PAPERBACK GUIDE


 P.D. James
(1920 -  )

  P.D.ジェイムズ
 
 
 英国オックスフォードに生まれる。ケンブリッジの高校を卒業し、20歳の時に医学生であった夫と結婚。1949年から1968年まで彼女は国立保険協会に勤務し、この合間に最初の作品『Cover Her Face/ 女の顔を覆え』(1962)を3年がかりで書き上げた。1964年に夫が亡くなった後、1968年から1979年に退職するまで内務省で、警察組織の管理や犯罪法を扱う職務についた。寡作で長篇第4作の『Shroud for a Nightingale/ ナイチンゲールの屍衣』(1971)でCWAのシルバー・ダガー賞を受賞した。



この若い身にも真実はございます。
「リア王」よりコーデリアの台詞/ シェイクスピア

「『女には向かない職業』って本があったけど」
「それ読んだこと、あるわ」
「掌の中の小鳥」/ 加納朋子

私たちは皆、人生になんとか耐えていくための方策として表面をとりつくおうとしますよね。殺人というのは他の犯罪と違って、人間のこのような防壁を木っ端みじんに吹き飛ばしてしまうのです。推理小説は人間を本性に近い姿で見せてくれると言ってもいいでしょう。
インタビューより/ P.D.ジェイムズ


 P.D.ジェイムズのミステリーは、英国らしい格調高い文章と人間性に対する深い洞察とにより、純文学に匹敵するものであると思います。彼女の作品の系列には、ロンドン警視庁のダルグリッシュ警部(詩人でもある)と女性探偵コーデリア・グレイを主人公とするものがあり、いずれも気品ある魅力的な人物像です。


全画面表示

1. An Unsuitable Job for a Woman/ 女には向かない職業(1972)
  難易度

 私立探偵バーニイが癌を苦にして自殺した。彼の元で見習いの探偵であった22歳の女性コーデリア・グレイは事務所を引き継ぎ、独立する決意を固める。作品中、何回か「探偵は女には向いてないよ」と言われるコーデリアですが、バーニイの行きつけのパブの女主人に言われた時に、コーデリアが反発して「いろんな人と会うということでは、あなたと変わりないわ」と答える場面から;

 She said :  'You'll be looking for a new job, I suppose? After all, you can hardly keep the Agency going on your own. It isn't a suitable job for a woman.'
 'No different from working behind a bar; you meet all kinds of people.'
 The two women looked at each other and a snatch of unspoken dialogue passed between them clearly heard and understood by both. (中略)
 Mavis began vigorously polishing a glass, her eyes still on Cordelia's face.
 'I shouldn't think your mother would approve of you staying on alone.'
 'I only had a mother for the first hour of my life, so I don't have to worry about that.'

 最後のコーデリアの言葉のように、彼女は誕生とほぼ同時に母を亡くし、詩人で素人革命家の父にたらい回しの里子に出され修道院の付属学校で学んだ。そしてその父も既に死んでいた。彼女の最初の依頼人は著名な化学者で、ケンブリッジの学生であった彼の息子マークの自殺について、その動機を調査して欲しいとのことだった。調査の過程で彼女は、マークの死は、自殺に偽装された殺人によるものだと確信します。
 マークの交友関係を洗うため、彼女はケンブリッジのキャンパスを訪れ、マークの恋人だったソフィアと彼女の兄を含むグループを見つけ、話しかけます。ソフィアの兄のヒューゴーが、コーデリアの名を聞くや否や、『リア王』の末娘コーデリアの台詞(傍白)を引用して、「コーデリアはどうしよう? 愛して、黙っていよう。」と言って彼女をからかっています。それに答えてコーデリアが、自分の名前についてジョークを言う人はきっと"姉さんはどう?(コーデリア姫には二人の姉がいた)"と訊くからうんざりだと言い返す場面から ;

 Cordelia had come up to the group and had stood over them for a few seconds before they took any notice of her. She said :
 'I'm looking for Hugo and Sophia Tilling. My name is Cordelia Gray.' Hugo Tilling looked up :
 'What shall Cordelia do, love and be silent.'
 Cordelia said :
 ' People who feel the need to joke about my name usually enquire after my sisters. It gets very boring.'
 'It must do, I'm sorry. I'm Hugo Tilling, this is my sister, this is Isabelle de Lasterie and this is Davie Stevens.'
 Davie Stevens sat up like a jack-in-the-box and said an amiable 'Hi.'

 ジェイムズ自身、コーデリアの名前の由来について、リア王
とは関係ないと再三言明しているとのことだけど、やはり彼女には、"姫"と呼ぶにふさわしい何か(気品とか高潔さとか)があると思います。
 苦難を克服し、コーデリアは犯人を突き止め、そして最後にはバーニイの元上司であり、彼が尊敬してやまなかったダルグリッシュ警部と対決することになり、読者は最後のページまで気を抜けません。



(TVドラマ)女には向かない職業An Unsuitable Job for a Woman(英 '98)
(監)ベン・ボルト (演)ヘレン・バクセンダルアネット・クロスビー
     (VHS)

 おおむね原作に忠実なストーリーとなっていて、とてもよいドラマに仕上がっています。コーデリアを演じているヘレン・バクセンダルがとてもいい。いわゆる美人ではないけど、品があって、浮ついたところがなくて、強い意志をもったコーデリアのイメージに合っているのではないかと思います。コーデリアが井戸に突き落とされ、自力でよじ登るシーンからラストまでの緊張に満ちた場面で見せる表情がとくによかった。小説では、最後にダルグリッシュ警部との対決がありますが、ここでは省略されているのがちょっと残念。


    Filmography links and data courtesy of The Internet Movie Database.


2. The Skull Beneath the Skin/ 皮膚の下の頭蓋骨(1982)
   難易度

 'We are here together, ten of us on this small and lonely island. And one of us is a murderer.'
 この小さな孤島に私たち10人だけが一緒にいる。そしてこの中のひとりが殺人者なんだわ。

 コーデリア・グレイ登場の第2作、といっても彼女が登場する長篇は、今のところ『女には向かない職業』と、この作品の2作だけです。
 迷子の猫探しの謝礼で何とか維持している彼女の探偵事務所にサー・ジョージという元軍人が訪れ、彼の妻である舞台女優クラリッサが脅迫を受けていて、週末にコーシー島にある私設劇場で上演される舞台劇を無事に済ませるため彼女の身辺警護を依頼されます。脅迫状は、シェイクスピア劇などから引用された死や死の恐怖についての言葉がタイプされたもので、例えば次のようなものだった。

 Ay, but to die, and go we know not where
 To lie in cold obstruction and to rot;

 死んで知らぬ世界に行くこと、
 冷たくじっと動かなくなって腐っていくこと
 (『Measure for Measure 尺には尺を』 第3幕 第1場より 小田島雄志 訳)

 島で初めて会ったクラリッサは、身勝手で冷酷な女性だった。「あなたは何を恐れているんですか」のコーデリアの問いかけに対し、クラリッサは、それは"死"だと言い、それも彼女の母やその他の人々の死ではなく、ほかならぬ自分の死への恐れだと言った。

 Cordelia said gently: 'What is it that you're really afraid of?'
 Clarissa turned on Cordelia, her softly gleaming, cleansed, uncoloured face looking for the first time, in its nakedness, vulnerable to age and grief, and gave a sad, rather rueful smile. Then she lifted her hands in an eloquent gesture of despair.
 'Oh, don't you know? I thought George had told you. Death. That's what I'm afraid of. Just death. Stupid isn't it? I always have been: even when I was a young child. I don't remember when it began, but I knew the facts of death before I knew the fact of life. There never was a time when I didn't see the skull beneath the skin. Nothing traumatic happened to start it off. They didn't force me to look at my Nanny, dead in her coffin, nothing like that. And I was at school when Mummy died and it didn't mean anything. It isn't the death of other people. It isn't the fact of death. It's my death I'm afraid of.

 ここでクラリッサは、「今まで、私が皮膚の下の頭蓋骨を意識しなかったことは決してなかった」と言っていて、本書のタイトルである" the skull beneath the skin"という言葉が出てきますが、これはエピグラフに掲げられたT.S.エリオットの詩 『Whispers of Immortality 不滅のささやき』からとられていて、"普段は生の様相に隠されて外からは窺えない死"ということだと思います。
 このあと自室で舞台の開演を待っている間に惨殺されたクラリッサをコーデリアが発見することになります。探偵として依頼された任務を遂行できず、ショックのあまり泣き出してしまうコーデリアですが、けなげに立ち直り、残された手がかりから犯人を割り出そうとします。
 大詰め、浸水する洞窟に閉じ込められたコーデリアが潜水して全力をふり絞って洞窟を泳ぎ抜け、星夜の海上へ浮かび出る場面では、まさにコーデリアの新生が象徴されているようで感動を覚えます。彼女は、海上に仰向けになって両手を大きくひろげて浮かび、夜空の星々に向かって歓喜の声を上げます。

 And then, when the pain was too great, her lungs bursting, she saw the water above her lighten, become translucent, gentler, warm as blood and she thrust herself upward to the air, the open sea and the stars.
 So this was what it was like to be born: the pressure, the thrusting, the wet darkness, the terror and the warm gush of blood. And then there was light. She wondered that the moon could shed so warm a light, gentle and balmy as a summer day. And the sea, too, was warm. She turned on her back and floated, arms wide spread, letting it bear her where it would. The stars were companionable. She was glad they were there. She laughed aloud at them in her joy.

 孤島での殺人ということで、クリスティの名作『そして誰もいなくなった』が思い浮かびますが、人間ドラマという側面においては本作品に軍配が上がります。

(関連音楽)
 コーデリアが塔の最上階の部屋で見つけた『 Greensleeves グリーンスリーヴス』を奏でるオルゴールが重要な手がかりとなります。この曲は16世紀に溯(さかのぼ)るイギリスの古謡で、シェイクスピアもこの曲について触れています(ウィンザーの陽気な女房たち)。イギリス近代の作曲家ヴォーン・ウィリアムス(1872−1958)が作曲した『グリーンスリーヴスによる幻想曲』も有名です。紹介しているアルバムはいずれもおすすめのものです。

グリーンスリーヴス '94
村治佳織(g)
ルネサンスのリュート曲
をギターで演奏

グリーンスリーヴスによる
幻想曲/ V. ウィリアムス
アカデミー室内orc. '72
この曲の定盤



(紹介予定) A Taste for Death/ 死の味(1986)
 英国推理作家教会の1987年度シルバー・ダガー賞受賞作品
翻訳本

 国務大臣であるポール・ベロウン卿と浮浪者のハリー・マックが、教会の一室で死体となって発見され、ダルグリシュ警視が事件を担当することになり、彼は27歳の女性警部ケイトを捜査チームに加えた。
 


■ 参考Webサイト・作品リスト   本サイト掲載の画像クリックで、Amazonの該当サイトにリンクします。  

○ 関連出版リスト : amazon. com.(洋書和書

○ 参考資料
 ・P.D.ジェイムズ(Wikipedia) 
 ・P.D. James(Wikipedia 英語)
 ・P.D.ジェイムズ―コーデリアの言い分 (現代イギリス女性作家を読む)

○ 検索
    



○ 主要作品リスト  ☆:コーデリア・グレイシリーズ  ★アダム・ダルグリッシュ警視シリーズ
 
  • Cover Her Face/ 女の顔を覆え(1962) ★
  • A Mind to Murder/ ある殺意(1963) ★
  • Unnatural Causes/ 不自然な死体(1967) ★
  • Shroud for a Nightingale/ ナイチンゲールの屍衣(1971) ★
  • An Suitable Job for a Woman/ 女には向かない職業(1972) ☆
  • The Black Tower/ 黒い塔(1975) ★
  • Death of an Expert Witness/ わが職業は死(1977) ★
  • Innocent Blood/ 罪なき血(1980)
  • The Skull Beneath the Skin/ 皮膚の下の頭蓋骨(1982) ☆
  • A Taste for Death/ 死の味(1986) ★
  • Devices and Desires/ 策謀と欲望(1989) ★
  • The Children of Men/ 人類の子供たち(1992)
  • Original Sin/ 原罪(1994) ★
  • A Certain Justice/ 正義(1997) ★
  • Time to be in Earnest(1999) :ノンフィクション
  • Death in Holy Orders/神学校の死 (2001) ★  
  • The Murder Room/殺人展示室 (2003) ★
  • The Lighthouse/灯台 (2005) ★
  • The Private Patient/秘密 (2008) ★
  • Talking About Detective Fiction (2009) :ノンフィクション
  • Death Comes to Pemberley /高慢と偏見、そして殺人(2011)




ページTOPへ           PAPERBACK TOPへ          HOMEへ