好きな作家紹介 

水村美苗

 東京の生まれ。12歳の時に父の仕事の都合で家族と共に渡米。ボストン美術学校、イェール大学を経て、同大学大学院仏文科博士課程修了。一時帰国の後、再度渡米し、プリンストン、ミシガン、スタンフォード大学で日本文学を教える。1990年「続 明暗」にて芸術選奨新人賞、95年「私小説 from left to right」にて野間文芸新人賞、2002年「本格小説」にて読売文学賞を受賞。2009年「日本語が亡びるとき」で小林秀雄賞を受賞。






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 1. 続 明暗(1990)
   ちくま文庫  '90年芸術選奨新人賞受賞作品
 
 この作品を読む前に、自分なりに漱石の未完の「明暗」を再読し、結末のつけ方を推理してみましたが、水村さんによる続編の展開と比べてみて、結構いい線いっていたのではないかと思います(どこが? という声が聞こえてきそうだけど)。ということで僕にとっては、「続 明暗」は全面的に納得できる展開であり、結末でした。
 著者は "あとがき"で、続編を書き継ぐに当っての目的を以下のように述べています。

 『続 明暗』が可能なかぎり漱石に似せて書こうとした小説であることはいうまでもない。だがそれ自体はこの小説の目的ではない。『続 明暗』はより重要な目的のためには、漱石と似せないことをも選んだものである。
 『続 明暗』を読むうちに、それが漱石であろうとなかろうとどうでもよくなってしまう ― そこまで読者をもって行くこと、それがこの小説を書くうえにおいての至上命令であった。 (中略) 興味と不信感と反発の中で『続 明暗』を読み始めるその読者を、作者が漱石であろうとなかろうとどうでもよくなるところまでもって行くには、よほど面白くなければならない。私は『続 明暗』が『明暗』に比べてより「面白い読み物」になるように試みたのである。

 
 この目的のために、作者は意図的に漱石の小説よりも筋の展開を劇的にし、煩雑すぎると感じた心理描写を少なくし、漱石の小説を特徴づける、大団円にいたっての物語の破綻の真似はしなかった(!)、と書いています。
 結果として、これらの水村さんの意図したところが、ねらい通りの効果をあげていて、あり得たかもしれない幻の漱石作品を読むスリルとともに、小説を読む根源的な楽しみである "はらはら、どきどき"を味わせてくれるストーリー展開となっています。異国で育った作者の思慕の念から生まれた作品ということですが、たいしたものです。

 お延は、津田が温泉に行ったのは、かつての恋人清子に会う為だということを、なんと津田をそそのかした当の張本人である吉川夫人から聞かされることになります。夫人はお延だけでなく、清子に対しても快い感情を抱いていなくて、この際ふたりまとめて痛い目にあわせてやりましょうと悪意丸出しなのでした。お延が「高慢と偏見」のエリザベスにあたるなら、吉川夫人は、エリザベスに対する偏見からダーシーとの結婚に反対したダーシーの叔母のキャサリン夫人ということになるのでしょうか。これから先は、お延には辛い展開となって、終盤の大詰に向かって劇は邁進(まいしん)する事になります。
 漱石が晩年に到達したといわれる則天去私の境地がどんなものだったのか僕にはわかりませんが、お延が至った心象風景の描写は、水村さんが解釈した則天去私のイメージなのではないかと思われます。

 自然においては、幸も不幸も、生も死も等価であった。自然はお延を殺そうとして憚(はばか)らない代わりに、お延を生かしても一向に平気であった。そんな自然を前には、お延の抱負や技巧は無論、深い絶望さえ意味もないものであった。お延にとっては今、此所(ここ)にこうして坐っている自分が凡(すべ)てであった。お延の煩悶はお延と等身大の大きさで、彼女を苦しめざるを得なかった。それがお延の自然であった。然(しか)し、お延の遥か上に続く大きな自然から見れば、無に等しい程小さな自然でしかなかった。それがどうしようもない天の真実であった。その天の真実は日の光のように、遠くの方から、緩(ゆっ)くりと朧気(おぼろげ)にお延に触れた。

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 (参考)明暗/夏目漱石(1916 未完)
   新潮文庫

 漱石の死によって中断された彼の最後の長編小説です。久しぶりに読み返したのだけど、今回は未完の部分を書き継いだ水村美苗の小説「続 明暗」を読む前段階として、自分でも小説の今後の展開を推理してみようと思いながら読んだこともあって、とても面白かった。
 
 会社員の津田と妻のお延は結婚してまだ半年あまりだった。津田には、お延を知る前に、突然彼から去っていった恋人、清子がいたが、津田はまだ彼女に未練があった。夫の気持ちが自分の上にはないことを感じとったお延は、そんな夫の過去の秘密を知ろうと躍起になる。津田は痔の手術のため入院することになり、入院中の彼のもとには、津田と清子の過去を知る妹のお秀や会社の上司である吉川の夫人や、友人の小林などが訪れ、それぞれ波紋を残していく。そして吉川夫人の画策により津田は養生の名目で、温泉で療養中の清子に会いに行くことになる。再会した二人は、午後一緒に滝への散歩に出ることになった(ここで中断)。

 漱石は女性を描くのがこんなに上手かったんだろうか。お延にしろ、お秀にしろ、実に生き生きと行動したり、しゃべったりで、とりわけお延の個性が際立っていて、この小説を "若妻お延の奮闘記"といったものにしています。
 夫の津田は30歳、インテリではあるが、手前勝手な男として描かれています。お延は7歳下ですが、彼女には、恋愛で一緒になったのだから、周囲に対しても自分自身にとっても幸せにならずにはおくものかといった決意がみなぎっています。

 「誰でも構わない、自分のこうと思い込んだ人をあくまで愛する事によって、その人にあくまで自分を愛させなければやまない」 
 彼女は此所(ここ)まで行く事を改めて心に誓った。此所まで行って落ち着くことを自分の意志に命令した。


 実にお延は意志の人なのでした。津田の妹のお秀は器量がいいのを見込まれて資産家に嫁いでいますが、子どもがいて、舅や姑やらがいて、夫も外で遊んでいたりして、兄貴夫婦が二人きりで仲良くしているように見えて、しゃくにさわるらしい。

 「嫂(ねえ)さんをお貰(もら)いになる前の兄さんと、嫂さんをお貰いになった後の兄さんとは、まるで違っています。誰が見たって別の人です」
 
 「嫂さんと一所になる前の兄さんは、もっと正直でした。少なくとももっと淡泊でした。...」
 「兄さんは嫂さんに自由にされています。お父さんや、お母さんや、私などよりも嫂さんを大事にしています」


 などと津田に八つ当たりするのですが、彼女の真の標的はお延なので、お延は津田の秘密を知って彼の気持ちを自分に向けさせることだけでなく、お秀や吉川夫人が代表する世間とも戦わなくてはなりません。

 「今日解決が出来なければ、明日解決するより外に仕方がない。明日解決が出来なければ明後日解決するより外に仕方がない。明後日解決が出来なければ......」 
 これが彼女の論法(ロジック)であった。また希望であった。最後の決心であった。

 
 思わず「風と共に去りぬ」のヒロインを思い浮かべてしまいそうだけど、漱石はジェーン・オースティンを理想と仰いていたようで、お延には「高慢と偏見」のエリザベスに重なる部分があるようです。彼女は才知の点ではエリザベスに及ばないにしても、それを補って余りある情熱的な意志で、自ら信じる幸福への道を切り開いて欲しい。

○「明暗」の結末の推理
 有名な作品であり、多くの作家、批評家により、その結末について議論されていますが、手元にある本でチェックしたみたところでは以下のようでした。
  • 津田は清子に救済されるどころか、したたかに攻撃され、病が再発して死ぬ(「夏目漱石」/江藤淳)
  • 津田は救われ、お延が死ぬ(小宮豊隆・漱石の弟子、「夏目漱石」/江藤淳 による)
  • 津田が再発により倒れ、お延は看病するが、心は決定的に津田から離れてしまう(「小説家夏目漱石」/大岡昇平)
  • お延は清子と対決し、危機におちいり、病に倒れる。病を克服したお延は津田の愛も勝ちとる(「明暗」岩波文庫解説/大江健三郎)
 僕にとっては、この後のストーリーの進展は以下のように実に明快です。
  • それまでの伏線の張りかたから判断して、津田の再発は間違いないだろう。おそらくは滝への清子との散歩の途中、滑って転倒した際に手術の傷痕が開いて大出血を起こすことになる。
  • 津田が危機との知らせにより、東京からお延、お秀、それに責任を感じた吉川夫人が事態の収拾のためにやって来るが、津田に対する愛情など当初より感じていない清子は、お延に会うことを避け、東京に帰ってしまう。
  • 昏睡状態の津田の枕もと、あるいは別室での女性たちによる責任のなすり合いの中で、お延は津田と清子との過去の関係と津田が温泉に来た理由を知る事になる。あるいは、お延は東京を出る前に津田の友人の小林から全てを聞かされるかもしれない。
  • 津田は死の危機を脱し、死を垣間見たことが彼の意識に変化をもたらす。その結果エゴイストであった過去の自分を反省するとともに、決定的に振られてしまった清子への未練を断ち切る。
  • 津田の背信によりお延の受けた精神的な痛手は大きかったが、看病しながら津田の心の変化を感じ取った彼女は、新たな気持ちで夫と生きていこうと決心する。
 という風で、これ以外の展開は、ちょっと考えられないのではないかというくらいなんですが.... ぜひ水村さんには、この線で結末を付けて欲しいと思っていますが、さてどうなんだろう。

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 2. 私小説 from left to right(1995)
   ちくま文庫  '95野間文芸新人賞受賞

 この本は、題名の通り横書きで書かれています。英文混じりのためです。内容は、"「美苗」は12歳で渡米し滞在20年目を迎えた大学院生。アメリカにとけこめず、漱石や一葉など日本近代文学を読み耽りつつ育ったが、現代の日本にも違和感を覚え帰国をためらい続けてきた。 To return or not to return. 雪のある日、ニューヨークの片隅で生きる彫刻家の姉と、英語・日本語まじりの長電話が始まる。異国に生きる姉妹の孤独を浮き彫りにする、本邦初の横書き bilingual 長編小説。" (文庫裏表紙の内容紹介より)
です。さすがプロ。これ以上的確に要約するのは出来そうもないので、そのまま引用しました。
 小説の中心部分を占めるのは姉奈苗との電話による会話ですが、その例として始めのほうで美苗が日本の文庫本を奈苗に小包で送ったことについての会話から;

― 開けた?
― うん開けた。たくさんあるんで、びっくりしちゃった。 How am I going to read these?
― でしょう。重かったわよ。こっちは車がないんだから。
― ドモドモ。で、何から読んだらいいの。 Gotta tell me what to read, sis. もう読んだ本も大分あるけど。
 
 ほとんどが文学の本であった。そう訊かれるとどう答えたらいいのかわからなかった。私は適当に明治の文豪の名前を連ねて挙げた。
― その辺の big name は大体読んでるのよ。
― 一葉なんか、あなたちゃんと読んでないんじゃないの。
― 一葉? Gee thanks. 読んだわよ。 I've read her, I even liked her. 一葉は好きで、日記まで読んだわよ。 Didn't I tell you?


 といった具合で延々と長電話が続きます。
 この本を読むと、日頃は思ってもみない日本人であることの identity について考えさせられます。そしてその証(あか)しは美苗がアメリカで日本に思い焦がれながら考えるように、"日本語"に求めるしかないのではないか。

 じきに私は日本人であることの証しは血にはないことを知るようになった。以来私は寝ても覚めてもそれを日本語に求めたのである。
 だが、そもそも日本人であるということ自体にどんな意味があるのだろうか ― 私はこの問いだけは問うたことがなかった。この問いだけは問わずに、ただ日本人であろうとして今まで生きてきてしまったのであった。


 言語というものは、過去の歴史・文化をまるごと背負っているものであって、日常頭の中で考え、話す言語がその人の思考形態に与える影響というものは、ある意味で決定的なものだろうし、そういった言語という共通基盤を土台にして日本人であるという identity が築かれているのは確かなことだろうと思います。でも日本語を話すことにより日本人であり続けることの意味とは何なんだろう。答えは出ないにしても問い続けていく必要はありそうだな。

 世界の一部でありながら、世界の一部ではない国、大国になればなるほど精神が矮小になる国、どこを向いてもうすら寒い女の写真と狎(な)れ合いの言葉が宙を舞う国 ― 眼に見えない世界で私に命を与え続けてくれた国であるだけに眼に見える日本は悲しかった。

 美苗は日本に帰って、日本語で小説を書くつもりです。奈苗との電話を切り、窓の外を眺めると雪が降り続いています。

 雪は人間の悲しみも罪も一様に消すように空から降っている。死を思わす沈黙の中で、永遠の時間の中で降っている。狂おしい生への思いが身体をめぐり、その瞬間、墓を躍り出た山姥たちが蓬髪をたなびかせ、裸足で山を駆け降りる音が今一度耳朶(じだ)に轟と鳴った。

     目覚めよ、あらゆる願望よ。
     目覚めよ、あらゆる欲望よ。

 何日ぶりだろうか、真鍮の取っ手に両手をかけ勢いよく窓を開け放った。冷たい空気が入りこむと同時に私の回りのよどんだ空気がゆっくりと動き、天井に向かって大きく風が立った。


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 3. 手紙、栞(しおり)を添えて/辻邦生との往復書簡集(1998)
   ちくま文庫

 この本は、朝日新聞に'96年4月から'97年7月までの1年と4ヶ月にわたり掲載された辻さんと水村さんとの往復書簡集です。二人合わせて50余通にのぼる手紙の中で語られているのは東西の古典文学の名作についてです。僕にとって二人は敬愛する作家であるので、これはとても美味しい本でした。
 文学、あるいは本を読むことについて印象に残った言葉を抜書きしてみようと思います(文中 M:水村美苗、T:辻邦生 を示す)。

 文学が実人生でないというところにこそ、文学の本質があるということです。

 実際、よい文学というものは本当に不思議なものです。それがどんなにおもしろおかしくとも、私たちの人生が無限の中の一瞬でしかないのを、教えてくれる。

 文学が面白く読めるというのは、「幸福」を知るということと同じです。... 文学 ― それは、少数の幸福な精神との結びつきにほかなりません。

 それさえあれば、ほかがいっさい無意味になるような、人生最高の歓び。それは何よりもまず、この読書のことではないだろうか。

 「地上の生とは、かくもはかなく、かくも美しく哀愁に満ちているのか」
 辻さんのお言葉です。実際、もし文学に何か使命があるとすれば、それは究極的には、この真理― 「地上の生」がはかないこと、こうするうちにも人生が過ぎ去ってゆくことを知らせるためにあるのかもしれません。もちろん多くの作品は、まったく別のことを語りながら、この真理を裏側や斜め側から照らしだす。(以上 M)


 長い小説を読む快楽は、とにかくそこに没入して、自分もこの世もすべて忘れ、ただ小説世界の中に生きる― それしかありませんね。

 文学の中には事件も起こります。嬉しいこともあります。悲しいこともあります。でもそれが文学の中にあって私たちの喜びのためにいつでも出てきてくれるとは何と素敵なことでしょう。(以上 T)


 この往復書簡に登場する作家は、20名以上になりますが、個人的に気になる作家を挙げてみると、ブロンテ姉妹、スタンダール、ドストエフスキー、トーマス・マン、プルースト、リルケ、チェーホフ、ギッシング、ボルヘス、オースティン、樋口一葉、谷崎潤一郎、永井荷風、森鴎外、紫式部でしょうか。僕の好きな作品についてのコメントの例をいくつか挙げてみます。

ジェーン・エア」/ シャーロット・ブロンテ
 自由意志― 自分で善悪を選べる自由は、西洋において、人間が人間であることの証とされてきたものです。ジェーンは家庭教師という当時女に開かれた唯一の自活の道を盾に、どこまでも「人間」であろうとする。どこまでも「人間」であろうとすることによって、あのシンデレラより、強く、深く、狂おしく愛されるのです。 (M)

嵐が丘」/ エミリー・ブロンテ
 「嵐が丘」を読む経験― それを「快楽」と命名するのは、ためらわれる。少なくとも私にとって、それは、快楽であると同時に、何かとてつもなく恐ろしいものです。読み始めるたびに、悪夢の中にずるずると引きずりこまれるようです。偉大な作品というのは、かならずどこか遠いところまで連れてゆかれるものですが、「嵐が丘」の場合は、これ以上先へいってはならぬという、まさにぎりぎりのところまで連れてゆかれるような気がします。 (M)

「悪霊」/ ドストエフスキー
 近代のニヒリズムは底なしです。どんな理由をつけても、生の無意味さから人間は逃れることができません。しかし人間を神にするために、つまり人間に真実と至福をもたらすために、自殺しようというキリーロフは生きることの嬉しさを何げなく生きているのです。ドストエフスキーは最後まで虚無との一騎打ちをしていたのですね。 (T)

「カラマーゾフの兄弟」/ 同上
 人間は最後の瞬間まで、犯人になる自由も、犯人にならない自由もある。しかしその自由はたんなる自由意志ではない。それは自由意志そのものを超え、本人をも驚かすような行為を人間にとらせてしまう自由なのです。その瞬間、人は神を知る― あるいは自分自身を知る。それが人間の崇高かもしれません。小説家ドストエフスキーにおいては、その人間の崇高が、小説の流れの中に具体的に啓示されているのです。(M)

「マルテの手記」/ リルケ
 リルケが「マルテの手記」の中で試みたのは、この無名詩人の生と死を通して、灰色の空虚の現代に、もう一度、幼少時代の思い出や、祖先の重厚な愛と死を呼び起こすことでした。そこでは、机も椅子も花々も戸棚も窓も、人間と同じ魂を持っていたのでした。ちょうどパリのクリュニー美術館にある「一角獣のタピスリ」が貴族の娘の美しい魂を今もそこに湛えているように、です。(T)


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 4. 本格小説(2002)
   新潮文庫(上)(下)  '02年読売文学賞受賞
 
 「嵐が丘」を大人になって久しぶりに読み返した時のことです。私は忽然と理解しました。これは途方もなく偉大な小説だったのです。言葉の喚起する力において、「嵐が丘」は奇跡としか呼びようもないという気がするのです。
/「手紙、栞を添えて


 東太郎の話 ― それは、一言で言えば、今までに無数に語られてきた恋愛物語のひとつでしかない。そんなものを今さら自分で書こうという気になったのは、実はそれが、昔、少女時代に翻訳でくり返し読んだ懐かしい小説の数々をふいに鮮やかに胸に呼ぶ覚ますものだったからであった。それは、とりわけ、読むたびに強烈な印象を受けずにはいられなかった、あるひとつの英国の小説とよく似ていた。ヒースの生えたヨークシャーの荒野を舞台にしたもので、今から百五十年以上も前にE・Bという英国人の女の作家によって書かれ、次第に世界の大古典とみなされるようになった小説である。
/序章「本格小説の始まる前の長い長い話」

 この800ページを超える大部の小説は、水村さんが愛し、くり返し読んだエミリー・ブロンテの「嵐が丘」を、日本の風土に移して自らの感性により再構築し、「嵐が丘」に拮抗する真実の力を持った"日本的な本格小説"の創造を意図した作品、と言っていいと思います。
 この小説は幾多の恋愛小説とは大きく印象を異にしますが、その要因のひとつとして、語りの特異性を挙げることができます。この語りの点から、小説の構成を以下のように三つの部分に分けることができます。

1.小説家、水村美苗の一人称により語られる、いわば私小説的な部分
 「本格小説の始まる前の長い長い話」というタイトルの小説全体の約1/5を占める長い序章の部分で、作者の少女時代、父親の仕事の関係でニューヨーク郊外に暮す水村一家の暮らしと、「本格小説」の主人公である青年、東太郎と一家の関わりが語られています。太郎は単身日本からやって来て、父の知り合いのアメリカ人の富豪の運転手となり、その後父の会社に入社します。常人には理解しがたい克己心により太郎は出世し、やがて独立して成功し、立志伝中の大富豪となったことを水村さんは伝え聞きます。

2.日本の大手出版社に勤務していた青年、加藤祐介がスタンフォード大学のキャンパスに水村さんを訪ね、彼が軽井沢で、かつて太郎が貧しい子供時代に寄食した宇田川家の女中だった土屋冨美子と偶然知り合うこととなったいきさつ、彼女から聞かされた太郎と宇田川家の次女よう子の物語を語る部分で、三人称で書かれています。

3.土屋冨美子が加藤祐介に語ったこの物語の本編の部分で、冨美子の一人称により書かれています。

 このように、この小説のメイン・ストーリーは、主人公である東太郎と宇田川よう子を、彼らの子どものころから身近に接していた土屋冨美子が、二人の物語を偶然知り合った加藤祐介に語り、さらに彼が小説家、水村美苗に語った話を再構築したものということになります。このような入れ子構造の語りの構成となっているのは、もちろん、「嵐ヶ丘」の構成に倣(なら)っているからで、「嵐ヶ丘」においては、ヒースの丘に仮住まいすることになったロックウッドが嵐が丘を訪れ、ヒースクリフに会い、嵐が丘の家政婦ネリーからキャサリンとヒースクリフの過去の物語を聞くという構成となっています。
 「本格小説」では、さらに著者自身が物語に関わるという私小説的な部分が加わっている点が「嵐が丘」と異なっていますが、これは作者の小説に対する信念に拠っています。水村さんは、序章の中で、 ”根元的に小説の価値を左右する、小説がもちうる「真実の力」を考えたときに、日本語では「私小説」的なものがより確実に「真実の力」をもちうる”という旨のことを述べていて、日本的な精神的土壌で、つまりは日本語で「本格小説」を実現させるには、私小説的な構成をとらざるを得ないとする確信が、異様に長い私小説的な序章が全体を統括する小説構造を持った作品を成立させているのだと考えられます。
 一人称での語りの部分には、実はもうひとつのねらいが潜められているのですが、これは読んでのお楽しみ。


 太郎ちゃんは...... 太郎ちゃんは...... あたしがあたしであるよりも、もっと、あたしそのものだったの。

 'I am Heathcliff - he's always, always in my mind - not as a pleasure, any more than I am always a pleasure to myself - but, as my own being - '
 あたしがヒースクリフなの ...... あの人はいつも、いつでもあたしの胸の中にいて...... あたしが自分自身に喜びをもたらすとは限らないように、喜びとしてではなくて....... あたしそのものとしてあたしの中にいるの.......
「嵐が丘」よりキャサリンの言葉(試訳)


 太郎は中国で生まれ、両親を失った彼は叔父に引き取られますが、貧窮していた叔父一家での太郎の扱いは酷いものでした。一家は、裕福な宇田川家の家作を借りて住み、太郎と同い年で遊び相手のいない宇田川家の次女のよう子は、学校から帰ると太郎と二人で遊ぶようになります。成長した二人は互いに離れられない強い心の絆を意識するようになりますが、愛を成就するには二人を隔てる階級の壁はあまりに厚いものでした。

 「嵐が丘」では、ヒースクリフのキャサリンを求める情念が、キャサリンの死後、復讐の炎となって周囲や自身を焼き尽くすというストーリーの展開でしたが、互いに求め合う激しさは共通であるものの、「本格小説」においては、太郎の情念は復讐という結果をもたらすことはなく、むしろ和解の方向へと進んでいくようです。こうした違いは、西欧と日本的な精神風土の差と、物語の舞台となったヒースの荒野の厳しい自然と、鬱蒼とした林に囲まれた軽井沢の別荘地の自然の対比から導かれたものと思われます。また、社会的には成熟した大人となった太郎とよう子が、恋愛の場においては、あたかも少年少女に戻ったような振る舞いをみせるのは、二人にとって唯一幸福であった子ども時代への希求の念がいかに強かったかの表れではないかと想像され、一層切ない思いを抱かされます。
 当初は、縦書きの私小説を書くつもりだったという水村さんは、この小説の中に少女時代の思い出や、米国に暮していた当時感じていた遠く離れた日本への思いを盛り込んでいて、旧軽井沢の高級別荘地での資産家の家族達の時代と共に移り変わる暮らし振りの描写と共に、興味深く読めました。
 次作が待ち遠しいけど、また当分出ないんだろうな。


(関連音楽)
 祐介が軽井沢の別荘で三枝家の三老女に会った際、応接間のプレイヤーでかかった2枚のレコード

○ クラリネット五重奏曲/ブラームス
 
 みなそれぞれの思いがあるらしく誰も口を開かなかった。なるほどこれがクラリネットの音なのかと、バイオリンやら何やら弦楽器だと思える音に混じって、暗い長い穴を通って地上に上昇し、遥かな草原を転がり渡ってくるようなまろやかな間延びした音が響く。その音が上がったり下がったりするたびに、別の幾重もの音が、大きな波や小さな波を描いてうねるように追いかける。


 モーツァルトの同作品と並ぶ、ブラームスの室内楽を代表する名作です。クラリネットの柔らかく、陰影のある音色によりブラームスの憂愁が奏でられます。


○ ピアノ協奏曲第14番変ホ長調 K.449/モーツァルト

 「十四番なんて知らないわ。誰が弾いてるの?」
 「ゼルキン」
 「ルドルフ・ゼルキン?」
 「うん、そう」


 たしかに第20番以降の傑作群ほどには、あまり知られていない作品ですが、小規模編成による愛すべき作品です。


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 5.母の遺産 新聞小説(2012)


 この作品は読売新聞に連載された著者初の新聞連載小説です。小説の冒頭は、主人公の平山美津紀と、姉の奈津紀の電話の会話で始まっています。水村さんのファンであれば、「私小説 from left to right」(1995)での美苗と、姉・奈苗の長電話を想起するのではないかと思います。「私小説」の姉妹はアメリカ在住20年を過ぎ、それぞれが30代でしたが、「新聞小説」の二人は50代で東京で暮らしています。本作は"私小説"の体裁ではなく、二つの小説につながりはありませんが、晩年の母との確執については著者の実体験に基いているようです。
 美津紀と奈津紀は二人とも結婚していて、美津紀は大学教授の夫・哲夫との間に子供はなく、大学の非常勤講師のかたわら、翻訳のアルバイトをしています。一方、姉の奈津紀は、玉の輿に乗って資産家に嫁いだ専業主婦ですが、あまり幸福そうには見えません。小説冒頭の姉妹の会話は、二人の母・紀子の通夜が終わった夜に交(か)わしたもので、話題は母の遺産がいったいどのくらいになるかでした。甘やかされて育ち、わがままし放題だった母は周囲をさんざん掻き乱した一生を送り、最大の被害者だった娘たちとの確執は、母が高級老人ホームに入居し80代半ばで亡くなるまで続きました。

 母は自分の言葉に煽(あお)られ、いよいよ我身の不幸を感じたらしい。声を突然荒げた。
「殺してちょうだい! こんなんなって生きていたってしょうがないから、殺してちょうだい!」
起き上がれないので上体をよじるようにして叫んでいる姿を目に、美津紀も声を荒げた。
「ママなんか殺して、殺人罪に問われて一生を台無しにしたくないわよ!」
隣人はどんな顔をして、この母娘のやりとりを聞いているのだろう。
母は声にならない声を出して泣き続けた。
美津紀はその姿をじっと見ていた。可哀想なよりも、苛立ちのほうが強かった。美津紀だって母に死んで欲しかった。母自身が死にたいという欲望の、それこそ何十倍もの強さで、長いあいだ母の死を願い、それなのに、母の幸せを思って努力し続け、自分の命を削り取られてきた。そんな状態にこれからも耐えていかねばならない。


 美津紀が母の対応で心身ともに疲弊しているときに、夫に若い愛人がいることが発覚します。母の死後、美津紀は箱根の由緒あるホテルに滞在して、夫との離婚について、そして独りで生きていくこれからの人生を見つめ直そうとします。
 祖母−母−娘の三代に亘る女性の生き様を描いたこの小説はストーリー展開の面白さと精妙な文体とで、中途で本を置くのがもどかしいくらいですが、同時に、老人問題、終末医療、夫婦・親子の絆について、著者からの真摯な問いかけが感じられました。もとよりそれらについての正解があるわけではなく、美津紀と同じように個々人が問題と向き合い、じたばたしながらも未来を切り開いていかなければならないのでしょう。
 美津紀の祖母は、当時大評判となった尾崎紅葉の新聞小説「金色夜叉」を夢中になって読み、主人公のお宮と自分を同一視して夫を捨て、祖父と駆け落ちして母を生んでいます。「小説とは罪作りなものである」と記す著者自身、12歳で渡ったアメリカで、祖国、日本の近代文学に深く耽溺した経験を持ち、小説の持つ力を信じていることは確かで、美津紀の抱く感慨は著者自身のものであるに違いないでしょう。

 美津紀の祖母には新聞小説があった。母には小説と映画があった。二人ともそれだけで充分に夢を羽ばたかせて生きたのに、今の美津紀にはさらにたくさんのものが与えられていた。コンピューターに向かえば、さまざまな国のさまざまな時代の物語が、この世に何回生まれ変わろうと見尽くすことができないほど溢れ出し、そこには息を呑むような画像と音楽もついていた。それでいて― いやそれだからこそ、美津紀は、最近ますます文字でつづられただけの物語へと戻っていっていた。書かれた言葉以上に人間を人間たらしめるものがあるとは思えなかった。


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