると思いますが、この点における監督のニール・ラビュートの手腕は確かなものです。とくに、頻繁に行なわれる現代とヴィクトリア朝の二つの時代の画面の切り替えは、実にスムーズで違和感を感じさせませんでした。
 ただ個人的に残念だと思ったのは、ローランドを不遇の英国人研究者(原作)から米国人に変えてしまったこと。アメリカでの興行成績を考えてのことだろうけど、ローランドとモードの恋愛が何となくハリウッド映画のラブコメ調になり(偏見かもしれません)、格調高いアッシュとラモットの悲恋とは釣り合いがとれないように感じました。バルトロウも一見冷たいモードを演じるには暖か過ぎのような気がします。
 反面、アーロン・エックハートとジェニファー・エールが演じたアッシュとラモットの悲恋の方はとてもよかった。ジェニファー・エールはBBCの傑作TVドラマ「高慢と偏見」でもとても良い演技を見せてくれたけど、この映画での情熱を秘めた詩人ラモットの演技も印象的でした。
 映像面では、ヴィクトリア朝の英国ファンには見逃せない当時の衣装や家具の他、現代のロンドンやイングランド北部のヨークシャーの風景、大英博物館(アッシュの生誕百年展が開催されていた)の描写などがあり、楽しめます。

(参考Web)

   Filmography links and data courtesy of The Internet Movie Database.
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 (紹介予定)The Virgin in the Garden(1978)

四部作の第1作

(amzon. com. より)
Book Description
A novel in which enlightenment and sexuality, Elizabethan drama and contemporary comedy intersect richly and unpredictably. The events in this tale revolve around an eccentric family and the staging of a play about Elizabeth I.


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 ■ 参考Webサイト   本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。

○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書翻訳本) 

○参考資料
 ・A. S. Byatt(Wikipedia 英語)

○ 検索
   

 ■ 主要作品リスト  

  • Shadow of a Sun(1964)
  • Degrees of Freedom: The Novels of Iris Murdoch(1965):評論
  • The Game/ゲーム(1967)
  • Wordsworth and Coleridge in Their Time(1970):評論
  • Iris Murdoch(1976):評論
  • The Virgin in the Garden(1978):四部作の第1作
  • Still Life(1985):四部作の第2作
  • Sugar and Other Stories/シュガー(1987):短篇集
  • Possession: A Romance/抱擁(1990)
  • Passions of the Mind: Selected Writings(1991):Essays
  • Angels and Insects(1992)
  • The Matisse Stories/マティス・ストーリーズ −残酷な愛の物語−(1993):短篇集
  • The Djinn in the Nightingale's Eye:Five Fairy Stories(1994):短篇集
  • Imagining Characters: Six Conversations about Women Writers(1995):Ignes Sodreとの共著
  • Babel Tower(1996):四部作の第3作
  • Elementales: Stories of Fire and Ice(1998):短篇集
  • Portraits in Fiction(2001):評論
  • A Whistling Woman(2001):四部作の第4作



 
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