PAPERBACK GUIDE 


Aldous Huxley
(1894 -1963)

オルダス・ハックスリー

 南英サレ−州の古い町ゴダルミングで生まれた。祖父は有名な生物学者で父は文人、兄ジュリアンも著名な生物学者、評論家として活躍した。医者を志望しイートン校に入学したが、角膜炎のためほとんど失明状態となり退学した。その後、オックスフォード大学に入学し、英文学と言語学を学んだ。作家としてのデビューは第1次大戦後で、風刺小説や評論を得意とした。自伝的要素の濃い「ガザに盲いて」('36)を転機として、真摯な宗教的求道者の姿勢をとるようになり、絶対平和主義、宗教的進歩主義の信奉者となった。'38年以降は眼病の治療の為、カリフォルニア南部に住んだ。ケネディ大統領が暗殺された日に、ガンのために69歳の生涯を閉じた。



私、イギリスっていわれて、すぐ浮かぶ小説家はオルダス・ハックスレーなんです。
『夜の蝉』/ 北村薫

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1. Brave New World/ すばらしい新世界(1932)
   Perennial  286p  難易度:☆☆
O, wonder!
How many goodly creatures are there here!
How beauteous mankind is!
O brave new world,
That has such people in't!
......なんてすばらしい!
りっぱな人たちがこんなにおおぜい!
人間がこうも美しいとは!
ああ、すばらしい新世界だわ、
こういう人たちがいるとは!   
(小田島雄志 訳)

 作品のタイトルは、シェイクスピアの「あらし(テンペスト)」の中のプロスペローの娘ミランダの有名な台詞からとられています。
 近未来での徹底した管理社会を舞台にした作品です。
 この未来世界では、人間は母体を介さずに人工受精により、人工孵化器から誕生し、保育室まで完備した"生産工場"で、社会の需要に応じて、その労働に必要な知能、適正能力を持ったクローン人間として計画的に作り込まれます。そしてこの時に、能力のレベル別に、α、β、γ... という階級に分別され、各階級の中もさらに細かく分類されていますが、幼児の時からの潜在意識への暗示教育により不平・不満がなく、各人が満足しているので階級間の対立も生じていません。
 結婚という制度がなく、従って家庭というものが存在しないので親子の葛藤もなく(この世界では、死語となっている"母"という言葉が、汚らわしく忌むべきものとして扱われている)、愛は不特定多数の異性を対象とした気晴らしのためにしかないから、わずらわしい恋愛関係もなく、TVやスポーツ、政府から支給される麻薬ソーマ(soma)もふんだんにあって、いやなことに悩むこともない、という具合で、暗示教育により本人が管理されているという意識がなく、生活に不平・不満がないので、住民にとっては疑いなく"すばらしい世界"となっています。
 エリート階級であるαプラスに属するバーナードは、休暇でニューメキシコの未開保存地域を訪れ、母から生まれた青年ジョン(野蛮人と呼ばれる)と母リンダを連れて帰ります。リンダは、ずっと以前にやはり休暇でこの地にやって来た新世界の人間で、旅行中に連れとはぐれて戻れなくなってしまい、その後現地人との間に生まれたのがジョンでした。
 新世界に連れてこられたジョンは、たちまち新世界で人気者になります。しかし、ジョンの方は新世界の様子がわかってくるにつれ、違和感を感じ始め、やがてそれは絶望へと形を変えていきます。
 小説のハイライトの一つである、この新世界の統括者(Controller)であるムスタファ・モンドとジョンとの対話の場面で、かみ合わない議論の末、ジョンは管理された幸福より不都合を欲する、そしてまた神を、詩を、真の危険を、自由を、善を、罪を欲するのだと言い、それに対し統括者が「それでは君は不幸になる権利を主張しているんだな。.... だったら好きなようにするさ」と応答する場面から;

 'But I like the inconveniences.'
 'We don't,' said the Controller. 'We prefer to do things comfortably.'
 'But I don't want comfort. I want God, I want poetry, I want real danger, I want freedom, I want goodness. I want sin.'
 'In fact,' said Mustapha Mond, 'you're claiming the right to be unhappy.'
 'All right then,' said the Savage defiantly, 'I'm claiming the right to be unhappy.'
 'Not to mention the right to grow old and ugly and impotent; the right to have syphilis and cancer; the right to have too little to eat; the right to be lousy; the right to live in constant apprehension of what may happen tomorrow; the right to catch typhoid; the right to be tortured by unspeakable pains of every kind.'
 There was a long silence.
 'I claim them all,' said the Savage at last.
 Mustapha Mond shrugged his shoulders. 'You're welcome,' he said.

 すべての人間が不平・不満なく暮せる社会とは、こういった新世界の形をとらざるを得ないのだという統括者の論理に反駁するのは容易ではないようです。ただ、この世界の住民は確かに生理的・本能的レベルにおいて、かつてないほど幸福であるに違いないにしても、彼らは自由意志を持った個としての人間として生きていないのは明らかで、僕は人間の生の尊厳とは、個として自由であるという前提の上に築かれるのではないかと思います。そしてそれは、ジョンのように個であるが故の孤独、苦悩、不幸を引き受けることであり、逆にこのことなしに魂が打ち震えるような生の喜びを感じることはあり得ないのだと思います。



(映画)Brazil/ 未来世紀ブラジル(英・米 '85)
(監)テリー・ギリアム (演)ジョナサン・プライスロバート・デ・ニーロイアン・ホルム

 この近未来都市では、巨大化した情報省が住民を管理していたが、反体制テロリスト達による爆弾テロも日常茶判事だった。記録局の職員サムは、誤認逮捕された男の死のもみ消し工作を担当することになるが、誤認逮捕の目撃者の女性ジルが、サムが繰り返し見る夢の中で、彼が空を翔ける戦士となって救出する憧れの女性とそっくりだったことから、彼女を情報省の追及から救う為、情報剥奪局への異動を受け入れ、局に保管されているジルの記録ファイルを改ざんして、彼女を死んだ事にしようとする。
 映画で描かれているのは、徹底した情報管理社会ですが、ここでの情報がコンピュータ・データではなく、タイプライターで打たれた紙の文書で、この膨大な数の文書が情報局内はもちろん、都市中にはりめぐらされたダクトチューブの中を行き交う、という超レトロ・テクノロジーとなっているのがとてもおかしい。
 サムがジルを連れ、都市から出て郊外の自然へと逃れる展開は、P.K.ディックの小説を元にした『ブレード・ランナー』のラストを思い起こさせます。そういえば夢と現実の境界の混濁ということでもディック・ワールドとの親近性が感じられる映画でした。
 随所に仕掛けられたブラック・ユーモア、それからBGMとして流れる明るいサンバの名曲「ブラジル」と悪夢世界というこれ以上は望めないくらいのミスマッチぶりとかが、いかにもギリアムらしいところ、と言えるのでしょうか。
 配給会社との編集権をめぐるトラブルから、ラストには2つのバージョンがあるそうですが、日本で公開されたのは衝撃のラストバージョンのほうでした(米で公開されたというハッピーエンド・バージョンというのも見てみたい)。
 近未来社会を描いた映画としては、キューブリックの『時計じかけのオレンジ 』と並ぶ傑作だと思います。



(次回紹介予定) Point Counter Point/ 恋愛対位法(1928)
  翻訳書





(翻訳作品紹介)知覚の扉/The Doors of Perception(1954)
  平凡社ライブラリー  '95初版
If the doors of perception were cleansed
everything would appear to man as it is.

『Marriage of Heaven and Hell』/ William Blake
知覚の扉澄みたれば、人の眼に
ものみなすべて永遠の実相を顕(あら)わさん。

/ ウィリアム・ブレイク

 タイトルは、イギリスの神秘主義の詩人・画家のウィリアム・ブレイク(1757−1827)の散文『天国と地獄の結婚』の一節から取られています。
 この作品はハックスリーが1953年5月6日、当時合成されたばかりの幻覚剤メスカリンを自ら実験台となって服用した際の経験をまとめたもので、知性の人であるハックスリーがメスカリンによる幻覚をどのように捉えたのかということが興味深いところです。

 ハックスリーの目の前に置かれたガラスの花瓶には薔薇とカーネーションと菖蒲が1本づつ活けてあった。花を眺めたハックスリーは、そこに個別の花ではなく、花を支えている存在自体を見た。そして、この知覚はハクスリーが鈴木大拙(注)の著作を通じて把握した禅の悟りに通じるものではないかと感じたようです。

 
私がいま眼にしているのはおかしな生け花ではなかった。私が見ているのはアダムが創造された日の朝彼が眼にしたもの -----  一刻一刻の、裸身の存在という奇跡だったのである。(中略)
 <神の至現>、<存在-認識-至福> ― これらのおどろおどろしい言葉の言わんとすることを、私は、はじめて言葉の次元でではなく、漠として不完全な暗示によるものでもなく、靴を隔てて痒きを掻くというのでもなく、正確に、完全に、理解した。

 
 メスカリンが効いている間、精神はもっぱら存在と意味に係わっていて、場所とか距離という空間的なことには全く無関心となり、それは時間の観念についても同様でした。時間について何を感じるか聞かれたハックスリーは、「時間は豊富にあるみたいです」と答えます。

 
豊富にある ― だが、正確にいってどれだけあるのかということはまったく無関係であった。もちろん腕時計を見ようとすればできることであった。しかし時計は別の世界のものであることを私は知っていた。時間のことを問われるまでの現実の私の体験は無限の持続という性格のものであったし、現にそのときも依然としてそうであった。それはいいかえるなら、一つの絶えず変化する啓示からできている永遠の現在であった。

 ハックスリーは、人間は本来誰でも自分の身に生じた事を全て記憶し、また宇宙のすべてのところで生じることすべてを知覚できるが、ほとんど無益で無関係なこの巨大な情報のために我々が押し潰されないように守るのが脳および神経系の機能であり、人間が生存するため、過剰な情報に対する減量バルブの役割を果たしているのではないか、そしてメスカリンはこの脳の減量バルブ機能を減ずる効果、すなわち知覚の扉を世界に向かって大きく開く効果があるのではないかと考えます。

 
水も漏らさぬ堅固さではもはやなくなったバルブから<偏在精神>が染み出てくると、生物体として不益なあらゆる種類のことが起こりはじめる。超感覚的な知覚が生じる場合もある。視角美の世界を発見する人もある。裸の実存在、つまり所与の、概念化していない事象のもつ無限の価値と意味性が、その栄光が、見えてくるということもある。没自我の究極段階では<総体(すべて)>が総体のもとにある ― <総体>が実際にすべての個々である ― という「漠とした認識」が生まれる。私の判断では、これこそ有限な精神にとって「宇宙のすべてのところで生じることすべてを知覚する」極限であると思う。

 さすがに知性人のハックスリーだなと感じさせるのは、彼はメスカリン服用時の体験を手放しで賞賛しているわけでなく、この体験を「神の啓示」とかの人生の究極の目的の実現と同一視するべきでないと書いています。その上で、彼はこの体験を日常の知覚からしばらくの間、解き放された状態で、ありのままの自己の外部・内面の世界を見ることができるかけがえのない価値を持ったものだと結論づけています。

 なお、60年代後半のロック・シーンでカリスマ的な人気を誇ったドアーズ(The Doors)のバンド名は、ハックスリーのこの著作から取られていて、彼らのほかにも西海岸を中心としたLSDなどのドラッグによる幻覚・幻聴を音楽で再現しようとしたサイケデリック・サウンドのミュージシャン達に与えた影響は大きなものがありました。


(注)鈴木大拙(1870−1966) : 東大卒。22歳の頃から参禅。滞米10年余りで、帰国後、学習院などの大学で教えた。英文著書20余冊により東洋思想としての禅を欧米に紹介した功績が大きい。「禅と日本文化」(岩波新書)、「禅とは何か」(角川文庫)など。
 「無心ということ」も欧米に「無心」という仏教思想の中心であり、また東洋文化の枢軸をなしているものを平明に説明しようとした著作です。

ハートに火をつけて '67
The Doors
デビュー作。標題作の他
「水晶の舟」「ジ・エンド」
などの名曲を収録



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 ○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書

 ○ 参考資料
  ・オルダス・ハクスリー―橋を架ける /片桐 ユズル
  ・この永遠の瞬間―夫オルダス・ハクスレーの思い出 /ローラ ハクスレー
  

 ○ 検索
    


 ○ 作品

  • The Burning Wheel/ 燃える車輪(1916):詩集
  • The Defeat of Youth/ 青年の敗北(1918):詩集
  • Limbo/ 幸福家族(1920):短篇集
  • Crome Yellow/ クローム・イエロー(1921)
  • Antic Hay/ 道化踊り(1923)
  • On the Margin/ 余白に(1923):エッセイ集
  • Along the Road/ 路上にて(1925)
  • Those Barren Leaves/ くだらない本(1925)
  • Jesting Pilate/ ピラトはふざけて(東方紀行)(1926):旅行記
  • Essays New and Old(1926)
  • Proper Studies/ 社会と文化(1927):エッセイ集
  • Point Counter Point/ 恋愛対位法(1928)
  • Do What You Will/ 汝の欲するところをなせ(1929):エッセイ集
  • Holy Face, and Other Essays(1929)
  • Brief Candles(1930)
  • The World of Light/ 光の世界(1931):戯曲
  • Music at Night/ 夜の音楽(1931)
  • Brave New World/ すばらしい新世界(1932)
  • Beyond the Mexique Bay/ メキシコ湾のかなた(1934):旅行記
  • Eyeless in Gaza/ ガザに盲いて(1936)
  • The Olive Tree, and Other Essays/ オリーブの木(1936):エッセイ集
  • Stories, Essays, and Poems(1937)
  • Ends and Means/ 目的と手段(1937):評論
  • After Many a Summer Dies the Swan/ 多くの夏を経て(1938)
  • Grey Eminence/ 灰色の宰相(1941):伝記
  • Time Must Have a Stop/ 時は停まるにちがいない(1944)
  • Ape and Essence/ 猿と本質(1948)
  • The Perennial Philosophy/ 永遠の哲学(1948)
  • Gioconda Smile/ ジョコンダの微笑(1948)
  • Themes and Variations/ 主題と変奏(1950):エッセイ集)
  • The Devils of Loudun/ ルーダンの悪魔(1952)
  • The Doors of Perception/ 知覚の扉(1954)
  • The Genius and the Goddess/ 天才と女神(1955)
  • Adonis and the Alphabet/ アドニスとアルファベット(1956):エッセイ集
  • Collected Short Stories(1957)
  • The World of Aldous Huxley(1957)
  • Brave New World Revisited/ すばらしい新世界再訪記(1958):文明批評
  • Collected Essays(1959)
  • On Art and Artist(1960)
  • Selected Essays(1961)
  • Island/ 島(1962)
  • Literature and Science/ 文学と科学(1963)
  • The Crows of Pearblossom/ ペアブロッサムのカラス(1967):子供向けの本
  • Letters of Aldous Huxley/ オルダス・ハクスリーの手紙(1969):書簡集
  • The Human Situation/ 人間の状況(1977):1959年の講演記録
     
    Filmography links and data courtesy of The Internet Movie Database.




 
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