PAPERBACK GUIDE 

F. Scott Fitzgerald(1896 - 1940)
スコット・フィッツジェラルド


 ミネソタ州セントポールの生まれ。プリンストン大学に入学するが、第1次大戦勃発とともに志願して入隊した。除隊後に発表した「楽園のこちら側]('20)で新進作家として一躍脚光を浴びベストセラー作家となった。奔放なゼルダ・セイヤーと結婚し、ジャズ・エイジの旗手として、毎夜のパーティーに明け暮れる濫費と無軌道な生活を続けたが、ゼルダの精神病の発作と、自身の過労と酒による疲弊により行き詰まり、人気も凋落して、金のためにハリウッドで脚本を書くに至った。ハリウッドでの生活に取材した長編「ラスト・タイクーン」が未完のまま、心臓発作で生涯を閉じた。



僕は気が向くと書棚から「グレート・ギャツビー」をとりだし、出鱈目にページを開き、その部分をひとしきり読むことを習慣にしていたが、ただの一度も失望させられることはなかった。一ページとしてつまらないページはなかった。なんて素晴しいんだろうと僕は思った。
「ノルウェイの森」/村上春樹

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 以下を紹介しています。

 1. The Great Gatsby/ グレート・ギャツビー(1925) 
 難易度:☆☆☆

 There was music from my neighbour's house through the summer nights. In his blue gardens men and girls came and went like moths among the whisperings and the champagne and the stars. (中略)
 On weekends his Rolls-Royce became an omnibus, bearing parties to and from the city between nine in the morning and long past midnight, while his station wagon scampered like a brisk yellow bug to meet all trains. And on Mondays eight servants, including an extra gardener, toiled all day with mops and scrubbing-brushes and hammers and garden-shears, repairing the ravages of the night before.

 夏の夜な夜な、隣の屋敷からは音楽が聞こえてきた。青々とした庭では、男たち、女たちが、ささやきとシャンペンと星々の間を、蛾のように行き来していた。 ・・・・・
 ギャツビーは30歳を一つ、二つ超えたくらいだった。彼が貧乏な境遇から大金持ちに成り上がり、ロングアイランド海峡の入江を望むウエスト・エッグに建てた豪邸で、週末毎に催したパーティーは豪華なものだった。週末には、朝から晩までロールスロイスやステーションワゴンで客の送迎をし、月曜には8人の召使いが前夜の後片付けに奔走した。
 入江の向こうのイースト・エッグには、ギャツビーがかつて愛し、今もなお愛しているデイジーが、彼女の夫のトムと住む邸宅があった。ギャツビーは5年前にデイジーと知り合い、互いに愛し合っていたが、陸軍中尉だったギャツビーがフランスから復員したとき、彼女は金持ちのトムと結婚していた。デイジーをあきらめられなかったギャツビーは、刻苦して富を築き、デイジーの邸宅が見える対岸に屋敷を建て、派手なパーティーを開き、彼女に再会できる機会を待っていたのだった。ギャツビーは隣に住むデイジーの遠縁にあたる青年ニックに仲介を頼み、5年ぶりで二人は再会した。
 ギャツビーは、富を得て対等の立場でデイジーと再会を果たすという夢が叶(かな)い、二人の間にはかつての愛がよみがえるかにみえたが、彼が毎夜、入り江越しに眺めたデイジーの邸の桟橋に点(とも)る緑の灯のように、その愛は儚(はかな)く、脆(もろ)いものだった。

 フィッツジェラルドの代表作であるにとどまらず、アメリカ文学を代表する傑作として数えられ、アメリカン・ドリームが具現化し、東部の都会を中心に繁栄に酔いしれていたジャズ・エイジと呼ばれる1920年代のアメリカの様相を見事に描き出している作品です。主人公のギャツビーがたどる栄光から破綻への軌跡は、1929年の株の大暴落に端を発する大恐慌、それに作者自身の軌跡を思い起こさせます。
 物語は、故郷の中西部に埋もれて暮すことに我慢できず、東部の都会に出て来た青年ニックの視点で語られていて、ギャツビーとデイジーを中心としてストーリーが展開しますが、彼らの周囲に個性的な登場人物達を配置して、ドラマ、恋愛、コメディ、それにサスペンスといった多彩な要素が盛り込まれていることも、この作品の魅力となっています。
 入り江を隔てたデイジーの邸の桟橋の端にともる緑の灯が幾度も描写され、それがギャツビーにとって見果てぬ夢であったデイジーとアメリカン・ドリームを象徴するものとして扱われています。初めてギャツビーがデイジーを自分の屋敷に迎えたとき、二人は並んで、雨のため霧が立ち込めた海峡を眺めます。
 「霧が晴れていたなら、入り江の向こうの君の家が見えるのに。君の屋敷の桟橋の端のところにある緑の灯(あか)りを、いつも一晩中点けているんだね」とデイジーに話すギャツビーでしたが、彼にとってその緑の灯りは、彼とデイジーとを隔てている大きな距離に比べると、彼女にほとんど触れるくらい近いもの、それゆえそれは彼にとってデイジーを象徴する貴重なものでした。しかし今や傍らにデイジーを見出した彼にとって、今まで緑の灯が持っていた大切な意義はもはや永遠に消え失せてしまったように思えたのかもしれなかった。

 'If it wasn't for the mist we could see your home across the bay,' said Gatsby. 'You always have a green light that burns all night at the end of your dock.'
 Daisy put her arm through his abruptly, but he seemed absorbed in what he had just said. Possibly it had occurred to him that the colossal significance of that light had now vanished forever. Compared to the great distance that had separated him from Daisy it had seemed very near to her, almost touching her. It had seemed as close as a star to the moon. Now it was again a green light on a dock. His count of enchanted objects had diminished by one.

 5年もの間、ひたすら夢見、待ち望んでいたデイジーとの再会が、ギャツビーにとってのひとつの夢の終り、そして悲劇の始まりであったとは、なんとも皮肉な運命の巡りあわせと思わざるを得ません。


(映画)華麗なるギャツビー/The Great Gatsby(米・1974)
  (監)ジャック・クレイトン (脚)フランシス・コッポラ (音)ネルソン・リドル
  (演)ロバート・レッドフォード、ミア・ファロー、ブルース・ダーン   映画2シーン

 1920年代、繁栄を謳歌していたアメリカ東部の雰囲気をうまく捉(とら)えているということで、まず評価できる映画です。コッポラの脚本のうまさによるところが大きいのだと思いますが、とくにギャツビーの宮殿のような豪邸や、屋敷の庭での派手な夜会、デイジーとトムの上流階級の暮らし振りなどの映像化は、莫大な製作費をかけただけあって見事なものです。
 一方では、公開当時からキャスティングに難ありとの評が多かった映画で、とりわけ主役の二人に関しては、謎に満ちた成り上がり者のギャッビーを演じるには、ロバート・レッドフォードはクリーンすぎるとか、ミア・ファローのデイジーの浮薄、軽薄さ加減は、とてもギャツビーが彼女を偶像として崇(あが)め、5年もの間苦労して追い求めた女性像とは一致しないとかいったものでした。
 レッドフォードについては、確かにそんな気がするし、それにギャツビーがあれくらい格好よかったなら、富なんかなくてもデイジーを夫のトムからたやすく奪い返すことが出来たんじゃないか。
 ただ、ミア・ファローのデイジーについては、確かに演じ過ぎという感はあるけど、それほど原作のイメージから隔たっていないのではないかと思います。原作では、デイジーは上流社会の暮らしに染まり、かつて貧乏なギャツビーを捨てて金持ちのトムを選んだ過去があり、ギャツビーが富豪として再登場すると、またそちらになびくといった浮薄な女性として描かれています。デイジーがニックに言った、"The best thing a girl can be in this world, a beautiful little fool."は、彼女自身のプロフィールそのものなのではないか。そしてギャツビーが彼自身では気づかずに追い求めていたものも、実はデイジーという生身の女性ではなく、彼女が象徴する上流階級というステイタスではなかったかと思います。


(TVドラマ)華麗なるギャツビー/The Great Gatsby(米・2001)
  (監)ロバート・マルコヴィッツ   (演)トビー・スティーヴンスミラ・ソルヴィーノ、マーティン・ドノヴァン

 原作の存在を念頭に置かなければ、映画よりこのTVドラマの方が無理のない配役であると思います。デイジー役のミラ・ソルヴィーノは万人が認めるであろう正統派美人で、レッドフォードよりずっとタフそうで苦みばしったトビー・スティーヴンスのギャツビーが彼女への恋に焦がれるのも無理はないなと思わせます。この美しいデイジーには、原作の少々おバカぶりの片鱗はなくて、聡明で儚(はかな)げな悲劇のヒロインのようになっていて、ちょっと全体がハーレクイン・ロマンス寄りになっているかなという気がしないでもありません。
 ストーリーの展開は、ほぼ原作の流れに沿った演出で、映画のような巨額をかけたセットはないものの、とくに違和感は感じられず、全体的によくまとまったドラマになっていると思います。


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 2. Tender is the Night/ 夜はやさし(1934)
  難易度:☆☆☆

"Gatby was a tour de force, but this is a confession of faith."
「ギャツビーは傑作だった。だがこの作品は信仰告白なんだ」
/フィッツジェラルド自身が「夜はやさし」について語った言葉


 小説のタイトルは、スコット・フィッツジェラルドがとくに好んでいた詩人キーツ(1795-1821)の代表的な詩「Ode to a Nightingale/夜鳴鶯の賦」よりとられています。フィッツジェラルドは、1940年に娘に宛てた手紙の中で、この詩を読み返すたびに涙があふれると語っています(「フィッツジェラルドの午前三時」より)。 "tender is the night"が出てくるのは以下の個所です。
(訳は「イギリス名詩選/平井正穂編」 岩波文庫 '90初版によります)

 
 Away! away! for I will fly to thee,
 Not charioted by Bacchus and his pards,
 But on the viewless wings of Poesy,
 Though the dull brain perplexes and retards:
 Already with thee! tender is the night,
 And haply the Queen-Moon is on her throne,
 Cluster'd around by all her starry Fays;
 But here there is no light,
 Save what from heaven is with the breezes blown
 Through verdurous glooms and winding mossy ways.

 
 そうだ、美酒の力をかりるのはやめよう! 夜鳴鶯よ、お前の
   傍へ、バッカスとその豹に引かれてではなく、
 たとえ私の頭脳が鈍く、混濁しているとはいえ、
   「詩的想像」の見えざる翼の力をかりて、飛んでゆきたい。
 ああ、やっと今、私はお前と一緒になれた! この夜の
   何とやさしいことか!
 恐らくは妖精のような星の群れに
    かしずかれ、月も女王然として夜空に君臨しているよう。
     だが、ここには、ほの暗い樹々の間を抜け、曲折した
   苔むす小道をかすめて吹いてきたそよ風と、夜空から
    洩れてきた微かな月影が、睦(むつ)び合っているのみだ。

 小説は1917年から1930年までの第1次大戦中から戦後にかけてのスイス、フランスを中心に描かれています。主人公のディック・ダイヴァーはスイスのチューリッヒの病院に勤務する26歳の有能でハンサムなアメリカ人の精神科医、精神を病み療養していた大富豪の娘ニコルは彼の患者で、彼女に恋したディックは彼女を狂気から救おうと決意し結婚します。 
 ディックの人生に交錯するもう一人の女性として若い女優ローズマリーが登場します。ローズマリーは1925年の夏、17歳の時にリヴィエラの海岸でディックとニコルの夫妻に会って以来、彼を愛するようになります。結婚して6年が経ったニコルとの間に二人の子供がいるディックは、当初ローズマリーの愛を軽く受け流していますが、自らの臨床医としてのキャリアを犠牲にしてニコルに献身する中で疲弊していた彼は、やがてローズマリーの魅力に抗しきれず、彼女を愛するようになります。
 ディックが、ついにローズマリーの愛に応える場面からの引用。彼女を愛すると言いつつ、絶対ニコルに知られてはいけないと念を押すディック;

 They looked at each other at last, murmuring names that were a spell. Softly the two names lingered on the air, died away more slowly than other words, other names, slower than music in the mind.
 'I don't know what came over me last night,' Rosemary said. 'That glass of champagne? I've never done anything like that before.'
 'You simply said you loved me.'
 'I do love you ― I can't change that.' It was time for Rosemary to cry, so she cried a little in her handkerchief.
 'I'm afraid I'm in love with you,' said Dick, 'and that's not the best thing that could happen.'
 Again the names ― then they lurched together as if the taxi had swung them. Her breast crushed flat against him, her mouth was all new and warm, owned in common. (中略)
 'I'm in love with you but it doesn't change what I said last night.'
 'That doesn't matter now. I just wanted to make you love me ― if you love me everything's all right.'
 'Unfortunately I do. But Nicole mustn't know ― she mustn't suspect even faintly. Nicole and I have got to go on together. In a way that's more important than just wanting to go on.'
 'Kiss me once more.'
 He kissed her, but momentarily he had left her.
 'Nicole mustn't suffer ― she loves me and I love her ― you understand that.'

 作品の完成度、とくに構成の緻密さという点では、「グレート・ギャツビー」に及びませんが、主人公のディックと彼の妻ニコルの関係には、フィッツジェラルド自身とゼルダのそれが投影されていて、この作品が彼の心情に非常に近いところで書かれたものであることは間違いなく、二人の関係が破綻し、夢を失ったディックがアルコールに耽溺し転落していく過程を追う読者の心に哀切の思いを残す結果となります。
 フィッツジェラルド夫妻のパリでの生活の反映であると考えられる、ディックとニコル、ローズマリーと彼らの周囲の友人、知人たちのヨーロッパでの多彩なエピソードが描かれているのも興味深いところです。

(関連音楽)
 スタンダード・ソング好きのフィッツジェラルドらしく、作中に数曲のスタンダード・ソングの歌詞が引用されています。なかでもポピュラーなのが「Tea for two/二人でお茶を」で、ディックがピアノでこの曲を弾く場面が出てきます。

 He went into the house, forgetting something he wanted to do there, and then remembering it was the piano. He sat down whistling and played by ear:

'Just picture you upon my knee
With tea for two and two for tea
And me for you and you for me ― '
思い描いてね。あなたがわたしの膝にすわっているところを
二人でお茶を、お茶を二人で
あなたのわたし、わたしのあなた

 名曲なので、多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げていて、ヴォーカル、インストルメンタルによる名演も多く残されています。そのうちのいくつかを挙げてみました。この他、当サイトで紹介しているバド・パウエル(p)による超特急の名演もあります。


真夏の夜のジャズ
'58年ニューポート・ジャズ祭での
この曲を得意とするアニタ・オデイ(vo)の
快速調のアドリブ名唱

Once upon a Summertime '58
ブロッサム・ディアリー(vo,p)
カマトト(死語?)・ボイスのディアリーが
ピアノ弾き語りで色っぽく歌ってます。
サンプル試聴できます。

The Unique '56
セロニアス・モンク(p)
モンク独特のリズムと
ハーモニー感覚がユニーク
サンプル試聴できます。


  

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 (次回紹介作品)The Diamond as Big as the Ritz/フィッツジェラルド短篇集


 標題作を始め、「The Cut-glass Bowl」、「May Day」、「The Rich Boy」、「Crazy Sunday」、「An Alcoholic Case」、「Babylon Revisited」を収録。

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 (参考)フィッツジェラルドの午前三時/ロジェ・グルニエ(1995)
  白水社 '99初版
・・・・・魂の真暗な闇のなかでは、来る日も来る日も、時刻はいつでも午前三時なのだ。
「崩壊」/スコット・フィッツジェラルド


 彼にとって、小説の題材そのものは目的でない。彼はいつでも独特の勘を働かせて、読者に仕える慎ましい僕(しもべ)として、作者の望む場所へ読者を導くすべを知っていた。わたしの見るところ、物語をあやつる手綱さばき、意味の豊かさ、読者が小説から期待しうる感動などの点から、「華麗なるギャツビー」に匹敵する小説はそう多くない。

 著者のロジェ・グルニエ(1919生)は、「シネロマン」や「水の鏡」、「夜の寓話」といった作品で知られているフランスの作家で、彼は数十年来、フィッツジェラルドの作品を愛好してきたとのことで、エッセイとも評伝ともいえる本書を読むと、彼のフィッツジェラルドへの並々ならぬ関心の深さが感じられます。全体が45の章からなるコラージュ風の構成となっていて、興味深く読んだところを僕もコラージュ風にまとめてみました。
  • フィッツジェラルドが愛した詩人キーツが彼に与えた影響は、その文体というよりも、人生を前にしたその態度、はかなさと喪失、うつろいやすく、過ぎゆくものに向けられる感覚だった。
  • フィッツジェラルドによるジャズ・エイジの正確な定義 : 1919年5月1日、メーデーの騒乱鎮圧に始まり、1929年の株の大暴落に終わるちょうどほぼ10年の歳月
  • 「ゼルダとぼくはほんとうに現実だったのか、あるいは、ぼくらはぼくの小説の登場人物ではなかったのか、分らなくなってしまうことがある」
  • いうまでもなく人生はすべて崩壊の過程である。
    /「崩壊」
  • 最初の小説の成功で、スコットはゼルダとともにニューヨークにやって来た。この街の前に立った彼らは二人とも、「いまだ足を踏み入れたことのない広大で壮麗な邸にいる二人の幼い子供みたいだった」
  • 晩年、シナリオ・ライターとしてハリウッドで暗鬱の日々を送っていた時、彼は自分自身に葉書を送り、大事に保存しておいた。
     「親愛なるスコット、調子はどうだい? きみに会いたいと思っていた。僕はアラーの園に住んでいる。スコット・フィッツジェラルドより」
  • いちばん頻繁に見られるのは、主人公の幻想や生きる理由がひとりの女性によって破壊されるというパターンである。ギャツビーにはデイジー、ディック・ダイヴァーにはニコルがいる。彼らは愛する対象を創作するのだ。愛が滅びれば、彼らの目は見開かれ、灰の色と味をした現実が世界を支配する。
  • 「ゼルダの病院へ向かう細い道の上で、ぼくは希望をもつ能力を失った」
  • スコットは、新聞王のハーストがスコットとゼルダをどこであろうと追いかけまわすように二人の記者に命じたという事実を自慢していた。
  • 死の四ヶ月前、フィッツジェラルドはまだパーキンズにこう尋ねている。
    「アーネスト(ヘミングウェイ)はどうしてる? 彼はどう思っているだろう?」
  • フィッツジェラルドには、「騎馬隊長、フットボール選手、都市、流行歌、壺、幸福な時代、得意の話、自分が住んだ家、持っているすべての靴」などのリストを作る奇癖があった。病気のリストも作成されていた。胸やけ、湿疹、痔、風邪、寝汗、アルコール中毒、蓄膿、不眠、神経症、慢性の咳、歯痛、息切れ、抜け毛、足の痙攣、足の痺れ、便秘、肝硬変、胃潰瘍、意気消沈と憂鬱症
  • 彼はそれほどジャズに詳しくなかった。彼の心に焼きついていたのは、時代の精神の何ものかを感傷的なやりかたで伝える歌、いわゆるスタンダード・ナンバーだった。ゼルダは幸福な過去を想起し、それを、二人がまだ「ヴァカンスのホテルとポピュラー・ソングの哲学」を信じていた時代だと定義している。
  • 「F・スコット・フィッツジェラルドが44歳で亡くなったが、1922年には彼の世代の代表者にして指導者と称えられたこの人物は、1929年の大恐慌に有名な保証付き国債を発行した人びととほとんど同様に、同時代人からは忘れ去られていた」
    /「シカゴ・デイリー・ニューズ」紙の死亡記事
  • 女優のジーン・セバーグは自分の猫をギャツビーと名づけていた。     

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 (参考)ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック/村上春樹(1988)
 中公文庫 '91初版

 フィッツジェラルドの小説は終始変らず僕を宿命的にひきつけるし、僕は飽きることなく何度も何度もその小説を読み返している。不思議といえば不思議だけれど、もし小説に不思議というものがなかったら、誰が小説なんて読むだろう?

 全体が3部構成になっていて、第1部はフィッツジェラルドの生涯に関わった5つの町への巡礼の旅(Pilgrimage)が描かれ、第2部には3つのエッセイ(「夜はやさし」の二つのヴァージョン、ゼルダの短い伝記、映画「華麗なるギャツビー」についてのコメント)が収録され、第3部では二つの短篇(「自立する娘」と「リッチ・ボーイ」)が訳出されています。
 第1部の5つの町とは、フィッツジェラルドが少年時代から憧憬を抱いていたニューヨーク、晩年シナリオ・ライターとしてやって来たハリウッド、スコットとゼルダ夫妻の眠る墓地のあるメリーランド州ロックヴィル、墓碑銘として「グレート・ギャツビー」の最後の一節が刻まれていました。

 ― SO WE BEAT ON BOATS AGAINST THE CURRENT,
    BORNE BACK CEASELESSLY INTO THE PAST ―
このようにして我々は絶え間なく過去へとひき戻されながらも、
 寄せくる波に向かって、その舟を力のかぎりに漕ぎ進むのである。

 アラバマ州モントゴメリイは、ゼルダが娘時代を過ごし、スコットと別れてから死ぬ直前まで住んだ町、そして彼が愛し、「冬の夢」の舞台となったホワイト・ベア湖があるミネソタ州セント・ポール。村上さんは、いちばん好きな彼の作品は? と訊ねられ、「グレート・ギャツビー」は文句なく素晴らしいと思う、でも個人的にということであれば長編なら「夜はやさし」、短篇なら「冬の夢」が好き、と答えています。

 エッセイでは、ゼルダの短い伝記がとくに興味深い。17歳のゼルダは1918年に22歳のフィッツジェラルドと出会い、1920年に結婚、二人はジャズ・エイジと呼ばれた20年代のシンボルとして、日々を浪費とパーティーと馬鹿騒ぎの明け暮れで駆け抜けますが、1930年、ゼルダは精神病を発病してスイスの病院に入院、その後何度もの入退院を繰り返し、スコットの死後8年経った1948年、入院していた病院の火事により焼死しています。
 1924年、二人は娘のスコッティーを連れてパリに移り住みます。当時24歳のゼルダについて友人が語る言葉から、意志の強い美しい女性の姿が目の前に浮かんできます。

 「彼女はとても美しかったが、それはよくあるタイプの美しさではなかった。どちらかというと力強い、鷹のような表情で、容貌は優れていたが、古典的ではない。眼光が鋭く、体つきも美しかった。身のこなしも美しかった。声も、南部出身の女性によくあるように美しかった。しゃべり方にはかすかな南部なまりがあった。彼女は自分をどんな風に見せるかということについては素晴らしいセンスを持って、実に豪華に、実に優雅に服を着こなしたし、その色あいの鮮烈さたるや、それはもうたいしたものだったよ。彼女は頭が大きくて、ぼさぼさの髪をしていたが、その髪が本当にきれいなんだ。ブロンドでもなく、茶でもない。・・・・」

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主要作品リスト  

  • This Side of Paradise/楽園のこちら側(1920)
  • Flappers and Philosophers /フラッパーズと哲学者(1920):短篇集
  • Tales of the Jazz Age/ジャズ時代 (1922):短篇集(「氷の宮殿」、「B嬢の断髪」などを含む)
  • The Beautiful and Damned /美しく呪われた人(1922)
  • The Vegetable /野菜(1923):戯曲
  • The Great Gatsby /グレート・ギャツビー(1925)
  • All the Sad Young Men/すべての哀しい若者たち (1926):短篇集(「金持ちの青年」、「冬の夢」などを含む)
  • Tender is the Night /夜はやさし(1934)
  • Taps at Reveille /起床ラッパの響き(1935):短篇集(「バビロン再訪」を含む)
  • The Crack up/崩壊 (1936):エッセイ集
  • The Last Tycoon /ラスト・タイクーン(1941):未完長編




 
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