好きな作家紹介 

日野啓三(1929 - 2002)

 東京の生まれ。小中学校の10年間を朝鮮で暮らし、敗戦で日本に引き揚げた。東大文学部社会学科在学中より文芸評論を手がけ、'52年に読売新聞社に入社、外報部に配属され、動乱の韓国、ベトナムに特派員として赴任の経験を持った。帰国後、小説を書き始め、'75年の「あの夕陽」により芥川賞を受賞した。
 1992年、「断崖の年」で伊藤整文学賞。1993年、「台風の眼」で野間文芸賞、1996年「光」で読売文学賞を受賞。


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 ■作品リスト

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 1. モノリス(1990)
  モノリス '90初版

 題名の"モノリス Monolith"とは、本来の意味の"建築・彫刻用の一枚岩"のことで、A.C.クラークの「2001年宇宙の旅」に現われる超越物体を直接指し示してはいません。この作品は日野さんが日本版「エスクァイア」誌上に連載した科学エッセイのようなもので、"ようなもの"と形容したのは、砂漠を、大雪山麓の原生林を、人の体内の細胞を、夢で意識される自分の内部の青い沼を、都市としての自然を、人類と98%まで遺伝子が同じでありながら死の観念をもたないヒヒを語りながら、日野さんの眼差しははるか彼方に向いているからで、その先には"意識の変容"の予感があって、そこにスター・ゲートの入り口としての"モノリス"との接点が存在しているようです。

 タクラマカン砂漠の砂丘の頂きに腰をおろして、何時間も砂が奏でる音に耳をすまし、砂の変幻の世界に最もふさわしいのは、多分音楽。それはブライアン・イーノの『パール』とか、ハービー・ハンコックのピアノではないかと思い、さらに世界の、宇宙の成り立ちに思いをはせる。

 砂漠が決して砂粒の死んだ堆積ではないように、世界は無意味な物質の散乱ではなく、物質も単なるモノではないに違いない、と思い続ける。
 砂も夢を抱き続けている。あるいは鉱物にさえ美しい形をとらせる何かが、このわれわれの宇宙には本来的にそなわっているかのようだ。
 (無限の時間と空間のなかで、それぞれの性質を孕んで生まれ消えた無数の宇宙のなかの、そんな性質を偶然に内在したひとつが、われわれのこの宇宙に違いない)

 最も好きな文学者である宮沢賢治が生まれて死んだ東北にあり、縄文時代に構築された全体で野球場ほどの広さがある環状列石の形の明確さ、単純さ、美しさに感動し、東京に戻って超高層ビルを見ると、"東京は、内なる宇宙の聖なる形を持たない未開人たちが、勝手に積み上げた石の堆積にすぎないのでは"と思う。
 最終章では、ノルウェー最北端の町の湖の岸で、ただ鉱物と冷気と沈黙に囲まれたなかで、目に見えない絶対的な何かが偏在している、という知覚を鮮明に意識する。それは "ひどく古くて、圧倒的で、懐かしくて、そしてしなやかに精神的な何か" だった。
 意識の変容(メタモルフォーゼ)。宇宙から帰還した宇宙飛行士たちの経験が示唆している新たな進化を内在した新しい意識がいつか不意に出現するための脳の空白を準備すること(脳はこれ以上大きくなれないのだから)― これが現代の文学と芸術が追求してきた"空虚"の積極的意味だ。

 君の守護霊は妖精たちのように自由か。
 どのような変容にも耐えられるだけ、すでにきみの意識は、しなやかに空虚か。
 新しい宇宙的(コスミック)一体感を虚心に受け入れられるだけ、さわやかに孤独か。



「The Pearl」/ B.Eno, H.Budd
ブライアン・イーノの美しいアルバム


Speak Like a Child/ ハービー・ハンコック
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 2. リビング・ゼロ(1987)
  Living Zero(リビング・ゼロ)

 私はもうあと10年ぐらいしか生きないつもりだが、今度生まれてくるなら、放散虫になりたいね。この宇宙で恐らく最も美しい姿。透きとおって、静かに冷たくきらめいて。

 (注)放散虫:海洋性プランクトンの一種。彼らは川から流れこむ二酸化珪素を使って精妙極まるガラス細工状の体を作り、短命な生涯を終えると海底に降り沈んで堆積岩の材料になる。

 文芸月刊誌「すばる」に1年間にわたって連載された12のエッセイ風の作品で、この中で日野さんの抱く様々なイメージや思いを自由に展開させています。
 タイトルの"Living Zero"には、ひと気のないがらんとした、からっぽの場所が好きだという日野さんの心情がこめられています。からっぽの場所とは、たとえば夜中の地下鉄のホーム、日曜日の都心、廃工場、埋立地、空襲の焼け跡や、トルコの原始キリスト教団が築いた地下都市の暗闇、冬のシベリアの中央台地での白い闇(ホワイト・アウト)、オーストラリアの周囲9kmという巨大な1枚岩エアーズ・ロック、そして絶対温度3度(摂氏ではマイナス270℃)の宇宙空間、原子を生物を意識を私というものを染(し)み出した、絶対零度に比べれば3度という何ものかを抱く熱い空間。こうした一見からっぽの空間では、逆に濃密な何かが剥き出しになるのを感じてしまうと日野さんは書いています。それが何なのか具体的な記述はありませんが、それは池澤夏樹さんが、日野文学のキーワードと感じた"無限"、あるいは"永遠"につながるものであることは想像できます。

 キーワードは無限ということだ。科学と哲学と神学だけが無限を正しく扱い得る。その時々の現世的な知識とこの三つの「学」をぶつけるのが日野啓三の文学の原理ではなかったか。
「日野啓三さんを悼む」('02年10月15日 読売新聞夕刊)/池澤夏樹


(関連音楽)
 またまたブライアン・イーノ

 そう、イーノとともに、私は世界を聴く。
 世界の音を聴くのではない。世界という音を聴く。
 耳で聴くのではない。意識の全体で聴く。
 聴くのではない。私が世界になる。世界が私になる。


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 3. 断崖の年(1991)
 中公文庫 伊藤整文学賞受賞

 手術前の自分に戻ることはありえない。この自分がいつか必ず死ぬこと、その意味を絶対に理解できぬ荒涼と理不尽な事態の中に逃れ難く位置づけられていることを、頭だけでなく身体の細胞が知ってしまったから。
遥かなるものの呼ぶ声」/日野啓三(中公文庫 '01年初版)


 「断崖の年」は、最初に腎臓にガンが発見されてから、入院・検査・手術・退院の経過の中で作者が何を見、考えたかを、エッセイ、小説の形をとった連作短篇集としてまとめたもので、この中で作者は当時の心象風景を可能な限り客観的に再現させようとしています。
 検査結果が出てから手術までの1ヶ月の間は、奇妙な感覚だったと日野さんは書いています。外を歩きながら草や木の葉にやたらにさわり始めたことがあったり、不意に一切の動きが脳の中から消えたような荒涼たる静寂に襲われる瞬間がふえてきて、それは後頭部がざっくり割れて脳が虚空にじかに剥き出しになるような感覚だったと。
 手術日が近づいたある夜、病院を抜け出し、信濃町の駅の横の喫茶店の窓際にひとり坐って、駅の改札口を出てくる人たちを眺めていました。

 男も女も若い人も中年もいた。そしてその人たちの顔がどれも内面から輝いているように、異様に晴々と見えたのである。
 夜の駅の改札口がこんなに照明が明るかっただろうか、とも思った。明るい照明の中を、晴々と人たちはそれぞれの方角に散ってゆく。羨ましいと思ったわけではない。まして憎らしいなどとは毛頭感じなかった。いい光景だな、と素直に思った。生きてるっていうのはああいうことなんだ、と。


 手術後の体験描写の中で、もっとも興味深いのは、集中治療室での数時間毎の鎮静剤の注射によると考えられる猛烈な幻覚症状(それは映画「2001年宇宙の旅」のラスト近くで、ボーマン船長が異空間を巡る場面の恐怖に似ていた)と、個室に戻ってから夜になると向かい側の建物の屋上に出現したゴーストたちの存在や、都心の夜空をクマやトラやライオンの頭部が飛び交う光景です。
 ゴーストたちは、日野さんが日頃知っている人たちではありませんでしたが、日野さんはその人物たちにふしぎな親しみを覚え、懐しささえ感じます。そして点滴が外され、ベッドから降りて歩けるようになるとゴーストたちも消え、彼らによって一番つらかった日々の夜をいかに慰められていたか、ということを知ります。
 こうした幻覚と呼ぶには余りに生々しい体験から日野さんが、身をもって知ったこと :
 
 結論から言うと、私たちが世界とともに在るということ、私たちが現実を生きているということが、いかに頼りないものかということだ。心理的、感情的な意味ではなく、知覚的、認識論的な意味において。
 私たちは自分たちの見たい世界を見るのだ。そして私たちが何を見たいのかを決めるのは私たち自身ではない。私自身の意志ではない。


 そして、死に直面して思ったこと。

 手術の前に極度に不安だった時、彼が身にこたえて思い知ったのは、生死の境界を目の前にすると、ほとんどのことはどうでもいいことだった。そしてどうでもよくない数少ないこと、いや最も重要なことが"現実"ということだった。自分は本当に現実を生きているか、存在しているか、いまこの身のまわりに見えていること、生きてきたと思っていることは、果して本当に現実なのか。

 少なくともいままで生き残り続けたということは、自分にはまだ見出すべきものが残っていたからだろう、と彼は思った。世界にも自分の内部にも、しっかりと意識しなければならないことが。

 人はガンを告げられた時、否が応でも目前に迫ってくる自分の死の可能性を見つめざるを得ません。たとえガンに出合わなくても、いつかは遭遇しなくてはならない、ほかでもない自らの死への心構え(いざという時に役に立つかどうかは別として)を準備しておく必要があると考えています。そしてこの本のあとがきの最後に書かれた日野さんの言葉を、心に銘記しておきたいと思っています。
 
 つねに自由でクールであることが、私の願いだ。


(関連音楽)

 窓の外では神宮外苑の森の豊かな木々が、夕日に燃えていた。異例の青い空を白い雲がくっきりと流れていた。とっておきのブライアン・イーノのCD『ザ・プラトウ・オブ・ミラー』と『ザ・パール』を、持参したラジカセで聴きながら、こんな美しい夏の夕暮れと悪性腫瘍とが共に存在するこの世界のふしぎさを、しみじみと思った。

 日野さんは、ブライアン・イーノがハロルド・バッドと共作した、この2枚のアルバムをとくに好んで聴いていました。僕にとっても大好きなイーノのアルバムの中でもとくに好きなアルバムなので、とても共感を覚えるとともに日野さんが展開する世界を一層身近に感じることができました。

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 4. 台風の眼(1992)
  講談社文芸文庫

 あの時と同じように、いま病室の外で夏の日の一日一日が気味悪いほど光っている。神宮外苑の森が輝いている。死の恐怖に裏側から照らされて、世界は信じ難く明るく暗く輝くのだ。

 本作品は、「断崖の年」に描かれた1990年夏の最初の腫瘍手術から半年を経た後より書き綴られた、自伝的な意味合いの濃い作品で、濃密で切り詰められた、詩的とも言える文章により、作者の心象風景(=現実)が描かれています。
 日野さんにとっての現実とは、たとえば生死の境目に直面して、ほとんどのものごとがどうでもよくなったときに、初めて自分にとって真に重要なものとして見えてくるもの、そしてそれは現在の事象を示すものだけではなく、脳裏に浮かび上がってくる過去のある時の記憶でもありえるのだということ。

 私たちは決して均質な空間、切れ目なく流れる時間を生きていはしない。多くの空間も時間も実はどうだっていいのだ。両手の指で数えあげられるくらいの場所と時点 ― それが少なくとも私にとっての世界であり現実である。

 時計と暦の時間ではどんなに遠い過去のことであっても、つねに現在となる。現在とは刻々の数秒間のことではない。
 (中略)
 多分この世界を生きるということは刻々に流れ去るひとすじの流れ、ないし物語のようなものではなく、つねに甦(よみがえ)る現在が少しづつ増えて膨らんでゆく奇妙な球体のようなものにちがいない。歪んで、隙間だらけの。


 過去を単に過ぎ去ったものとしてとらえるのではなく、過去の記憶は自分にとっては紛れもない現実なんだ、そこにおいても自分は現在と同様の時間を生きているんだという思いに共感するとともに勇気づけられます。
 日野さんがいま生きている現実とは、ガンの手術を前にして病室から神宮外苑の森を眺めている自分であり、そして自宅の書斎で執筆している自分でもあり、一家が朝鮮に渡って暮した少年時代の自分、学徒動員で兵器工場で働く15歳の自分、下宿先の娘との情事、終戦後の奇妙な日々、一高に通学していたときのゴーストとの出会い、サイゴンで取材したベトコン兵士の公開処刑などであり、そこには自分が確かに生きていたと実感できる濃密な時間と空間とがありました。

 表題の「台風の眼」は、荒れ狂う台風の中心部"眼"においては、青空さえ見え、信じ難いほど静まり返っているという逆説的イメージが日野さんを強く捉えたことに拠っています。台風の中心部の「倦怠と空虚」は単なるからっぽではなく、実は膨大なエネルギーを秘めているのだということ。廃墟、砂漠、都市の無機的空間、宇宙空間の絶対零度に近い虚無を美しい場所として認識し、それらの現実の下に隠されているものが我々の意識の表面の奥にひそんでいるものと交感し合う時空間の感触を描きつづけた日野文学を象徴している言葉であると思います。

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 (紹介予定)夢の島(1985)
 講談社 文芸文庫 '88年初版

内容(「BOOK」データベースより)
巨大な都市のゴミの捨て場所―夢の島。バイクを疾駆させ、主人公を惹きつける若い女。ゴミの集積地が、"魅惑の場所"に鮮かに逆転する―時代の最尖端での光芒を放つ、日野文学の最高傑作。芸術選奨受賞作。

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 ■ 主要作品リスト  

  • ベトナム報道(1966):ルポルタージュ
  • 存在の芸術(1967):評論集
  • 幻視の文学(1968):評論集
  • 虚点の思想(1968):評論集
  • 還れぬ旅(1971):評論集
  • 虚構的時代の虚構(1972):評論集
  • 此岸(しがん)の家(1974):短篇集
  • あの夕陽(1975):短篇集 芥川賞
  • 私のなかの他人(1975):エッセイ集
  • 孤独の密度(1975):評論集
  • 風の地平(1976):連作短篇
  • 漂泊 北の火(1978)
  • 迷路の王国(私という宇宙誌)(1978):連作エッセイ
  • 鉄の時代(1979):短篇集
  • 母のない夜(1980):長編小説
  • 蛇のいた場所(1980):短篇集
  • 聖なる彼方へ(1981):エッセイ集
  • 抱擁(1982):長編小説 泉鏡花文学賞
  • 天窓のあるガレージ(1982):短篇集
  • 聖家族(1983):長編小説
  • 創造する心(1983):対談集
  • 名づけられぬものの岸辺にて(1984)初期評論選集
  • 夢を走る(1984):短篇集
  • 夢の島(1985):長編小説 芸術選奨
  • 砂丘が動くように(1986):長編小説 谷崎潤一郎賞
  • Living Zero リビング・ゼロ(1987):連作エッセイ
  • 階段のある空(1987):短篇集
  • 向う側(1988):初期短篇
  • きょうも夢みる者たちは・・・・・(1988):中篇
  • 都市という新しい自然(1988):エッセイ集
  • 都市の感触(1988):連作エッセイ
  • モノリス(1990):連作エッセイ
  • 断崖の年(1992):短篇集 伊藤整文学賞
  • 台風の眼(1993):長編小説 野間文芸賞
  • 光(1995):長編小説 読売文学賞
  • 聖岩(1995):短篇集
  • 流砂の声(1996):エッセイ集
  • 天池(1996):長編小説
  • 梯(きざはし)の立つ都市(まち) 冥府と永遠の花(2001):短篇集
  • 遙かなるものの呼ぶ声(2001):短篇集「聖岩」(1995)を改題、加筆・訂正したもの
  • 落葉 神の小さな庭で(2002):短篇集
  • ユーラシアの風景―世界の記憶を辿る(2002):写真エッセイ集
  • 書くことの秘儀(2003):エッセイ集



 
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