PAPERBACK GUIDE 
Jane Austen(1775 - 1817)
ジェイン・オースティン 

 イングランド東南部ハンプシアの静かな村スティーヴントンで牧師家の6男2女の次女として生まれた。20歳頃より小説を書き始めた。25歳のとき、牧師の職を長男に譲って引退した父と共にバースに移り、父の死後は母や姉と共にサウスアンプトンに移った。1809年から生まれ故郷に近いチョートンの村にある兄の家に住むようになり、20代の前半に書いた小説の原稿に手を加え、「分別と多感」を1811年に自費で処女出版した。「エマ」を出版した16年頃より健康が衰えはじめ、41歳で独身の生涯を閉じた。初期作品「ノーサンガー・アベイ」と最後の小説「説得」は死後の18年に出版された。


 

「私は、"高慢と偏見"を200回は読んでるの」
映画『ユー・ガット・メール』よりキャスリーンの台詞


概していって『高慢と偏見』は、あらゆる小説の中でもっとも申し分のない小説であると思う。

どの作品にもこれといって大した事件は起こらない。それでいて、あるページを読み終わると、さて次に何が起こるのだろうかと、急いでページを繰らずにはいられない。ところが、ページを繰ってみても、やはり何も大したことは起こらない。だが、それでいて、またもやページを繰らずにはいられないのだ。
世界の十大小説』/ サマセット・モーム
 

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 1. Pride and Prejudice/ 高慢と偏見(1813)
 難易度:☆☆☆

 ジェイン・オースティンの代表作として最もよく知られている作品で、次のような大変有名な冒頭の文章から始まっています。

 It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune, must be in want of a wife.
 金持ちで独身の男性は、きっと妻を欲しがっているに違いない、というのは誰もが認めている真理である。
 
 小説の主人公である次女のエリザベスを含め、年頃の5人の娘を持つベネット夫妻(とくに夫人にとって)の最大関心事は娘達の結婚だった。そんな折、近くに独身の資産家ビングリーが引っ越して来ます。ビングリーと心優しい長女ジェーンは互いに惹かれるようになりますが、エリザベスはビングリーの親友ダーシーの高慢な態度に反感を抱き、さらに彼女が好意を寄せるハンサムな軍人ウィカムのダーシーを中傷する言葉により、ますます彼に対する偏見をつのらせていきます。
 一方そんなことは知らないダーシーは才気溢れるエリザベスに強く惹かれるようになり、彼女に求婚します。

 ダーシーがエリザベスの泊まっている宿の部屋を訪ね、愛を告白する場面から ;
 彼は部屋に入って来るや否や見舞いの言葉を述べ、エリザベスが冷淡に答えると、少しの間坐っていたが、立ち上がって部屋の中を歩き回った。4、5分の沈黙の後、興奮した様子で彼女に寄ってきて、これ以上自分の気持ちを抑えることが出来ない、あなたを心から愛している、と言った。

 ....... , to her utter amazement, she saw Mr. Darcy walk into the room. In an hurried manner he immediately began an inquiry after her health, imputing his visit to a wish of hearing that she were better. She answered him with cold civility. He sat down for a few moments, and then getting up walked about the room. Elizabeth was surprised, but said not a word. After a silence of several minutes he came towards her in agitated manner, and thus began,
 "In vain have I struggled. It will not do. My feelings will not be repressed. You must allow me to tell you how ardently I admire and love you."
 Elizabeth's astonishment was beyond expression. She stared, coloured, doubted, and was silent.

 ダーシーを嫌っていたエリザベスは、彼の求婚を拒絶しますが、その後に起きたベネット家を震撼させるスキャンダルの収拾の過程で、ダーシーに対する彼女の偏見は彼への愛情に姿を変え、めでたくハッピー・エンドを迎えることになります。

 予定調和的なストーリーですが、それでもこのおよそ2世紀前に書かれた小説が今の時代まで読み継がれ、そして繰り返し読むに値するのは、それぞれに個性的な登場人物たちが、現代の我々にも生き生きとした実在感を持って受けとめることのできる普遍性をもって描かれているからだと思います。
 自他共に認める才女でありながら、自分への過信による偏見のためにダーシーの真意を見抜けなかったエリザベス、誇り高い紳士だけど、お坊ちゃん育ちで高慢なダーシー、そして心優しいけど、どこかお人好しで頼りないジェーンやビングリーなど、主要登場人物たちがそれぞれに人間的な欠点を持ち、決して理想化されていないのもオースティンの人間観察の確かさを裏付けているようです。
 人間心理の深い洞察に満ちたこの小説を本当に面白く読むことができるのは、酸いも甘いも噛み分けたおとなの特権なのではないかと思います。



 TVドラマ)高慢と偏見/ Pride and Prejudice(英BBC '95)
(監)サイモン・ラントン (演)コリン・ファース(ダーシー)、ジェニファー・エール(エリザベス)、スザンナ・ハーカー(ジェーン)

 3回シリーズ、全編で約5時間かかるBBC制作のTVドラマです。原作をほぼ忠実に再現させていて、長丁場にもかかわらず、途中でだれたりせず、最後まで飽きることなく楽しめるのは、原作自身の持つ魅力に拠っているところが大きいに違いないものの、主要人物たちを演じる俳優たちの造型の見事さ、田園風景の美しさ、それと綿密な考証に基づいたのであろう衣裳や、屋敷の調度類にいたるディテールの完璧さもこのドラマを魅力的にしている大きな要因だと思います。
 演技陣で特筆すべきは、やはりダーシー役のコリン・ファースでしょう。大地主で、自尊心が強く、一見高慢に映るけど実は誠実な紳士であるダーシーが、恋するエリザベスの前では平静を失い、初心(うぶ)だった少年の頃の面影がちらほら見え隠れしたりする、そんな微妙な感情の表出がとてもいい。そのあたりが女性ファンの母性本能を刺激する所以なんでしょう。
 ヒロインのエリザベスを演じたジェニファー・エイルは、日本では知られていない女優ですが、19世紀風の才女(という言葉があったとして)のイメージに合っていました。そのほか、娘の結婚の事しか頭になく、のべつまくしたてるベネット夫人(こういうおばさんは古今東西、普遍的に存在していたのだ)と、そんな夫人をあきらめからくる冷やかなまなざしで眺め、普段は避難場所の書斎に閉じこもっている夫のベネット氏(同情します)、お調子者で自己中心的なリディアやキティ、それからベネット一家でひとりだけ浮いていたメアリーなど皆よかった。そういえばベネット家の娘達を筆頭に、現代風のほっそりした美人が稀少だったドラマだけど(ミス・ダーシーくらいではなかったか)、これもBBCが綿密な考証を行い、当時の美意識を反映させた結果なんだろうか。
 それにしても映像で見るダーシー邸のなんという豪華さ! あの屋敷を維持する費用を考えると当時の大地主の富の大きさを想像できるし、Kazuo Ishiguroの小説『日の名残り』では20世紀が舞台だったけど、主人公の執事スティーブンスが長年仕えていたダーリントン卿が、財政難からその屋敷をアメリカの成金に売り渡さなくてはならなかったエピソードも納得できます。
 ダーシー邸で、エリザベスがピアノの弾き語りで歌っていたのは、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』で、小姓の少年ケルビーノが歌うソプラノのアリア「恋とはどんなものかしら」でした。この曲は、モーツァルト作曲のアリアの中でも最も愛らしいものだと思います。
 


 (映画)プライドと偏見/ Pride & Prejudice(英・仏 '05) 
 (監)ジョー・ライト (演)キーラ・ナイトレイ(エリザベス)、マシュー・マクファディン(ダーシー)、ロザムンド・パイク((ジェーン)、ドナルド・サザーランド(Mr.ベネット)、ジュディ・デンチ(レディ・キャサリン)

 BBCドラマに比べると、キーラ・ナイトレイのエリザベスは、現代的な知的美人といった雰囲気でしたが違和感はありませんでした。ダーシー役のマシュー・マクファディンは、BBCドラマでのコリン・ファースのような存在感はありませんが、「男は黙って・・・」という愚直な男らしさをうまく醸(かも)し出していたと思います。
 BBCドラマ同様、時代考証が隅々まで行き届いているようです。田園風景も美しく印象的ですが、なんといってもダーシーのペンバリー邸の広壮さがもの凄い。家畜の豚やらがそこらをうろうろしているエリザベス・ファミリーが暮らす貧相な家とは天と地の差があって、これではエリザベスがダーシーの富を見せつけられて寝返ったと思われても無理はないと納得します。ダーシーの妹、ジョージアナのいかにも深窓の令嬢といった儚(はかな)げな風情も良かった。エリザベスの父親を演じたドナルド・サザーランド、レディ・キャサリン役のジュディ・デンチ、名優二人の渋い演技を堪能できるのも魅力の映画です。



 (映画)ブリジット・ジョーンズの日記/ Bridget Jones's Diary(英・'01) (映画)シーン
 (監)シャロン・マグワイア (演)レニー・ゼルウィガー, コリン・ファース、 ヒュー・グラント

 「うまく言えないが...信じられないだろうが...君が好きだ...ありのままの君が」

 ヘレン・フィールディング作の同名タイトルの小説の映画化です。
 BBCドラマ「高慢と偏見」のダーシー役で、世の女性たちの心をしっかりと捉えたコリン・ファースが、現代を舞台にしたこの映画でも名前が同じダーシーというだけでなく、表情、雰囲気も「高慢と偏見」での役柄そのままといった雰囲気で登場し(映画の方は、ちょっとマザコン気味ですが)、ヒロインのブリジットをめぐる恋愛騒動に巻き込まれるという、おかしくて、ハートワームな映画です。二転三転する、ひねりの利いたストーリーは、さすが現代物というべきで、飽きさせません。
 肝心のブリジットですが、「高慢と偏見」のヒロイン、エリザベスのような才気煥発な女性ではなくて、何事も行き当たりばったり成り行きまかせの天然自然といった風で、それは太目の体形を改善すべく決意したダイエットにしても(目標:10kg減量)、恋愛にしても(目標:良識あるボーイフレンドを見つけること)、仕事にしても同様で、そんな彼女の取り得はというと、猪突猛進、一生懸命がんばるところでしょうか。まあ、憎めないキャラクターです。バックに流れていたダイアナ・ロスが歌う「Ain't No Mountain High Enough」が、彼女への応援歌として、ピッタリでした。
 この現代のヒロインは、女たらしの上司ダニエルに誘惑され、あっさりと彼の手中に落ち、そして振られてしまいますが、ダニエルはダーシーとはケンブリッジでの学友で、彼がダーシーについて根も葉もない中傷をして、ブリジットがダーシーに対して最初から偏見を抱くところも「高慢と偏見」と同じシチュエーションとなっています。さて最後も原作と同じくハッピー・エンドとなるかどうか...。



 映画)ユー・ガット・メール/ You've Got Mail(米・'98) (映画)7シーン
(監)(脚)ノーラ・エフロン (演)メグ・ライアントム・ハンクス

「私は、"高慢と偏見"を200回は読んでるの」

"I wanted it to be you, I wanted it to be you so badly."
「あなたでよかった。ずっとそう願ってた」


 メグ・ライアンとトム・ハンクスの共演、監督・脚本がノーラ・エフロンという『めぐり逢えたら』のコンビによるロマンチックコメディです。
 ニューヨークで児童書専門の小さな書店を経営しているキャスリーンは、インターネット上で知り合った相手「NY152」とメール交換をしていたが、ふたりの間には恋の感情が芽生え始めていた。ところがキャスリーンのメールの相手は、彼女の店の近くにオープンした商売敵の大型ディスカウント書店チェーンの御曹司ジョーだった。
 キャスリーンの愛読書が『高慢と偏見』、ジョーのそれが『ゴッド・ファザー』という対照がとても面白い。ジョーはキャスリーンに勧められて『高慢と偏見』を読んでいたけど(ちなみに表紙は、BBCドラマの写真だった)、ピンとこない様子でした。ノーラ・エフロンの恋愛コメディのつぼを押さえた、女性らしい細やかな演出とメグ・ライアンの爽やかさで魅せる映画です。
 冒頭流れていた曲は、アイルランドのグループ、クランベリーズの"Dreams"で、この曲はフェイ・ウォンがカバーして『恋する惑星』の主題歌にもなっていました。キャロル・キングの歌声も健在でした。

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 2. Persuasion/ 説得(説きふせられて)(1818)
 難易度:☆☆☆ 

 How was the truth to reach him? How, in all the peculiar disadvantages of their respective situations, would he ever learn her real sentiments? 

 どうしたら本当の事を彼に伝えられるのかしら。ふたりそれぞれ不都合な立場の中で、どうやって自分の本心を彼にわかってもらえるのだろう。

 オースティン最後の長編小説です。
 エリオット家の次女アンは27歳。かつて軍人のウェントワースと相思相愛だったものの、周囲に説得され、彼からの求婚を断った出来事がありました。その後エリオット家の経済的苦境を改善する為、エリオット卿は邸宅をクロフト提督夫妻に貸すことになりますが、クロフト提督がウェントワースの義兄であったことから、彼とアンは8年ぶりに再会することになります。 
 過去の苦い記憶から、当初は互いに避けようとしますが、今は出世して経済的にも恵まれているウェントワースと、過去の逡巡を悔やんでいるアン、このふたりの愛の再生と成就が小説の中心テーマとなっています。
 ポピュラーな「高慢と偏見」に比べると、ストーリーの展開がずっと穏やかであること、そして主人公アンの知性的ではあるけど、華やかさに欠ける慎み深く内省的な性格のため、小説としてずっと地味な印象を抱かざるを得ませんが、その反面、オースティン晩年の人間観照を反映したしみじみとした情緒を味わえる作品となっています。
 互いに惹かれあいながらも、なかなか気持ちが通い合わない二人ですが、愛の成就の端緒となったのがウェントワースがアンに手渡した手紙です。この中でウェントワースは、アンに8年の時を隔てた愛の告白をします。

 I can listen no longer in silence. I must speak to you by such means as are within my reach. You pierce my soul. I am half agony, half hope. Tell me not that I am too late, that such precious feelings are gone forever. I offer myself to you again with a heart even more your own than when you almost broke it eight years and a half ago. Dare not say that man forgets sooner than woman, that his love has earlier death. I have loved more but you.



 (映画)待ち焦がれて/ Persuasion(英・'95)

(監)ロジャー・ミッチェル (演)アマンダ・ルート、シアラン・ハインズ、サミュエル・ウエスト  映画スティル:4シーン 

 おおむね原作(「説得」/ジェイン・オースティン)に沿って作られています。地味な原作同様、映画の方もラブ・ロマンスとしては派手なところがなくて、これほど主人公のカップルが地味な映画もちょっと珍しいのではないかな。シアラン・ハインズが演じているウェントワース大佐の無骨さは、まあ肯けるとしても、アマンダ・ルート扮するアンはヒロインとしてとりわけ美人とはいえないし、原作での年令(27歳)よりずっと上のように見えます。
 ということで、華やかさは期待できないけれど、でもこれはいい映画です。オースティンの原作に支えられている部分が多いにせよ、もう若くはない二人(現代の感覚では、27歳と31歳はまだ充分に若いと思うけど)の節度ある真摯な愛は胸を打つものがあります。
 特筆すべきは、当時(19世紀前半)のイギリス人の暮らしぶりが生き生きと再現されている点で、「高慢と偏見」や「ハワーズ・エンド」などの映画が好きな英国ファンには、とてもうれしい映画です。

 (挿入曲)
 ・フランス組曲No.1より/J.S.バッハ
 ・前奏曲集、ノクターン/ショパン


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 3. Emma/エマ(1815)
 難易度:☆☆☆  

 Emma Woodhouse, handsome, clever, and rich, with a comfortable home and happy disposition, seemed to unite some of the best blessings of existence; and had lived nearly twenty-one years in the world with very little to distress or vex her.

 作品冒頭の部分です。主人公のエマは、まだ21歳ですが、"handsome, clever, and rich, with a comfortable home and happy disposition(明るい性格)"というのだから、恐れ入ります。母はずっと以前に亡くなり、気弱な父親は頼りにならず、たったひとりの姉妹である姉は嫁いでいて、おまけに母代わりであった家庭教師のミス・テイラーも財産家のウェストン氏の後妻に迎えられ出て行ってしまったので、エマは若くして地方の名家の女主人の立場となります。
 誰もが羨む境遇のエマが熱中しているのが、恋のキューピット役で、年下の従順な友人、ハリエットとハンサムな牧師エルトンを結びつかせようと画策しますが、結果は大失敗。エマは懲りずに、今度はウェストン氏の息子のフランクとハリエットを結婚させようとします。人の恋の仲介ばかりやっていて、エマ本人はどうかというと、ハリエットに向かって、自分は結婚など全然する気がないと言っています。恋をすれば別かもしれないけど、そんなことはないだろうとも言っています。

"I have none of the usual inducements of women to marry. Were I to fall in love, indeed, it would be a different thing! but I never have been in love; it is not my way, or my nature; and I do not think I ever shall. And, without love, I am sure I should be a fool to change such a situation as mine."

 お節介焼きで、しかも自分勝手の思い込みが激しく、良かれと思ってしたことが、見当違いで周囲や自分を傷つける結果となってしまうエマ。作者自身、本作品の執筆に取りかかったときに、「私以外には、だれも好きになれそうもないようなヒロインを取り上げるつもりです」と語ったと伝えられているそうですが、確かに小説序盤のエマの造形には、時おり見え隠れする強い階級意識も含め、そういった面が感じられます。しかし、自信家のエマも度重なる失敗の経験を通じて、また彼女を小さい頃から見守ってきた16才年上の義兄ナイトリー氏に手厳しい意見をもらったりして自らの言動を反省し、改めていくことにより思いやりのある女性に成長していくことになります。そうした教養小説的な面と、登場人物たちの様々なキャラクターの描写から読み取ることができるオースティンの人間観察の見事さが、何よりの魅力となっている作品です。脇役たちの中では、エマの父親で、気に病む気質を持ち、何より変化を嫌い、現状を維持することに汲々とするウッドハウス氏と、のべつ幕無しにしゃべりまくる独身のベイツ嬢が、面白さにおいて際立っていました。
 小説の舞台が、エマの住むハートフィールドに限定されていることもあり、「高慢と偏見」と比べると、ずっと地味な印象を受けますが、物語の意外な展開などもあり、大部の小説を退屈することなく読み終えることができます。


 (映画)エマ/ Emma(英 '96)
 (監)ダグラス・マクグラス (演)グィネス・パルトロウユアン・マクレガー

 パルトロウ演ずるエマは、初々しく可憐で、原作ではちらほら見え隠れする高慢さは微塵も感じさせず、彼女の善意からのおせっかいも、そこから生まれる周囲へのトラブルも無条件に許せてしまう魅力の持ち主です。こうしたエマ像を主人公に展開するドラマは、総じて良質のロマンティック・コメディに仕上がっています。当時のダンス・パーティーの場面や、ピアノを弾きながら歌う場面なども楽しめます。
 オースティンの原作と、ハリウッド的ロマンティック・コメディとを画する要素は一体何なのか。オースティンの作品が、当時の娯楽小説として受容されていることを考えると、両者が全く別物とみなすのは案外難しいのかもしれませんが、それはおそらくオースティンの描く人間ドラマで表現されている欠点と長所を併せ持った作りものでない人間の本質が、彼女が生きた時代の空気とともに、生き生きと描き出されているか、ということではないかと思います。
 この映画の後、「恋におちたシェイクスピア」(1998)で一躍脚光を浴びるパルトロウや、まだそれほど有名でないユアン・マクレガー他の配役も適切で、画面の美しさも印象的です。


 

 (TVドラマ)エマ/Emma(英・'97)
 (演出)ディアールムド・ローレンス (演)ケイト・ベッキンセールマーク・ストロングサマンサ・モートン

 こちらは、上に紹介している「高慢と偏見」同様、TVドラマとして制作されたものです。このドラマで、ケイト・ベッキンセールが演じたエマは、映画に比べてずっと原作のイメージに近いエマ像となっています。従って、映画でのエマほどの華やかな魅力に欠けるのはやむを得ませんが、いくらかはオースティン自身の肖像を反映していると考えられる意志の強い(頑固な)エマの実像を余すことなく描写することに成功しています。
 同様のことは、ナイトリーや、エマの父を始めとするエマの周囲の人物にも言え、さらに当時の上流階級の社交とか、召使いを従えてのピクニックの模様など、おそらくは綿密な時代考証に基づき再現されている映像も見応えがあります。大部の原作の代わりに映像で済ませようという人におすすめです。


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 4. Sense and Sensibility/ いつか晴れた日に ―分別と多感―(1811)
      

 オースティンの6篇の小説中、最初に出版された作品です。ヒロインの二人姉妹は対照的な性格で、理知的な姉エリナが分別”Sense”を、情熱的で感性豊かな妹マリアンが多感”Sensibility”を、それぞれ体現しています。

 Elinor, this eldest daughter, whose advice was so effectual, possessed a strength of understanding, and coolness of judgment, which qualified her, though only nineteen, to be the counsellor of her mother, and enabled her frequently to counteract, to the advantage of them all, that eagerness of mind in Mrs. Dashwood which must generally have led to imprudence. She had an excellent heart;--her disposition was affectionate, and her feelings were strong; but she knew how to govern them: it was a knowledge which her mother had yet to learn; and which one of her sisters had resolved never to be taught.
 Marianne's abilities were, in many respects, quite equal to Elinor's. She was sensible and clever; but eager in everything: her sorrows, her joys, could have no moderation. She was generous, amiable, interesting: she was everything but prudent. The resemblance between her and her mother was strikingly great.

 きわめて効果的な忠告をした当の長女エリナはしっかりした分別と冷静な判断力があって、年齢はわずか十九ながら、母親の相談相手が立派につとまり、ややもすれば軽率さにつながりかねない母親の気性の熱烈さを、一家にとって幸いなことにしばしば押えることもできた。エリナは見上げた心根の持ち主で、情こまやかで、喜怒哀楽は激しいものの、それを自制するすべを知っていた。その知恵は母親がこれからおぼえなくてはならないことだったし、妹の一人は断じて見習うまいと心に決めていた。
 その妹マリアンの才能も多くの点でエリナにまったくひけをとらなかった。彼女は感じやすく、利発だが、ただ、何ごとにおいても熱烈だった。悲しいにつけ、嬉しいにつけ、ほどほどということがない。心が広く、気立てもよく、おもしろみのある娘だけれど、思慮深いとだけは到底言えない。際立って母親似だった。
(真野明裕 訳)

 広大な領地を持つ地主だった姉妹の父が亡くなり、当時の法律に従って遺産は先妻の息子のジョンに相続され、後妻で未亡人となったダッシュウッド夫人と娘たちは住んでいたノーランドの屋敷を追われ、デボンシャの簡素なコテージに移り住みます。
 エリナと、ジョンの妻の弟のエドワードは互いに好意を抱いていましたが、エドワードには4年前に秘密裡に婚約した女性がいたため、エリナに求婚できずにいました。当時(19世紀)のイギリスでは、求婚ができるのは男性だけで、逆に婚約を破棄できるのは女性にだけ許された権利でした。このため、エドワードは若さゆえの軽率な婚約に縛られ、エリナとともに苦しむことになります。
 一方、16歳のマリアンは、散歩の途中でにわか雨に襲われて転んで怪我したところを、狩猟で通りかかかったハンサムな青年ウィロビーに助けられ、社交的で趣味が合う彼とたちまち恋に落ちます。しかし、マリアンの恋情が高まったところで、ウィロビーは彼女の前から姿を消してしまいます。
 エリナとマリアンの波乱含みの恋の行方を中心にしてストーリーは展開しますが、作者のオースティンは明らかにエリナと同じタイプの理知的な女性であり、そのためか感性の赴くまま行動するマリアンに対しては批判的である印象を受けます。男性についても、社交的で派手なウィロビーよりも、誠実ではあるけれど不器用なエドワードや、マリアンを陰ながら愛するブランドン大佐に温かいまなざしを注いでいます。

(映画) いつか晴れた日に/ Sense and Sensibility( '95)

(監督)アン・リー (出演)エマ・トンプソン(エリナ)、ケイト・ウィンスレット(マリアン)、ヒュー・グラント(エドワード)
 アカデミー最優秀脚色賞  映画シーン

 主役のエリナを演じたエマ・トンプソン自身がこの映画の脚本も書いていますが、原作の登場人物を整理し、現代の観点では冗長と思われる部分をすっきりさせることによって、原作よりずっと見通しのよい作品に仕上がっています。イギリスの田園風景の美しさも堪能できる映像です。
 エマ・トンプソンの沈着冷静ながら内に情熱を秘めたエリナ、「タイタニック」(1997)で国際的スターになる前のケイト・ウィンスレットが演じた美しく感受性の強いマリアン、ともに適役です。原作ではほとんど目立たない末娘のマーガレットもコメディエンヌ的な役柄で雰囲気を盛り上げていました。エリナがエドワードからルーシーとの婚約解消を告げられ、晴れて二人が結婚できると知ったとたん、今までずっと抑えてきた感情が一気にあふれ出し、泣き出してしまうシーンがとりわけ心に残りました。原作ではわずか二行の場面ですが、エマ・トンプソンの感情表現は見ごたえがありました。

 Elinor could sit it no longer. She almost ran out of the room, and as soon as the door was closed, burst into tears of joy, which at first she thought would never cease.

 エリナはもはやじっと坐ってはいられず、走るようにして部屋を出た。ドアが閉まったとたん、堰(せき)を切ったように嬉し涙が溢れ出し、もう止まらないのではないかと初めのうち自分では思った。


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 5.Northanger Abbey/ ノーサンガー・アベイ(1818)
   難易度:☆☆

 No one who had ever seen Catherine Morland in her infancy would have supposed her born to be an heroine. Her situation in life, the character of her father and mother, her own person and disposition, were all equally against her.

 キャサリン・モーランドを子供時代に見かけたことのある人なら、誰も彼女がヒロインになるために生まれたなどとは思わなかっただろう。彼女の身の上、両親の人となり、彼女自身の容姿、気質、どの点を取ってみても、これは無理な話だった。(中尾真理 訳)

 小説冒頭で、主人公のキャサリンはこのように紹介されています。彼女は田舎のつましい牧師の娘で、そんな彼女も15才になるころには娘らしく成長します。

 She had now the pleasure of sometimes hearing her father and mother remark on her personal improvement. "Catherine grows quite a good-looking girl,-she is almost pretty today," were words which caught her ears now and then; and how welcome were the sounds! To look almost pretty is an acquisition of higher delight to a girl who has been looking plain the first fifteen years of her life than a beauty from her cradle can ever receive.

 今では時々、両親がキャサリンの器量がよくなったことについてこう意見を述べているのを、聞くことさえあった。「キャサリンはとてもきれいな娘になりましたわ― このごろでは美人だといってもいいぐらいですわ」という言葉を、彼女は折々耳にした。なんという嬉しい響きであったことか! 生まれてから15年間も不器量であった娘にとって、美人の「ように」見えるということは、赤ん坊のときから美人であった娘よりも、もっと嬉しいことなのである。

 17才になったキャサリンは、近所の地主のアレン夫妻に連れられて保養都市バースに滞在し、この社交の盛んな都会の舞踏会で4才年上のイザベラと親しくなり、彼女の兄のジョン・ソープ、そして魅力的な青年牧師のヘンリー・ティルニーとも出会い、キャサリンの周りにもいよいよ待ちに待った恋模様が描かれることになります。
 ところが、当時はやっていたゴシック・ロマン小説(美しい女性をヒロインとした感傷的で怪奇趣味的な小説)の熱烈な愛読者だったキャサリンは、自分の置かれた状況を小説世界にあてはめて独りよがりな解釈をして、恋するヘンリーの父にあらぬ疑いをかけるという大失敗をしてしまいます。そんなこんなの波乱はあるものの、おしまいにはめでたくハッピーエンディングにこぎつけることになるのでした。
 この作品は、当時流行していたゴシック・ロマン小説に対するパロディを主眼として書かれたことから、オースティンの他の小説とはちょっと毛色が変わっていて、皮肉っぽい語り口が特徴的です。彼女の死後に出版されましたが、執筆されたのはそれより20年前にさかのぼり、生前に世に出なかったのは、ゴシック・ロマン風刺というねらいが時機を失したと感じられたことが一因のようです。作中にオースティンが理想とする小説像を述べている個所があり、”人間性についての最も完全な知識、その変化のさまを最も楽しく描いた記述、機知とユーモアの生き生きとしたほとばしりが、選び抜かれた最上の言葉で世間に向かって伝えられているもの”と書かれています。そうした理想像に近い代表作の「高慢と偏見」に比べると、見劣りするのは否めないものの、普通の女の子、キャサリンの成長物語として、またオースティンの異色作として、ファンには逃せない作品です。


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 (関連作品)ジェイン・オースティンの読書会 The Jane Austen Book Club(2004)/Karen Joy Fowler 
   難易度:☆☆

Each of us has a private Austen.

Jocelyn’s Austen wrote wonderful novels about love and courtship, but never married. The book club was Jocelyn’s idea, and she handpicked the members. She had more ideas in one morning than the rest of us had in a week, and more energy, too. It was essential to reintroduce Austen into your life regularly, Jocelyn said, let her look around. We suspected a hidden agenda, but who would put Jane Austen to an evil purpose?

 小説冒頭の部分です。
 19世紀の女流小説家、ジェイン・オースティンが残した6作の恋愛小説を題材に、毎月持ち回りで読書会を開こうと提案したのはジョスリンでした。カルフォルニアに暮らす50代の独身女性で犬のブリーダーを営んでいる彼女が選んだメンバーは全員で6名; 彼女の親友で夫から離婚宣告をされ落ち込んでいるシルヴィア、彼女の娘でレズビアンの恋人との関係がこじれているアレグラ、28歳の高校のフランス語教師のプルーディー、メンバーの中で最年長の67歳のバーナデット、そして唯一の男性メンバーであるグリッグでした。

 小説では、読書会でのオースティン作品についての合評の模様とともに、メンバー各人の過去、現在の人生模様が描写され、月に一度開かれる読書会が進むにつれ彼らの人生ドラマも展開していきます。
 それぞれが抱えている恋愛問題がいかにもオースティン的であることに気づいたときには、すでに作者の仕掛けた巧妙なプロットに乗せられてしまっていて、そしてオースティンの小説がそうであるように、この小説も機知に富み、後味のよい読後感を残してくれました。
 著者のカレン・ジョイ・ファウラーはSF作家でもあるそうで、そのためかただ一人の男性であるGriggがSFオタクに設定されていて、「ゲド戦記」の作者であるル=グィンの代表作「闇の左手」などが恋愛の小道具として使われていたりしていて、同じSFファンである僕もうれしくなりました。

 読書会でメンバー間でかわされるオースティン作品に関する意見の中には、なるほどと感心するのもありオースティン作品のファンには興味深く、たとえば作品全般に関してでは、”キリスト教に関する言及がない”、”精神的より物質的に偏っている”、”誰も愛の為に死なない”など。オースティンの父は牧師であったのにスピリチュアルな描写がほとんどないというのは確かに不思議です。

 巻末には、オースティンの小説の最初の幸福な読者となった家族、友人たちの感想から始まり、J.K.ローリング(ハリー・ポッターの作者)など現代までの著名人たちのオースティンについてのコメントが載せられていて、こちらも楽しいです。「トム・ソーヤーの冒険」の著者マーク・トウェインの短いコメントを紹介してみます。彼流の作品への愛情表現なのだろうと思います。

 Every time I read “Pride and Prejudice” I want to dig her up and hit her over the skull with her own shin-bone(脛骨).

 オースティンの作品を読んだことのない読者も十分楽しめる小説だと思うし、読後にはオースティン作品を読んでみたくなること間違いなしでしょう。

 Don’t miss the happy ending.

 同名の映画(2007)も小説の雰囲気を生かしていて、とてもよかったです(映画シーン)。

(参考)
 ・U.K. ル=グィンの小説紹介(本サイト) 

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 (参考資料)ビカミング・ジェイン・オースティン(2003)/ジョン・スペンス
 キネマ旬報社

 「プライドと偏見(高慢と偏見)」、「エマ」、「いつか晴れた日に(分別と多感)」、「待ち焦がれて(説得)」などの映画化作品の原作者である19世紀イギリスの女流作家、ジェイン・オースティン(1775〜1817)の評伝です。タイトルに示されているように、ジェインが作家となる過程を重視した評伝となっています。彼女は生涯にわずか6作の小説を残しただけですが、それらは現代でも英米圏において広く読まれていて、ジェイナイト(Janeite)と呼ばれる多くの熱心なファンがいます。2007年には、評伝中のジェインとトム・ルフロイの恋愛を描いた映画「ジェイン・オースティン 秘められた恋」(原題:Becoming Jane)も公開されています(日本公開は2009年)。僕もオースティンの小説が大好きで、ラブコメの元祖のようなストーリー展開ながら、その語り口のうまさ、人間心理の機微の描写は時代を超えて心に響くものがあります。
 評伝はジェインが姉のカッサンドラを始めとする兄弟、親戚、知人とやり取りした書簡や、彼女の作品を主な資料として用いた綿密な考証に基いていて、ジェインの生涯を客観的に理解するのに大いに参考になりました。また弱い立場に置かれていた当時の女性の生きかたを知ることができるという意味でも興味深い評伝です。
 ジェインの父は牧師で、彼女はオースティン家の8人の子供の7番目に生れました。女性は2歳上の姉、カッサンドラとジェインだけでしたが、ふたりとも生涯独身でした。ジェインの小説が最初に出版されたのは1811年の「分別と多感」ですが、18歳まで(1793年)には22編の小説を書いています。

 どのひとつを見ても、まったく初めての作品であるとわかるものはない。すべてが自信のある、抑制のきいた文筆家の手によるものだ。作品は洗練された、文学的技法を示している。あまりに洗練されているので、これは修練によって得たのではなく、彼女に生まれつき備わっていたのではと言いたくなるほどだ。(中略)
 彼女はスタイルを確立し、しかもそれはまったく独創的なものだった。その技量は、よく言われるように、読書の深さ、読書による洞察力によるところが大きい。読書によって、それ以前の作家が成し遂げたことを知り、そのやり方を学ぶと同時に自らを深め、彼女らしい独自色をつけ加えていったのである。


 ジェインはトム・ルフロイに恋していた1796年の秋に、代表作「高慢と偏見」を書き始めています。評伝の著者は、ジェインは小説のヒロインのエリザベスではなく、基本的には内気で、時にぎこちなく、自意識過剰な人であり、性格的には、ヒロインを愛するダーシーとはるかに近い関係にあると書いています。また、この作品を評して、”18世紀英語による文体の、偉大な実例の一つであり、その美しさ、明晰さ、リズムはモーツァルトの音楽にも喩えられる” と称えているのも、納得できるような気がします。
 ジェインは、小説の創作を自らが経済的に自立するための仕事として意識し、自作の出版に関しては、出版社との交渉や出版時期なども考慮していました。”財産を持った相手と結婚することが仕事”だった当時の一般的な女性の意識とは一線を画す、現代のキャリアウーマンの感覚を持っていたことも新たに知った彼女の一面でした。ジェインが生きた時代背景の理解には「自負と偏見のイギリス文化」(岩波新書)が参考になります。
 ジェインは41歳の若さで病死しますが、最後まで執筆をしていた未完の小説「サンディトン」を残しています。評伝では10ページ余りを費やして、完成すれば長編小説になったであろうこの作品について検討を加えていますが、ジェインのそれまでの小説とは形式・テーマとも、ずいぶんと違ったものであったこの小説をぜひ読んでみたいと思っています。

 (映画)「ジェイン・オースティン 秘められた恋」Becoming Jane(2007) 日本公開2009年
 (監)ジュリアン・ジャロルド (演)ジェイン:アン・ハサウェイ、トム・ルフロイ:ジェームズ・マカヴォイ
    映画シーンサンプル 写真映像


 上に紹介した評伝でのジェインとルフロイ恋愛のエピソードをベースにした映画ですが、かなり脚色があり、フィクションの要素が強くなっています。
 評伝によれば、1795年、ルフロイは法律の勉強をするためにロンドンに行く前、叔父を訪問するためにハンプシャーに来たときにジェインと出会っています。クリスマス・シーズンだったこともあり、彼の滞在中に4つの舞踏会で二人は顔を合わせ、恋が生れます。当時、男女が出会い、ふたりだけで会話を交わせる機会は舞踏会くらいしかなかったようです。映画では、ふたりの関係が執筆中だった「高慢と偏見」に反映されていることを意識した演出となっていますが、評伝によれば他の小説においてもルフロイとの恋愛が少なからぬ影響を及ぼしていたようです。
 映画ではふたりは駆け落ちを図り、ジェインが最後に下した決断が胸を打ちますが、実際には財産のないジェインとルフロイ、とくに姉弟妹が10人もいて長男として重い責任があったルフロイは将来のないジェインとの結婚には踏み切れず、彼はジェインの前から黙って去っていきました。そうした映画と事実の違いはさておき、本作は恋愛映画として一見の価値が十分あります。意志的で機知があり、現代的と形容してもいいくらいの女性として描かれたジェインを演じたアン・ハサウェイ、少年ぽさの残るハンサムなルフロイを演じたジェームズ・マカヴォイ、二人の演技はすばらしいのひと言でした。アン・ハサウェイは自身がオースティンの愛読者で、大学では作品について論文を書いたとのことで、そうした面も演技に反映されているのだと思います。
 舞踏会のシーンを始めとする当時の風俗描写や、牧師としての収入だけでは家族を養えないオースティン一家が野菜を作り、家畜を飼っていたりする場面、イギリスの美しい田園風景なども見逃せません。

(関連音楽)
 映画のラストで歌手が歌っていた美しい曲は、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」でのスザンナのアリア「とうとうこの時が来た、恋人よ早くここへ」でした。しっとりした雰囲気がとてもよかったです。

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 (参考資料)ジェイン・オースティン伝/ クレア・トマリン
    白水社 '99年初版  表紙は姉が描いたジェイン本人をモデルにした唯一の絵

 ジェイン・オースティンは200年以上も前に生まれ、生涯独身で田舎に暮らし、外的には目立った活動をしなかった人なので、伝記作家も読者に退屈させずに読ませる工夫をするのが大変だとは思うけど、読み通すにはやはり少々忍耐が必要でした。この本では、ジェインについてだけでは、エピソードが少なく間が持たないためか、彼女の家族(父母とジェインを除く7人の兄弟達)や親戚の動向にもかなりのスペースを割いています。子沢山の牧師であったオースティン家は『高慢と偏見』のベネット家ほどには裕福ではありませんでした。
 ジェインに一番近い存在だったのは姉のカサンドラで、彼女は若いときに婚約者を亡くし、ずっと独身で通した人で、ジェインと生涯を共に過ごしています。折にふれて交されたカサンドラとの手紙がジェインを知る最も重要な手がかりとなっているのですが、残念なことに、ごく個人的な手紙類(ジェインが感情を吐露したものなどもあったらしい)をカサンドラが処分してしまった為、残された手紙からはジェインの素顔がはっきりとは見えてこないということがあるようです。
 このエピソードにも感じられるように、カサンドラはちょっと堅苦しいところのあった女性のようで、一方のジェインは頭がよく、気難しいということではないけど、やや近づきがたい雰囲気を持っていたようです。甥のジェイムズ=エドワードはジェインの外見を次のように描写しています。

 非常に魅力的・・・・血色のよい明るいブルネットで・・・・・ふっくらと丸みのある頬に口と鼻は小ぶりで形よく、明るいはしばみ色の瞳に、顔のまわりで自然にカールした茶色の髪・・・・・姉のような一般的な意味での美人ではない。

 ジェインは、20歳の頃、弁護士志望の青年と舞踏会で知り合い、互いに良い感情を持っていましたが、二人とも財産が無いため周囲が反対し、結局結婚には至りませんでした。その後、25歳の時に、親しくしていた年下の従兄弟に求婚され、彼には財産があり表面的には障害はなかったはずだけど、結局断っています。
 ジェインは紛失を恐れて、旅行にも書きかけの小説の原稿の束を持って行ったとのことですが、その執筆の様子についてジェイムズ=エドワードが次のように伝えています。

 彼女は召使いや訪問客、その他家族以外の誰にも自分の職業を知られないように細心の注意を払っていた。だから、すぐに隠せるような、あるいは吸い取り紙の下に滑り込ませられるような小さな紙に原稿を書いた。玄関と家事室のあいだにはスウィングドアがあって開け閉めのたびにきしんだが、ジェインは修理をさせなかった。この音が人が来たことを知らせてくれたからだ。

 晩年(まだ40代でしたが)には、出版された『高慢と偏見』を始めとする作品の作者であることは知られていましたが、母と姉と三人でひっそりと暮らし、名声が高まったのは彼女の死後の事です。


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